転生したので、欲望の為に突っ走る   作:やがみ0821

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陸の王者

 

 迫り来るベヒーモスを、レヴェリアは静かに見つめていた。

 ゆっくりと歩いているように見えるが歩幅が大きい為、移動速度自体は速い。

 戦闘になったら、あの巨体がバカみたいな速度で兎みたいに跳び回るなんてことにならないよう祈っていた。

 

 戦闘時、それも生命の危機を感じるような状況に追い込まれたベヒーモスがどのような行動を取るか?

 

 長年、ベヒーモスが人類の生存圏に突っ込まないよう誘導してきた強神(トール)の眷族達にも、その答えは分からなかった。

 

 ベヒーモスを中心として、その正面にはレヴェリアしかいない。

 左右には【英傑】と【女帝】が率いるレベル9の幹部達及びレベル8で構成された部隊が配置されており、後方はレベル8の【暴喰】に率いられたレベル7の部隊が陣取っている。

 ミアやディース姉妹も【暴喰】の部隊に配属されていた。

 また各部隊の後方にはサポーター達が物資と共に控えており、レヴェリアの後方にもサポーターが控えている。

 

 そのサポーターはロキ・ファミリアの三首領とオッタルとアルフィアだ。

 本来ならばレベル6のゼウスとヘラの団員達がレヴェリアのサポーターとして配置される予定であったのだが、彼等彼女等の強い希望でそうなった。

 過剰と思えるくらいに距離を取り、ベヒーモスの正面から外れたところに位置取りをするように、とレヴェリアは強く言い含めた。

 また、その一方でアルフィアとリヴェリアにはよく見ているように、とも伝えていた。

 この2人ならばスキルなどなくとも研鑽を積んでいけば、自分と同じことをやれるかもしれないという期待が彼女にはあった。

 

 戦闘はレヴェリアの攻撃をもって開始の合図となっている。

 準備時間に余裕があるからこそ、彼女は治癒魔法を事前に唱えて待機状態として保持し、また『淫欲願望(ルクスリア)』を行使していた。

 

 このスキルの効果は能動的行動に対するチャージ実行権――溜める時間に応じて威力や効力を増加するというものであった。

 

 レヴェリアの周囲には黄金の粒子が舞っており、その数は時間経過と共にどんどん増えている。

 なお、チャージによって何かしらの音が発せられることはない。

 このスキルが発現したと思われる理由は口に出すのが憚られるものだ。

 実験として初めて使った時、チャージ音として喘ぎ声に似た音や水音が発生するかもしれない、と戦々恐々したのも今となっては良い思い出だ。

 

 より強力な特効スキルとでもいうべき『不倶戴天(トモニテンヲイタダカズ)』は物理攻撃にしか効果が乗らない。

 接近して攻撃できる余裕があるかどうかは別として、レヴェリアは出し惜しみするつもりはなかった。

 

 彼女が初手に選んだ攻撃は魔法。

 これまで人前では一切使わず、秘匿してきた三番目の魔法『グリモワール・オブ・メモリーズ』。

 この魔法は詠唱文及び対象効果を完全に把握した魔法を再現するものだ。

 そして、再現できる魔法は神の恩恵によって発現した魔法だけではない。

 

 なお、ベヒーモスが魔法の射程距離に入ったことが簡単に分かるようにする為、レヴェリアはあらかじめ進路上に数本の棒を突き刺してあった。

 敵は巨体であるからこそ遠近感が狂いやすく、射程距離外であるのに撃ってしまうミスを防ぐ為のものだ。

 そして、今まさにベヒーモスはその棒を越えた。

 

「さて、始めるとしよう」

 

 呟いて、レヴェリアは歌い始めた。

 

【魔導の足跡、叡智の鼓動。昔日の彼方に忘却された煌めき。起動せよ――グリモワール】

 

 再現の準備を整えて、さらに歌を紡いでいく。

 それは太古に精霊が扱っていたとされる魔法であり、属性別に詠唱文や効果までも里の古文書には記されていた。

 後世の者が魔法研究ひいては救世に役立てることを願う、という文言と共に。

 ダンジョン内で密かに実験して問題なく発動することは確認済み、あとはやるだけだ。

 

【火よ、来たれ―猛よ猛よ猛よ、炎の渦よ】

 

 膨大な魔力が収束し、足元に展開された黄金色の魔法円が輝く。

 レヴェリアの後方に位置しているロキ・ファミリアの三首領やアルフィア、オッタルだけでなくベヒーモスの左右、後方にいる各部隊の誰もがその魔力を感じ取った。

 

