「レヴェリア、助けてくれ!」
そう叫びながら駆け寄ってきた人物に、レヴェリアはきょとんとしてしまう。
彼女はフィンに黒竜の現況を踏まえた戦術を提案すべく、黄昏の館に向かっている最中だ。
件の人物はレヴェリアの進行方向――つまり、黄昏の館方面からやってきた。
「ベート、どうかしたのか?」
助けを求めてきたのはベート・ローガであった。
着実にランクアップを重ね、実力をつけてきた彼は今や押しも押されぬロキ・ファミリアの幹部だ。
彼が血相を変えてレヴェリアに救援を求めるというのは、これまで無かった事態である。
ロキ・ファミリアで何か異常事態が起きたのか、と考えたレヴェリアであるが、彼が告げた言葉は予想外のものだった。
「どうしてお前は複数の女性と付き合えているんだ……?」
その言葉でレヴェリアはおおよその事情を把握した。
ここ数年、ベートの女性関係は本人が望んでもないのに刺激的だ、と彼女もちらほら聞いていた。
彼は故郷から追いかけてきた幼馴染のレーネと付き合っている。
だが、遠征で何度も助けた同派閥の治療師リーネ、ダンジョンでモンスターに分断されて孤立していたところを助けたらしいヴィーザル・ファミリアの団長セレニア、初参加した合宿で偶然ベートから一発いいのを腹にもらったイシュタル・ファミリアのレナにも好意を持たれているらしかった。
レーネが怒っているかと思いきやそうでもないらしく、ベートに対して協同で包囲網を敷いているらしい。
ともあれ、この場ではマズイ。
神々に愉快な話題を提供してしまうので、近場にある個室カフェにレヴェリアが誘えばベートは承諾。
個室に入って適当に注文を行ったところで、レヴェリアが切り出した。
「ベート、無理なら無理ときっぱり断ればいいだろう?」
「それができたら苦労はしない……」
ベートが告白を断れない性格である、とレヴェリアは欠片も思っていない。
となると、理由は一つ。
「諦めないのか? 相手方が」
「そうだ。しかもレーネも乗り気でこっちの逃げ道を塞いでくる……対処できねぇ」
その言葉を聞いてレヴェリアはにこやかな笑みを浮かべた。
「ベート、これも男の甲斐性だ。全員纏めて面倒を見てやれ。ただし、レーネを第一に考えるんだぞ」
「もうちょっと考えてくれよ……」
「といってもな……1人ずつ腹を割って話し合えとしか言えん。レーネの真意も確認しないといけないだろう」
「やっぱりそうなるよな。俺だって分かってはいるんだが……」
テーブルに突っ伏して、深い溜息を吐くベート。
そんな彼に対して、レヴェリアは澄まし顔で告げる。
「ちなみにだが、ベート……ハーレムはいいぞ」
「うるせぇ、色ボケ……」
レヴェリアの言葉に対して、突っ伏したままベートはそう返す。
その時、個室の扉が開いて店員が注文したものを運んできた。
店員が注文品をテーブルに置いて出ていった後、ベートはのそのそと顔を上げた。
「……相談に乗ってくれてありがとな。ここの支払いは俺がするから」
「ではお言葉に甘えるとしよう。ありがとう」
気恥ずかしいのか、ぶっきらぼうに告げる彼に対して、レヴェリアは素直に感謝を述べるのだった。
ベートと別れた後、レヴェリアは黄昏の館に到着し、フィンに対して考案した戦術の説明を行った。
それを聞いた彼は告げた。
「レヴェリア、君はまるでビックリ箱みたいだね。何が飛び出してくるか分からない」
「貶しているのか? それとも褒めているのか?」
「勿論、褒めているとも」
フィンの言葉に対してレヴェリアが尋ねれば、にこやかな笑みを浮かべて彼は答えた。
レヴェリアが提案した戦術は
統合戦場管制と題して説明した結果、先程の彼の感想に繋がった。
「リヴェリアから
そこでフィンは言葉を切り、少しの間を置いて更に続ける。
「君の案は戦闘、いや戦争の概念そのものが変わるね」
セタスにて、アスフィが空からの襲撃で艦隊を潰したことをリヴェリアから聞いた時も驚いたものだが、レヴェリアが披露した案はより衝撃的だ。
空を飛べれば一方的に攻撃ができることは誰だって分かる。
一方、レヴェリアの案はまったく未知のモノであるが、それがどれだけ有効であるかをフィンは容易に理解できた。
指揮官と情報のやり取りをする補佐官達を空に浮かべて、戦場全体を俯瞰させつつ地上の冒険者達及びオラリオにいる神々と映像・音声の両面で情報共有をリアルタイムで行うことで的確に指揮を取る――
レヴェリアの案は未来をあまりにも先取りし過ぎたものだ、とフィンは素直な感想を胸に抱きながら、懸念点を告げる。
「アルテナや帝国に知られれば、将来的に厄介なことになりそうだね」
「かといって、打てる手があるのにやらないという選択肢はない」
フィンの言葉に対して、レヴェリアが指摘すれば彼は頷いてみせる。
黒竜にどんな特殊能力が備わっているか不明である以上、やれることは全てやっておいた方が良いのは言うまでもない。
幸いにも『風印』は閉鎖空間ではあるが十分に高度が取れる為、この戦術は実行できるだろう。
「それにお前の投槍魔法も都合が良い」
