グラッド・ザルヴォーネは自身の私室で極上の葡萄酒を注いだグラスを片手に持ち、革張りのソファにて、ゆったりと寛いでいた。
「自分の幸運に乾杯」
そう告げて、彼はグラスを天に掲げた後、一気に葡萄酒を飲み干す。
彼は己を『エルドラド・リゾート』の絶対者であり、同時にオラリオの王であると信じて疑わない。
そもそも彼はグラッドではない。
本当の名はテッドであり、事故死した本物のグラッド・ザルヴォーネに成りすましている。
彼が所属していたファミリアは闇派閥とまではいかないものの、後ろ暗い商売をしていた。
その商売の一つ――違法賭博の胴元であったテッドはアストレア・ファミリアにコテンパンに叩きのめされた後、土下座をして許しを乞い、アストレアから更生と改心を期待して逃してもらった過去がある。
だが、懲りずに悪い商売を始めようとしていた矢先、グラッドの事故死という情報を誰よりも早く掴んだ。
違法賭博の胴元をしていた時に築き上げた人脈、隠し金庫に溜め込んでいた財貨を駆使してグラッドに成りすました――という経緯である。
そして、
テッドからすれば努力を積み重ねてきた日々である。
そんな彼には目標があった。
「絶対に手に入れてやるぞ……!」
好色な笑みを浮かべて、彼は壁に掛けられている大きな肖像画に目を向けた。
そこに描かれていた人物は――レヴェリアだ。
テッドはグラッドに成りすまし、多くの女を集めてきた。
誰も彼も美しかったが、レヴェリアには及ばない。
「あの澄ました顔を屈辱に歪ませるだけでも興奮するが……それは序の口だ」
高貴で美しい存在を穢す、それによって得られる興奮は並々ならぬものがある。
徹底的に調教し、尊厳を破壊し尽くして女として完全に終わらせた上で四肢を切り落としてペットとして飼う――そういうのもアリだろう、と彼は常々妄想を膨らませていた。
世界中のエルフやダークエルフや弟子達が黙っていない、とかそこらの事はレヴェリアをモノにしてしまえばどうとでもなるとテッドは考えている。
何しろ、レヴェリアは物理的な強さにおいても並ぶ者がいない。
そんな彼女が簡単に手籠めにされるわけがない、と誰もが考える。
また、そもそもレヴェリアが色ボケていることは誰でも知っている。
そういうプレイなんだなー、と考えて、邪魔しないようにしようと忖度してくれる可能性すらあった。
もっとも、レヴェリアは同性しか好まないことから男を相手にするのは不自然ではないか、と思われることが懸念点ではあった。
しかし、テッドからすればそういった事も、レヴェリアを手に入れればどうにかなると極めて楽観的だ。
何しろ、彼には秘密兵器があった。
「ようやく届いた、あの媚薬を飲ませられれば……」
アルテナに依頼し、大枚を叩いて特注した媚薬――それが彼の秘密兵器だ。
感度3000倍だの何だのと仰々しい説明が書かれていたが、要するにレヴェリアにも効くとのこと。
「問題はどうやって飲ませるかだが……焦ることはない。うちのカジノに来てもらえばいい。招待状を出せば解決だ」
最近、手に入れた
そして、彼は壁時計へ視線を向ける。
「そろそろ仕事の時間だ」
今宵もグラッドとしてカジノの客達をもてなさねば、と彼はソファから立ち上がった。
路地裏の奥深くに存在する酒場は営業中にも関わらず、静寂に包まれていた。
客がいないというわけではない。
今夜もいつも通り、常連の冒険者や堅気ではない者達で賑わっていたのだが、ある場違いな人物が入ってきたことが静寂の原因だ。
その人物は店内の奥で賭博に興じていた連中のところへ真っ直ぐに進んだ。
物珍しさと恐ろしさ、その両方から客も従業員も口をつぐんで、事態の成り行きを見守っていた。
「【
腰に剣を差した大柄なヒューマンの男が尋ねた。
下手なことを口走ればどうなるか分からない為、彼なりの丁寧な物言いだ。
「アンナ・クレーズを探していてな」
「……あの街娘と知り合いで?」
男は嫌な予感を覚えつつ、尋ねればレヴェリアははっきりと告げた。
「アンナは私の女だからな」
ああ、御愁傷様――
店内の全ての客と従業員は哀れみの視線を男に向けた。
彼の周囲に侍っていた女や取り巻き達はさり気なく離れていった。
自分達は何の関係もありません、という精一杯のアピールだ。
レヴェリアは色ボケであり、同性を好むのことはこの場にいる者達も知っている。
アンナは美しい容姿であったから、レヴェリアのお手付きであっても不思議ではない――誰もがそう考えた。
「ま、待ってくれ! 俺は知らなかったんだ! あと、あの男も……ヒューイのヤツもそんな事はっ……!」
「子が親に隠し事を一つもしない……そう思うか?」
「思わねぇ……だが、その……俺はあくまでゲームで譲ってもらっただけで……」
「そこは問わん。手は出したのか?」
レヴェリアの問いかけに、男は首を左右に振った。
上玉だったから味見したかった、などとは口が避けても言えない。
「それならばいい。それで、どこに連れて行った?」
「交易所だっ! あそこの連中に頼まれたんだ! ことを荒立てずに攫ってこいって!」
