レヴェリアは目の前に佇む存在に見惚れてしまっていた。
里を出てアルテナへ向かい始めてから1週間。
遠目に見えている宿場町を目指し、彼女は月明かりに照らされながら草原を歩いていたのだが、黄金の流星が目の前に降ってきた。
眩い光が収まった後、そこに立っていたのは――美を体現した女神だったのだ。
「私はレヴェリア・スヴァルタ・アールヴという……ご尊名をお伺いしてもよろしいだろうか?」
問いかけに女神は優しく微笑みながら、ゆっくりと口を開いた。
「フレイヤよ」
「どうか私をあなたの眷族にして欲しい」
レヴェリアはそう述べて、溢れる思いをそのまま言葉に変えてフレイヤへ伝え始めた。
清楚系お姉様美女神を前にして、理性は次元の彼方にぶっ飛んでいた。
フレイヤにとって地上に降りてきた理由は伴侶を探す為だ。
本来彼女は数百年程早く降臨する予定だったが、オーディンが横槍を入れた為に大きく遅れた。
彼が降臨した後も順番が来るまで数十年も待たされ、ようやく今日降臨できたのだ。
しかし、降臨直後にこんなにも美しい輝きを持つ魂を目にするとは思いもしなかった。
虹色の輝き。
まだ荒削りであるが、収集癖のあるフレイヤがこれまで見たことがない程に美しい。
必死に自分を口説きながら、顔や胸どころか髪先や指先などあちこちに視線を彷徨わせているその様は下心があることが容易に分かる。
素晴らしい魂を持っているのに、こんなにも初心なんて――
そのギャップにフレイヤはやられつつ、また期待を抱いた。
これほどの輝きを持つのならば自分を満たしてくれるかもしれない、と。
「ねぇ、レヴェリア。私のどこに惹かれたのかしら?」
「実は私は異世界転生者なのだが……」
「えっ、なにそれ詳しく教えて」
もう眷族にすることをフレイヤは決めていたが、ここにきてそんな超稀少存在であることがカミングアウトされた。
幾億もの年月を過ごしてきた彼女であっても、異世界転生者に出会ったのは初めてである。
好奇心は大いに刺激されていた。
「事実かどうかは分からないが、異世界では神話という形でフレイヤ様をはじめとする様々な神々のことが伝わっているんだ」
「例えば?」
「フレイヤ様はヴァン神族の出身でアース神族との戦争の和解の為、父や兄とともに人質としてアースガルズに移り住んでアース神族にセイズをもたらしたとか」
それは遥かな昔に実際に起きたことだ。
まだ天界が安定しておらず神々があっちこっちでドンパチをしていた時代。
しかし、その話がこの世界の下界に伝わっていないとも限らない。
「まだ弱いわね。あなたが嘘をついていないことは分かるけど、この世界の子供達が神話としてそのことを知らないということは証明できないもの」
「じゃあ、もっと手っ取り早いことを伝えよう。きっとこれはこの世界の人々は知らない」
レヴェリアの自信満々な態度にフレイヤは胸を高鳴らせる。
いったい何を言ってくるのだろうかと彼女はワクワクしながら、レヴェリアの言葉を待つ。
「局部超銀河団、乙女座銀河団、局部銀河群、天の川銀河、オリオン腕、太陽系第三惑星地球」
それを聞いた瞬間にフレイヤは理解した。
この子は紛れもなく異世界人だと。
宇宙の中で自らが住まう星の位置を特定し、名前をつける。
下界の子達がそんなことをしていれば天界で話題にならない筈がない。
何よりも、ここは彼女が言った惑星ではない。
「あと光の速さはおおよそ秒速30万kmでブラックホールはその光すらも逃れられない」
「ええ、合っているわ。そして、それはこの世界の子達が絶対に知り得ない事柄ね」
ここまでのやり取りで彼女はある事に気づいていた。
レヴェリアに下心があるのはよく分かるが、それとて常識的な範疇にある。
フレイヤの『美』に心酔しているようには見えなかったからこそ、問いかけた。
「ねぇ、レヴェリア。愛って何だと思う?」
「愛を司る女神がそんなことを聞くのか? そもそも唐突過ぎる……」
「いいじゃない、教えて。私の眷族になるにあたって大事なことよ」
そのように言われてはレヴェリアとしても答えない訳にはいかない。
フレイヤの尋ね方からして、一般論を求めているわけでもなさそうだと彼女は何となく察した。
こんなにも美しい女神で愛を司っているからには、とんでもない年月をずーっと愛したり愛されたりしてきた筈だと予想する。
