「まさか黒竜をこんなに間近でじっくり観察できるとは思わなかった……」
レヴェリアと共に黒竜の顔の真ん前に立ったリヴェリアは、下から見上げながら呆れと感心が入り混じった表情で告げた。
レヴェリアによる調査及び攻撃目標の選定等が一通り終了したところで、黒竜見学の開始となった。
透明化の魔道具などの各種装備を持たせた上で、1人ずつレヴェリアが案内する形だ。
見学は順調で既にゼウス・ヘラの二派閥は終了しており、現在ロキ・ファミリアの順番となっていた。
「リヴェリア、実はやりたいことがある」
自撮り棒にカメラを取り付けてウキウキした様子のレヴェリアに、リヴェリアはジト目となる。
黒竜の前で2人で映像を撮ろう、という狙いであるのは明らかだ。
ゼウスやヘラの面々は言うに及ばず、つい先程フィンとも同じ事をしていた為に。
そんな彼女の視線を受けて、レヴェリアは不安そうな顔となって長耳を垂れさせる。
「……駄目か?」
恐る恐る問いかけてきた彼女に対して、リヴェリアは溜息を吐く。
「別に駄目とは言っていないだろう。ただ呆れただけだ」
「呆れたとはいうが、後にも先にもこんな機会はないぞ?」
「……それもそうだな」
そんなやり取りをしながらも、2人は仲良く黒竜の顔の真ん前で並んだ。
レヴェリアが片手で自撮り棒を持ち、2人と黒竜が映った映像が神々や冒険者達、生徒達に届く。
だが、そこでブレスレットからフレイヤとロキの声が届く。
『リヴェリア、表情が固いでー。あともっとレヴェリアちゃんとくっついた方がええ』
『そこよ、レヴェリア! ぐっとしてがっーよ!』
それぞれの主神からの言葉に、2人は揃って顔を見合わせる。
「表情、固いか?」
「固いな。それと画角的に、もう少し近寄ってくれるとありがたい」
「分かった。ところで、お前のところの主神は何を言いたいんだ?」
「言わんとしていることは分かる。実際に言う通りにやってみよう」
レヴェリアの宣言にリヴェリアは身構える。
フレイヤがたわけていることは、レヴェリアからよく聞かされている。
ろくでもないことの可能性がとても高かった。
果たして、その予想は正しかった。
レヴェリアはリヴェリアの腰に片手をぐっと回し、自身にがーっと引き寄せ、頬と頬が当たる程の距離に顔を近づけた。
突然のことに目を白黒させるリヴェリアに対して、レヴェリアが得意げな顔で告げる。
「ぐっとしてがーっとしたぞ」
「お前というヤツは! 突然過ぎるだろう!」
ぷんすか怒るリヴェリアだが、かといってレヴェリアを引き剥がすことはしない。
2人は親しい間柄であり、また定期的に買い物やお茶をしたり、互いの部屋に行ったり来たりしている。
ロキをはじめとした神々は
だが、リヴェリアとしてはレヴェリアからこういう事を突然されても、驚きはすれども不快に思うことはない。
ジト目でリヴェリアが言う。
「おい、レヴェリア。顔が近いぞ」
「画角的にこのくらいがちょうど良いんだ。嫌か?」
「嫌とは言っていないだろう。ただ、みだりに肌を触れ合うのは良くない」
リヴェリアはそう言いつつも、ふと考えた。
2人でいる時、いつも何かをやらかすのはレヴェリアで、驚かされるのは自分。
偶には反撃してもいいだろう――
そう決めたリヴェリアは素早く片手をレヴェリアの腰に回して、自身の方により引き寄せてみた。
2人の頬と頬が触れ合い、身体がより密着する。
実のところリヴェリアはレヴェリアの裸に近い姿――マイクロビキニを見たことがあり、また彼女の背中や腰を直に触ったことがある。
以前、封印されていたり放置されていた漆黒のモンスターを討伐し、その後の休暇で
レヴェリアから乞われてリヴェリアは仕方がなく、彼女に日焼け止めのオイルを塗った。
そして、レヴェリアの素肌はきめ細やかで触り心地が良く、必要以上に触ってしまったという顛末だ。
吃驚した表情で顔を向けてくるレヴェリアに対して、リヴェリアはついつい笑ってしまう。
