フレイヤ・ファミリアがオラリオ入りして半年が過ぎたある日のこと。
レヴェリアは頭を悩ませていた。
熟練度の伸びが悪いとか、魔道具や鍛冶などで満足のいくものができないといった類ではない。
彼女の前にあるのは、【
元々はミアが纏め上げていた治療師や薬師といった後方支援要員であり、彼女の副団長就任後は別の者が筆頭となっている。
嘆願書が出された原因は分かっていた。
フレイヤ・ファミリアにおける洗礼は苛烈の一途を辿っているからだ。
あの日以後、生き残った団員達は誰もが己の弱さを悔いてより強さを求めるようになっている。
団員の総数としては以前よりも減っているのだが、これまでとは比べ物にならない程に重傷者が頻繁に出るようになった為、【
レヴェリアが本拠にいれば彼女を呼びに行って治癒魔法を掛けてもらうだけだが、いない場合の方が多い。
その場合はレヴェリアが帰ってくるまで命を繋ぐ。
また副団長就任後も変わらず、厨房を取り仕切っているミアの補助もこれまで通りにやっており、これらに加えて様々な雑務がある。
今はまだ交代で休みが取れているものの団員――治療師でも薬師でもない純粋な戦闘要員――も少しずつ増えている為、このままでは対応が追いつかなくなるのは火を見るよりも明らかだった。
それが予期できたからこそ、嘆願書には増員と待遇改善を求める旨が書かれていた。
「レヴェリア、どうしたの? 眉間にシワを寄せて。綺麗な顔が台無しよ」
ノックもせずに執務室へ遠慮なく入ってきたフレイヤは開口一番にそう言った。
彼女はレヴェリアの眉間に人差し指を当てるとぐにぐにと動かして、シワを解す。
なされるがまま、レヴェリアが理由を伝える。
「【
「忙しそうだもんね。皆のほっぺにチューをすればボーナスになるかしら?」
「お前、小学生か?」
「こんな美貌と体を持つ小学生がいると思う?」
「見た目は大人、頭脳は子供。その名は?」
「私じゃないもん」
つーん、とそっぽを向いたフレイヤの頬をレヴェリアは遠慮なく人差し指で突ついてやる。
するとフレイヤも反撃にレヴェリアの頬を突つき始めた。
しばらく互いに突ついた後、レヴェリアがおもむろに口を開く。
「真面目な話、治療師や薬師は貴重だ。戦う才能を持つ者よりも数が少ないと思う。素質がありそうな者を私が育てても良いかもしれないが、まずは人材を見つけないことには始まらない」
「それならデートしないといけないわ」
ニコニコ笑顔でフレイヤはそう告げた。
その発言の意図をレヴェリアは察する。
「主神と団長、両方揃っていて面接の手間が省ける上に私が【幸運】持ちであるから、デートをしながら街中を歩いていれば良い眷族に巡り会えるかもしれない……この理由で合っているか?」
「大正解よ。付け加えれば、あなたのかっこいいところも見られるし」
フレイヤの言葉にレヴェリアは肩を竦めてみせた。
かっこいいところとはゼウスやヘラの眷族達との戦闘だが、戦後には後始末が待っている。
石畳に穴が空く程度ならまだいいが、建物をたくさん壊したりしたらガネーシャ・ファミリアだけでなくギルドからロイマンがすっ飛んでくる。
賠償金の請求はゼウスとヘラに全て押し付けているからまだ良いが、毎度取り調べを受けたりロイマンからアレコレ言われるのはとても面倒であった。
また、最近はダンジョン内でゼウスやヘラのレベル6の団員達だけでなく、レベル7の団長や幹部達が勝負を仕掛けてくる。
彼等彼女等は1人できてくれて、レヴェリアに治癒魔法を唱える猶予をしっかり与えてくれる。
だが、それ以外は全く手加減してくれない。
レベルや技量、経験の差から毎回ズタボロにされているが、得られるものも大きい。
このおかげで、早くもレベル6にランクアップできるが、熟練度をこれまでよりも多く積み上げる為、保留にしていた。
「眷族探しも兼ねてデートに行く。そういうことでいいな?」
「いいわよ。というわけで、早速行きましょう」
そう答えてレヴェリアの腕を引っ張るフレイヤ。
溜息を吐きつつも、レヴェリアは彼女に付き合うのだった。
いつものようにフレイヤの気の向くまま街中を巡り、彼女が以前から気になっていたというカフェで一息つく。
途中、いつものようにゼウスやヘラの連中が襲ってきたが、難なく返り討ちにしていた。
最初こそ神々も興奮していたがもはや日常風景と化している為、今や誰も気にしていない。
「こういうのもいいわね」
「ええい、引っ付くな!」
このカフェのコンセプトは恋人同士のイチャイチャだ。
