「ロナは可愛いですねー」
にへらーと笑みを浮かべながら、ヘイズはロナの頭を撫でていた。
撫でられている側は全てを諦めた顔をしており、そんな2人を横目に見ながらもイルデは淡々と消耗品の帳簿整理を行っていた。
ロナとイルデは
以前より原野での治療に自主参加をしてきたヘイズとも交流があり、正式に彼女が
なでりこ、なでりこ。
そんな擬音が聞こえてきそうな感じでヘイズはロナをゆっくり撫でる。
「レフィーヤはちゃんとやっているんでしょうかねー? レヴェリア様に迷惑を掛けていなければいいんですけどー」
レヴェリアの助手として『学区』に赴いているレフィーヤに、ヘイズは思いを馳せる。
真面目な優等生タイプのレフィーヤであるが、変なところで思い切りが良い。
先の慰安旅行では思いもよらぬドスケベ発言をしており、またその後の乱れっぷりも凄かった。
そんなドスケベエロフであるからこそ、こっそり『学区』の制服を持っていって、レヴェリアと一緒に甘酸っぱいアオハル生活を送ろうと目論んでいる可能性を否定できない。
むむむむ、とヘイズは唸る。
そんな羨ましい――もとい、けしからんことを彼女は見過ごせない。
「私だってレヴェリア様と制服デートしたいですー。レフィーヤばっかりズルいですねー」
まるで制服デートをしたことがないかのような言い草のヘイズであるが、彼女はノリノリでアスフィ謹製ブレザータイプの制服に身を包んで、レヴェリアと制服デートをオラリオでしていた。
周囲の視線なんぞまったく気にしていないし、何ならレヴェリアとのイチャコラを見せつけまくっていた。
そんな2人を見て道行く神々は拝み、ここに異種族年の差百合の神殿を建てようと目論んだが、ヘラがやってきたので退散したという事があった。
「やはり、私がどうにかして『学区』に乗り込むべきでしょうかー?」
物騒なことを呟いたヘイズであるが、この間もロナを撫でる手は止まらない。
なでりこ、なでりこ。
ヘルンが書類の束を持ってやってきたのは、そんな時だった。
彼女はヘイズの有様を見て、軽く溜息を吐く。
レヴェリアが絡むと超真面目やる気満々になるのがヘイズ・ベルベットだが、それはそれとして彼女はのんびり屋な側面もある。
急ぎじゃないし、まあいいやー、とりあえずロナ撫でとこー
そんな感じの思考をして、書類整理に飽きてサボり始めたことが手に取るようにヘルンには分かってしまった。
「ヘイズ」
「おー? ヘルンも撫でますかー?」
「撫でない。それよりも仕事をしなさい」
「してますよー。今は休憩中なんですー」
「それならせめてロナを解放しなさい」
「それも駄目ですー。ロナはいい感じに小柄なので、撫でるのにちょうどいいんですよー」
そんなやり取りの最中、ロナはおずおずと告げる。
「メルーナさんじゃ駄目なんですか?」
「メルーナにこんな事したらブチ殺されますってー。手斧片手におっぱい寄越せーって地の果てまで追いかけられますー」
「じゃあ、リリルカさんは……?」
「豊富な罵倒と共に槍が飛んできますねー」
なでりこ、なでりこ。
ロナに答えながら撫でるヘイズ。
その様子を見て、仕方がない、とヘルンは再び溜息を吐く。
「レヴェリア様にあなたの勤務態度について報告をする必要がありそうね」
「さぁ、ロナ! イルデ! 超頑張って超早く終わらせましょうねー!」
ロナを撫でるのをやめて、ヘイズは拳を掲げて宣言した。
そんな彼女に対してロナは苦笑し、イルデは軽く溜息を吐く。
「というわけでヘルン。私達は忙しいのでー」
いけしゃあしゃあとそんなことを宣うヘルンに、呆れ顔でヘルンは肩を竦めた。
一方その頃、レフィーヤはというと――
「さぁ、レフィーヤ。キリキリ吐きなさい!」
「ふえぇぇ……」
目を輝かせたアリサに、レヴェリアとの関係について問い詰められていた。
バルドルやレオンとの挨拶も終え、レヴェリアが提案した適当な小隊をレフィーヤが指導することも問題なく了承された。
今はどの小隊の教導をレフィーヤに任せるか、レヴェリアがレオンと協議している最中だ。
しばらくかかるから、アリサとお茶でも飲んできなさい、とレフィーヤはレヴェリアから言われた為、アリサの案内で生徒が経営している個室付きのカフェに入った。
