「あぁー……くっっっっっっそメンドー」
ヴァレッタはレヴェリアから頼まれた仕事に対して、そう評価した。
机に突っ伏して、レヴェリアが持ってきた書類を指で突く。
「でも、レヴェリアに頼まれたからなぁ……受けちゃったからなぁ……」
他の輩――例えばフィンであったならば絶対に受けなかった、とヴァレッタは断言できる。
どうにもいけ好かない、というのがその理由である。
ていうか、アイツの頼み方もズルい、とヴァレッタは思う。
数日前、2人は夕食を共にしてその後、肌を重ねた。
いつものように朝まで激しく燃え上がり、ヴァレッタは大満足であった。
その時を狙い澄まして、レヴェリアが珍しく仕事を頼んできた。
お前にしか頼めないから、という殺し文句にヴァレッタは「仕方がねぇなー」と言いながら、内容を聞いた上で承諾してしまったのだ。
仕事の内容的には何事もなければ報酬でボロ儲けだ。
しかし、何かがあった時は非常に大変な仕事となる。
「これならやっぱり私も黒竜討伐に参加しといた方が良かったかぁ……?」
5年程前、レベル6であったヴァレッタは現在レベル8に到達していた。
もうこれ以上はいいや、と当時本人は思っていたが、レヴェリアにいい感じに煽てられて、それに乗せられてしまった。
これまでと同じようにレヴェリアに1対1で指導してもらったり、彼女と2人きりでダンジョンに篭もったりするなどで経験値を稼いでここまでランクアップできちゃったのである。
黒竜討伐に参加しても問題ない実力だが、彼女は不参加を早々に表明した。
非難が殺到するということもなく、「まあ、ヴァレッタだしなぁ……」で済まされていた。
主神のイシュタルも「コイツならそうだろうな」という感じで終わっていた。
なお、イシュタル・ファミリアの――というか、有力派閥の幹部クラスで自分の意思で参加しないのは彼女くらいなものだ。
ちなみに、ガネーシャ・ファミリアはレベル6やレベル5を数人、治安維持の為に残していくが彼等彼女等は参加できないことを非常に悔しがっていた。
それはさておき、今回のヴァレッタの仕事は黒竜討伐に際して、ダンジョンで異変が起きた場合の対応だ。
レヴェリア曰く「ベヒーモス、リヴァイアサンの時は何も起こらなかったが、最後の1体だからこそ何かあるかもしれない」とのことだが、本人的にも可能性は低いと思っているようであった。
無論、各派閥やギルドにはレヴェリアの方から根回しをしておくとのことで、そこらの心配はなかった。
やれやれ、と溜息を吐いて、ヴァレッタは書類を読むことにする。
ペラペラと斜め読みをしていき、ある項目で目を留めた。
要約すれば『魔剣や装備、アイテム等の購入に関してはレヴェリアのポケットマネーから出してくれる』とのことだ。
起きるかどうか分からない上、他派閥の眷族に自派閥からカネを渡すわけにもいかない、という理由によるものだろう。
レヴェリアだからこそできる荒技であったが、そこでヴァレッタは閃いた。
「ほー……へー……ふーん……」
いやらしい笑みを彼女は浮かべた。
カネには一切不自由していない彼女だが、レヴェリアをイジメるのは彼女にとって楽しみの一つである。
アイツがカネに困ってヒィヒィ言っているところが見たい、とてつもなく見たい――
それで私に泣きついて縋ってくれればもう最高――!
