ある日、大通りを歩いていたレヴェリアは大勢の人集りに出くわした。
何事だと思ったところで、まるでタイミングを図っていたかのようにヘルメスが現れる。
いつものように彼は気さくに声を掛けてきた。
「やぁ、レヴェリア様。君もリヴェリア様を見に来たのかい?」
「神ヘルメス、随分とタイミングが良いな」
「偶然だよ」
どうだかな、とレヴェリアは内心思いながらも、くるりと踵を返す。
予想外の行動にヘルメスは驚く。
「え? 見ていかないの?」
「下手に騒ぎ立てない方がいいだろう。それに、そろそろアルフィアがホームに……」
来ている頃だ、と彼女が言おうとした時、歓声が上がった。
出処は最前列に陣取っているエルフ達だ。
「どうせなら見て行こうぜ? そんなに時間が掛かるわけでもないし」
「……まあ、見るだけなら」
そう答えたレヴェリアに対して、ヘルメスは提案する。
「前に行かないか?」
「……騒動を起こしたりはしないだろうな?」
「いや、そんなことはしないさ。ただ、オレにはちょっとした願望があるんだ」
疑いの視線を向けるレヴェリアに対して、にやりと笑ってヘルメスは告げた。
「レヴェリア様とリヴェリア様が同じ空間にいるところを、脳裏に……いや、オレの魂に焼き付けたい! オラリオに白黒美女妖精を求めるのは、間違いじゃないんだ!」
堂々と宣言したヘルメス。
レヴェリアとしても彼の気持ちは理解できるが、どうにも乗せられているような気がしてならない。
「神ヘルメス、変なことをするなよ。フリじゃないぞ。いいな?」
「分かっているよ。
そう言って笑みを浮かべたヘルメスを、レヴェリアは一応信じることにした。
ヘルメスの先導によって人集りをレヴェリアは進んでいき、やがて最前列に到着した。
アイドルがやってきたみたいな熱気だな、とレヴェリアは思いながら、近づいてくるロキ・ファミリアの面々に視線を向けた。
男神かと見紛う程の赤髪の女神――ロキを先頭に小人族とドワーフの男性、そしてエルフの女性。
彼女は翡翠髪と同色の瞳を持ち、女神の如き美貌をしている。
あの女性が白の王女なのだろう、とレヴェリアが思っていた時、ヘルメスが何気なく呟いた。
「なんかリヴェリア様とレヴェリア様って、雰囲気とか似ている気がするねぇ」
この男神はこういうところがあるから油断できない、とレヴェリアは思いつつ、ロキ・ファミリア一行を見ていると――不意にロキと視線が合った。
レヴェリアを見た瞬間、彼女の細まった糸目は思いっきり開かれる。
「ロキ、どうしたんだい?」
突然立ち止まったロキに対して小人族――フィン・ディムナが尋ねた。
それが引き金となったのか、彼女は叫んだ。
「超絶美女ダークエルフやぁあああああ!」
リヴェリア目当てにやってきていた人々の視線がロキが見ている人物へ動くが、レヴェリア本人であった為にすぐさま誰もが視線を逸らした。
もはやオラリオの日常風景と化しているが、ゼウスとヘラの眷族達と真正面からやり合っている彼女である。
下手なことをすると、どんな報復があるか分かったものではないからこその対応だ。
だが、エルフ達は違った。
我が身を犠牲にしてでもリヴェリア様を守り抜く――彼等彼女等は壮烈な覚悟を胸に抱きつつ、いつでも飛び出せるよう身構えながら、緊張した面持ちで事態の推移を見守る。
一方、ヘルメスは状況を楽しんでいた。
約束した通り、彼は何もしていなかった。
しかし、ロキの神格を知っていたからこそ、十中八九こうなるだろうという予想はしていた。
レヴェリアも狙いに気づいて咎めるような視線を送るが、頑張ってくれと言わんばかりに彼はにっこりと笑った。
フィン・ディムナは内心で溜息を吐いた。
オラリオに入る前、ロキに釘を刺したが、やっぱり駄目だったからだ。
それなりに長い付き合いであるからこそ、こうなることは予想できていた。
幸いであったのは、予想よりも不謹慎な発言ではなかったことくらいだ。
ロキが狙ってやったのか、あるいは本能のままに叫んだのかは判断が難しい。
普段の彼女を知っているからこそ、後者の方が可能性が高いんじゃないかと彼には思えてしまうが。
ともあれ、話しかけるきっかけにはなったのは間違いない。
アイナの治療を頼む為にも、うまくやらなければ――
彼がそう思った時、予想外の乱入者が現れた。
「レヴェリアぁああああ!」
