ヘルメスは目を丸くしていた。
彼の前にあるテーブルの上には、多種多様な魔道具と1冊の
「神ヘルメス、どうだろうか?」
「……どうだろうかって言われても」
これらを持ち込んだレヴェリアの問いかけに、そう返しながら彼は引き攣った笑みを浮かべた。
彼女が魔道具作りや薬の調合、錬金や鍛冶などといった研鑽を積んでいるのを彼は把握していた。
オラリオに来る前も来てからも、ダンジョンに篭ったりゼウスやヘラの眷族とやり合いながらも、それらを継続していることも知っていた。
しかし、これまで彼女は一度も作品を世に出したことがない。
さすがに物作りの才能までは無かったかな、とヘルメスは考えていたのだが、今まさにそれは覆された。
「レヴェリア様、どうして今まで売らなかったんだい?」
「私が弱かったからだ」
レヴェリアの言わんとしていることを察し、ヘルメスは頷いた。
オラリオ進出の当日、襲撃を掛けられたフレイヤ・ファミリアだ。
襲撃理由は雑なものであったが、大半の神々はそんなものである。
そもそも下界の子供達から見て、善良な神というのは一握りしかいないのが実情だ。
レヴェリアが治療師としてだけでなく、
それこそ、
「あの日から2年余り。私も少しは強くなったからな」
「少し……?」
ヘルメスは思いっきり首を傾げてしまった。
ゼウスやヘラの眷族達――レベル5以下の面々にとって、この2年で彼女を超えることが目標の一つとなった。
ダンジョンに篭もったり、あるいは団員同士で――フレイヤ・ファミリアのような殺し合い同然とまではいかないが――競い合い、腕を磨いている。
また、ヘルメスはゼウスとヘラから直接聞いていた。
レヴェリアの飛躍的な成長速度に対して、両派閥の団長や幹部達、レベル6の団員達が追い抜かれてなるものか、とますます奮起していることを。
2柱とも自分の眷族達が他神の眷族に対して、ここまで強い思いを抱いたことはない、と口を揃えて言っていた。
実質的に、彼等彼女等から強さを認められているようなものである。
「レヴェリア様、それって謙遜?」
「いや、謙遜じゃない。【英傑】や【女帝】を筆頭とした面々と比べれば、私なんぞまだまだだ」
その面々が追い抜かれてなるものかって思っているんだよなぁ、とヘルメスは心の中で呟くに留める。
現状に満足せず、常に上を目指してもらった方が
「それはそうと、どうしてオレのところに? フレイヤ様に頼めば、うまく売り捌いてくれるだろう?」
「あなたの司っている事物やその中立的姿勢から、角が立たずに適切なところへ売ってくれると確信している」
うちのたわけ女神とは違って、と付け足すレヴェリアの言い様にヘルメスは苦笑する。
この2年で彼女とフレイヤのデートを目撃したことは度々あった。
その度に超然とした女王様はどこにいったのだろうか、と常々疑問に思ってきたが答えは出なかった。
しかし、ここ最近は今の姿――ただの少女みたいな神格――が本来の彼女であるのかもしれない、とヘルメスは予想している。
そう考えると、とてもしっくりとくる為に。
「つい先程も、同じような理由で神ヘファイストスに武具を買い取ってもらった」
「……ん?」
確かに彼女は鍛冶もやっていたが、ヘファイストスが買い取ってくれる程のものを創り出したのかという疑問が彼には湧いた。
「ヘファイストスはどういう評価を?」
「うちの中堅くらいだと言っていたぞ」
「ちょっと待ってくれよ……」
彼は思考を巡らせて――ある事に思い至ってしまう。
「レヴェリア様は治療師で
「ああ、そうだ」
彼女の言葉には嘘がどこにもなかった。
いっそ嘘であって欲しかった。
彼女はレベル5であるから、修得できる発展アビリティは最大で4つ。
このうち【神秘】と【魔導】と【鍛冶】は確定だが、残る1つが戦闘系のものであったとしても、その構成は生産職そのものだ。
戦闘系の発展アビリティが一時的に発現するスキルを持っている可能性もあるが、それはそれで
「レヴェリア様がマジでレヴェリア様だった」
「どういう意味だ、それは?」
「いやー、
そんなことを言いながら、ヘルメスはにこやかな笑みを浮かべて告げる。
「持ってきた魔道具や
彼の言葉を聞き、レヴェリアは礼を述べるのだった。
ヘファイストス、ヘルメスとの用事を済ませたレヴェリアはホームに戻って装備を整えた後、ダンジョンへ向かう。
今回の目的は、そろそろ出現するウダイオスに、ドロップアイテムがあるかどうかを検証することだ。
ウダイオスは記録にある限りでは単独討伐者がいない。
討伐回数はゴライアス程ではないとはいえ、それでもかなりの数に上る。
しかし、今に至るまでドロップアイテムは確認されていない。
単純に恐ろしい程に低確率であるのか、あるいは討伐時の人数がドロップアイテムの有無に影響するのではないかとレヴェリアは予想した。
彼女が修得している発展アビリティの【幸運】は、ドロップアイテムの確率を上昇させてくれる。
こういった事に加えて単純に前々から気になっていた為、自分でやってみようと彼女は思ったわけだ。
とはいえ、問題がある。
今のオラリオにおいて、階層主討伐は早い者勝ちだ。
色んな派閥の冒険者達が我先に、とパーティを組んで挙って討伐にやってくる。
たとえ1人で戦っていても、他派閥のパーティがどんどんやってきて参戦する為、得られる経験値が分散してしまっていた。
