レヴェリアは竜達が屯する地点へ向けて歩みを進めていく。
耳に入るのは灰を踏みしめる音とブレスレットから聞こえる神々の会話くらいなものだ。
巨大竜巻の内部であるというのに、風の音もほぼ聞こえない。
黙々と歩き続けていたレヴェリアは、ある重大な事に気がつく。
どうして今まで気づかなかったのか、一生の不覚だ、と彼女は顔を顰める。
その重大な事とは黒竜が訳の分からない進化を果たして、
ツノと翼と尻尾が生えた竜娘――それも2Mくらいの高身長でデカい胸とデカい尻とムチムチの太腿のクール系美女になっていたらヤバい。
一人称が
僕っ娘や俺っ娘であっても破壊力抜群だ。消し飛ぶ自信がある。
くっ、黒竜め。
卑劣な手を使いおって――
アホな妄想をしながらレヴェリアは進んでいたが、己の脳内だけに留めていた為、気づいた者はいなかった。
そんな彼女だが、竜達が間近に迫ってくると流石に思考を切り替える。
幸いにも竜達は目に見える範囲では眠っており、動いているものはいなかった。
そこでレヴェリアは確認の為、フィンに問いかける。
「取り巻き達を先に観察するか?」
『いや、黒竜を優先しよう』
「分かった。では進むぞ」
竜達はどいつもこいつも図体がデカいことから、互いに身体が当たらないよう相応の距離を空けている。
彼女が通行するには十分だ。
竜達が突然目覚めてブレスを放ってくるなどというハプニングもなく、順調に歩みを進めていき――やがて視界が開けた。
竜の群れを通り抜け、その先にいた存在にレヴェリアは言葉を失った。
それは彼女だけではなく、画面越しに見ていた全ての者達もまた同じであった。
山のような巨体を地面に横たえた黒き竜。
眠っていてもなお、人類ではどうしようもない天変地異の化身と言っても過言ではない威容を誇っている。
だが、それでも希望はあった。
黒竜は片方の瞼が大きく傷つけられており、瞼を開けたとしてもその目は機能しないだろうことが察せられる。
長い年月、同族を食って傷を癒してきただろう黒竜ですらも癒せていない、かつて英雄アルバートが与えた一撃。
彼らがやれたのだから自分達もやってみせる、と改めて決意しながら、レヴェリアはフィンに尋ねる。
「精神汚染等は無いか? 私には感じられないが……」
『今、確認中だけど僕の見える範囲で騒ぎは起きてないよ。眠っていても発動する特殊能力は同族強化以外には無さそうだね』
「となると、やはり初撃でどれだけダメージを積み上げられるか、という話になってくるな」
『特殊能力を使われる前に致命傷を与えたいところだね』
フィンの言葉を肯定しつつ、レヴェリアはおもむろに神々に尋ねる。
「神々から見たところ、黒竜はどのような感じか?」
『未知の特殊能力を抜きに考えれば、見た感じは昔と変わっておらんゾイ。むしろ片目が使えん分、若干弱体といったところじゃ』
降臨前から地上をよく覗いていたゼウスが断言した。
未知の特殊能力が黒竜に無ければ現状の戦力で勝てる――彼の言葉は大きな希望を与えるものだ。
しかし、特殊能力次第では容易に全滅もありえることは誰もがよく分かっていた。
「特殊能力は戦ってみないと分からんな。さっきも言ったが恩恵強制封印やそういった類の、人類ではどうにもならないものでなければ何とかなる。おそらくな」
レヴェリアの言葉に、フレイヤとロキがそれぞれ口を開く。
『これは勘だけど、下界の子ではどうしようもない理不尽系は無いと思うわ』
『それはうちも同意見やな』
「お前達が大好きな下界の未知で、そういう能力を得ているかもしれんぞ? 既にヤツは過去には無かった同族強化能力を得ているからな」
『そう言われると否定はできないのよねぇ……』
『せやなぁ……バグみたいなんが下界にはおるしなぁ。レヴェリアちゃんとかレヴェリアちゃんとかレヴェリアちゃんとか』
『おっ待てぃ。儂んとこのベルを忘れちゃならんぞ。ランクアップ速度がバグりすぎててワケワカメじゃ』
『うちのアルフィアだって……』
『うぉおおお! 俺の眷族達だって負けてないぞぉおおお! 俺が、ガネーシャだぁあああああ!』
ガネーシャうるさい、と満場一致でツッコミが入ったところで、レヴェリアは予想を述べる。
「理不尽は無いと仮定して、有り得そうなのは精神汚染やレベルダウンなどのステイタスダウン系か。それら全部って可能性もあるかな」
『全部と考えておけ。レベルも2つは下がるとしておいた方が良いだろう』
レヴェリアの言葉を聞いてイシュタルはそう答え、更に言葉を続ける。
『基本的にはお前達が考えた作戦の通りで良いだろう。だが、下手に戦力を分散させず片翼をへし折ることに集中しろ。飛んだら手がつけられん』