そのことを踏まえて、レヴェリアは己の考えを述べる。
「夢も希望もない表現をするならば一種の洗脳状態だろう。あなたからすれば、愛なんて空虚でつまらないものにしか思えないかもな」
その答えを聞いた瞬間、フレイヤは間の抜けた顔となった。
やがて信じられないという驚愕の表情となり、彼女はゆっくりと崩れ落ちて地面に膝をついてしまう。
「大丈夫か?」
レヴェリアは屈んで目線を合わせ、フレイヤに問いかけながら片手を差し出した。
フレイヤの銀の瞳がレヴェリアをじっと見つめながら呟いた。
「……
「すまない、人類に分かるように説明してくれ」
「
急に
きょとんとした表情となったフレイヤに対してレヴェリアは尋ねる。
「ここは下界だ。天界じゃない。人類にも分かる言葉で話せ。いいな?」
「……そんなふうに乱暴に言われたのは初めてだわ」
「口では不満そうだが、どうしてそんなに嬉しそうなんだ?」
にこにこ笑顔のフレイヤに対してレヴェリアは困惑した。
しかし、そんなことは意に介さない。
フレイヤからすれば己の境遇を理解してくれたに等しいからだ。
期待をますます高め、目を輝かせながら尋ねた。
「レヴェリア、私の愛が欲しい?」
その問いかけに対してレヴェリアは不審者を見るかのような視線を向ける。
脈絡なく愛とは何かと意図が不明な問いかけをしてきたこともあり、罠なんじゃないかと思えてならない。
フレイヤは魅力的な女性であることに間違いはないが、第一歩も踏み出していない状態で罠にかかりに行くのは嫌だった。
一方、フレイヤは喜んでいた。
己の美を間近で見て、愛が欲しいか尋ねても『欲しい』と即答しなかったことに。
やがて、レヴェリアが告げた答えは――フレイヤをより喜ばせるものだった。
「いや、いらない。すまないな」
「えっ、どうして? 私の愛をあげると言っているのよ?」
「結構だ。眷族になりたいという話もなかったことにしてくれ」
レヴェリアはフレイヤから後退りして少しずつ距離を取った。
対するフレイヤはにじり寄って距離を詰めながらも尋ね方を変える。
「じゃあ、私に愛を頂戴。あなたに愛して欲しいの。駄目かしら?」
首を傾げて問いかけるフレイヤであったが、レヴェリアの決意は固い。
生半可な断り方では駄目だと彼女は思い、必殺技を叩き込むことにした。
「誠に残念ではございますが、今回はご期待に添いかねる結果となりました。フレイヤ様の今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます」
一礼してレヴェリアは宿場町目指して脱兎のごとく駆け出した。
フレイヤはヤバい女神であるという思いを抱きながら。
しかし、フレイヤの精神的なタフさはレヴェリアの予想を上回っていた。
彼女は一瞬呆気にとられたが、すぐさま追いかけ始めたのだ。
「待ってぇえええ! 置いてかないでぇええええ! 私の眷族になってぇえええ!」
必死の形相で叫びながら追いかけるフレイヤ。
とてもではないが美の女神とは思えない。
「お祈りしたんだからもう諦めろっ!」
「諦めないっ! 私の
「そのオーズってなんだ!? ここは下界だ! 分かる言葉で話せ!」
「伴侶のことよぉっ! 私は伴侶を探しに来たのっ!」
「下界に婚活しに来るんじゃない! 女神が婚活とか必死過ぎて怖いぞっ!」
「私を満たしてくれる人がいいのっ! あなたはそうかもしれないっ!」
「知るかっ! 私は独身でいたいんだっ! まだ50歳なんだからっ!」
そんなことを叫びながら30分程、全力で走っていたらどちらも体力が切れた。
互いに草原のど真ん中で息切れしながらぐったりと膝をつく。
数分程掛けて、どうにか息を整えたレヴェリアが尋ねた。
「もう呼び捨てにさせてもらうぞ。フレイヤ、お前はどうしてそんなに必死なんだ?」
「さっきあなたが言ったこと……それって私がずっと思っていたの」
「どれだ?」
「愛のこと」
レヴェリアは合点がいった。
自分が立てた予想は当たっていたのではないかと思いつつ、そのことを前提に問いかける。
「愛することも愛されることにも嫌になって、女神をやめたくなったのか? さっきのことから予想するに、お前には誰も逆らえないし逆らわない。お前にとって愛することや愛されることは人形遊びと変わらない……ということか?」
「そうよ!」
叫んでフレイヤは力を振り絞ってレヴェリアに飛びついた。
