フレイヤ・ファミリアが旅行から帰ってきてしばらくしたある日のこと。
レヴェリアはアルフィアに朝から連れ回されていた。
レヴェリアが旅行に行っている間、ずっとダンジョンに篭もり続けて熟練度を十分に伸ばしきった彼女はレベル6へ至っており、そのお祝いとして1日付き合うようレヴェリアに要求したのである。
なお、ロキ・ファミリアの三首領も彼女と同じようにダンジョンに篭もって熟練度を伸ばした上で、レベル6へランクアップをしていた。
「そろそろ昼時だ。どこかで食事をしよう」
「ふむ、そうだな……」
時刻を確認したレヴェリアからの提案にアルフィアは考える仕草をしつつ、横目で彼女に持たせている荷物を見る。
ちょっと買い過ぎたか?
服飾店や家具、雑貨店などを回って、アルフィアが良いと思ったものをレヴェリアに示して意見を聞く。
彼女の反応が良かったら購入という形をアルフィアは取っていたのだが、かなりの荷物となっていた。
家具や雑貨はヘラ・ファミリアのホームへ宅配を頼んでいた為、衣類だけでこの量である。
「付き合ってくれた礼だ。お前の好きなところに行って良いぞ」
「じゃあ焼肉だな」
「お前、いつも肉ばっかり食べてないか?」
「そうでもないぞ。海鮮や麺類など色々と食べている」
そんな会話をしながら2人が焼肉屋を目指して歩いていると、ヘルメスが血相を変えてやってきた。
「レヴェリア様! 大変だ!」
そう声を掛けた時、アルフィアはこれでもかと睨みつけた。
ヘルメスは竦み上がりつつも、どこか楽しげに告げる。
「この若さでこの睨み……! アルフィアちゃんの将来が恐ろしい……!」
「煩い。お前がやってくる時は碌な事がないとヘラから聞いている」
「オレに対する評価が酷くない!?」
「その口を自分で閉じるか、私に閉じさせられるか。好きな方を選ばせてやる」
小さいながらも女王のような気質のアルフィアであったが、そこへレヴェリアが口を挟む。
「アルフィア、まずは神ヘルメスの話を聞こう。本当に大変な場合もあるからな」
「……お前がそう言うなら……」
アルフィアが渋々納得したところで、レヴェリアが改めて尋ねる。
「で、神ヘルメス。用件は?」
問いかけに対して、ヘルメスは深く息を吐きだして彼女の瞳をまっすぐに見つめた。
そして、彼は声を潜めながら尋ねた。
「レヴェリア様が黒妖精の王女ってマジ? 王と氏族の長達が連名で『御触れ』を出したんだけど……」
アルフィアは訝しげに思いながら、レヴェリアへ視線を向けた。
対する彼女は胡散臭いものを見るような目を向けながら、ヘルメスに対して問いかけた。
「神ヘルメス、それは冗談か?」
「いや、ガチなんだ。都市外に出ているオレの眷族が掴んだ情報だが……早ければ明日、遅くとも数日以内にはオラリオにも伝わると思う」
その言葉にレヴェリアは頷きながら尋ねる。
「証拠は?」
「コレを」
ヘルメスは懐から書状を取り出した。
彼から受け取り、目を通す。
「……どこでコレを?」
「それは秘匿させてくれ」
この書状こそ、王と氏族の長達が連名で出した『御触れ』そのものだ。
書状の字は紛れもなく父のものであり、また王と長達の署名と押印も全て本物であるとレヴェリアには分かってしまった。
「黒妖精の中だけで広まって、それ以外の種族に広まることはない……という可能性は?」
問いかけに対して、ヘルメスは首を左右に振った。
レヴェリアがこれまで積み上げてきた功績により、黒妖精達にとっては期待の星として注目されていた。
そんな状態のところに、今回の『御触れ』が出されたのだから広めないわけがない。
それこそ鼻高々で、他種族にも自慢しまくるのは目に見えていた。
「今ならば先手を打てる……ということか?」
彼女の問いに対して彼は頷いた。
あらかじめ声明を発表できるようにしておけば、混乱は最小限に済む可能性がある。
何もしないまま話が広まって、面倒な事態が起こるよりはマシだという彼の判断によるものだ。
ヘルメスは確認の意味を込め、レヴェリアに問いかける。
「そう答えるっていうことは、王女様ってことで合っているかい?」
「ああ、そうだ。どこまで予想していた?」
「君が王族である可能性は考えていたとも。ただ、まさか里の方からこんなにも早く公表するとは思わなかった」
