「……毎回言っていることだが、お前の故郷は絶対極東にあるだろ」
ジト目で輝夜はレヴェリアに対して言った。
ここはアストレア・ファミリアのホーム、輝夜の私室だ。
先のダンジョン篭もりを終えてから数日の間を置いて、レヴェリアは輝夜といつもの平屋にて過ごした。
そして、アストレア・ファミリアのホームまで輝夜を送り届けたのだが、そこで彼女が茶でも飲んでいけ、といつものように言ってきたので有り難く頂戴することとなった。
今回、輝夜が出してきたお茶は梅昆布茶だ。
レヴェリアは目を輝かせて啜り、お茶請けに出された醤油煎餅を齧っていた。
「違うんだな、これが」
レヴェリアの答えに輝夜は肩を竦めた後、ちょっかいを掛け始めた。
ちゃぶ台の下から足を伸ばし、対面にいるレヴェリアの膝を爪先でつつく。
しかし、レヴェリアは動じない。
彼女的にはこういうちょっかいは大歓迎である。
やがて輝夜は爪先ではなく足裏で膝を押し始めたが、程なくしてちょっかいを掛けるのをやめた。
そして、彼女は対面からレヴェリアの真横へ移動し、もっと直接的な行動に出る。
レヴェリアの長耳を摘んでみたり、その頬をぐにぐにと引っ張ってみたり――
無言で好き放題する輝夜に対して、レヴェリアは何も言わない。
ある程度弄くり回して満足したのか、輝夜はレヴェリアの膝の上に背を向ける形で遠慮なく座った。
こういう時、どうすればいいかレヴェリアは心得ている。
彼女は躊躇なく輝夜を後ろから抱きしめた。
「んっ……」
声を漏らしながら、輝夜は顔を後ろへ向ければレヴェリアと目が合った。
彼女は微笑み、そしてゆっくりと顔を近づけてくる。
口付けの求めに対して、輝夜は拒むことなくそのまま受け入れた。
そのまま口付けを交わしながら、レヴェリアの片手が輝夜の胸へと伸びて、着物の上から触れた。
その刺激にやや身じろぎするが、輝夜は拒まない。
手のひらで包み込むように優しく揉んでいると、甘い声が彼女の口から漏れ出してきた。
頃合い良し、とレヴェリアが着物の中へ手を滑り込まそうとした、その時だった。
ドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
どちらからともなく顔を離し、レヴェリアは手を輝夜から退ける。
そして、輝夜は何事もなかったかのようにレヴェリアの対面に座った。
「……続きは後で。絶対だぞ」
「勿論だ」
輝夜の言葉にレヴェリアが答えてから数秒後、扉越しにアリーゼの声が響いた。
「輝夜! レヴェリア様! 悪いけどちょっといいかしら?」
予想外の言葉に、レヴェリアと輝夜は顔を見合わせた。
副団長である輝夜を呼ぶのは分かるが、部外者であるレヴェリアまでも呼ぶとは厄介事の気配しかない。
「だ、そうだが?」
「別に構わないとも」
確認の為に声を掛けた輝夜に対して、レヴェリアは答えた。
それから2人は揃って部屋から出て、扉の前にいたアリーゼから軽く説明を受ける。
レヴェリア様の手を借りたい、と頭を下げた彼女に対して、レヴェリアは快諾。
そして、3人で応接室へ向かうと――そこにはライラと共に1組の夫婦がいた。
夫はヒューイ、妻はカレンと名乗り、改めて詳しい事情を聞くことになった。
なお、レヴェリアも来たことに2人が仰天したのは言うまでもない。
いや、夫の自業自得だろ――
クレーズ夫妻の事情を聞いて、輝夜がまず思ったことはそれだった。
リオンがいなくて良かった、と同時に彼女は思う。
彼女が事情を聞いたならば一目散に飛び出す――とまではいかないだろうが、それでもどうにか救おうとアレコレ動き回ったに違いない。
そのリューは主神であるアストレアと共に消耗品の買い出しに行っており、不在だった。
夫の賭博癖が原因で1人娘と家を失った――
平和なオラリオとはいえ、この手の話はわりとそこら中に転がっている。
ありふれた悲劇であるし、娘を助けたいとは思う。
だが、十中八九、そのチンピラ共は雇われで黒幕がいる、と輝夜は確信した。
そして、その黒幕も検討がついている。
それはシャクティから回ってきた情報だ。
そこの経営者であるドワーフのグラッド・ザルヴォーネが目に余る行為をしている、と。
その行為には今回と似たような事例も多く含まれていた。
ガネーシャ・ファミリアが尻尾を掴もうと水面下で動いている可能性も否定できない。
諸々の状況を考慮すれば迂闊に動くのはよろしくない、と輝夜は思いつつ、アリーゼとライラをチラリと見れば各々頷いてみせる。
どうやら同じ結論らしい、と輝夜が考えつつレヴェリアに視線を向けると、彼女は何やら考え込んでいた。
レヴェリアもシャクティから件の情報は教えられていたが、アリーゼ達よりもその内容は濃い。
都市の憲兵と自他共に認めるからこそ、確実な証拠もないままに捕まえるわけにもいかない――ガネーシャ・ファミリアの立場もレヴェリアとしてはよく理解できる。
秩序を維持する為には公平・公正でなくてはならず、例外を作ってはならなかった。