「そうか。ならば私も荒立てることはやめておこう」
レヴェリアの言葉に男は安堵の息を漏らす。
「邪魔をしたな。これで飲み直すといい」
そう言って彼女は懐から袋を取り出し、テーブルの上に置いた。
男が恐る恐る袋の口を開ければ、金貨がぎっしりと詰まっていた。
「あ、あぁ、色々と迷惑を掛けてすまねぇな……」
「構わん。知らなかったのならば仕方がないことだ」
そう言ってレヴェリアは踵を返し、酒場から出ていった。
「……アレが『頂天』か。おっかねぇ……」
二度と会いたくない、と彼は思いつつ、金貨の詰まった袋を握りしめた。
ここは顔役達が執務を行う拠点であるのだが、宮殿のように豪華絢爛であった。
その応接室にて、ヘルメス・ファミリアの団長リディスは顔役の1人であるテリーと面会を果たしていた。
レヴェリアからの依頼を遂行する為だ。
「いやぁ、遠路遥々お越し頂き、ありがとうございます」
そう言いながら、テリー・セルバンティスはにこやかな笑みを浮かべてみせる。
リディスは軽く会釈をしつつ、手紙を彼へ差し出した。
そして、彼女は告げる。
「差出人から言伝がある。
その言伝を聞いた瞬間、テリーは厄介事の気配を感じ取った。
場合によっては他の顔役達にも相談せねばならんな、と彼は考えつつ、言われた通りに手紙を受け取り、そのまま開封した。
そして、彼は手紙を読み進めて――血の気を失った。
おーおー、見事に顔が真っ青になっているなー
彼の様子を密かに観察しながら、リディスは呑気に感想を抱く。
レヴェリアはいつも支払いの気前が良い。
配達料金に加えて、お小遣いも弾んでくれる。
特に今回は料金は提示額の3倍、お小遣いはいつもの4倍も支払ってくれたので、リディスはホクホク顔で休まず走り続けて、遠路遥々
彼女にとって、この都市は庭みたいなもんである。
世界でもっともカネが集まるのはオラリオだが、その次に集まる都市としてよく挙げられるのが
カネが集まるところには人やモノ、そして情報もまた集まってくる。
息抜きをしながら仕事の役にも立つ――リディスにとっては一石二鳥であった。
「少々、お待ちください。レヴェリア様へ配達して頂きたいものがありますので……」
「分かったよ」
震える声でテリーがそう言えば、リディスは承諾した。
そして、彼は若干覚束ない足取りで応接室から出ていった。
それを見て、革張りのソファに彼女はどかっと腰を下ろす。
どういう事が書かれていたかは分からないが、あの分だとすぐに配達物を持ってきそうだ、とリディスは予想した。
あんまり休めなさそうだな、と肩を竦めつつ、テーブルに置かれていた様々な菓子類に手を伸ばした。
「監査部門の責任者と他の顔役達を大会議室へ呼べ! 今すぐにだ! 急げ!」
応接室を出るなり、テリーは叫んだ。
部下達が仰天しながらも、その指示を受けて即座に動き出す。
それを横目に見ながら、テリーは一足先に大会議室へ向かう。
これが
一番手軽なやり方はギルド長のロイマンに賄賂を渡して、動こうとしている派閥や冒険者、あるいはギルド職員の動きを掣肘してもらい、その間に内々に処理するものだ。
若干雑な対応でも問題がない。
犯人に全ての罪をおっ被せれば丸く収まる。
だが、
彼女の逸話は多数あるが、テリーも含めて顔役達がもっともヤバさを感じたのは狐人の娘――春姫を奴隷オークションで落札した件だ。
イシュタルと競って300億で落札した、と聞いた時は信じられなかった。
そんな莫大なカネを奴隷に対してポンと出せる輩は世界を見渡してもまずいない。
しかもレヴェリアの血筋は黒の王族――白の王族に次ぐ、世界で2番目に古い王家の王女であり、各国や諸勢力にも顔が利く。
おまけに物理的な強さにおいても下界最強であり、対応を誤れば
そんな彼女からの手紙。
その内容を砕けた感じに要約すれば『
テリーとしてはその場でぶっ倒れたかった。
目を開けたらベッドの上で、今回のことはただの悪い夢だった、と夢オチを期待したかった。
ところがどっこい、夢じゃなかった。これは現実だった。
調査に時間が掛かる云々などと言ってはおられない。
数時間以内に暫定的な調査報告を出し、待機させている
その間も調査を続行し、数日以内には最終的な結論をまとめ、その報告書は――
「私がオラリオに持って行くしかないだろうな……」
テリー宛に届けられたのだから、テリーが対応したほうがいいだろう、と他の顔役達は言ってくる可能性が高い。
対応を誤ればテリーに責任を取らせて、レヴェリアに誠心誠意謝罪すればいいと考えているだろう。
表向きには顔役同士は友好を演出しているが、その実態は生き馬の目を抜くような苛烈な競争関係にある。
蹴落とせるチャンスがあるならば、そうするのが当たり前であった。
だが、同時に今回の一件を上手く収めれば――それは飛躍のチャンスである。
どん底から這い上がったのも、レヴェリア様がチャンスをくれたからだったな――
今回の一件もチャンスだと彼は気を引き締めて、大会議室へ向かうのだった。