振り下ろされた斧の一撃をベルは最小限の動きでもって回避しながら、手に持つ長剣でもって突きを繰り出す。
しかし、相手はその巨体にも関わらず、機敏に動き彼の狙いを外す。
彼とは幾度も戦っているが、全てベル・クラネルの勝利に終わっている。
ベルが戦っているのは黒いミノタウロス――異端児、アステリオス。
何故かベルと戦いたがり、負ける度にダンジョンの深層――51階層よりも下へ――単独で潜り、己の腕を磨いている。
誕生して1年も経っていないのに、控えめに見積もってもレベル7相当の実力を誇っていた。
通常のミノタウロスであった頃、彼と戦ったことがあるのかもしれない――とベルは考えるも、当時を思い出せば頬が引き攣る。
アルフィアをはじめ、オラリオトップクラスの実力者達にしごかれてきた。
当たり前であるが、彼等彼女等はミノタウロスよりも遥かに強く、理不尽の塊だ。
新米時代、中層に放り込まれ、1人で戦えなんてこともザラにあったが、それでもアルフィア達と戦うよりは遥かにマシだ。
ミノタウロスは不可視かつ高速で、射程も長く、短文詠唱で発動も速い音の砲撃をぶっ放してこない。
本人曰く、手加減していたらしいが、それで骨の1本2本を簡単に折ってくるのはやめてほしかった。
ベルとアステリオスの戦いを、リューは優しい笑みを浮かべて観戦していた。
どうして彼女がいるか、というとアストレア・ファミリアに出された依頼によるものだ。
依頼人はフェルズであり、依頼内容は異端児の隠れ里に物資を運んでほしいというもの。
定期的に居住地を移動している彼等彼女等は、今回は30階層の未開拓領域にいた。
ベルが隠れ里にいたのは偶然であり、アストレア・ファミリアが隠れ里に到着した時には既に戦っていた。
リドによると以前、ベルが保護したヴィーヴルの少女、ウィーネの様子を見に来たとのことだ。
彼女が彼によく懐いていることはアリーゼ達も知っていた。
ウィーネと遊んでいたら隠れ里に帰還していたアステリオスに勝負を挑まれた――という経緯だった。
「リオン、すっごく優しい顔でベルを見ているわね!」
物資の搬入と確認が終わったアリーゼがリューに言った。
しかし、彼女は慌てない。
クソ雑魚ポンコツ妖精から脱したいからこそ、こういう場合では一呼吸置くよう心がけていた。
「ええ、アリーゼ。やはりその、つい……」
それはそれとして、やっぱりちょっと恥ずかしいのでリューは頬を赤くしながら、曖昧に誤魔化す。
「リオン、そのままの勢いでキスして押し倒せ。昂ぶったベルのベルを鎮めてやれ」
ゲスな笑みを浮かべてライラが言った瞬間、リューの顔は耳どころか首まで真っ赤になった。
一呼吸置くのは消し飛んだ。
「ライラ! 破廉恥な!」
「おー、やっぱりリオンはこの反応じゃないとなー」
けけけ、と笑うライラにリューの怒りのボルテージが上がっていく。
そんな2人のいつものやり取りを微笑ましく思いながら、アリーゼはチラッと輝夜へ視線を向ける。
いつもと変わらない猫を被ったニコニコ笑顔だが、アリーゼ――否、アストレア・ファミリアの面々には分かる。
上機嫌であり、内心から滲み出る嬉しさを隠しきれていなかった。
その理由は彼女の髪につけられた、貝殻に装飾を施した髪飾りにある。
メレンへ慰安旅行に行ってきたレヴェリアからのお土産だ。
海岸で拾った綺麗な貝殻を材料に、彼女が作ったものであった。
花火大会を自前で開いた?