そして、彼女は目一杯に叫ぶ。
「もう嫌なのよ! 誰もが私の愛を欲して跪く! 私が求めれば誰もが無償の愛を差し出す! 女神の軛から解放されたいの!」
激情のあまりに涙を流しながらフレイヤは己の思いをぶちまけた。
ここまで自分の心情を察してくれた相手だからこそ歯止めは利かず、言葉が溢れ出てきた。
彼女の思いを聞かされたレヴェリアであったが、下手なことは言えないとばかりに思考を巡らせる。
そして、ある予想を立てた。
「フレイヤ、私はお前の思い通りにはならない……それがいいのか?」
「ええ、そうよ! あなたは私の愛を欲さなかった! 愛してと言ってもそうしてくれなかった! 【魅了】の有無は関係ないの! あなたは『美』の『愛』を拒んだの!」
叫んで泣きながらも嬉しそうに笑っているフレイヤ。
彼女は愛おしそうにレヴェリアに抱きついて、その長い耳に口を寄せて囁く。
「挙句の果てに逃げ出すなんて……本当、酷い人だわ」
「言っちゃ悪いが……美しさとかそういうのに関係なく、関わっちゃいけない危ない女にしか見えないぞ」
良い雰囲気にもっていこうとしているフレイヤであったが、レヴェリアは無慈悲に告げた。
しかし、その言葉すらもフレイヤにとっては心地が良い。
「あんまりいじめると泣いちゃうわよ?」
「もう泣いているだろ」
「それもそうね。でも、悪くないわ。そんなあなただからこそ、私の眷族になって欲しい。いきなり
その問いに対し、レヴェリアは即答しない。
自分の目的が達成できるかどうか、その確認をしなければならなかったが為に。
「条件がある」
「なぁに?」
可愛らしく首を傾げるフレイヤを見ながら、レヴェリアは真剣な表情で告げる。
「私は黒妖精の王女なのだが……とある目的の為に里を出た」
そこで彼女は言葉を切った。
フレイヤの瞳をまっすぐに見つめ、真剣な顔で己の目指すものを明かす。
「ハーレムを作りたいんだ」
嘘偽りが一切ないその本気の言葉にフレイヤは呆気にとられ――やがて腹を抱えて笑い出す。
その様子をレヴェリアがジト目で見つめながら言葉を続ける。
「私は本気なんだぞ。美女美少女の大ハーレムを築き上げるんだ」
「私のように人形遊びにはならないだろうけど……最終的には飽きるわよ?」
「よし、フレイヤ。いかにして私がそう思うに至ったか、たっぷりと聞かせてやる。覚悟しろよ」
そう告げたレヴェリアであったが、フレイヤはあっさりと答える。
「その条件で問題ないわ。私って寛容なの」
どうだと言わんばかりの態度の彼女であったが、レヴェリアは冷静だ。
あんな思いを抱えていたのだから、素直に受け取れという方が無理であった。
だからこそ、彼女はフレイヤの顔を真正面から見つめ、しっかりと表情を観察しながら尋ねた。
「本音で語れ。女神としてではない、ただのフレイヤとしてはどうなんだ?」
そのような問いかけがくるとは思ってもみなかったフレイヤは逡巡するも、己の心に思うがまま答えることにする。
知らず知らずのうちに、女神の仮面はどこかにいっていた。
「私だけを見て欲しいに決まっているわ。こう言うのもなんだけど、私って容姿端麗でしょ? それに天界で色欲と肉欲の海に溺れてきたから、色んなことに理解があるわ。何でもしてあげるわよ?」
私以上の存在なんていないでしょ、とほのめかすフレイヤ。
しかし、レヴェリアは分かっていないと言わんばかりに大きな溜息を吐いた。
まさかそんな反応をされるとは思ってもみなかったフレイヤは目を丸くする。
しかし、内心は嬉しくてたまらない。
そんな気持ちなど露知らず、レヴェリアは真剣な表情でもって告げる。
「私はな、女神もエルフもヒューマンも獣人もアマゾネスも小人族も……ドワーフはちょっと場合によるが、ともかく皆違って皆良いと思っている。フレイヤ、お前の考えも理解できる……だが、我が衝動は止められぬっ!」
レヴェリアもまたぶちまける。
ハーレムとエロに対する熱き思いを。
それを聞きながらフレイヤは思った。
自分が経験してきたハーレムとは違うな、と。
レヴェリアの語るハーレムは理想と妄想が混じったものであるが、フレイヤは現実に経験してきたものだ。
未経験者と経験者の違いだと言ってしまうのは簡単であるが、彼女にはどうにもそうは思えない。
人形遊びになるかならないか、そこが大きいのかしら?
