初めて参加する神会にて、フレイヤは微笑みを振りまいていた。
ゼウスをはじめとした男神達が一斉に盛り上がり、女神達は悪態をつく。
ゼウスに対してはヘラが即座に顔面へグーパンを叩き込んでいたが、いつものことである為に誰も気にしなかった。
フレイヤ・ファミリアがオラリオ入りし、とある有力派閥から襲撃されたものの返り討ちにしたあの日から2ヶ月半。
レヴェリアが見せつけた苛烈にして鮮烈な戦いを神々が忘れる筈もない。
また、下層や深層を単独探索しているところを見たという証言があちこちの派閥の眷族から複数上がっていることもあり、話題には事欠かなかった。
そして、神々どころかオラリオ中を驚かせたのは数日前、レベル5にランクアップしたことがギルドから公表されたことだ。
襲撃時、レベル4でレベル5どころかレベル6を複数相手に回して勝利を収めるという、前代未聞の大偉業を成し遂げていたことが証明されてしまった。
あの戦いによってランクアップが可能となったのだろうが、すぐにそうしなかったのは熟練度を上げきる為であることは明白だ。
レヴェリアの強さは非常識に見えるが神々には予想がついていた。
全アビリティの熟練度をカンストさせて、ランクアップを繰り返せば成し得ると。
また、能力に補正が掛かるスキルなども持っている可能性が高いとも考えた。
スキルはともかく、熟練度に関しては分かりやすい事例がある。
ゼウスやヘラの眷族達だ。
さすがに全アビリティをカンストまでもっていける者は稀だ。
しかし、最低でも2つ、できれば3つはカンストもしくはその付近まで上げてから、ランクアップをするのが両派閥での方針となっている。
これに加えて、長年培われた様々なノウハウが継承されていることにより、同レベル帯でもトップクラスの強さを誇っていた。
もっとも、2ヶ月半程度で熟練度をカンストさせるのは尋常ではない。
しかし、証言を統合すると一度も地上に戻らずにずっとダンジョンに篭っているような気配が濃厚だ。
24時間ずっとモンスターと戦い続ける――理論的には最高効率だが、現実的には非常識極まりないことをやっている可能性を否定できなかった。
しかし、その方法を実行できるならば、短期間で熟練度をカンストさせられるのも不思議ではない。
ましてや、あの治癒魔法があるレヴェリアだからこそ、やりそうな気がしてならなかった。
やがて、開会時間となった。
今回の司会であるヘルメスが神会の開会を宣言し、出席者達に連絡事項があるかと尋ねるが――
「フレイヤ様を襲った派閥が翌日に解散したことくらいだな」
「襲撃理由が朝起きた時、今日はフレイヤ様が来る日だったことを思い出してやってみたとかいう雑な理由だった件」
「ヘラが締め上げて聞き出したとか何とか……」
「今、あいつはどこに?」
「ヘラがオラリオから追放したって聞いたが、絶対もう送還されているよな……」
「襲撃後、副団長になったっていうミアちゃんいいよな。ドワーフとは思えないくらいに可愛い」
「ディース姉妹の方が良いだろ、常識的に考えて。メスガキ姉妹に分からされたり分からせたりしたい」
「ギルドのロイマンが治安のことも少しは考えてくれって言ってた。今の治安ってどうなん?」
「良い方だろ、闇派閥みたいに無差別に襲ったりする奴はいないし」
「フレイヤ様のところを襲ったって言っても、冒険者が冒険者に仕掛けただけだ」
「恩恵を持っていない子に手を出さなければセーフ」
「あの時も市民の死者どころか、怪我人もいなかったから問題なし」
「格下って侮ってただろうけど、堂々と真正面からいったしな」
「毎回出るよな、治安の話」
「それでもガネーシャは悲しいっ! うぉおおおお!」
「「「「「うるさいガネーシャ!」」」」」
そんな会話がなされたが、他には出てこなかった。
故に、ヘルメスは命名式の開始を宣言する。
「それじゃあ命名式だ! ちなみに、フレイヤ・ファミリアの面々は最後とさせてもらうぞ! そっちのほうが盛り上がるからな!」
ヘルメスの宣言と共に命名式が始まり、いつものように神々が好き放題に言い合いながらも順調に決まっていく。
やがてフレイヤ・ファミリアの面々となると、フレイヤが案を出してそれがそのまま通っていく展開となる。
男神達は彼女の案にほぼ全員が賛成し、女神達の中からも他神の眷族の二つ名に興味がない女神の造反が出たからだ。