「やはりそれが最善か……」
『まあ、お前が何か隠し玉があるのならば、それを考慮してもいいかもしれんがな』
イシュタルの言葉通り、隠し玉はある。
黒竜を一時的に動きを止められるかもしれない魔法、ヤマト・命の【フツノミタマ】だ。
本来の術者である彼女が使っても強力な重圧を広範囲に掛けられるのだが、レヴェリアが使った場合はその比ではない。
味方を巻き込まないように範囲の調整を上手くやれば――例えば黒竜の顔面だけに重力を掛けることもできるだろう。
片翼を攻撃した時、黒竜は目覚める。
だが、その瞬間、あらかじめ【
その間に片足を破壊してしまえば、黒竜は飛ぶことも立つこともできなくなる。
あとは尻尾、残った足、翼、両手といった順番で破壊してしまえば黒竜はまな板の上の鯉も同然だ。
黒竜が眠っていて動かないことが確認された為、攻撃の主導権は冒険者側にあった。
「近づくぞ」
レヴェリアは宣言し、歩みを進めていく。
黒竜があまりにも巨大である為、スケール感がおかしくなりつつも彼女は怯むことなく近づいていき、やがて間近にまで辿り着いた。
黒竜は地面にうつ伏せになるような形で眠っており、顎が地面に着いている。
彼女が到着したのはまさにそこ――顔の真ん前だ。
「でっか……」
下から見上げながら、レヴェリアは無意識的に感想が口から漏れ出た。
ベヒーモスやリヴァイアサンよりも黒竜は大きい印象を受ける。
コレが空を――おそらくは信じられないほどの高速で――自由に飛び回れるとは到底思えないが、ゼウスによると封印前は自由自在に飛び回っていたという。
改めて、アルバート達の偉大さにレヴェリアが畏敬の念を覚えていた時だった。
『デカい胸、デカい太腿、デカい尻……』
ブレスレットからロキの声でそんな発言が聞こえてきた。
レヴェリアはすぐに俳句であると気がついたが、この話題に触れると面倒くさくなりそうなので聞かなかったことにした。
『ロキ、急に何を言い出すのよ』
『極東にあるっちゅう、ハイクを詠んだんや。レヴェリアちゃんが黒竜がデカいとか言うから……ジブンの方が全部デカいから安心しぃやっていう、うちの気遣いやで』
呆れながら問いかけたヘファイストスに対して、ロキはそう返す。
彼女達の会話を聞きながら、レヴェリアは黒竜の鼻先へ手を伸ばし――触れた。
少しひんやりとしていて心地良い。
軽く擦ってみるものの黒竜は何も反応せず、起きる気配は皆無だった。
そこでレヴェリアは閃いた。
もしかしたら必要になるかも、と一応作っておいた伸縮自在の自撮り棒をおもむろに懐から取り出す。
それにカメラを取り付けて、自身と黒竜へレンズを向けつつ、自撮り棒を持っていない手を振ってみせた。
カメラには特殊なフィルターが装着されている為、透明化の魔道具を使っていたとしても問題なく映る。
その結果、黒竜とツーショットを撮るダークエルフが爆誕した。
その映像はしっかりと神々や冒険者達、生徒達が見ているディスプレイに届いた。
神々は大いにはしゃぎ、冒険者達は爆笑したり感心したり興奮したりと様々で、生徒達は1名を除いて頬を引き攣らせた。
世間一般的には1名を除く生徒達の反応が普通であるのは言うまでもない。
やがて、ツーショットを終えたレヴェリアは思う。
カサンドラが夢で見たという、アイズと一緒に黒竜の顔にラクガキすることも実現できそうだ、と。
どうせなら派手にやってやろう、と彼女は考えながら黒竜の調査を始めた。
アイズは頬を膨らませながら、画面を見つめていた。
黒竜の傷ついた瞼を見た時、お父さんがやった証だ、と彼女は誇らしく思った。
5年前レベル6であったアイズは、今やレベル10に至っている。
彼女が繰り出す斬撃は強力な
お父さんに少しくらいは追いついたかな、とちょっぴり自信が出てきた今日のこの頃だ。
だが、レヴェリアが黒竜の鼻先を触ったと思ったら、しまいには一緒に映っている映像が届いた。
黒竜と一緒に映るんじゃなくて私と一緒に映ってほしい、という思いを抱いた彼女は、ご機嫌斜めとなっちゃったのである。
そんな彼女の様子を見て、アスフィは胸を撫で下ろす。
黒竜はアイズにとって因縁の相手である為、姿を見た瞬間ブチ切れて暴走する可能性を事前にレヴェリアより伝えられていた為に。
なお、この事は弟子達だけでなく全団員に伝えられており、アイズが暴走した瞬間に皆でフルボッコにする予定であったのだが、どうやらその未来は回避されたようだ。
「にしても……これは難儀ですね」
アスフィは手元にあるコンパクトサイズのディスプレイへ視線を向ける。