叫びながら突っ込んできた灰色髪の女の子――アルフィアだ。
彼女はレヴェリア目掛けて飛びかかるが、呆気なく抱きとめられた。
しかし、アルフィアはへこたれない。
「どうしてお前はこんなところにいる!? 今日はダンジョンに行かないって言っただろう!」
「ダンジョンには行っていない。用事で外に出ていただけだ」
「私が行くまでホームで待っていろ!」
ポカポカと殴り始めるアルフィア。
レベル1として全力を出しているのだが、レヴェリアに効くわけもない。
「アルフィア。取り込み中みたいだから、そんなことをしちゃ駄目よ」
そこへ現れたのは白い帽子に同色のワンピース姿のフレイヤ。
それを見たロキが真っ先に反応した。
「フレイヤ、なんでそんな清楚ぶった格好してんねん……」
「あら、ロキ。来ていたのね。これ、似合うでしょ? レヴェリアと一緒に選んだのよ」
くるりとその場で一回転してみせるフレイヤ。
似合いすぎているからこそ、ロキは何も言えない。
「大変申し訳ない、うちのロキが……」
場の雰囲気が良くも悪くも変わったことを感じつつ、レヴェリアに対してフィンは頭を下げた。
彼の謝罪に対して、レヴェリアは何とも思っていないことを明確に伝える。
「別に構わん。神とはそういうものだ。それに変な発言でも無かったからな」
「そう言って頂けると有り難い」
そんなやり取りを聞きながら、ロキが尋ねる。
「んで、この子が噂のレヴェリアちゃんやな?」
「ええ、そうよ。私の
「何が悲しくてうちが自分の惚気話を聞かなアカンねん……しかも絶対長いやつやろ」
そう答えたロキは、レヴェリアへさり気なく視線を向けた。
彼女はアルフィアに殴られたり引っ掻かれたり、色んなことをされているものの、穏やかに微笑んでいる。
アイナちゃんの為にも、どうにかして治療を頼まんとアカンなぁ――
超絶美女ダークエルフはレヴェリアだろうと予想していた為、ロキとしては抑えめの発言であった。
自重をしなかったら、ドスケベドチャシコダークエロフと本能のままに叫んでいたところだ。
それはさておき、ロキは気になっていることを尋ねる。
レヴェリアにじゃれついているようにしか見えない、アルフィアの存在だ。
「いつから託児所を始めたん? えらい物騒っちゅう噂しか聞いとらんのやけど」
「あの子はヘラの子なのよ」
予想外の答えにロキは意味が分からんと首を傾げてしまう。
いったいこいつのファミリアはどうなっているんだ、と疑問を抱くのも無理はなかった。
「話が盛り上がっているところで悪いんだけど、場所を変えた方がいいと思うぜ? そろそろガネーシャ・ファミリアがやってきそうだ」
絶妙なタイミングでヘルメスが提案した。
ロキはフィン達へ視線を向け、3人が頷いたことを確認。
一方、フレイヤは――
「レヴェリア、どうする?」
「私は構わない。ただ、できれば日を改めて欲しい。先約があるのでな」
レヴェリアはそう言いながら、アルフィアへ視線を向ける。
すると彼女は当然だと言わんばかりに頷いた。
それを見て、フレイヤはロキへ問いかける。
「だ、そうよ。どうかしら?」
「構わんで。うちらも到着したばかりやしな。ただし、日時も場所もうちが指定させてもらうで」
「ええ、いいわよ。お任せするわ」
ロキの言葉に対して、フレイヤはそう答えた。
そして1週間後。
全席個室の酒場にて、ロキ・ファミリアの面々とフレイヤ、レヴェリアは再び対面した。
この酒場はロキが指定したものであり、彼女曰く値段も手頃で料理が美味いとのことだ。
彼女が場の空気を解したこともあり、和やかな雰囲気で始まった。
つつがなく互いの自己紹介が終わったが、レヴェリアが呼び捨てで構わないことや敬語も不要と伝えた時はロキ・ファミリアの面々が驚いた。
エルフもダークエルフも文化や慣習などは同じようなもの、とリヴェリアからは聞いていた為だ。
驚いたのはそれだけではない。
料理を注文する際、レヴェリアは野菜を中心とした料理を注文するだろうとロキ達は予想していた。
しかし、がっつりとした肉料理を彼女は注文したのだ。
個人の好みと言ってしまえばそうであるのだが、それでも衝撃的であった。
「レヴェリアちゃん、お肉好きなん?」
「大好きだ。菜食主義は故郷に置いてきた」
胸を張って言い切ったレヴェリアに、フレイヤが横から口を挟む。