借金で首が回らなくなったレヴェリアが、自分の足元で全裸土下座をかます光景をヴァレッタは思い描く。
「ちょっと前に120億だかカジノで儲けたっていう噂を聞いたし……私が減らすのを手伝ってやろうじゃないか」
とりあえず一番威力が高い魔剣を1000本――いや、1万本くらいヘファイストス・ファミリアに頼もう。
武器や防具はゴブニュ・ファミリアに1万人分くらい発注して、あとディアンケヒトとミアハのところにエリクサーをそれぞれ100万本くらい発注しよう。
作ってくれるか知らないけど、レヴェリアに請求書がいけばそれでいいや。
レヴェリア、突然の2兆ヴァリス請求とかなったら面白いし――
クソ面倒な仕事であるが、楽しみを見出したヴァレッタはやる気が出てきた。
「ちゃんと計画とか作らないと駄目だな。モンスターが70階層とかから階層主も含めて上がってきたと仮定して……いや、階層主もたくさん出てきたってことにするかな」
大量の魔剣やアイテムが必要となる最悪の状況を彼女は考え始めた。
全てはレヴェリアに借金を背負わせて、自分に全裸土下座をさせる為だ。
そうならなかったとしても報酬の一つとして要求すれば良い為、死角は無かった。
「アイツが『学区』のガキ共と遊んでいる間に仕上げてやろう」
『学区』がメレンに到着したことで、今日からしばらくの間、レヴェリアは『学区』にかかりきりだ。
あっと驚かせてやろう、とヴァレッタはほくそ笑んだ。
「うぅ……何だか気恥ずかしいです」
豪奢な箱馬車にてメレンに入港した『学区』へ向かう道すがら、長耳を垂れて顔を俯かせたレフィーヤは素直に己の気持ちを告げた。
今回も彼女はレヴェリアの助手として『学区』に赴くのだが、以前とは状況がまるで違う。
派閥内での立場や自分の強さなど色々とあるが、最大のものはレヴェリアとの関係性だ。
卒業したての頃、いつもより『学区』のメンテナンス作業が長引いていたこともあり、レフィーヤはレヴェリアの助手としてちょくちょく『学区』に赴いていた。
その頃は師匠と弟子というだけであったが、今やもっと深い関係であり、すっかりレヴェリアの色に染め上げられた感があった。
卒業したら、生徒であってもレヴェリアは手を出してくる――かつてナッセンが言っていた事は正しかったのだ。
「普段通りで構わないぞ」
レフィーヤは恨めしげな視線を送る。
「もう……誰のせいだと思っているんですかー」
「さて、誰のせいかな」
すっとぼけるレヴェリアに対して、レフィーヤはぷっくりと頬を膨らませてみせる。
まったくもうこの方は本当にしょうがないんだから、と思っていると、レヴェリアが何気なく尋ねる。
「ところでレフィーヤ。今回、教える側に回ってみるのはどうだろうか?」
「ふぇ? 私が……ですか?」
予想外の問いかけにレフィーヤは目を丸くしてしまう。
そんな彼女に対して、レヴェリアは鷹揚に頷いてみせる。
「大人数の前で講義をやれ、とは言わんさ。適当な小隊を一つ受け持って、教導してみるのはどうだろうか? バルドルやレオンには私から伝えよう。良い経験になると思うが……」
「……ちょっと興味がありますね」
レヴェリアからの問いかけに、レフィーヤはそう答えた。
入団してから3年。年数でみれば短いものの、その中身はとてつもなく濃い。
しかしながら、誰かを指導したことはあまりない。
レフィーヤよりももっとスゴイ輩がゴロゴロいる為だ。
「とりあえずやってみると良い。何かしら得るものはある筈だ」
「それじゃあ……やってみます」
レフィーヤの返事に、レヴェリアは微笑みながら頷いた。
それから2人は雑談をして、『学区』に到着するまでの時間を過ごしたのだが――やがて、あることにレフィーヤは気がついた。
「レヴェリア様、何か聞こえませんか?」
「『学区』の生徒達の歓声だろう」
「……もしかして、うち以外の三派閥の誰かが先に到着していたりして……? 神ロキがリヴェリア様を連れて行っていたりとか……」
「それだけはないだろう。ロキのバルドル嫌いは相当なものだからな。私達を目ざとく見つけた生徒がいるんだと思うが……」
その可能性はある、とレフィーヤは思ってしまった。
生徒達が港に近づいてくる馬車を見つけて、あれにはきっとレヴェリア様が乗っている筈だと思って騒ぎ始めた――そんな様子が簡単に脳裏に描けてしまった。