大勢の女神達が悪態をつきながらも、フレイヤの眷族達の二つ名が決まっていき――いよいよレヴェリアの番となった。
駄目元で神々の誰もが己の考えた二つ名を提案していく。
神々の嫁だの爆乳妖精だのとふざけたものから、褐色の死神などと厨二感溢れるものまで多種多様だ。
そのような中、フレイヤがゆっくりと口を開き――熱のこもった声で告げた。
「
その案を聞き、誰もがあの時の光景を思い出す。
その二つ名はこれ以上無いほどにしっくりときた。
フレイヤのことが気に入らない大多数の女神達からも反論が出ない程に。
「本当は
てへぺろと舌を出すフレイヤに男神達は心が撃ち抜かれた。
ヘルメスもその一人であったが、彼は司会役として聞かなければならないことがあった。
神会という公式な場だからこそ、明らかにするべきことを彼は尋ねた。
「フレイヤ様、レヴェリア様が
「マジよ。私、生きている間だけじゃなくて死んだ後もあの子の隣にいることを約束したの」
その途端、男神達は大盛り上がりとなる一方で、女神達は何やら悪いことを企んでいそうな顔となった。
素直に祝福している女神やそもそも興味がない女神もいるが、少数派だ。
「人妻フレイヤ様概念……これは神々にも死者が出るぞ」
「あのフレイヤ様が人妻っていうのが興奮するよな」
「しかも相手がレヴェリア様……興奮する要素しかなくないか?」
男神達が口々に言い合う。
以前の戦いっぷりや振る舞いなどからレヴェリアにも神々はノリで様付けをしており、それはすっかりと定着していた。
「寝取ってやる」
「あのくらい綺麗な子なら大歓迎だわ」
「薬漬けにして娼館に沈めて、堕ちていく様を見たい」
不穏な発言をする女神達に男神達もそれは見てみたいと同調するが、こういうノリはいつものことである。
たとえ本当に実行する女神がいたとしても、レヴェリアの虜になるのがオチだとフレイヤは予想していた。
神々にとって未知の塊である彼女は、それだけ魅力的だ。
「ところで、神会はもう終わりでいいのかしら?」
フレイヤの問いかけに司会役のヘルメスが最後に何かないかと尋ね――特に何も出てこない。
それを確認した彼女は立ち上がると、ヘルメスが問いかける。
「フレイヤ様、何か用事でも?」
「ええ、レヴェリアとデートなの。お先に失礼するわ」
その言葉を聞いた瞬間、神々が騒ぎ出す。
会場が雄叫びやら叫び声やら悲鳴やらが飛び交う中、フレイヤは悠々とその場を後にした。
バベル前でレヴェリアと合流し、服飾店街でショッピングを楽しんだ後、隠れ家的なカフェへと入った。
そして、互いに注文したものが届いたところでフレイヤは何気なく切り出した。
「そういえば、あなたの二つ名だけど」
今の今まで全く何も言ってこなかったが為、碌でもないものに決まったんじゃないだろうなと密かに疑っていたレヴェリア。
フレイヤをじっと見つめながら、彼女は尋ねる。
「……美神の伴侶と書いて、ヴァナディース・オーズと読むのではなく私の嫁とか私の夫という読み方にしたとかいうオチは無しだぞ?」
「さすがにそんなことはしないわよ。もう、失礼しちゃうわね」
口を尖らせつつも、フレイヤは不思議に思う。
「あなたって神々寄りの感性をしているから、てっきり二つ名は無難なものがいいって思ったのだけど……どうして?」
「二つ名だからな。やっぱり迫力があるものがいい。厨二でもカッコ良ければいい」
「そういうものなの?」
「そういうものだ。何より、私の承認欲求がいい感じに満たされる」
なるほど、とフレイヤは頷いて、その二つ名を告げる。
「黄金の戦乙女と書いてヴィンゴルヴ」
「良いじゃないか。迫力もあって凛々しい」
「ふふん、もっと私を褒めなさい」
ドヤ顔のフレイヤに対して、レヴェリアは仕方がないなと苦笑しつつも褒めてやる。
満面の笑みを浮かべて彼女は調子に乗った。
「ねぇ、レヴェリア。二つ名を頑張って決めてきた私に、ご褒美としてあなたのチョコケーキ……少し頂戴」
「少しってどのくらいだ?」
「あなたの気持ちでいいわ。食べさせて」
そう言って前傾姿勢となって、口を開けて舌を出すフレイヤ。
レヴェリアは3分の1程を切り分けて、フォークに刺してそれを彼女の口へ。
あむ、と食べたフレイヤは嬉しそうな笑みを浮かべて咀嚼する。
対するレヴェリアも対価を要求した。
「お前のマロンケーキも貰う。いいな?」
「勿論よ、食べさせてあげる」