その言葉からフィンはレヴェリアが何をさせたいのか、どこを目標とするのかも即座に察する。
空中から投槍魔法を放つ――それを彼は既にリヴァイアサンでやっていた。
「黒竜の口が目標だね? 黒竜が君の重力魔法から逃れてブレスなり咆哮なりで口を開いた瞬間、【ティル・ナ・ノーグ】でもって槍をブチ込む」
鱗で覆われた体表よりも口の中の方が柔らかい可能性は高く、大きなダメージを与えられることが期待できる。
何よりも口内を思いっきり傷つければ、咆哮やブレスを封じることすらできるかもしれない。
フィンの言葉に対して、レヴェリアは頷いて告げる。
「位置取りが重要になってくるが、お前ならやれる。
「そのチャンスは大いに利用させてもらうさ。もっとも、君がその前に黒竜を倒してなければだけどね」
互いに言い合って、笑い合う。
ひとしきり笑ったところで、レヴェリアが尋ねる。
「未知の特殊能力対策として贅沢な戦術も考えてきた。神々の補佐が必要になるものだが……聞くか?」
「勿論、聞くよ」
「ヘイズ、アミッド、レフィーヤの3名でローテーションを組み、各々の治癒魔法の効果時間を正確にカウントして、負傷者がいようがいまいが戦闘中絶えず治癒魔法を掛け続ける……という戦術だ」
「脳筋過ぎる……」
素直な感想を伝えて、フィンは肩を竦めてみせる。
とはいえ、それが有効かつ実行可能であるのも確かだ。
効果時間のカウントはタイマーを持たせた神々に任せて、3名と直にやり取りしてもらえばいい。
レフィーヤが使う治癒魔法はレヴェリアのものである為、その召喚の為に詠唱がヘイズとアミッドよりも長くなることがやや不安な点ではある。
だが、正確な秒数カウントで十分解決可能だ。
「君はそのローテーションに参加しないのかい?」
「ああ、予備としてくれ。基本的には黒竜の顔周辺に張り付いて、嫌がらせをしておく」
「ベヒーモスやリヴァイアサンの時みたいに?」
「そうだ。無論、必要ならば支援を飛ばす。その場合は指示をくれ」
レヴェリアの言葉に、フィンは頷いて結論を伝える。
「その戦術も含めて採用しよう。【英傑】と【女帝】には伝えたかい?」
「まずはお前に伝えて、穴が無いか確認してもらおうと思ってな。この後、伝えに行く」
「僕も一緒に行こう。その方が手っ取り早い」
フィンの提案に、レヴェリアは快諾するのだった。
レヴェリアは思わず目を疑った。
【英傑】と【女帝】からも新しい戦術について賛同を得られた為、気分良くホームに帰ってきた。
だが、門前には少女――ティオナが立っていた。
それだけならば別に不思議でもないのだが、レヴェリアが吃驚したのはその装いだ。
ティオナは白い帽子と同色のワンピース姿であり、普段の格好からはかけ離れたものだった。
「あ、レヴェリア……」
相手はレヴェリアに気づき、名を呼んだ。
その時、突如としてレヴェリアの脳内に溢れ出す存在しない記憶。
夏の田んぼ道、ワンピース姿のティオナと一緒に雲一つない青空を眺めながら、のんびり散歩をしながら他愛のない話をして――
見惚れているレヴェリアに対して、ティオナはおずおずと声をかける。
「そ、そのさ……今から、お昼ご飯とかちょっと遊びに行ったりとか……どうかな?」
そこでレヴェリアは我に返った。
彼女の問いかけに対する答えは決まっていた。
「勿論だ。このまま出かけよう……その服装、よく似合っているぞ」
「えへへ、ありがとう……」
微笑みながら告げるレヴェリアに対して、照れ笑いをしながらティオナはそう返した。
そして、彼女は内心で思う。
レヴェリア、ものすごい喜んでる。この服にして良かった――!
ティオナが着ているワンピースはフレイヤが選んだものだ。
レヴェリアの事に詳しい専門家であるフレイヤが太鼓判を押したものであり、ティオナは彼女を信じて
コレを着て清楚な感じになることで、レヴェリアに対して
そう告げたフレイヤは正しかったのだ。
しかしながら、今回のデートのきっかけとなったのはティオネとアイシャだ。
黒竜偵察後、『学区』に行ったり臨時合宿があったりとレヴェリアの手が空かなかった。
またティオナが色恋方面ではティオネと異なり、押して押して押しまくる気質ではなかったことも影響し、時間だけが過ぎていった。
これでは埒が明かない、と見かねたティオネ、そして姉妹の姉貴分であるアイシャがフレイヤに直談判し、あれこれ相談した結果――今回の一件に繋がった。
すなわち、レヴェリアが外出して戻ってきた時、ホーム前でティオナが待ち構えてデートに誘おう大作戦である。
事前にフレイヤがレヴェリアの外出予定を聞き出していたこともあり、極めてスムーズなスタートだ。
もっとも、これ以降の作戦はない。
始まってさえしまえば、あとはレヴェリアが上手くやるという確信があった為だ。
「ティオナ、幾つか良い店があってな。どこで食べるか、見て回りながら一緒に決めよう」
「うん、行こっか」
そこでレヴェリアが手を差し出せば、はにかんだ笑みを浮かべながらティオナは手を握るのだった。