注文が届くまでは互いの近況報告やバーダインやナッセンの進路といったものであったが、注文が届いて店員が部屋から出た瞬間、アリサはもっとも聞きたかった事をブチ込んだ。
彼女も年頃の乙女。他人の恋話は大好物であり、ましてやそれが親友ともなれば尚更だ。
「まず……付き合っているの?」
「えっと……はい」
「エルフ同士だとしても年の差、エグいわね……下手したら、あなたの両親よりも歳上なんじゃない?」
冗談めかしてアズサが尋ねると、レフィーヤは視線を彷徨わせた後、小さく頷いた。
「……マジで?」
「マジです」
この話題は何だかヤバそうな気配を感じた為、アリサは別の話題を振る。
「で、ぶっちゃけどこまでいったのよ? レヴェリア様は手が早いっていう噂があるけど……」
「えっと……そうですねぇ……」
レフィーヤの視線が泳ぐ。
言えやしない。
今じゃすっかりレヴェリアの色に染め上げられて、ドン引きされること間違いない変態行為を受け入れてしまっているどころか、ノリノリで自分からやってしまうなどとは。
もう本当に仕方がない人なんだから!
私だからいいけど!
心の中でぷんすか怒ったところで、アリサの追求をかわせるわけもなく。
一方、何だか怪しい様子のレフィーヤに、アリサはジト目で見つめる。
既に彼女の中では噂は事実であったという確信があった。
なお、噂によると何だかとてもスゴイ変態的な行為をしたりするらしい、というものもあったが、さすがのアリサもそれは聞けなかった。
「で?」
「あのぅ……そのぅ……ヤることはヤッてます、はい……」
「おおぅ……」
あのレフィーヤからそんな答えが返ってくるとは思わなかった為、アリサは思わずどよめいた。
レフィーヤと再会した当初、あんまり変わってないなぁ、でもフレイヤ・ファミリアだから世間一般の常識とか感覚とズレまくっているんだろうなぁ、くらいしか思わなかったアリサである。
しかし、一足先に大人の階段を登ったことが明かされたことで、親友が何だか急に大人びているように感じられた。
だが、話はコレで終わりではない。
アリサもまた初恋の相手であるレオンと結ばれる――かどうかは分からないが、ともあれ後学の為に色々と聞いておく必要があった。
またそれに加えて『学区』の生徒らしく好奇心旺盛であり、さらに親友という聞きやすい相手、かつプライバシーの保たれた密室――この状況下ならば聞くしかない、と突撃精神を発揮した。
その先は惚気地獄だぞ、と忠告してくれる第三者は残念ながらいなかった。
「で、どうなの? 気持ち良い?」
「めちゃくちゃ気持ち良いですし、何というか心が満たされます。ただまぁ、その……前段階がとても……ええ、とても長いです。レヴェリア様は本当に仕方がない人で……私だからいいんですけど」
「ほほう……詳しく」
アリサの問いかけにレフィーヤは深く溜息を吐く。
「レヴェリア様はエッチで変態で、もうとにかくダメダメなんです。でも、そのぉ……私のことを思ってくれているんだって実感することもいっぱいあってですね……」
これは長くなるぞ、とアリサは確信する。
この場では絶対終わらないから後で続きを聞こう、と彼女は決意したのだった。
レフィーヤはレヴェリアと共に学園層に建つ多目的校舎、その廊下を歩いていた。
後で続きを教えなさい、とアリサから別れ際に念を押されたのは言うまでもない。
レフィーヤとしても話し足りなかったのでちょうど良かった。
それはさておき、現在彼女は居心地の悪さを感じていた。
うー、何だかスゴく視線を感じます……
時刻的に昼休みである為、廊下を行き交う生徒は多い。
そして、そんな彼等彼女等は誰もが立ち止まってレヴェリアとレフィーヤに視線を送っていた。
黄色い悲鳴こそないものの、小声で色々と話しているのが聞こえてくる。
レヴェリア様もレフィーヤ先輩も、すっごく綺麗だなぁ。
絶対付き合っているって。レヴェリア様は卒業したら手を出すっていう噂だし。
いいなぁ。私、あの間に挟まりたい。
3年でレベル7はヤバい。
だが、やっていることがやっていることだしなぁ。
定期的に数カ月もダンジョンに篭もって殺し合いとか、頭のネジがぶっ飛んでる。
