「攻撃を焦るな! 回避に重点を置け!」
フィンの声が戦場に響き渡るが、それに対する返答はない。
ミアを筆頭とするフレイヤ・ファミリアの面々は指揮下にないから当然であるが、ガレスやリヴェリアといったロキ・ファミリアの面々もまた答える余裕がなかった。
牡牛型魔獣――タウルス。
およそ半年前、オラリオを出発したフレイヤ及びロキ・ファミリアは辺境の地で封印あるいは放置されていた漆黒のモンスター達を討伐していた。
このタウルスで最後だが、現時点で判明している漆黒のモンスターは最後という意味合いである。
世界のどこかには残っている可能性が高い為、ヘルメス・ファミリアは捜索にあたっていた。
タウルスはベヒーモス程ではないが巨大な体躯を誇り、四本角を持つこのモンスターはその見た目からは想像できない程に俊敏であり、更には怪力と強靭な皮膚を併せ持っている。
これまで討伐してきた漆黒のモンスターとは明らかに格が違うスペックであったが――フレイヤ及びロキの眷族達に動揺はない。
レベル4以上の眷族達は果敢に挑み、レベル3以下の面々はサポートに徹していた。
「問題はなさそうだな」
レヴェリアは戦況を観察して、胸を撫で下ろす。
そして、縄でぐるぐる巻きにされて地面に雑に転がされている金髪の少年へ視線を向ける。
彼はタウルスとの戦闘に紛れ込もうと隠れていたところを、レヴェリアが見つけて捕縛していた。
彼の名はレオン・ヴァーデンベルグ。
バルドル・ファミリアの眷族である彼は、実力があるものの問題児として、その名が知られていた。
不貞腐れた顔で無言を貫く彼をフレイヤは微笑ましげに、ロキはあくどい笑みを浮かべて囲んでいた。
フレイヤはバルドルと何かしら因縁があるわけではない。
それどころか、かつてレヴェリアがあちこちから命を狙われた際に、イズンと共に動いてくれた恩義があった。
一方、ロキは彼を嫌悪していた。
単純に気に食わない、笑顔がウザいなどバルドルからすれば理不尽過ぎる理由でもって。
「バルドルからどんだけ毟り取ってやろうかなぁ……」
ニタニタと悪魔みたいな笑みを浮かべて、とても楽しそうなロキ。
しかし、レオンは黙して語らず。
下手に口を開いて言質を取られたら厄介だという判断だ。
「フレイヤ」
「任せて」
レヴェリアが名を呼べば、意図を察したフレイヤは答える。
ロキはそのやり取りを見て、渋い顔となった。
この後の展開が予想できたからだ。
フレイヤはにこやかな笑みを浮かべながら、ロキに声を掛ける。
「ねぇ、ロキ。彼は何にもやっていないわ。そもそも、戦いが始まる前にレヴェリアが捕まえたんだし……」
「嫌やで! うちはバルドルから毟り取るんや!」
理屈とかそういうのを全部抜きにして、どうにかしてバルドルに嫌がらせをしたいロキである。
仕方がないわね、とフレイヤは肩を竦めてレヴェリアに視線を向けた。
すると彼女は察して頷き、ロキの前へ歩み出る。
「いくらレヴェリアちゃんの頼みでも、うちは折れへんで」
断固とした姿勢を示すロキ。
彼女は本神がそれを望んだということもあり、レヴェリアが敬称をつけずに呼ぶ数少ない女神の一柱だ。
しかし、レヴェリアはロキの弱点をよく知っていた。
「ロキ、胸を揉ませてやるから折れてくれ」
「しゃーないなー! ほんましゃーないなー! 今回だけの特別やで!」
「彼は解放するということでいいな?」
「ええでー!」
バルドルへの嫌がらせとレヴェリアの胸、どっちかを選べと言われたロキが迷うわけもなかった。
「いや、それでいいのか?」
思わずツッコミを入れてしまったレオンだったが、彼の反応も当然だった。
レオンの一件があったものの、タウルス討伐は無事に終わった。
レヴェリアの出番は特になく、戦闘終了後にまとめて治癒魔法を掛けたくらいだ。
レオンの処遇に関して、フレイヤとロキによって伝達されたが異論が出ることもなく、そのまま解放された。
なお、隠れたところでロキはちゃんとレヴェリアの胸を揉んで至福の一時を味わっている。
ともあれ、タウルス討伐をもって今回の遠征は終わったのだが――すぐにオラリオに帰るわけではない。
両派閥は