そうこうしている間にも、どんどん『学区』との距離は縮まっていく。
それに比例して聞こえてくる歓声は大きくなっていく。
やがて馬車が目的地である港にて止まった時、レヴェリアと話すにも大声でなければならない程の大歓声となっていた。
そして馬車から降りて、レフィーヤにとって予想外のことがあった。
レヴェリアに対して、歓声を上げるのは理解できる。
自分がいた時もそうだった――いや違う。レヴェリア様の美貌に皆で見とれて、静かだったな、などと思い出した。
それはともかくとして、生徒達の声援はレヴェリアへ向けられたものだけではなかった。
「レフィーヤせんぱーーーーい!」
「お姉様って呼ばせてくださーーーーい!」
「かっこいいーーー!」
「きれいーーー!」
レフィーヤに向けられたものもあり、ともすればレヴェリアへ向けられるものより多いのではないか、と感じてしまう程だ。
それもその筈でレフィーヤは『学区』から四派閥の一角、フレイヤ・ファミリアに入団し、なおかつレヴェリアの弟子となった人物である。
それだけではなく、僅か3年でレベル7にまで至ったというとんでもない事実に、在校生達が熱狂的にならないわけがなかった。
しかしながら、レフィーヤはこういう事にはまったく慣れていない。
「うぅ……レヴェリア様ぁ……」
長耳を垂れて、頬を羞恥に染めながら上目遣い気味にレフィーヤはレヴェリアに声を掛ける。
そんな彼女を見て、レヴェリアは抱きしめて頭を撫でたくなったが、ぐっと我慢する。
それをやったら生徒達を色々な意味で、今以上に大熱狂させることは火を見るより明らかであった。
「大丈夫だ、レフィーヤ。笑顔で手を振っておくだけでいい」
「分かりましたぁ……」
レヴェリアに言われて、レフィーヤはどうにか笑顔を作って手を振ってみせれば――歓声が爆発した。
これ以上はレフィーヤの精神が保たない、とレヴェリアは判断して、彼女についてくるよう伝えて、足早に歩き出した。
それに従い、レフィーヤもゆっくり動き出した。
門衛のように待機していた職員に声を掛け、『学区』へタラップを上り、内部へ足を踏み入れた。
そこでレフィーヤは蚊の鳴くような声でおずおずと告げた。
「うぅー……本当に恥ずかしかったですー……」
「まあ、これも経験だ」
そう答えながらレヴェリアは周囲に誰もいないことを素早く確認して、彼女の頭を撫でる。
すると、にへらーと笑みを浮かべてみせる。
しばしの間、レヴェリアに撫でられて落ち着いたところで、レフィーヤはおもむろに尋ねる。
「ところでレヴェリア様。てっきり出迎えとかあると思ったんですけど、そういうのは無いんですね」
「たわけが帯同しているならばともかく、私は『学区』の
生徒が殺到してくると危ないから教師達が上手く抑え込んでいる、とレヴェリアは付け足した。
なるほど、とレフィーヤは頷いてみせる。
しかし、その時、こちらに向かってくる足音が2人の長耳に聞こえてきた。
音の方向に2人揃って視線を向ければ、そこにはレフィーヤにとって懐かしい人物がいた。
「レフィーヤ! レヴェリア先生!」
そう名を呼ぶのは眼鏡と後頭部に結い上げられた黒い髪が特徴的な女生徒――アリサ・ラーガストだった。
レフィーヤの表情がたちまち変わり、満面の笑みを浮かべた。
先程までのヘタレっぷりはどこかへ消え去った。
「アリサ! 久しぶりです!」
「うん! 久しぶり! レヴェリア先生、お久しぶりです!」
「あれ……レヴェリア様が仰るには出迎えはない、とのことでしたけど……?」
「公的な出迎えじゃないわ。私的な出迎えよ」
「……職権乱用では?」
アリサの左腕に巻かれた監督生の腕章を横目で見ながら、レフィーヤはジト目で問いかけた。
「大丈夫! そうですよね、レヴェリア先生?」
アリサはレヴェリアに問いかけると、彼女は苦笑してみせる。
「危ないことをしているわけじゃないから問題ないだろう。ただし、規則を破っていることに変わりはない」
おっとコレはヤバいか、とアリサは内心ギクッとした。
ほら言わんこっちゃない、とレフィーヤは軽く溜息を吐いてみせる。
「罰として、バルドルのところまで案内してくれ」
「お任せください!」
レヴェリアから言い渡された罰に、アリサは快諾したのだった。