「公表に関しては、私も早くて50年は先だと思っていたからな。予想外だ」
そう答えると彼女は荷物を地面に置いて、懐からメモ帳と羽根ペンを取り出した。
何事かを書き記し、それをヘルメスへ渡す。
「それを私の声明として発表してくれ。私はあくまで白妖精との友好を望んでいる。過激な連中の旗印にはなりたくない」
その言葉と共に受け取ったヘルメスは、素早くその内容を読む。
白妖精との友好を望むことだけでなく、黒妖精を褒め殺しにして白妖精に対する過激な行動の自制を強く求めていた。
書き方もえげつなく、もしも過激なことをやればレヴェリアからの信頼を裏切ったことになると、暗に示唆していた。
ついつい彼は興味本位で尋ねてしまう。
「レヴェリア様、もしも同胞達が安易な行動をしたらどうする?」
「ベヒーモスをどうやって討伐したか、そいつらによく教えてやるさ。ああ、殺しはしないとも」
それって死んだほうがマシなやつだよね、とヘルメスは思ったが、肩を竦めてみせるだけで口には出さなかった。
なお、アルフィアは当然だと言わんばかりにウンウンと頷いていた。
気を取り直してヘルメスは告げる。
「それじゃ、すぐに取り掛かるよ」
「明日の予定はキャンセルして、ホームに待機しておく。問題が起きたら知らせてくれ」
レヴェリアの言葉にヘルメスは頷き、駆け足で去っていった。
そこへアルフィアが声を掛ける。
「レヴェリア、お前は本当に王女なんだな?」
「そうだ」
「……お前の姓は?」
「スヴァルタ・アールヴだ」
なるほど、とアルフィアは頷いて何度かその姓を呟いた。
「……悪くない」
「何が?」
「いや、こちらの話だ。それよりも昼食を食べに行こう」
そう告げたアルフィアは上機嫌で、レヴェリアの手を引くのだった。
翌日、ヘルメスに伝えた通りにレヴェリアは全ての予定をキャンセルしてホームにて待機していた。
どうせすぐに伝わるだろうから、と彼女は昨夜のうちにディース姉妹には自分が黒の王女であることを明かしている。
お姫様に憧れているらしく、姉妹揃ってきらきらした目でレヴェリアを見てきたくらいだ。
白妖精で姉のディナだけでなく、黒妖精で妹のヴェナですら態度が変わるなどということはなかった。
姉妹は特殊な事例であることからあまり参考にはならないが、黒妖精だけでなく白妖精達もどういう態度をとるか、レヴェリアには予想がついていた。
それはともかく、ホームで待機とはいえレヴェリアが何もしていないというわけでもない。
彼女はフレイヤの相手をしながら書類仕事をこなしていた。
ちょっとでも油断すると、すぐに溜まるのが書類だ。
合間を見つけて処理しておくのがコツである。
「ねぇ、レヴェリア。白妖精ってあなたに対してどういう態度になるのかしら?」
レヴェリアの執務机に横から顎を乗せて、仕事をしている彼女を下から眺めていたフレイヤが何気なく尋ねた。
「白の王族程ではないが、それに準じたものになるだろう。元々起源は同じだからな。そもそもダークエルフはエルフを嫌っているが、向こうはこちらを嫌っているわけではない」
なるほどね、とフレイヤは頷きながら、時計を見てあることに気づいた。
「そろそろ休憩にしない? もう2時間も仕事をしているわ」
そんなことを言い始めたフレイヤに対して、レヴェリアは仕事の手を止めて彼女の頬を突いてやる。
一定のリズムで頬を突いてくる彼女に、フレイヤが尋ねる。
「秒間16連打できる?」
「やってもいいが、お前の頬が愉快なことになるぞ」
「やっぱりやめて。私のもちもちほっぺを傷つけることは許されないわ」
「レベル9の実力を遺憾なく発揮して、秒間160連打してやろうか?」
「ひぃん。レヴェリアがいじめる……」
そんなことをして遊んでいた時、扉が叩かれた。
レヴェリアが許可を出せば、入ってきたのはエルフの団員達だ。
ヘディンとヘグニの姿も見えるが、2人以外の全員が何やらとてつもなく深刻そうな顔をしている。
その表情に、レヴェリアもフレイヤも確信した。
レヴェリアが黒の王女であるという情報が伝わったのだ、と。
あとはヘルメスの仕事次第であるが、今に至るまで彼からの連絡はない為に万事順調だと判断していた。
「……本当に、黒の王女なのか?」
ある団員が恐る恐る問いかけたことに対して、レヴェリアは答える。