彼女が出した予想はそれである。
誰もが愛されることを欲しつつも、望まれれば無償の愛を差し出す。
その歪な関係はフレイヤしか成し得ないものだ。
己の思いを語るレヴェリアはとても楽しそうであり、何よりその魂がこれでもかと輝いている。
欲望一直線であるにもかかわらず。
本当に酷い人、でもそこがいい――
そんなことを言うとレヴェリアがまた逃げそうな予感がしたので、フレイヤは口には出さなかった。
「以上だ。ご清聴、感謝する」
やりきったぞという満足げな顔でレヴェリアが告げた。
フレイヤはあれこれ考えながらも一言一句、彼女の思いは聞いていた。
例えばレヴェリアはエルフが大好きと言っていたが、下界でのフレイヤはエルフっぽいコスプレをすることくらいしかできない。
レヴェリアの語った真面目清楚一途後輩系エルフ少女や女騎士エルフにはなれないのだ。
しかし、それでもフレイヤにはできることがあった。
神は汗などの老廃物を出さないが、これは
下界の子達とより密着した生活を送るようにする為、天界で取り決められたルール。
だが、実際のところはよほどの変神しか使っていないものだ。
ともあれレヴェリアの思いを聞き、フレイヤは遠慮なく感想を言う。
「あなたって天界レベルのド変態でド淫乱なのね」
「否定はできん。ともかく、ハーレム願望がある私はお前とは相容れない。そこを踏まえた上で
レヴェリアはそう宣言し、更に言葉を続ける。
「己を偽ること無く、本気で考えた上でお前にとって納得のいく答えを出せ。時間は掛かってもいい」
単純に肉欲だけを考えるならば、フレイヤの眷族になるのはレヴェリアにとって大いなる第一歩となる。
だがフレイヤの本音を聞いた以上、己の欲望よりも彼女の思いを優先してやりたいと感じていた。
そういった意図を込めた言葉はしっかりとフレイヤに届いていた。
彼女は悩ましげに溜息を吐く。
「初めてよ、こんなことを言われたのは」
「諦めてくれてもいいんだぞ?」
問いかけるレヴェリアに対して、首を左右に振ってフレイヤは答えた。
諦めないという意思表示を受け、レヴェリアが肩を竦めたところでフレイヤは尋ねる。
「時間はどのくらいならいいの?」
「切りよく10年だ。他の神の眷族になっているかもしれんが、そこは許せ」
「嫌よ。あなたの初めては私がいいし、私の初めてはあなたがいいもの」
「言い方が紛らわしいぞ……なら、どうするんだ?」
レヴェリアの問いにフレイヤは悪戯っぽい笑みを浮かべてみせる。
彼女は己が思うままに言葉を紡ぐ。
「今からあなたを私の眷族にする。でも、私とは行動を別にするわ。別れてから10年後、私のところに来て」
「お前が来るというのでは駄目なのか?」
「あなたが私のところに来て欲しいの。ステイタス更新は10年間できないけどそこは我慢して」
めちゃくちゃなことをフレイヤは言っていた。
10年間もステイタス更新をしないというのは正気の沙汰ではないし、それを我慢しての一言で済ませるような話ではない。
レヴェリアはこれでもかと溜息を吐いた。
「里を出たと思ったら、変な女に捕まって挙句の果てに10年はステイタス更新をしない宣言とか……お前は見てくれこそ立派だが、内面は我儘な小娘そのものだな」
「きっと、それが私なのよ」
にこりと微笑んだフレイヤに対してレヴェリアは肩を竦めてみせる。
「その条件で受けてやる。ただし、私にとてつもなく不利だ。10年後に会った時、答えがどうであろうとも対価は支払ってもらう」
「構わないわ。あ、でもレヴェリア、ちゃんと清らかなままでいてね?」
「……私にさらなる苦行を強いるのか?」
死んだ魚みたいな目になって問いかけるレヴェリア。
対するフレイヤは満面の笑みを浮かべる。
「勿論よ。だって、私は我儘な小娘なんですもの。あなたの初めては全て欲しいの」
無言でレヴェリアはくるりとフレイヤに背を向けるが、彼女は素早くその背中に飛びついた。
しがみつく彼女を振り解こうとレヴェリアは身動ぎしながら叫ぶ。
「ええい! 離せ!」
「やだやだ! お願いを聞いてくれなきゃやだ!」
「神の恩恵なんぞどの神も同じと聞く! 私はハーレムを容認してくれるエロいお姉さん系女神を探すんだ! そもそもお前のそれはお願いじゃなくて我儘だろう!?」
「やーだ! 私の眷族になるの!」
逃げようとするレヴェリアに必死にしがみつくフレイヤ。
10分程、その攻防が続いたが互いに体力が尽きた。
息も絶え絶えになりながら、背中にしがみついたままのフレイヤに対してレヴェリアは告げる。
「対価は容赦しないからな……!」
レヴェリアの実質的な敗北宣言。
フレイヤも荒い息をしながらもにんまりと笑うのだった。
フレイヤ「あなたの魂はSSRどころかUR……いや、それをも超えたUSSR!」
レヴェリア「おいバカやめろ」