フィン、リヴェリア、ガレスの3人は揃って、目の前で繰り広げられている戦闘に圧倒されていた。
ここは
ギルドが定める適正基準はレベル3だ。
レベル2である3人では到達不可能の階層であったが、彼らはここにいた。
数時間程前まで、18階層でフィン達はレヴェリアによって指導を受けていた。
彼女は敵にやられたら嫌なことを丁寧に実戦でもって3人に教え込んだ。
戦闘が1回終わるごとに傷の有無にかかわらず、治癒魔法を使っていた為に3人は常に万全の状態で臨むことができた。
そこまでは順調であったのだが、忘れてはいけないのがレヴェリアがいるところにゼウスとヘラの眷族がやってくることである。
とはいえ、さすがに新人の指導中に手を出してこないだろう、というレヴェリアの予想は当たった。
ゼウスとヘラの連中はどんどんやってくるが、彼等彼女等はレヴェリアとロキ・ファミリアの面々を遠巻きに見るだけに留めた。
【英傑】と【女帝】もやってきたが、手出しはしなかった。
なお、アルフィアの姿はない。
彼女は服飾店街に行く約束をメーテリアとしていたからだ。
やがて、お昼休憩となった時。
【英傑】と【女帝】がそれぞれの団員達を引き連れてやってきて、レヴェリアに提案したのだ。
そいつらにお前の戦いを見せてやらないか、と。
ガレスが真っ先に見たいと言い出し、フィン、リヴェリアもまた彼に続いた。
レヴェリアは仕方がなく承諾し、ゼウスとヘラの眷族達と共にロキ・ファミリアの面々を護衛しながらここまで下りてきた。
27階層という浅い階層であるが、【英傑】も【女帝】もやる気満々であった。
以前、58階層までわざわざ降りた意味はあったのか、とレヴェリアがツッコミを入れたが、どうしようもなかった。
そんなこんなで始まった戦闘はフィン達が見たこともない程の――それこそ、神話の戦いであるかのようなものだった。
速すぎてまったく見えないが、動きが止まった時やダンジョンの損傷具合から、何が行われているかは推測できていた。
とはいえ、この戦いによる余波は大きい。
25階層から27階層は多層構造となっているが、乱れ飛ぶ様々な攻撃魔法による爆発や巻き起こされる衝撃波や振動によって、今や
あまりにもやりすぎたのか、ダンジョンがうめき声のようなものを発する。
ダンジョンに潜り始めて日が浅い為、イレギュラーを経験したことがないフィン達はあちこちに視線を巡らせ――大瀑布を割るかのように双頭の巨竜が姿を現したことに気がついた。
階層主『アンフィス・バエナ』――推定レベルは水上ならばレベル5、水中ならばレベル6とされている。
27階層どころか下層に降りたのも今日が初めてのフィン達にとって、知識でしか知らなかった存在だ。
3人はその威容に息を呑んだが――次の瞬間、己の目を疑った。
「嘘だろう……」
その声はフィンかガレスかリヴェリアか。
あるいは3人揃っていたかもしれない。
アンフィス・バエナの双頭が
それを成したのは黒い鎧を纏って大剣を振り抜いた大男――ゼウス・ファミリアの【暴喰】、ザルドだった。
レベル7に至っている彼ですらも、ゼウス・ファミリアの幹部ではない。
そして、レヴェリアは彼も含めた同格であるレベル7を歯牙にもかけていない。
彼女は同格以下に対して絶対の強さを誇るということはフィン達も聞いていたが、それは誇張されたものだと予想していた。
しかし、事実であることをまざまざと見せつけられていた。
戦闘開始当初、ザルドを含めたゼウスとヘラのレベル7達がレヴェリアに襲いかかり、瞬時に全員が蹴散らされたからだ。
今この場でレヴェリアの敵となっているのはたった2人、【英傑】と【女帝】である。
幹部達がここにいないのはレヴェリアにとって不幸中の幸いだ。
強さの桁が違う戦いを見せつけられたフィン達は心が折れるどころか、どんどん熱く滾っているのを感じていた。
自分達もあの領域へ至ってやる――3人がそう心に誓った時、先程よりも大きな異変が起きた。
ダンジョンが哭いた。
さすがにマズイのではないか、と考えたフィン達であったが誰も止まらない。
イレギュラーな事態には慣れていると言わんばかりに。
そうこうしているうちに、恐竜の化石のような姿をしたモンスターがレヴェリア、【英傑】、【女帝】の近くに出現した。
それぞれ2体ずつ、合計6体だ。
何だアレは、とフィン達が目を見張った瞬間――そのモンスター達は目にも止まらぬ速さで動いた。
3人が27階層に来るまでの間に見た中で最速のモンスターは
もしも、あのモンスターがフィン達に向かってきたならば、何が起こったか分からないうちに殺されていてもおかしくはない程に速い。
だが、そのモンスター達にとって最大の不幸は攻撃を仕掛けた相手が悪すぎたことだ。
「【英傑】! 【女帝】! 一時休戦だ! こいつを調べたい!」