「そうだ。こうやって大騒ぎになるから明かさなかった」
そこで彼女は言葉を切り、少しの間をおいて更に続ける。
「これまで通り変わらず振る舞えば良い。でないとフレイヤにデコピンを食らわせるぞ」
その瞬間、フレイヤはオデコを両手でガードした。
だが、レヴェリアは彼女の脇腹を狙った。
「きゃんっ!」
可愛い悲鳴を上げて身を捩るフレイヤ。
それを見た団員達の気配が変わる。
「おのれ、レヴェリア……様! フレイヤ様を今日こそ解放してもらおう!」
「許さない……というわけでもないです、レヴェリア……様!」
これまでのような言葉遣いでは不敬にあたる。
かといって、これまでの付き合いから今更敬語を使うのも違和感しかないからこそ、変な事になった。
フレイヤは不思議に思って、首を傾げて尋ねる。
「変な言葉遣いになるくらいなら、今まで通りでいいんじゃないの?」
「そういうわけにはいきません」
そうやって答えてくることは想定内であった為、フレイヤはさらに言葉を続ける。
「今後はなるべく気をつけていくってことでいいんじゃないかしら。そもそもレヴェリアが王女っていうことを知らなかったんだから、仕方がないと思うの」
尊崇する女神からの助け舟に、目から鱗とばかりに感動している団員達。
そんな連中を白い目で見ているのはヘディンだ。
彼はレヴェリアに敬意をもって接しており、他の連中とは違って襲うこともしていない。
彼我の実力差を正確に把握しているということもあるが、彼女のこれまでの圧倒的な功績を鑑みれば、敬意をもって接しない方が無礼であると考えていた。
そして黒の王女であると知ったつい先程、彼はとあるIFを一瞬考えた。
それはヒャズニングの和平だ。
黒妖精の長老達であろうとも、黒の王女たるレヴェリアの言葉ならば聞かざるを得ない――そういった想定であったが、すぐにヘディンは実現不可能の妄想だと切り捨てていた。
冷静沈着のヘディンとは裏腹に、その隣にいるヘグニはいっぱいいっぱいだ。
彼の性格的に、レヴェリアの前には――というか、そもそも人前にあんまり出てこない為、特に何かをやらかしてはいなかった。
しかし、白妖精にとってリヴェリアが尊崇の対象であるように、黒妖精にとってはレヴェリアがそれにあたる存在だ。
フレイヤ・ファミリアにはレヴェリア以外にはヴェナと彼しか黒妖精はいない。
そして、ヴェナは性格や思考がかなりアレであった為、こういう場面では頼りにならない。
これからレヴェリアのことを知った同胞達がたくさん駆けつけてくるかもしれない、いやむしろ駆けつけてくれないと困る、と彼は強く思っている。
どうやって振る舞えばいいのか、従者みたいなことをしたほうがいいのかなど色んな考えがぐるぐると彼の頭の中を回っていた。
今すぐ100人くらい同胞の女の子達が入団してくれないかな、レヴェリア様って女の子が好きだし、俺が何か粗相したら怒られるかな、ああでもレヴェリア様って温厚だから怒ったりはしないかな――
ヘグニは混乱していた。
そこに王族と対峙しているという緊張感、生来のあがり症と性格が加わって――傍目にも分かる程に体調が悪そうだ。
「ヘグニ、大丈夫か? 顔色も悪いし体の震えも凄いぞ?」
「だ、だだ大丈夫です……」
レヴェリアの問いかけに対して冷や汗を大量に流しながら、ヘグニは震える声でそう答えた。
そこで限界だったのか、彼はぶっ倒れた。
そうなることは予想ができていたレヴェリアは、驚くこともなく治癒魔法を唱えれば彼は即座に回復した。
「ご、ごめんなさい! レヴェリア様! 迷惑を掛けて……!」
「ああ、構わない。無理はするなよ」
レヴェリアの言葉に、ヘグニは何度も頭を下げるのだった。
その頃、オラリオ中が大騒ぎになっていた。
レヴェリアが黒の王女であることが都市外から伝わり、間を置かずにヘルメス・ファミリアによって彼女の声明が公表されたのが理由だ。
「レヴェリア様が黒の王女だったって!?」
「属性過多過ぎるだろ……常識的に考えて」
「あんなデカチチデカケツ太ももムッチムチ性欲激強性癖激歪で王女は無理でしょ」
好き放題に言っている神々は通常運転であったが、エルフ達にとってはそうではない。
白の王族程ではないにせよ、それに準じた態度でもって接しなければ不敬にあたる。