【紅蓮の壁よ、業火の咆哮よ、突風の力を借り世界を閉ざせ】

【燃える空、燃える大地、燃える海、燃える泉、燃える山、燃える命】

 

 あまりにも馬鹿げた魔力にゼウスとヘラの眷族達は驚愕し、そして笑った。

 あの色ボケめ、とんでもない切り札を隠し持っていやがった、と。

 対してサポーター達は称賛する者、驚愕するしかない者、畏怖を覚えた者と様々だ。

 

 よく見ているように、と言われたアルフィアとリヴェリアは揃って目を見開き、レヴェリアの魔法行使に見入っていた。

 

【全てを焦土と変え、怒りと嘆きの号砲を。(ワレ)が愛せし英雄(カレ)(トキ)の代償を―】

【代行者の名において命じる。与えられし我が名は火精霊(サラマンダー)、炎の化身、炎の女王(オウ)

 

 超長文詠唱にも関わらず恐ろしい速さでもって詠唱が完了した。

 限界を突破して積み上げた馬鹿げた熟練度、様々なスキルの効果、そしてチャージによって威力がさらに上乗せされた状態でもって、ここに精霊の魔法が再現される。

 

【ファイアーストーム】

 

 レヴェリアによって、小さな火の粉がベヒーモスに向かって放たれた。

 それは瞬時に膨張して極大の炎風を巻き起こす。

 それはまさしく炎の津波。

 何もかもを焼き尽くし、焦土と変える膨大な熱量がベヒーモスの巨体を一瞬で飲み込んだ。

 

 しかし、そこで驚愕したのはレヴェリアの後方にいたサポーター達、すなわちロキ・ファミリアの三首領であり、アルフィアであり、オッタルだ。

 

 魔法を唱え終わった直後から、レヴェリアは二撃目の詠唱に入っていた。

 さすがにチャージする時間はない為、一撃目よりは劣るが――そんなことは本人にしか分からない。

 

 再現の準備を整えて、彼女は歌い始めた。

 

【地よ、唸れ―来たれ来たれ大地の殻よ】

 

 再び馬鹿げた魔力が収束し、三方向に位置していた各部隊もあまりにも早すぎる二撃目に誰もが驚愕するしかなかった。

 彼等彼女等は先程の【ファイアーストーム】こそ、レヴェリアの三番目の魔法であり、切り札だと思っていた為に。

 

 そのような反応など露知らず、レヴェリアは圧倒的な詠唱速度でもって歌を紡いで――精霊の魔法を再現した。

 

【メテオ・スウォーム】

 

 空に描かれた数多の魔法円、そこより(いず)るは大地の殻――すなわち隕石。

 大質量でもって押し潰さんとベヒーモスに降り注ぐ。

 

 一撃目と同じく結果を見ることなく、レヴェリアは三撃目の詠唱に入った瞬間――全力でその場から横へ大きく、過剰なほどに距離を開けて退避した。

 瞬間、黒い濁流のようなものが横を通り過ぎていった。

 その濁流との距離は1M程しかなく、またそれが通った跡は何もかもが溶けていた。

 コンマ数秒でも判断が遅れていれば飲み込まれていただろう。

 

 万物を溶かし尽くす毒のブレス。

 それをベヒーモスは扇状に放った。

 ベヒーモスが角を使って毒の竜巻や風を発生させることは分かっていたが、ブレスを放つ情報はどこにもなかった。

 

 もっとも、レヴェリアは眉一つ動かさずに冷静であった。

 何をやってきてもおかしくはない、と考えていた為に。

 

 サポーターとして配置された面々を気にする余裕はない。

 ベヒーモスの4つの目がレヴェリアという存在を完全に捉えていたからだ。

 

 しかし、ベヒーモスにとっての敵は彼女だけではない。

 レヴェリアによる開戦の号砲代わりの連続魔法行使。

 それと同時に三方向から総攻撃が加えられていた。

 

 誰も彼もが出し惜しみなしの全力であり、レヴェリアの馬鹿げた魔法によって奮い立たされ、彼女に負けてなるものかとやる気をより漲らせていた。

 

 だが、陸の王者と恐れられる化け物はまったく怯まない。

 ベヒーモスは咆哮とともに巨大な毒の竜巻を複数同時に巻き起こし、四方八方へ飛ばす。

 さらに全身を小刻みに震わせて、体表より常に零れ落ちている劇毒を超広範囲にバラ撒いた。

 

 レヴェリアは回避行動を取りながら、己の十八番である治癒魔法の詠唱を瞬く間に完了する。

 ベヒーモスすらも包み込む程の超広範囲に黄金色のドームが展開されるが、冒険者達だけを癒やし尽くす。

 