フィン達からすれば非常識過ぎることを言い出したレヴェリアであったが、【英傑】も【女帝】も即座に承諾し、ゼウスとヘラの団員達も異を唱えない。
58階層での遭遇後、このモンスターについて【英傑】と【女帝】はそれぞれ主神へ報告している。
それを受けて、ゼウスとヘラはギルドに保管されている記録を調べたが、どの記録にも載っていなかった。
そのことはレヴェリアにも伝えられていた為、この機会に調べようと思ったわけだ。
あっという間に5体が瞬殺されて1体は残された。
しかし、その1体も動けないよう腕と足を切り落とされている。
「こいつの外皮、妙に光沢がある……ただの装甲ではないな」
「特殊効果付きだろう」
「魔法を無効化するとかかしら?」
レヴェリア、【英傑】、【女帝】が腕と足を切断されたモンスターを囲んで逃さないようにしながら、モンスターについて調査をしながら考察をしている。
先程とは違う意味で、目の前の光景にフィン達は圧倒されていた。
「58階層で現れた時も、ダンジョンの修復が追いつかない程にルームが壊れていた。お前達が盛大に破壊したせいだぞ」
「あら、レヴェリア。あなたも盛大に炎弾をバラ撒いていたじゃない」
「レヴェリア、責任転嫁は良くないぞ。俺達も少しやりすぎた気はするがな……ともかく、出現条件は
【英傑】の指摘に、レヴェリアと【女帝】もまた頷いた。
「ダンジョンの修復が追いつかない程の大規模破壊か……」
レヴェリアはそう呟きながら、魔法の効き目を試すことにした。
周囲から【英傑】と【女帝】以外の全員を退避させ、【ボルカニックノヴァ】を一発撃ち込んだところ――それが反射して、レヴェリアに向けて飛んできた。
さすがの彼女も驚いたものの、再び【ボルカニックノヴァ】を撃って問題なく相殺する。
そして、彼女は真剣な顔で宣った。
「こいつの装甲、剥がせないか? これを盾や鎧に加工できれば……」
そんなことを言ったのが悪かったのか、モンスターは灰となって消えていった。
【英傑】、【女帝】をはじめとするゼウスとヘラの眷族達、そしてフィン達の視線がレヴェリアに一斉に集中する。
そこに込められた感情は「お前マジかよ……」という具合で、ドン引きしたものであった。
慌てて彼女は反論した。
「わ、私は悪くないぞ! そもそも、モンスターの胴体には傷がついていなかった! 寿命が短いタイプなんだろう!」
「レヴェリア、さすがの私でも言葉だけでモンスターを殺せないわ。だから、あなたが今日から『最恐』を名乗って」
【女帝】がそんなことを言ってきたが、レヴェリアはまったく嬉しくなかった。
この後、レヴェリアは再検証を要求した。
このままではモンスターを言葉責めで殺した、とオラリオの神々に愉快な話題を提供することになってしまう。
彼女の評判が面白いことになるのはともかくとして、本当に寿命が短いならばどのくらいであるのかを把握する必要があると考えた【英傑】と【女帝】も賛同したことから、全員でダンジョンを盛大に破壊することになった。
しかし、ダンジョンも品切れなのか、件のモンスターは1体しか湧かなかった。
ともあれ腕と足を切り落として、逃げないように捕まえていたら――勝手に灰となって消えた。
言葉責めでモンスターが死んだわけではないことを証明し、おおよその寿命も割り出せたことからレヴェリアはドヤ顔であった。
「マジでレヴェリアちゃんには感謝や」
隣に座るフレイヤに対し、そう告げてロキは笑みを浮かべた。
彼女はフレイヤにお礼をすべく、自分の奢りで飲みに誘っていた。
1ヶ月前のレヴェリアによる指導をきっかけとして、3人は変わった。
中でも、一番うるさくて暑苦しいのはガレスである。
あんな戦いを見せつけられて黙っていられるか、と彼は大いに奮起した。
フィンも、あの領域に至れば名声なんぞ勝手についてくると判断した為、がむしゃらに強さを求め始めた。
リヴェリアもまた2人に同じ。
黒き同胞の先達に恥じぬように、というエルフらしいプライドに加えて、ダンジョンの未知を求める為にもより強くあらねば、と決意していた。
あの日以後、3人揃ってダンジョン篭もりである。
最初は3日くらいで帰ってきていたが、今では1週間は帰ってこなかった。
また、アイナの治療へ赴く為の日程もこの1ヶ月で決まっている。
手続きや関係各所への連絡の都合上、これ以上の短縮は無理とロイマンが言い張ったこともあって、出発日は1ヶ月程先だ。
さすがの彼もリヴェリア絡みの話である為、突っぱねることはできなかった。
「でも、ちょっと申し訳なくもあるわね」
「何がや?」
フレイヤの意外な言葉に、ロキは問いかける。
「レヴェリアが目をかけている子達っていう認識が広まっちゃったし」