シャクティもストレスを溜め込んでいるので、長い付き合い――彼女がガネーシャ・ファミリアに入団した当時から知っている――のレヴェリアも色々と気を配っていた。
しかし、話には聞いていたものの、これまでレヴェリアは何もしていない。
そんなに分かりやすいオイタをしているならば、
以前、シャルザードから
どいつもこいつも一筋縄ではいかない、海千山千の連中だ。
ある程度甘い汁を啜るのは黙認するだろうが、表沙汰になったならば話は別。
というか、シャクティの話を聞く限りではやり方がスマートではなく、まるでそこらの小悪党のようだ。
いつの間にか首がすげ替わっていても何ら不思議ではないのだが、今に至るまでどういうわけかグラッドは健在だ。
監査役もグルとなると中々面倒だな、とレヴェリアは思いつつ、テリーに事情を記した手紙を送ってみようと決めた。
ヘルメス・ファミリアに特別料金を支払って最速配達を頼めば、地球における大手ネット通販サイト並の速さで届けてくれる。
それなりの頻度でレヴェリアはこの配達を利用しており、その信頼度は高い。
「レヴェリア様、何か妙案があるかしら?」
「ああ、妙案というほどでもないが……全てひっくるめて解決できる案はある」
アリーゼの問いに、レヴェリアは答えた。
聞いたアリーゼだけでなく、この場にいる誰もが目を丸くする中でレヴェリアは告げた。
「ゼウスとヘラに話を持っていこうと思う」
「おいバカやめろ」
即座に輝夜が言った。
両派閥共、昔よりはマシになっているものの基本的に無茶苦茶である。
そして、ヘラ・ファミリアの話の通じなさは健在である。
レヴェリアがどう伝えるかにもよるが、両派閥に伝えれば今回の問題が瞬時に解決することは間違いない。
そもそもレヴェリアからの頼み事が珍しい為、どいつもこいつも面白いとばかりに積極的に参加するだろう。
結果、後始末がとてつもなく面倒なことになる。何なら繁華街が更地になるかもしれない。
ゼウスの眷族達は繁華街を利用している為、そこまではしないだろう。
だが、ヘラの眷族達はやる。間違いなくやる。特にアルフィアは絶対にやる。
良い機会だ、とどさくさに紛れて彼女は歓楽街も消し飛ばすかもしれない。
これでレヴェリアを誘惑する女共が減ったな、とか涼しい顔で言いそうだった。
アリーゼ達はそこまで思い至った。
合宿や近年参加するようになった合同遠征で、彼等彼女等が出鱈目かつ無茶苦茶な連中であることは身を以て知っていた為に。
クレーズ夫妻はそこまでは想像できなかったが、それでもとんでもない事になりそうな気配を感じ、頬が引き攣った。
「レヴェリア様、それって問題は解決するけど解決した後がすっごく面倒なことにならない?」
「確実になるぞ。あと、娘の救出そっちのけでゼウスとヘラで戦い始めると思う」
「全然駄目じゃない!」
「まあ、チンピラ共は叩き潰してくれるぞ。アルフィアあたりが邪魔だって言って埃を払う感じで」
「それでも駄目!」
アリーゼは両手でバッテンを作ってレヴェリアの案を却下した。
レヴェリアとしてもネタで言ってみただけなので、今度は真面目な案――というよりも、根本的な問題点を指摘する。
「娘を助けるのは簡単だが、問題点がある……また同じ事を繰り返さないか、ということだ」
レヴェリアはヒューイの瞳を真っ直ぐに見つめ、告げた。
すると彼は両の拳を握りしめ、己の成したことにより後悔を深めつつも目を逸らすことなく答える。
「もうしない。たとえ賭博をしたとしても、小遣いの範囲に留める」
「負けた時、相手に煽られたとしても?」
さらなる問いに、ヒューイは深く頷いてみせる。
それを見て、レヴェリアはアリーゼへ視線を向けて尋ねる。
「アリーゼ、この案件は私が引き受けても?」
「構わないわ。でも、お手伝いはさせて」
「ああ、頼む」
そのやり取りを見て、クレーズ夫妻は安堵した。
ああもう大丈夫だ、と。
しかし、そこでライラと輝夜は釘を刺すことを忘れなかった。
「しっかしよー、アンタも大変だな。よりにもよって世界で一番敵に回しちゃいけない【
「ええ、本当に。もしも今後同じような事をしでかしたら、たとえ隠蔽したとしても……あっという間にバレてしまうでしょう」
「約束を破ったら……そこらのチンピラ共にぶっ殺された方がマシな目に遭うぞ、絶対」
「どれほど死にかけても治されてしまいますからねぇ……あれはまさに生き地獄。常人ならば発狂して、死を懇願してしまうでしょう」
「ま、発狂したところでそれも治しちまうんだがな!」
ゲスな笑みを浮かべるライラとニコニコ笑顔であるが妙な恐ろしさがある輝夜。
「大丈夫! 少しは手加減してくれるわ! きっと! 多分! おそらく!」
最後に素敵な笑顔でアリーゼが言った。
彼女達の言葉は、ヒューイの心胆を寒からしめるのに十分であった。
そして、夫妻が帰った後――
「……私は悪鬼羅刹じゃないぞ」
むぅ、と頬を膨らませてアリーゼ達に不満を表明するレヴェリア。
あらやだ可愛い、とアリーゼが目を輝かせ、ライラはコレで99歳ってマジか、と肩を竦め、輝夜は搾り取ろうと決めたのだった。