真偽を本人の口から確認したい、とフレイヤ・ファミリアのホームへ続々と向かったのだが、既に先客がいた。
リヴェリア・リヨス・アールヴその人である。
彼女は門番と共に中へ入っていくところであった。
リヴェリア様の邪魔をするわけにはいかない、とエルフ達は待つことになった。
「単刀直入に聞くが……お前が黒の王女であるという話は事実か?」
応接室に通されたリヴェリアは、レヴェリアがやってくるなり挨拶もそこそこに尋ねた。
その問いに対してレヴェリアは告げる。
「事実だ」
その答えを聞いたリヴェリアは、深く息を吐き出してソファの背もたれに寄りかかった。
彼女に対して、レヴェリアは更に言葉を続ける。
「明かさなかったのは謝ろう」
「いや、それには及ばない。私だって、隠せるなら隠したかったからな……」
これまでリヴェリアは同胞達に取り囲まれることが多々あった。
王女として接されることを、煩わしく思ったことは一度や二度ではない。
「しかし、レヴェリア。お前はどうやって抜け出したんだ?」
「騎士達の巡回ルートや休憩時間を把握し、逃走経路を複数確保しただけだ」
返ってきた答えにリヴェリアは呆れてしまった。
やっていることがもはや密偵だ。
気を取り直し、彼女は告げる。
「これからお前も大変になるぞ。嫌でも王女として見られるようになる」
「だろうな。おそらくお前に準じた扱いとなるだろう」
だが、とレヴェリアは言葉を続ける。
「お前と胸襟を開いて語り合えるのは喜ばしい。親から婚約を押し付けられそうになったりとか、お前にも色々とあるだろう?」
「……具体的な話はなかったが、水面下では動いていたと思う。お前は?」
「実はオラリオに本拠を構える前、フレイヤが親に挨拶をしたいと言って2人で行ったことがあるんだ」
さらりと伝えられた事実に、リヴェリアは驚く。
まさかレヴェリアがそこまで済ませているとは思いもしなかった為だ。
リヴェリアとて恋話に興味がないわけではない。
ましてや黒と白の系譜に違いはあれど、同じ王女のそういった話となれば尚更だ。
知らず知らずに前のめりとなってリヴェリアは問いかけた。
「ど、どうなったんだ?」
「男と褥を共にするくらいなら、レヴェリアは舌を噛み切って死ぬみたいなことをフレイヤが私の両親に言った」
「それで?」
「私はそこまでではないが、男嫌いということは伝えた。婚約に関しては棚上げとなり、改めて里を出ることを認めてくれた」
「よく認められたな……」
「治療師として名が広まっていたからな。一族復権の為、現状を追認して私を自由にしたほうがいいという判断だろう」
そう告げるレヴェリアを見ながら、その判断は正しかったとリヴェリアは思う。
レヴェリアの名はその功績と共に世界に轟き渡り、知らぬ者はいないと言っても過言ではない。
そして、レヴェリアは更に告げる。
「リヴェリア、改めて伝えるが……私は白妖精と友好を望んでいる。数千年以上前のことを持ち出して、白妖精に報復戦争を仕掛けるなど愚の骨頂だからな」
その言葉にリヴェリアは頷いてみせる。
以前、黒妖精が白妖精を嫌っている事柄について確認したことがあったが、細部が微妙に異なっていることが判明していた。
リヴェリアが教わった伝承では、白の王族は民を逃すことを優先し、黒の王族はアルヴ山脈の死守を決めたというもの。
対するレヴェリアが教わったものは、聖地であるアルヴ山脈を捨てて逃げ出した臆病者の腰抜け白の王族、勇猛果敢に戦った黒の王族というものだ。
よくある脚色だが問題であるのはそれを理由として、白妖精への憎悪を膨らませるような思想的教育が子供の頃からなされることだった。
「リヴェリア、黒妖精を変えていく為にも協力してくれ」
「勿論だ。何をすればいい?」
「これまで通り、私と仲良くしてくれればいい」
そう言ってレヴェリアは利き手を差し出せば、リヴェリアは躊躇いなくその手を握った。
「勿論だとも。こちらこそよろしく頼む」
リヴェリアの答えに、レヴェリアは微笑みを浮かべながら頷いてみせる。
そして、彼女は要望を告げる。
「ホーム前にエルフ達が集まっているだろうから、連中の前で握手をしてくれ。そういうパフォーマンスは大事だ」
その言葉に、リヴェリアは大きく頷いたのだった。