そんな話題ばかりだ。
当然ながら、レフィーヤに聞こえているということはレヴェリアにも聞こえているわけで。
「レフィーヤ、大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です」
そう答えたレフィーヤに対して、レヴェリアは冗談めかして告げる。
「ここで抱きしめて、頭でも撫でようか?」
「それはやめてください。私が死んじゃいます。色んな意味で」
「ふふ、冗談だ」
そんな会話をしながら、やってきたのは空き教室の一つ。
レヴェリアによると、ここにレフィーヤが担当する小隊のメンバーを集めてあるという。
先入観なく見てもらいたい、というのがレオンの要望でありレヴェリアも賛同している為、事前情報は無い。
アレンさんみたいなタイプはいませんように、とレフィーヤは内心祈りながら、レヴェリアと共に教室に入った。
そこにいたのは、バルドル・クラスの第7小隊であった。
自己紹介と挨拶を済ませると、後は任せたぞ、とレヴェリアはレフィーヤに告げて教室から出ていった。
それにより、第7小隊の面々は緊張が解れたことがレフィーヤには容易に分かった。
私も最初はそんな感じだったなぁ、と昔を――といっても3年前だが――懐かしんでいると、ルークが尋ねた。
「レフィーヤ先輩、『学区』を卒業して3年でどうやってそこまでランクアップできたんだ?」
ぶっきらぼうな物言いだが、これは彼の性格的なものだろう。
アリサがいれば言葉遣いに注意していたかもしれないが、レフィーヤは特に気にしない。
フレイヤ・ファミリアには口が悪い団員――特に男性団員――がとても多い為だ。
「噂で聞いているかもしれませんが、ダンジョン篭もりと合宿が主ですね。特に合宿は同格や格上の方々と殺し合いに近いことをするので、諦めなければ最速で強くなれると思います」
「……俺も参加したいんだが」
レフィーヤの答えを聞き、ルークは要望を伝えた。
俺
「ルークが参加するなら……私も……」
おずおずと伝えたナタリノーエことナノ。
幼い印象を受ける彼女だが、意外にもルークと同じレベル3であったことにレフィーヤはつい先程、驚いたばかりだ。
だが、今の発言で何となく事情が読めてきた。
小隊のリーダーだから、仲間だから、という信頼・信用だけではない感情が含まれていることをレフィーヤは察していた。
「ちょっと怖いですけど……その、体験してみたくはあります」
「僕も……」
ミリーリア、コールの言葉を聞きながら、レフィーヤはどうしたものかと考え、やがて答えを出した。
やる気があるならば、必要な支援をした上でやれるところまでやらせてみよう、と。
フレイヤ・ファミリアの方針は、彼女にもしっかり根付いていた。
幸いにも、レフィーヤは知っている。
第7小隊が現段階でどれだけできるかを確認しつつ、万全の治療体制を備えた合宿のような戦闘ができるところ――そんな都合の良い場所を。
「いいですよ。ただし、許可が下りなかったらひとまず諦めてくださいね」
あっさりと承諾したレフィーヤに、ルーク達は目を丸くした。
特に言い出しっぺのルークの驚きは大きい。
彼としてもダメ元で言ってみた程度であり、色々と段階を踏むんじゃないかと内心思っていた程だ。
「30分以内に戦闘準備を整えて、ここに集合してください」
レフィーヤはそう伝えて、そそくさと教室から出ていった。
そして、レヴェリアに割り当てられている教員室に一直線に向かい、ちょうど書類を纏めていた彼女に事情を説明。
とある場所に行っていいか、尋ねたところ――あっさりと許可が出た。
先程の教室にとんぼ返りしたレフィーヤは、装備を整えた第7小隊の面々が揃ったところで結果を伝える。
「許可が出たので、早速向かいます」
「ダンジョンですか?」
ミリーリアの問いかけにレフィーヤは首を左右に振り、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「到着してからのお楽しみです。期待外れということは絶対にありませんから、安心してください」
その言葉にルーク達は何だか嫌な予感がしたが、今更取り消すことなどできなかった。