彼女達が互いに食べさせ合う光景に、店主や店員達、他の客達が見惚れていたのは言うまでもなかった。
「うぉおおお!」
雄叫びと共に大剣を構えながら青年は駆けた。
目指すは悠然と佇む黒妖精の美女――レヴェリアだ。
神会から帰ってきたゼウスによる、レヴェリアへの挑戦解禁宣言。
それを受け、彼――ザルドは真っ先にホームを飛び出してきたのだ。
レヴェリアとフレイヤが今はデートしているというゼウスの情報を手がかりに探し回り、ようやく見つけた彼女に対して襲いかかった。
一息で彼女へ迫り、大剣でもって切り裂かんとしたところで――抗えぬ程の力で吹き飛ばされた。
建物に突っ込んで瓦礫に埋もれながら、彼は何が起こったのかを戦士の本能でもって理解した。
軽く撫でられた、と。
あまりにも隔絶した力の差に一瞬茫然自失としたが、彼はすぐに立ち上がった。
瓦礫をかき分け、表に出た彼は獰猛な笑みを浮かべる。
闘志を剥き出しにした彼を出迎えたのは――レヴェリアからの不審者を見るような視線だった。
そんな彼女とは正反対であるのがフレイヤだ。
事前にゼウスとヘラから伝えられていた為、この日を今か今かと待っていた。
レヴェリアのかっこいいところが見られるからこそ、ゼウスとヘラの眷族達の挑戦を承諾したと言っても過言ではない。
無論、その対価に頂けるものは頂いていたが。
裏取引があったことなどおくびにも出さず、いつもの調子で彼女は尋ねる。
「ねぇねぇ、レヴェリア。誰? 知り合い?」
フレイヤはあれこれ聞くが、その口は強制的に閉じられた。
レヴェリアが両手で彼女の頬をむにゅっと挟んだ為に。
愉快な顔となったフレイヤに対して彼女は告げる。
「いきなり斬り掛かってくるような奴は知らん。どっかの派閥の第一級冒険者かもしれないが……多すぎてまだ覚えきれていない」
今のオラリオは第一級冒険者が極めて多く、レベル5では幹部にすらなれない派閥も多い。
レベル4やレベル3となればそれこそ石を投げれば当たるくらいにおり、レベル2やレベル1はもっと多い。
この2ヶ月半ほぼずっとダンジョンに単独で篭っていたこともあり、レヴェリアはレベル7とレベル6の冒険者しかまだ把握できていなかった。
しかしながら、この場に居合わせた神々や冒険者達、市民達によって彼女は青年の正体を知ることとなる。
「【暴喰】のザルドを一撃で……!」
「ゼウス・ファミリアのレベル5だぞ」
「さすがは【
そういった声を聞きながら、レヴェリアは尋ねる。
「ゼウス・ファミリアのザルドで合っているか?」
「ああ、そうだ。俺も少しは有名になったと思ったんだが……どうやら、そうでもなかったらしい」
「安心してくれ、しっかりと覚えた。しかし、人がデートをしている最中に斬り掛かってくるとは如何なものか? 時と場所と場合を弁えてくれ」
至極当然の訴えであったが、ザルドは意に介さずに告げる。
「悪いな。あの戦いを見てから、どうしても戦いたくて仕方がない。許してくれ」
その言葉にレヴェリアは溜息を吐いて――動いた。
ザルドからすれば消えたようにしか見えない、圧倒的な速さでもって彼女は彼の頭を掴んで顔面から地面に叩きつけた。
まったく容赦がない攻撃を目撃したフレイヤは、顔を顰めながら両手で口元を抑えた。
「痛そう……」
「子供みたいな感想だな」
「だって、本当に痛そうだもん。治してあげたら?」
「仕方がないな……」
レヴェリアの治癒魔法でザルドは瞬時に全快し、勢いよく起き上がった。
彼の目はギラギラと輝いており、闘志は微塵も失われていない。
「ここは
にやりと笑うザルドにレヴェリアは無言で動いた。
「行くぞ」
「すっごく痛そう……」
「もう知らん」
再び顔面を地面にめり込ませたザルドを放置して、レヴェリアはフレイヤの手を引いてさっさとその場を後にした。
だが、これで終わりではなかった。
この日を境にゼウスだけでなくヘラの眷族達も、街中であろうとダンジョン内であろうと戦いを挑んでくるようになった。
単独あるいはパーティを組んできたりと様々であったが、同格以下であった為にレヴェリアは全員を返り討ちにした。
なお、彼女はゼウスとヘラに抗議するようフレイヤにお願いしたが――フレイヤはヘルメスを通じて軽く抗議する程度に留めた。
何かしらの取り決めがあることを察したレヴェリアは、経験値稼ぎと彼等彼女等の『技と駆け引き』を学び、己の技量を高めるチャンスだと思うことにした。