「レヴェリアって大食いなの。3kgのステーキをぺろりと食べちゃうのよ」
「腹いっぱい美味しいものを食べられることは、幸せそのものだからな」
レヴェリアの言葉を聞き、ロキ達は互いに顔を見合わせる。
予想以上にエルフらしくなかった。
「ねぇ、レヴェリア。せっかくだから、王女様に聞いてみたら?」
「何を?」
「どういう経緯でアルヴの王森から出たのか……気になっていたじゃない」
「お前も気になっていただろうに」
そう返しながら、レヴェリアがそのことについてリヴェリアに問いかける。
彼女としても十中八九、聞かれるだろうなと予想できていたからこそ、嘘偽りなく素直に答えた。
「ふぅん……なるほどねぇ」
話を聞き終えたフレイヤは意味深な表情でもって、視線をレヴェリアへ向ける。
あからさま過ぎるその反応は、何かあると示しているようなものだった。
当然、ロキは食いついた。
「何や、フレイヤ。何かあったんか?」
「レヴェリアがね、純粋培養されたエルフは頑固で視野が狭くて排他的だって語っていたことがあったのよ」
「リヴェリアと彼女の友人……アイナちゃんが例外なだけやで」
そう答えながら、ロキは内心で喝采を叫ぶ。
これで自然な流れでアイナの現状について、話すことができるからだ。
「その友人は今どこに?」
当然の疑問を口にしたレヴェリアに、ロキは視線をリヴェリアへ向けた。
すると彼女は真摯な表情でもって告げる。
「私の友、アイナを病から救って欲しい」
「分かった」
事情も聞かずに即答したレヴェリアに対して、リヴェリアは目を丸くしてしまう。
これにはロキやフィン、ガレスも予想外であり、同じように驚いた。
「良いのか? そんなにあっさりと……」
思わずリヴェリアが問いかけてしまうが、レヴェリアは頷いて答える。
「私を頼ってくるということは、普通の治療師では手に負えないものだろう。報酬は貸し一つということで構わない」
要求された報酬に、リヴェリアはロキ達へ視線を向けたが――彼女達は頷いてみせる。
それを見たリヴェリアはロキ達に礼を述べ、その報酬で構わないとレヴェリアに伝えた。
そのやり取りを見てロキは不思議に思う。
フレイヤが何も言ってこないことに。
「フレイヤ、自分は口出さんの? ええんか? レヴェリアちゃんが決めて」
「別にいいわよ。それとも、友神価格として5000兆ヴァリスをあなたに請求した方がいい?」
「……惚気話は聞きたくないんやけど、マジでどうして自分とレヴェリアちゃんがくっついたのか、めっちゃ気になるわ」
この1週間でロキは情報収集に努め、レヴェリアが歓楽街の常連であり、色ボケダークエロフということも掴んでいた。
しかし、体の相性や性的嗜好が合うだけでフレイヤが
なお、レヴェリアが色ボケダークエロフであることはフィン達にもロキは伝えていたが、たいした反応を示さなかった。
それどころか分別のあるレヴェリアを見習ってほしい、とロキに対してセクハラ行為を自重するよう求めた。
ロキにとっては身から出た錆である。
「語っていいの?」
目を輝かせるフレイヤに対して、ロキは首を左右に振った。
あっさりと拒まれて、しょんぼりと肩を落とすフレイヤ。
とにもかくにも話が一段落したところで、フィンが切り出した。
「レヴェリア、聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」
「構わない」
レヴェリアの答えに、フィンは感謝しつつ尋ねる。
「冒険者としての心構え、そういったものを教えて欲しい」
その言葉を聞いた瞬間、彼だけでなくリヴェリアとガレスも真剣な表情となった。
下手なことは言えないな、とレヴェリアは思ったが為、自らが実践していることをそのまま伝える。
「自分の心……あるいは、欲望や願いと置き換えてもいいかもしれんが、それに嘘をつかないこと、我慢しないことだ」
彼女は言葉を切り、少しの間を置いてさらに続ける。
「立場とか肩書とか、そういうものを気にし過ぎて自分の願いを忘れるな。心に嘘をつくな。優先すべきは自分がどうしたいか、何を成し遂げたいかだ」
凛々しい表情でもって断言したレヴェリアであったが、そこへ横からフレイヤが口を挟む。
「レヴェリアって本当にエゴイストなのよ。私もそれで随分と苦労を……」
「私はお前の我儘に振り回される事が多いんだが?」