あいつ、本当にバカだな――
メレンで起きた出来事を人伝に聞いて、ぷりぷり怒っていた輝夜だが、レヴェリアがお土産を持ってホームを訪れて、何やら約束をしたことで機嫌は反転急上昇していった。
意外とチョロい――それが輝夜に対するここ最近の印象だ。
それはそれとして、花火を見てみたいというのが全団員の総意であり、レヴェリアに花火大会をオラリオで開催してもらおうという企みが密かに進行していた。
レヴェリアもレヴェリアで女性に対してはとてもチョロいので、頼めばやってもらえそうであった。
「団長様、少し寄り道してきてもよいですか?」
そんな輝夜の問いかけに、アリーゼは首を傾げる。
既に依頼は完了しており、ベルとアステリオスの戦いが終わったら軽く彼に挨拶をして帰るだけだ。
急ぐわけでもないので、寄り道は問題ないが内容による。
「どこに寄り道を?」
「この階層の端っこに、たわけたダークエルフが弟子達と篭もっているようなのでー」
間延びした口調で答えた輝夜に、アリーゼはニマニマと笑みを浮かべる。
たわけダークエルフと彼女が言う相手はこの世に1人しかいない。
同じ階層である為、特に問題はない。
「ところで、何で輝夜は知っているの?」
「土産を渡しに来た時、直近のスケジュールを聞いた」
猫被りをやめて答えた輝夜に対して、アリーゼはウンウンと頷いた。
「いわゆる愛が重いってやつね!」
「いや、スケジュールを聞くくらいは普通だろう」
そう答えている輝夜だが、聞いたのはスケジュールだけではない。
誰と会うか、どこに行くのか、ダンジョンに潜るならば誰となのか、期間はどれくらいかなど事細かに聞いていた。
それによると今回、レヴェリア達のダンジョン篭もりの階層が浅いのは、春姫及びカサンドラの鍛錬が目的だという。
両者共に性格的に戦闘向きではない為、そこを考慮しつつも
その『最低限』という基準はフレイヤ・ファミリアにおける最低限であった。
なお、今回の期間は1週間と短めであり、計算通りならばちょうど今日レヴェリア達も帰還する予定となっている。
寄り道と言っているものの、タイミングが合えばレヴェリア達と一緒に帰ろうと輝夜は考えていた。
「あのへっぽこ狐の腕前も少しはマシになっただろう」
「輝夜、そんな事を言ってはいけないわ! 春姫だって頑張っているんだから!」
「そうだな、あのへっぽこ狐も変なところで思い切りが良いからな。どこぞのたわけたダークエルフに似たんだろう」
へっぽこ狐こと春姫はレヴェリアを通じて輝夜と面識を持ち、今では自作の漬物や梅干しといったものをお裾分けしたり、味噌汁の味付けや具材について話し合ったりする仲だ。
レヴェリア達から戦闘面に関しては色々と教えられており、また合宿の戦闘や合同遠征の最前線には参加していないもののサポーターとして同行してきた。
そこらの連中では歯が立たない程度の強さはあるのだが、輝夜からするとどうにも全体的にへっぽこである。
「場所は分かるの?」
「ヤツから地図を貰っている。多少遅れると思うが、あとで追いつく。もしかしたら、奴らも一緒に来るかもしれんがな」
輝夜の言葉に、アリーゼは承知したと言わんばかりに頷いてみせる。
しかし、そこで終わらないのが彼女である。
レヴェリアと輝夜が出会って、何も起こらないわけがなく――そう考えて、アリーゼは告げた。
「輝夜、ダンジョンの中でエッチなことはやめたほうがいいわ! せめてリヴィラで!」
「団長様もたわけたダークエルフに毒されているようで……斬るぞ」
「きゃー! 輝夜が怒ったわー!」
叫びながら逃げていったアリーゼに輝夜は溜息を吐き、レヴェリア達がいる場所へ向かうのだった。
群れの先頭にいたブラッドサウルスの突進を身体をズラすことで避け、すれ違いざまにその柔らかい下腹部に刀身を突き立てて割いていく。
重量級の恐竜種モンスターのうち、ブラッドサウルスはこの層域に出現する中では最強クラスのモンスターだ。
しかし、春姫は動じることなく、群れに飛び込んで恐れる心を奮い立たせて刃を振るっていく。
ブラッドサウルスは攻防ともに優れており、並の斬撃や打撃は通らないが弱点はある。
その最たるものが鱗で覆われていない下腹部だ。
狙うにはコツが必要であったが、春姫はこれまでの鍛錬によって得られた経験を存分に活かしていた。
最低限の自衛とは何か?
足を引っ張らないこと、自分の身を守れること、いざという時には最低限でも役に立てること――入団以来、レヴェリア達や他の団員達、他派閥との交流で春姫はそのように結論付けた。
性格的に向いていないことは彼女自身、百も承知。
傷つけるのも傷つくのも怖い。
だが、それよりも――いざという時、己が無力であるがゆえに、自分以外の誰かが傷つき倒れるのを見ているだけなのは嫌だった。
同じく性格的に向いていないカサンドラも頑張っているからこそ、自分だけ何もしないということは尚更できなかった。
こ、怖いけど一緒に頑張ろう――
カサンドラは事あるごとにそう声を掛けてきたことも、春姫が頑張れる理由だ。
そのカサンドラもまた杖でブラッドサウルスを撲殺していた。
治癒力を高めつつ、打撃武器としても高い威力を誇るレヴェリア謹製のものである。
おどおどした表情で、杖を巧みに振り回してデッカイ恐竜達を叩き潰していた。
