ゼウスとヘルメスはぐったりと机に突っ伏して、ヘラは顔を顰めて椅子に座っていた。
そして、ロイマンは胃のあたりを手で抑えながら苦痛に顔を歪ませていた。
こうなった原因はレヴェリアにある。
ゼウスとヘラとヘルメス、それぞれ貸し一つ分を使って、とある権利の為にロイマンの説得を頼んだ。
自らのこれまでの実績に加えて、長年オラリオに貢献してきたゼウスとヘラとヘルメスから説得されたならば、ロイマンも折れると予想した為に。
とある権利とは、いついかなる時でも自身とその同行者(神・人問わず)が自由にオラリオを出入りする権利だ。
高レベルの冒険者はオラリオから出るには余程の理由がない限り、ギルドからストップが掛かる。
それがレヴェリアともなると尚更であり、依頼でもない限り外出許可はまず下りなかった。
「……ロイマン、もういいだろう」
「神ヘラ、私は譲りませんぞ……」
「あの子に限って変なことはしない」
「それはそうかもしれませんが、高レベルの冒険者は周囲から恐れられる可能性が……」
もう何度も繰り返された言葉に、のそのそと起き上がったゼウスとヘルメスが告げる。
「その点に関しては大丈夫じゃ。元々、レヴェリアちゃんの評判は良かったところにベヒーモス討伐戦での功績……歓迎されこそすれど、恐れられるとは考えにくい」
「それに関してはオレも保証するぜ」
これもまた何度も繰り返されたやり取りだが、ロイマンは譲らない。
例外を認めてしまうと我も我もと押し寄せてくる為だ。
そして、3柱がどうしてこんなことをしているのかも彼は掴んでいた。
「神ゼウス、神ヘラ、神ヘルメス……彼女に貸しを作るよりも、素直に金銭を支払ったほうが良かったのでは?」
「儂の予想だと、レヴェリアちゃんは神聖浴場に連れて行ってくれっていうものだと……」
「オレもそれだと思った。他にも女神を紹介してほしいとか……」
男神2柱の予想は的外れとは言えなかった。
レヴェリアがダークエロフであることは周知の事実だ。
2柱からロイマンの視線がヘラへ向けられると、彼女もまた答える。
「私は
どれもこれもありえそうであったが、レヴェリアは選ばなかった。
まさしく神々の予想を越えた選択だ。
「あのレヴェリアちゃんがエロを選ばなかった。儂の予想が外れるなんて……!」
「レヴェリア様の性格的に、絶対エロ関係だと思ったんだがなぁ……」
悔しがりながらも、どこか面白がっているような男神2柱に白い目を向けるヘラ。
そんな神々を見て、ロイマンは深く溜息を吐いた。
この件に関する話し合いを開始して早数時間。
このままでは全く何も進まない、胃が痛むだけと判断した彼は妥協点を提示することにした。
「私が適当な依頼を出しましょう。それを彼女に受けてもらうことで、依頼によって都市外へ出たという形にします」
「それはいつでも可能なのか?」
「早朝や深夜は無理ですが、日中ならば即対応しましょう」
ヘラの問いかけにロイマンはそう答えた。
彼の胃がキリキリと痛むが、それをどうにか堪えながら。
「そこが妥協点かのぅ」
「オレ達はやるだけやったし、ロイマンも頑張った。レヴェリア様にはこれで勘弁してもらおう」
男神2柱に対して、ロイマンは分かっていながら尋ねる。
「貸しは一つでしたか?」
3柱は一斉に視線を逸らした。
それを見て、ロイマンは再度溜息を吐く。
今回、貸し一つ分を消化したとしてもゼウスとヘラはまだ貸し一つずつ、ヘルメスに至っては二つも残っている。
ゼウスもヘラもヘルメスも長年オラリオに貢献してきたからこそ、あちこちに顔が利く。
報酬が『貸し』の仕事をレヴェリアが引き受けた最大の理由は、3柱を利用して金銭では得られないものを得る為であった。
なお、3柱が適当な理由をつけて突っぱねたり、はぐらかしたりすることはできない。
レヴェリアから得ている利益は莫大であり、彼女からの信用を失うことは避けなければならない為に。
ヘルメスが引き攣った笑みを浮かべながら、口を開く。