「そうだったかしら? 忘れちゃったわ」
ジト目で見つめるレヴェリアに対して、フレイヤはそっぽを向いた。
フレイヤとレヴェリアがバカップルであると、オラリオ在住の神々から聞かされていたロキは実際に目の当たりにして砂糖を吐きそうになった。
天界時代からの付き合いがある色ボケが、進化を遂げているように見えた。
「レヴェリア、お前や【英傑】、【女帝】達と同じ場所に立つにはどうすればいい?」
次に問いかけたのはガレスだ。
熱き戦いを求めている彼にとって、もっとも知りたいことだ。
「ダンジョンに篭もれ。適当なルームに入って、そこで24時間戦い続けろ。それが一番手っ取り早い」
「お前もやっているのか?」
「ああ。長い時は数ヶ月程篭もることもある」
レヴェリアの答えを聞いた彼はロキへ視線を向けた。
「嘘やないで。マジなんか?」
「マジだ。いちいちダンジョンと地上を往復なんぞしていられん。強さを求める連中は皆やっている」
レヴェリアが答えたところで、次にリヴェリアが尋ねる。
「魔導士として、重要なことを教えてくれないか?」
「詠唱速度と並行詠唱だ。あなたの魔法がどんなものかは知らないが、超長文だろうが何だろうが、一瞬で詠唱を完了しなければ死ぬと思え」
己自身がそうであったからこそ、レヴェリアの言葉は実感がこもっていた。
そして、彼女はさらに助言する。
「詠唱に必要な部分だけは他の何を犠牲にしてでも守れ。四肢を千切られようと、臓物をぶちまけようとも詠唱を絶やすな」
その言葉を聞いたリヴェリアは重々しく頷いた。
ロキ達はアルテナで出会った女神イズンより、レヴェリアが当時、どれだけ厳しい環境にいたのかを聞いていた。
そこで得た戦訓であることは想像に難くない。
もっとも、レヴェリアとフレイヤが10年も行動を別にすることになった理由だけはイズンも教えてくれなかった。
「ロキ、より具体的に助言を聞きたい。私の使える魔法について、明らかにしても良いか?」
リヴェリアの問いかけに対して、ロキは軽く頷いてみせた。
それを確認したリヴェリアは問いかける。
「私は治癒魔法を使えるが、この修練を重視した方が良いか?」
「その方が良い。ソロでもパーティでも、治癒魔法はもっとも大切なものだ」
断言するレヴェリアに対して、頷いてみせるリヴェリア。
そこへフレイヤが提案する。
「ねぇ、ロキ。どうせならレヴェリアと軽く戦ってみる?」
「レベル差がありすぎて何もできんうちに終わるわ」
至極真っ当な意見を述べるロキであったが、その言葉はフレイヤも想定内だ。
「大丈夫よ。かなり抑えめにするから」
「フィン達をフルボッコにされてうちが悔しがる顔が見たいとか、そういうことを思ってんとちゃうか?」
疑いの視線を向けるロキに対して、フレイヤはくすくすと笑って告げる。
「違うわよ。王女様に手を出すと全世界のエルフが敵になる、と巷で囁かれていることは知っているでしょう?」
フレイヤの問いかけはロキ・ファミリアにとっては事実だ。
リヴェリアの存在が心理的な抑止力となって、なし崩し的に巻き込まれた騒動や事件などを除いて相手側から積極的に仕掛けられたことはない。
少なくとも、オラリオに来るまでの4年間はそうだった。
肯定したロキに対して、フレイヤは更に畳み掛ける。
「理不尽な状況に対して、経験が不足しているんじゃないかって私は思うのよ」
ロキとしてもフレイヤの提案は魅力的だ。
だが、どうして彼女がそこまでするのかが分からない。
「狙いは何や?」
「ただの善意よ。今回のことで何かを要求しようって考えはないし、今後もないわ」
フレイヤから言質を取ったロキは、そこでフィン達へどうするかを尋ねる。
とはいえ、彼女には予想がついていた。
「だ、そうやけど……どうする?」
「是非、お願いしたい」
躊躇うことなくフィンが答えた。
彼の言葉にリヴェリアとガレスも異論は挟むことはない。
「決まりね。レヴェリア、よろしくね」
「分かった。手加減もしっかりとするから、安心してくれ」
フレイヤに言われ、レヴェリアはそう答えた。
アルフィアが挑んでくるおかげで、彼女は手加減の仕方が上達していた。
それから1週間後、フィン達はレヴェリアとダンジョン内で戦うことになったのだが――彼女の治癒魔法がどれだけ規格外であるか、身を以て体験することになった。