「……みだりに肌を触れ合うのは良くないんじゃないのか? 数秒前にお前自身が言ったことだろう?」
「この場ではもう触れ合っているのだから別に良いだろう」
ジト目で問いかけるレヴェリアに対して、リヴェリアは涼しい顔で答えた。
そして、彼女は更に追撃を掛ける。
「それとも嫌だったか?」
「嫌とは言っていないだろう……おい、脇腹を摘むな」
レヴェリアが答えている間にも、リヴェリアは
むにむにとしており、程よい柔らかさだ。
遠慮なく触っているとリヴェリアは、ある事に気がつく。
「お前、少し贅肉がついたんじゃないのか? 大食いばかりしているからだ」
「たわけ。私の体重に変動はない。お前こそ、もっと肉を食え」
レヴェリアは反論しながら、すかさずリヴェリアの脇腹を摘む。
こちらもまた柔らかな感触だ。
「あ、こら! 脇腹を摘むんじゃない!」
「お返しだ」
そこから2人による攻防が繰り広げられるが、その映像と音声はしっかり届いていた。
「ぐわぁああああああああ!」
ゼウスが後ろに吹っ飛んで床に倒れ伏した。
「ぬわあああああああ!」
ロキが胸を抑えて蹲った。
2柱とも尊さのあまりに大ダメージを受けていた。
「それでいいっ! それがベストっ!」
興奮気味に言いながらフレイヤはすげぇイイ笑顔で両手の親指をぐっと立てて、イシュタルはしたり顔で頷き、アフロディーテは――
「やるじゃない」
微笑みながら呟き、ウンウンと頷いてみせる。
ヘファイストスは呆れ顔となり、ヘラは微妙な表情で、ガネーシャはいつもより3割増くらいの声でもって己の名を叫んだ。
ウラノスは我関せず、沈黙を保つ。
「いったい何を見せられているんだ……?」
「百合じゃよ、百合。儂、あの間に挟まりたい……いや、神殿を立てて住みたい」
フェルズの呟きに、床に倒れたまま親指を立てながらゼウスは答えた。
神々が騒いでいる頃、時を同じくしてエルフの冒険者や生徒達も大騒ぎとなっていたが、レヴェリアもリヴェリアもそんな事は気にも留めず、互いに言いたいことを言っていた。
そんな一幕があったものの見学自体は順調に進んでいき、いよいよフレイヤ・ファミリアの番となった。
先陣を切るのはアイズ。
因縁の相手、黒竜を前にして戦意と憎悪を滾らせている――というわけでもなかった。
しかし、別の意味で彼女はやる気満々だ。
かつてレヴェリアが黒竜の鱗を叩き割ろうと悪戦苦闘していた頃、2人で一緒になってその鱗にペンキでラクガキをした。
今回、黒竜を前にしてそれをやらない理由がない。
オレンジ色のペンキがたっぷり詰まったバケツと塗装用の刷毛を片手に、彼女はレヴェリアを待ち構えていたのだ。
レヴェリアやフレイヤをはじめ、色んな意味で癖の強い面々と幼少期から過ごしてきたアイズはとても逞しく育っていた。
「これが黒竜……」
アイズは両親の仇である黒竜を見つめる。
その様子を見て、レヴェリアは安堵した。
画面越しでは大丈夫だったが、実際に見ると憎悪に心を囚われて暴走するかもしれない、と彼女は密かに心配していたのだ。
暴走を止める為、魔法や斬撃をぶっ放すことは黒竜へ与える影響を考慮すればできない。
その為、暴走の気配を感じたら背後から頭をぶん殴るつもりだった。
「アイズ、気分はどうだ? 大丈夫か?」
「見て、レヴェリア。あそこの傷、私のお父さんがつけたんだよ」
えへん、と胸を張って得意げな顔のアイズに、レヴェリアは相好を崩す。
これなら大丈夫そうだ、と彼女は確信しつつ、アイズの頭を優しく撫でる。
「世界が今まで存続していたのも、お前の両親やその仲間達、そして多くの戦士達が戦ってくれたおかげだ」
「うん。それじゃあレヴェリア……やろっか?」
にっこにこの笑顔でラクガキをしよう、と誘ってくるアイズに、レヴェリアは苦笑しつつ頷いてみせた。
黒竜の顔にラクガキをしていく様子は、神々と冒険者と生徒達にも勿論中継された。
神々と冒険者達は大爆笑したが、生徒達は一部を除いてドン引きしたのは言うまでもなかった。