「次は何だと思う? 今回みたいな権利関係か?」
「次こそ神聖浴場……と言いたいところじゃが、もっとヤバいものがくるかもしれん」
「精製法探しだといいんだが……読めんな。あと夫よ、このあと少しお話をしような?」
ヘラがゼウスに微笑んだ。
彼はヘビに睨まれた蛙のように固まった。
ヘルメスは自分に飛び火しなかったことに、あからさまに安堵した。
「彼女に貸しを作るのは構いませんが、今回みたいにこちらへ無茶振りするのはやめてください」
ロイマンの言葉に3柱が再度視線を逸らしたのを見て、彼は何度目になるか分からない溜息を吐くのだった。
翌日、ゼウス達から話を聞いたレヴェリアがロイマンの元を訪ねてきた。
そらきたぞ、と彼が身構えながら用件を尋ねたところ、返ってきた答えは予想していたものよりはマシだった。
「派閥で慰安旅行に行きたい。行き先は未定だが、3ヶ月以内には帰ってくると思う。本拠は無人になるが、警備はガネーシャとゼウスとヘラに依頼済みだ」
「……そうか」
短く答えたロイマンは椅子に深く座り直し、大きく息を吐き出した。
フレイヤ・ファミリアはレヴェリアだけでなく、ミアやディース姉妹も戦闘に参加し、また大勢の団員達がサポーターとして参加した。
彼等彼女等に対するギルドからの報酬とすれば、他派閥も十分に納得できる理由だ。
「今回はベヒーモス討伐の功績もある為、依頼は無しとする。ただし、今後同行者の人数が多い場合は依頼も多く受けてもらうからな」
「時間が掛からないものならば構わん。そちらの懸念も分かるからな。通行料ということで、依頼料はそちらの気持ちで良い」
レヴェリアの言葉に、ロイマンは安堵した。
正規の料金を支払ったら、とんでもない金額になる。
彼女の方からそう言ってくれたのは幸いだ。
「騒動は起こすな」
「分かっているとも」
ロイマンの言葉に、レヴェリアはそう答えるのだった。
アルフィアはふくれっ面をして、レヴェリアを睨みつけていた。
先週、彼女はバロールの単独討伐を成し遂げ、ランクアップが可能となっていたが、熟練度を伸ばす為に保留にしている。
レヴェリアによる治療支援と、バロール討伐にやってきた他派閥のパーティを抑えてくれたおかげだ。
そんなアルフィアがご機嫌斜めな理由、それは旅行だ。
慰安旅行に行くとは聞いていたが、メレンで数泊してくるものだとばかりに彼女は思っていた。
しかし、実際は違うことがたった今、レヴェリアから直接教えられた。
ふくれっ面のまま、アルフィアは告げる。
「……私達姉妹とも旅行に行け。次の機会でいい」
「勿論だ。その際、ギルドには私から話を通しておこう」
レヴェリアの答えに、アルフィアは小さく頷いた。
そして、彼女はレヴェリアの瞳をまっすぐに見ながら告げる。
「お前が旅行に行っている間、私はもっと強くなっておく。覚悟しておけ」
「ああ、楽しみにしている。【女帝】達によく扱いてもらえ」
「当たり前だ。お前こそ土産を忘れるなよ」
そこで言葉が途切れた。
しかし、これまでのやり取りでアルフィアの心情を察していたレヴェリアは、微笑みながら手招きした。
ここはレヴェリアの私室であり、2人しかいない為に人目を気にする必要はない。
故に、アルフィアは躊躇したものの、やがてゆっくりと近づいていき――意を決して抱きついた。
そして、彼女は告げる。
「……別に寂しくなどないからな」
「分かっているとも。だが、私が我儘なことはお前も知っている筈だ」
「ふん、そうだな。こうしてやっているのも、お前の我儘に応えてやっているだけだ。感謝しろ」
そう答えるアルフィアを、レヴェリアは抱きしめ返しながらその髪を優しく撫でる。
「……灰色の髪など撫でても面白くないだろう」
「お前はそうかもしれんが、私はそう思わないな」
「勝手にしろ」
「勝手にするさ」
レヴェリアはそう答えつつ、アルフィアが落ち着くまでこのままでいようと思うのだった。