また、ドロップアイテムが出た場合はそれを巡って、揉めることもよくある。
階層主が出現するフロアの出入り口を自派閥の冒険者達で封鎖すれば、単独あるいは少人数で討伐することも可能ではあるが――そこまでするなら、より下の階層でモンスターと戦った方が経験値効率が良い。
階層主のドロップアイテムが必要ならば、中々出回らない上に値段も張るが、商業系ファミリアから購入すれば安全かつ確実に入手できる。
フロアの封鎖をしてまで階層主を討伐する労力と得られる利益が釣り合っていない為、実行する派閥は皆無に等しかった。
今回、レヴェリアはそういった意味でも困難な単独討伐に挑戦する。
幸か不幸か、フロアを封鎖してくれる連中にはアテがあった。
レヴェリアが出歩けば、ゼウスとヘラの眷族が湧いてくる。
そんな風に囁かれるくらいに、レヴェリアと彼等彼女等のエンカウント率は極めて高かった。
「おい、ザルド。少し手伝え」
「まずは治してくれ」
ズタボロとなっているザルドの要望に応え、レヴェリアは治癒魔法を唱えてやる。
あっという間に全快した彼は、大剣を肩に担いで尋ねる。
「珍しいな。お前がそんなことを言ってくるなんて」
「偶にはこちらの我儘も聞いてくれ」
「勿論だ。何をすればいい?」
彼の問いかけに対して、レヴェリアは要望を伝える。
「ウダイオスを単独で討伐するから、玉座の間を封鎖してくれ」
「俺だけで?」
一人じゃ無理だぞと暗に伝えてくる彼に、レヴェリアは肩を竦めてみせる。
「バベルに着くまでにはどうせ増えるだろうし、37階層に着く頃にはもっと増えている」
「ああ、それもそうだな……そういえばうちの団長、今日は特に予定がなかった筈だ」
「それならば確実に来るな」
レヴェリアの言葉にザルドは頷きつつも、不思議に思う。
「どうしてウダイオスを?」
「ドロップアイテムの検証だ。前々から気になっていてな」
「ウダイオスには無いって話だぞ?」
「これまでウダイオスを単独で討伐した者はいない。もしかしたら、討伐時の人数がドロップアイテムの有無に関わっているのかもしれん」
ザルドは頷きながらウダイオスとの戦いが終わったら、その場で挑むことを密かに決意した。
レヴェリアとしても、ウダイオス戦後に手伝いを頼んだ連中が仕掛けてくるのは想定内であった。
レヴェリアの予想通り、バベルに到着するまでの間にゼウスとヘラのレベル5以下の団員達が、いつものように大勢挑んできた。
彼等彼女等を返り討ちにして、手伝いを頼めば快諾した。
どいつもこいつもザルドと同じことを企んでいるのが、レヴェリアには簡単に分かってしまったが。
なお、この時にヘラの眷族より【女帝】も今日は予定がないことを知り、彼女も来ることをレヴェリアは確信した。
そして、30階層で待ち構えていたゼウスとヘラ、それぞれの団長達――【英傑】と【女帝】の二つ名を持つ2人と、いつものようにレヴェリアは1対1で戦うことになり、いつものようにズタボロにされた後、事情を説明して協力を得る。
ウダイオスを討伐したら再び戦うことを約束させられたが、予想できていた。
幸いにもウダイオスの出現を待ち伏せしていた冒険者はおらず、若干手こずったものの単独討伐をレヴェリアは成し遂げ、史上初となるドロップアイテムもあった。
ここまでは問題なかったのだが【女帝】と【英傑】の提案によって、彼女は大変なことになった。
「それで、コレがドロップアイテムなのね?」
フレイヤの目の前に置かれているのは、剣のような形をした黒い骨だ。
彼女が軽く叩いてみると硬質な音がした。
「ああ、ウダイオスの黒剣と便宜的に名付けた」
「そのまんまね」
「いつかどこかの誰かが、良い名前を考えてくれるだろうさ」
レヴェリアはそう言いながら、フレイヤの膝枕を堪能する。
そんな姿を見て、彼女はついつい頬が緩んでしまう。
つい先程レヴェリアは帰ってきたのだが、彼女はステイタス更新を頼むことなく、子供みたいにフレイヤに甘えてきた。
母性を大いに刺激された彼女は、すぐさま膝枕をして甘やかし始めたのだ。
ディナとヴェナみたいなお子様達に、この包容力は出せないわ――とフレイヤは内心で自画自賛していた。
「もうこんなことはしない。絶対にしない」
ウダイオスというよりもゼウスとヘラの子達が原因よね、とフレイヤは思ったが、口には出さない。
デキる女は違うのだ。
レヴェリア曰く、ウダイオス討伐後、【女帝】と【英傑】がここにいる全員と戦ってみたらどうかと言い出したとのこと。
彼女にとって、幹部達とレベル6の団員達がいなかったのは不幸中の幸いだ。
断ったところで仕掛けてくるのが目に見えた為、幾つかのハンデを貰って戦ったが――かつてないほど酷い目に遭ったという。
また、彼女によるとウダイオス討伐にやってきたと思われる冒険者達が、引き返したのを戦闘の最中に目撃したとのこと。
嬉々として横合いから殴りつけて漁夫の利を狙いそうであるのに、そうしなかった理由はフレイヤにもレヴェリアにも簡単に予想できた。
下手に手を出して、3人を同時に敵に回さないようにする為だ。
「しばらくは休む。引きこもって、お前と一緒にのんびり過ごしたい」
「ええ、いいわよ。お休み中はずーっと私と一緒にいましょうね」
フレイヤは彼女の頭を優しく撫でながら、聖母の如き微笑みを浮かべた。