あの日にいた【英傑】と【女帝】をはじめとする面々から主神達や他の団員達に伝わり、そこからオラリオ中へ広まっていた。
「いうても、弊害はないんや」
「そうなの?」
フレイヤの問いに、ロキは頷いてみせる。
「色んな神から、屠殺場に連れて行かれる牛を見るような視線を向けられてるで」
「それはそうかもしれないわねぇ……」
世間一般から見れば、やっていることがぶっ飛びすぎているのがレヴェリアだ。
そんな彼女に目をかけられるということは、無茶振りされる未来しか見えない。
ロキ・ファミリアは哀れな被害者扱いであった。
「ピラミッド大好き連中からは、うわマジかよお前って感じで引かれたわ」
ピラミッド大好き連中――オシリスを筆頭とする神々であり、フレイヤ・ファミリアがオラリオ入りするまでゼウスとヘラに対して同盟を結んで挑んでいた面々だ。
レヴェリアの登場によりゼウスとヘラの眷族達が加速度的に強化されてしまい、戦力差があまりにも開きすぎてしまったことから、すっかり鳴りを潜めている。
オシリス達はゼウスとヘラの眷族達の実力をよく知っているからこそ、今やたった1人で二大派閥と覇を競い合っているようにしか見えないレヴェリアにドン引きしていた。
「オシリスといえば、数年前に同盟を結んでゼウスとヘラを潰さないかって言ってきたわ。断ったけど」
「ほーん……何で断ったん?」
ロキの問いかけに、フレイヤは軽い口調で答える。
「レヴェリアが成長していけば、1人でゼウスとヘラを潰せるからよ」
「ほんまにできそうなのが怖いところやなぁ」
レヴェリアと戦うには、彼女よりも格上の冒険者が複数であたらねばならない。
それはオラリオにおける常識と化していた。
「『たった1人で戦う怪物』って、少し前からあちこちで言われているみたい」
「合ってるやん。あの子に立ちはだかられたら、どう足掻いても絶望やろ」
「そうなのよねぇ……まあでも、恐れられているとかそこらはどうでもいいのよ」
「ええんかい。何でその話を振ったんや?」
「単純にかっこよくない? 『たった1人で戦う怪物』って異名」
「……それはまあ、そうやな」
ロキは肯定しつつ、グラスを呷る。
ほんまにこいつ、変わったなぁと思いながら。
その時、フレイヤが切り出した。
「ロキ、あなたの派閥も着実に大きくなっているじゃない。美女と美少女の比率が高いけど」
「それもレヴェリアちゃんのおかげや。あの子から目をかけられていることを、将来有望って考えてくれる子も少ないけどおってな。美女と美少女で固めるんはうちの趣味や」
「分かっていると思うけど、レヴェリアは絶対にあげないわ……いえ、ごめんなさい。あなたじゃ無理だったわね」
「おいコラ、どこ見て言っとんねん。そもそもレヴェリアちゃんは合法ロリ貧乳白黒妖精姉妹を抱え込んでいるやろ」
ロキの反論に対して、フレイヤは頷いてみせる。
「あの子は貧乳も大好きだからね。でもねロキ、顔を胸に埋めさせてあげないと駄目だと思うの」
「ぐぬぬ……!」
呻きながら、ロキは悔しげに顔を歪めた。
顔を埋めて気持ちが良いのは、やっぱり大きな胸である。
そのことは彼女だって分かっていた。
「はっ、デカチチが……! ええか、貧乳はステータスなんや! 希少価値なんや!」
開き直ってそのような主張をするロキに対して、フレイヤはくすくすと笑ってみせる。
そして、彼女は告げた。
「変わったわね、あなた」
「うちよりも自分の方が変わりすぎやろ。あの女王様はどこいったんや? イシュタルが嘆いとったで」
「……彼女には悪いことをしたわね」
「そういう言葉が出てくる時点で、フレイヤ別神説がうちの中で浮上しているんやが?」
「さぁ、それはどうかしらね」
くすくすと笑って、フレイヤはグラスを呷る。
そんな彼女を見ながら、ロキは尋ねる。
「そういや、レヴェリアちゃん。定期的に自分とイシュタルと寝てるってマジなん?」
「マジよ。本っ当にすっごく可愛いのよ、その時のあの子。私もイシュタルもサドっ気全開になっちゃうの」
「そっちの意味でも大偉業を成し遂げているやんけ」
「ええ、そうよ。ただ最近、あの子はアフロディーテが
その時点でロキはレヴェリアの狙いが予想できた為、思わず叫ぶ。
「マジか!? マジなんか!? 天界でも名高い美の女神3柱をコンプリートするつもりなんか!?」
「あの子、自分の欲望にとても素直で忠実だから……」
「コンプリートは神々にもおらんやろ?」
「私の知る限りだといないわね」
「天界レベルの大偉業やん。体、保つんか?」
「レベル7だし、たぶん大丈夫よ。万が一保ちそうになかったら、どっかでランクアップしてくるわ」
「エロの為にランクアップとか、おもろすぎるやろ」
「だって、それがレヴェリアだもの。本当、酷い人なのよ」
けらけら笑うロキに対して、にこりと微笑んだフレイヤだった。