一方、春姫が振るうのは極東では一般的な刀だ。
彼女の得物決めは色々と迷走した。
長剣や短剣に大剣、槍やハルバード、薙刀や鎖鎌などアレコレ試した結果、刀に落ち着いていた。
「うーーーん……カサンドラもそうですけど、春姫も妙な迫力があるんですよねー」
得物のせいですかねー、とヘイズは首を傾げながら呟いた。
そして、チラリと視線を向ける先はレヴェリアだ。
今、カサンドラと春姫が戦っているモンスター達を殲滅すれば今回のダンジョン篭もりは終わりとなる。
その為、持って帰る魔石とドロップアイテムの厳選をしていた。
浅い階層であり、換金したとしても得られる金銭はたかが知れている。
しかし、レヴェリアは手を抜くことなく真剣に吟味していた。
その様子を見て、ヘイズは思う。
レヴェリア様の真剣なお顔、ちょーカッコ良くてちょー綺麗ですねー。
この間の旅行でも皆の前で……ぐへへへー。
慰安旅行の夜を思い出し、ヘイズがだらしのない表情となったところで、様子に気がついたヘルンがジト目で問いかけた。
「ヘイズ、何を見ているの?」
「そりゃもうレヴェリア様のご尊顔ですよー。この前の旅行では私との絆をたっぷりと皆に見せることができましたしー」
「……一瞬だったくせに」
「人のこと言えないですよねー? というか、ヘルンのイキ方、ヤバすぎではー?」
雷に打たれたのか、と思うくらいにヘルンはヤバかった。
皆の前で見られながらだった上、レヴェリアがアレコレ囁いてきたので、それによっていつも以上に感じた――それが事実であったが、そんな事を言えるわけがない。
「うるさい」
忌々しげな表情を浮かべて誤魔化したヘルンに対して、ヘイズはニヤニヤと笑みを浮かべる。
何となく彼女も察しがついていたが、これ以上からかうと顔を羞恥と怒りで真っ赤にして剣をぶんぶか振り回してくるので自重する。
「イキ方がヤバかったのはヘイズも同じでしょうに……」
「レヴェリア様に抱かれて、イキ狂わない方がおかしいんですー」
呆れながら言ったアスフィに対して、いけしゃあしゃあとそう答えるヘイズ。
彼女もいつも以上に興奮したタイプであったが、それはアスフィも同じだ。
「アスフィも可愛かったですよー。顔を両手で覆って見ないでって叫んで……思い出したら興奮しちゃいます。じゅるりー」
「わざとらしく舌なめずりしないでください。ぶっ飛ばしますよ? だいたい、アレは全部レヴェリア様が悪いんです」
そう言って睨みつけてくるアスフィに対して、ヘイズはけらけら笑う。
そうこうしている間に、ブラッドサウルスは残り僅かとなっていた。
「また随分と色ボケた話をしていますねぇ……」
輝夜が現れたのは、そんな時だった。
「どうですか、輝夜さん。私も少し……ほんのちょっとだけ強くなりましたよ」
えへん、と大きな胸を張ってみせる春姫。
そんな彼女に対して、輝夜はおでこを軽く小突いた。
「頑張りは認めるが……まだまだだな、へっぽこ狐」
「あぅ……えへへ」
小突かれた春姫ははにかんだ笑みを浮かべてみせる。
素直に褒めることが輝夜の性格的に苦手であり、これが彼女なりの褒め方であることを春姫は知っていた。
それを見て、アスフィは呆れながら言った。
「まったく、素直じゃないんだから……」
輝夜はレヴェリアへ会いにホームへ度々来る為、アスフィとも交流がある。
レヴェリアが好む極東の料理について教わることもよくあり、友人と言える程度に仲は良い。
そこに輝夜と春姫のやり取りを見ていた、ヘイズが何気なく尋ねる。
「この光景、てぇてぇってヤツですかねー? 神様達がよく言っているやつー」
「それを言うなら『尊い』よ。ちなみに、今のレヴェリア様とカサンドラもおそらく同じの筈」
ヘイズの問いにヘルンが答えた。
彼女達から少し離れたところでは、頑張ったご褒美として、レヴェリアに頭を撫でられているカサンドラの姿があった。
そこで春姫が何気なく問いかける。
「ところで輝夜さん、どうしてここに?」
「どこぞのたわけたダークエルフに、ダンジョン篭もりをしていると聞いていたからな。依頼ついでに様子を見に来た」
たわけたダークエルフという単語を聞いて、一斉に視線がレヴェリアへ向く。
その視線に気づいて、彼女はカサンドラから輝夜へ顔を向けてにこりと微笑んでみせた。
「依頼……ですか?」
さらなる春姫の問いかけに、輝夜は頷いてみせる。
「異端児の隠れ里への物資輸送だ」
なるほど、と一同は納得した。
この階層にも隠れ里があることは彼女達も知っていた。
「ふむ、どうせなら一緒に帰るか?」
「おやおや……そこらの陰に連れ込まれて、あんなことやこんなことを目論んでいらっしゃるので? もしや、全員纏めて食うおつもりでは……?」
「ダンジョンの中ではやらないぞ」
「ダンジョンの外ではやる、と……」
それからしばし、レヴェリアと輝夜のやり取りが続く。
しかしながら、アスフィ達からすれば慣れたものだ。
やがて会話が途切れたところで、レヴェリアが尋ねた。
「で、輝夜。結局のところ、一緒に帰るか?」
「ああ、そうしよう。アリーゼ達と合流しても?」
「構わないぞ」
初めからそのつもりだったくせに、とアスフィ達はジト目で輝夜を見つめるが、彼女は素知らぬ振りをした。
それからレヴェリア達も輝夜の案内でアリーゼ達と合流し、揃って地上へ帰還するのだった。