今この瞬間にもレヴェリアによる調査が進んでいる。
調査がある程度終了次第、彼女と共に希望者は1人ずつ黒竜の見学を行うこととなっていた。
「鱗と鱗の間隔が全体的にかなり狭い。あれでは隙間に剣先を突き入れるのも難しそうですね」
体表はびっしりと鱗で覆われており、鱗を避けることはできそうにない。
かといって鱗をマトモに攻撃しても、表面に傷がつくだけで貫通は困難。
各自の判断で好き勝手に攻撃していたら、絶対に倒せないだろう。
だが、多数のレベル10及びレベル9の冒険者達による全力全開の攻撃を一点に集中したならば、突破できる可能性は十分にあると考えられている。
そして、その集中すべき一点が今まさにディスプレイに映し出された。
レヴェリアが自撮り棒を使い、カメラを近接させているのは左翼の付け根であった。
そこは翼の動きを阻害しないよう、鱗と鱗の間隔が他よりも広い。
剣先を突き入れることも十分可能だ。
『第一目標はここでいいな?』
『ああ、問題ないね』
レヴェリアとフィンのやり取りを聞いていると、ヘイズが声を掛けてきた。
「アスフィ、異常は無いですか? もしもあったら遠慮なく言ってくださいねー」
「大丈夫です。他のところは?」
「異常無しです。『学区』の生徒にちょっと凄い子がいましたけど」
アスフィからの問いにヘイズはそう答えた。
彼女は黒竜を見た冒険者や生徒が精神汚染等の影響を受けた場合、その対応をアミッドと共にレヴェリアより任されており、まずアイズの様子を見た後、問題無しと判断してあちこちを回っていた。
間引き参加派閥は、自前の治療師を抱えているところも多いが、ヘイズとアミッドを上回る治療師はいなかった。
「ちょっと凄い子?」
「ダークエルフの少女ですねー。レヴェリア様だいしゅきー! って感じです」
「ああ、なるほど……この事をレヴェリア様は?」
「ご存じないと思いますよ。本人も前回のオラリオ寄港時にはまだ入学していなかったみたいで、お会いしたことがないって言ってました」
そう言ったヘイズはニヤリと笑う。
「また妹弟子が増えそうですねー」
「ですね。親睦会の計画策定を……いえ、ここはまずレフィーヤに任せるという手もありますね」
「そういえば、そのレフィーヤですけど……『学区』の生徒達からはヤバい卒業生って思われているみたいですよ」
ヘイズの言葉にアスフィは首を傾げる。
そんな彼女にヘイズは苦笑して答えを言う。
「レベル2だった彼女が、先月のランクアップでレベル7です。3年弱で5度のランクアップはヤバいって思われても仕方がないですよー」
それを聞いて納得するとともに、アスフィの脳裏をとある少年の顔が過っていった。
「……今、改めて思ったことがあります」
「ベルですね?」
確信をもって問いかけたヘイズに対して、アスフィは頷いてみせる。
4年でレベル9というのは抜かれることがない史上最速記録だ。
都市外にも彼のことは伝わっているだろうが、誰も信じていない可能性も高い。
「輝夜さんから聞いたんですけど、恋路の方も順調っぽいですねー」
「私は
「そういえばアスフィ、彼女と仲が良いんですよねー」
アストレア・ファミリアが合宿に参加するようになったのがきっかけで、2人は顔を合わせるようになり、気づいたら友人といっても差し支えのない関係になっていた。
会話が一段落したその時、とんでもねぇ発言が聞こえてきた。
『どうやっても臀部が見えんな。体勢的に仕方がないか……』
『レヴェリア、それはどういう意図の発言なんだい?』
努めて冷静にフィンが問いかけた。
コメカミに手を当てている彼の姿が容易に想像できてしまう。
『もしも総排泄腔があればそこが大きな弱点になりえる、と思ってな。鱗で塞ぐわけにもいかないだろうし』
『確認できそうにないから、無いものとして考えよう』
神々が降臨する以前、当時は大穴と呼ばれていたダンジョンから地上に進出したモンスターは、地上の生物と交配によって弱体化しながらも数を増やしてきた。
その事を鑑みれば、黒竜にも生殖器官があってもおかしくはない。
なお、ベヒーモスやリヴァイアサンは今回のように間近から観察はできなかった為、どうであったかは不明のままに終わっていた。
そのやり取りを聞いて、ヘイズが口を開く。
「いやー、良かったですー。黒竜のお尻に向かって突撃とか、さすがにちょっと抵抗がありますしー」
「……その意見には同意します」
もしもあれば明確な弱点であるが、それはそれとして心理的抵抗があるのもまた事実であった。
レヴェリア「黒竜にも穴はあるのか?(至極真面目な質問)」
フィン「えぇ……(困惑)」