その為、全席が個室となっており、なおかつ隣に並んで座るように設計されていた。
レヴェリアに引っ付いて頬ずりしているフレイヤ。
結ばれてから既に十数年が経過しているが、まったく変わっていない。
「何でよー、ベッドの上だとあんなに引っ付いてくるのにー」
「個室とはいえ、どこに人目があるか分からんだろう」
「見せつけてやればいいのよ」
そう宣言したフレイヤはレヴェリアの長い耳に優しく息を吹きかけると、可愛い声を上げた。
彼女は少し目を潤ませながら、フレイヤを睨みつける。
「デコピン、行くぞ?」
「それはやめて」
オデコを両手でガードしたフレイヤに対して、レヴェリアはガラ空きのお腹を突っついた。
可愛い悲鳴を上げた彼女に、くつくつと笑ってみせる。
むすっとした顔のフレイヤはレヴェリアの長耳を手で弄り始めた。
息を吹きかけるのは駄目だが、手で弄るくらいなら問題ないだろうという判断だ。
その判断は正しく、レヴェリアは何も言わずにフレイヤに弄られるままとなる。
何だかんだで気持ち良いのは間違いないからだ。
「……そういえば、あなたと同い年のエルフの王女がいるっていう話を聞いたのだけど」
「また突然だな」
「あなたの長耳で遊んでたら、前に聞いたことを思い出したの」
どういう思い出し方だ、とレヴェリアは肩を竦めてみせる。
エルフの王女――リヴェリア・リヨス・アールヴについては、容姿端麗らしいとしか知らない。
情報が表に出てこない為だが、思考や性格については前々から予想ができていた。
レヴェリア自身が王女として、そういう教育を受けてきたからだ。
彼女は転生者という例外だからこそ、教育を受けてもガチガチのエルフ的思想や価値観には染まらなかったが、普通は染まってしまうだろう。
「エルフの王女について、何か知っているかしら?」
「実はあまり知らなくてな。私と一文字違いの名前……リヴェリアであるということ、少なくとも私みたいな性格ではないことくらいだ」
「あなたみたいな性格だったら、とっくに里を飛び出してどっかでハーレムを作っているわね」
「間違いないな……会いたいとか言うなよ?」
話の流れ的にありえそうなフレイヤの我儘、それに釘を刺すレヴェリアであったが――意外にも彼女は首を横に振った。
「会ってみたいっていうほどではないわね」
「珍しいな。おそらく、綺麗な魂だと思うぞ? 保証はできんが……」
「そうかもしれないけど……あなたがあまり知らないっていう時点で、私とは合わなさそう」
レヴェリアが興味を持っていたならば、妄想も混じえて熱く語ってくれることは間違いない。
エルフの王女ともなれば、エルフ好きの彼女が見逃す筈がないからだ。
しかし、これまで彼女の口から後輩エルフ少女だの女騎士エルフだのは出たことはあったが、王女の話題は一度としてない。
そのことをフレイヤが指摘すれば、レヴェリアはきっぱりと言う。
「その予想は正解だと思うぞ。合わない可能性が高い」
「そうなの?」
「そうだ。ウィーシェの里を除いて、エルフというのは個々人の差はあれど基本的には頑迷で視野が狭い上に排他的だ。里に残っている者はその傾向が特に強い」
レヴェリアの言わんとしていることが、フレイヤには分かった。
王族ではないエルフですらそうなのだから、純粋培養された王女がどんなことになっているかは容易に予想ができる。
それこそ
里こそが全てであり、外の世界など穢れているとでも思っていそうだ。
「そのことを聞くと、眷族のエルフの子達がより可愛く思えるわ。あの姉妹は別だけど」
「あくまで常識的な範囲内での真面目さ、潔癖さだからな。ディナもヴェナも可愛いだろう?」
「そうかしら……ちなみに、もしもエルフの王女があなたみたいに嫌気がさして、里を飛び出したらどうする?」
「まず有り得んと思うが、そうなったら会って話したい。王女ならではの苦労話とか、色々とな」
「口説かないの?」
「さてな……」
惚けるレヴェリアを、フレイヤはジト目で見つめた。
その視線から逃れるように、レヴェリアが顔を背けるとフレイヤは彼女の長耳に息を吹きかける。
可愛い悲鳴を上げたレヴェリアは即座に反撃し、フレイヤの脇腹を突つけば、今度は彼女が小さく声を漏らす。
そんな感じでイチャついていた2人であったが、しばらくして街中の散策へ再び赴いた。
この日より街中でよく2人を見かけることになる。
もっとも、彼女達がバカップルであることは、この半年でよく知られていた為、騒ぎになることもなかった。