 彼女は治癒魔法の効果が続いている間にも、次の魔法の詠唱を開始する。

 超広範囲に影響を及ぼす攻撃魔法はもう使えない。

 三方向から攻めている部隊を巻き込んでしまう恐れがあるからだ。

 うまく回避するかもしれないが余計なリスクは取りたくない。

 

 故に、比較的効果範囲が狭い魔法を選ぶ。

 これまでレヴェリアは数多の魔法を間近で見てきた。

 詠唱も効果も何もかも、彼女は把握していた。

 全てを己の糧とする為に。

 

 再現の為に準備を整え、紡がれる歌は――リヴェリア・リヨス・アールヴの魔法『レア・ラーヴァテイン』。

 毒のブレス、竜巻、ばら撒かれた毒をどうにか回避し、レヴェリアの治癒魔法の効果範囲に収まることでサポーターの面々は難を逃れた。

 死の恐怖を感じながらもサポーターとしての役割を果たさんと彼女の後方に位置していた面々にとって、その詠唱は決定的な証拠であった。

 故に、彼等彼女等は気がついた。

 

 他者の魔法を使う魔法――それこそがレヴェリアの三番目の魔法であることに。

 

 自分の魔法を詠唱しているレヴェリアを見て、リヴェリアは感嘆の息が漏れた。

 同じ魔法であるというのに、その詠唱速度も制御技術も何もかもが桁違い。

 しかも彼女は止まっているわけではなく、小刻みに動きながらの並行詠唱だ。

 

 何より、リヴェリアは感じていた。

 お前ならここまでこれる、と背中でレヴェリアが語っていることに。

 

 あっという間にレヴェリアの歌が終わり――見慣れた、しかしその威力も効果範囲も段違いの『レア・ラーヴァテイン』が発動する。

 だが、ここでベヒーモスは真上に大きく跳んだ。

 発動した巨大な炎柱は直撃には至らず、掠める程度に留まった。

 

 巨体が空を舞うという状況に、1人を除いて誰もがその場に伏せる。

 圧倒的な質量をもった巨大な物体がジャンプして、地面に着地――それも砂漠に――したらどうなるか、その答えはすぐにやってきた。

 

 腹に響く轟音とともに衝撃が襲いかかり、それから僅かに遅れて襲来したのは砂の津波。

 掴まるものが何も無い砂漠で、その場に留まれという方が無理な話だ。

 

 多くの者がベヒーモスの周辺から衝撃波で吹き飛ばされるか、砂の津波で押し流されて強制的に距離を空けられた。

 

 伏せなかった1名――レヴェリアは完全回避に成功していた。

 ベヒーモスが着地する瞬間を見計らって、タイミング良く大きくジャンプすることによって。

 理屈の上ではそうすれば回避できるが、非常識な回避方法であるのは間違いない。

 

 レヴェリアを注視していたサポーターの面々も、彼女のような回避はせず――そもそも思考が追いつかなかった――その場に伏せて、より後方に押し流されていた。

 

 レヴェリアは戦闘前から待機させていた治癒魔法を発動し、味方を癒やしつつもベヒーモスへの攻撃を続行する。

 ベヒーモスの注意を常に自分に向け続ければ、味方が必ず仕留めてくれると確信していた。

 

 

 討伐隊は距離を空けられたものの態勢を立て直し、包囲網の再形成に成功する。

 一方、ベヒーモスにはさらなる動きがあった。

 陸の王者は、これまでの行動を柔軟に組み合わせ始めたのだ。

 

 その場で大きくジャンプしながら、毒のブレスを眼下に放つ。

 竜巻を放ったと思ったら、その向こう側からブレスを放ってくる――そういったことをやり始めていた。

 

 また、情報通りの強力な再生能力は討伐隊の面々が与えた損傷を回復してしまうが、レヴェリアの治癒魔法のように瞬時に再生するような速度ではないことだけが救いだ。

 

 まさしく陸の王者に相応しい、圧倒的な強さと生命力。

 けれども、討伐隊の面々も支援するサポーター達も誰もが恐怖に呑まれるどころか、その心を大きく奮い立たせていた。

 

 ベヒーモスの正面にはレヴェリアしかいない筈なのに、()()()()()()()()()()()()()、苛烈な魔法攻撃を絶え間なく加えているかのように感じられたからだ。

 また、治癒魔法も一定間隔で展開されて傷ついていなくとも、体力や疲労の回復により、各部隊の継戦能力に大きく寄与していた。

 さらに、時折ベヒーモスの巨体が大きくよろめく程の大威力の攻撃が加えられている為か、その顔は常に正面――レヴェリアを向いていた。

 

 

 そして、それは陸の王者が倒れるその時まで変わらなかった。

 

 

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