心身のリフレッシュ、その為に。
「えっっっっろ!」
思わず声が出てしまったロキは糸目をこれでもかと開いて、その光景を脳裏に――否、魂に焼き付けんとしていた。
彼女だけでなく、ロキ及びフレイヤの両派閥の面々の視線が集中していた。
ここは
彼等彼女等の視線の先には、腕を絡ませて歩くマイクロビキニ姿のフレイヤとレヴェリアがいた。
フレイヤは白、レヴェリアは黒という対照的な色合いだ。
「フレイヤがお上品なレストランで出てくるコース料理とすれば、レヴェリアちゃんは……あれや、バカみたいな量を出してくる定食屋や……カロリーの大暴力や……」
良い感じに頭が茹だったロキの例えは謎だったが、ツッコミを入れる者はいない。
なお、フレイヤ・ファミリアの眷族達はその大半がフレイヤの水着姿に目を奪われており、レヴェリアのことは視界に入っていても頭が認識していなかった。
「……はっ、破廉恥だ!」
我に返ったリヴェリアが叫んだ。
ロキから渡された水着がエルフの基準では煽情的過ぎて固まっていた彼女は、白い半袖Tシャツを着ることで露出を少なくすることに成功していた。
それにより性癖を更に刺激する格好になっているが、本人は気がついていない。
「レヴェリア! 何という格好をしているんだ!」
レヴェリアへ小走りで駆け寄ったリヴェリアが叫ぶ。
この叫びによって我に返る者達は多く、ロキ・ファミリアのエルフ達は男女問わずリヴェリアを心の中で応援した。
似合っているとはいえ、いくらなんでもその破廉恥な格好は見過ごせないが為に。
だが、その程度でレヴェリアがやめるわけもなかった。
「リヴェリア、似合っているだろう?」
笑顔で問いかけられれば、リヴェリアとしても答えないわけにもいかない。
彼女は顔を羞恥で真っ赤に染めながら、上から下へ視線を動かす。
レヴェリアの裸に近い姿を、当たり前であるがリヴェリアは初めて見た。
まず目がいったのはその胸だ。
自分もそれなりにある方だとはリヴェリアは思っていたが、レヴェリアのそれは戦闘力の桁が違う。
お腹周りも程よいくびれがあり、臀部や太腿といったところもムッチリとして肉付きが良いが、かといって太っているという印象を受けることもない理想的体型。
しっとりと汗ばんだ褐色肌は艶めかしく、黒の水着は彼女の容姿や雰囲気と合致しており、とてもよく似合っていた。
リヴェリアは同性であるのに、彼女を魅力的に感じていた。
フレイヤの影響を受けて、レヴェリアも【魅了】の力を無意識的に使えるようになっているんじゃないかと思えてしまう。
「……よく似合っている。だが、その、あまりにも露出が激しいだろう? み、見えてしまったら……」
色ボケのレヴェリアといえど、さすがに衆人環視の中で脱ぐようなことはしない。
だが、この水着では大事なところがポロリと見えてしまうのではないか、とリヴェリアは危惧した。
「大丈夫だ。この日の為に、私が自ら作ったものだからな。フレイヤの水着もそうだから安心してくれ」
「才能の無駄遣いだ!」
思わず叫んでしまったリヴェリアであるが、レヴェリアは笑みを浮かべて問いかける。
「駄目か?」
「破廉恥なのは駄目だ! 禁止!」
「大丈夫だ、リヴェリア。すぐに見えなくなるから」
レヴェリアの答えに、リヴェリアは首を傾げたが――程なくして、その意味を嫌でも理解することになった。
リヴェリアは先程よりも顔を真っ赤にしていた。
今、彼女の前でレヴェリアが砂浜に敷物を敷いて、その上にうつ伏せに寝そべっていた。
だが、重要なのはビキニのトップスを外した状態でそうなっていることだ。
確かに身体の正面は見えなくなっているのだが、より過激になっていた。
レヴェリアの隣には同じようにトップスを外したフレイヤが寝そべっており、彼女の方は既にレヴェリアの手によってその背中にオイルが塗られていた。
「早く塗ってくれ」
「どうして私なんだ!? ディース姉妹とかいるだろう!」
「私がお前に塗ってほしいからだ。他の誰でもないお前に」
「くっ……!」
真正面からそう言われると、リヴェリアとしても断る言葉が思い浮かばない。
別に疚しいことをするわけではなく、ただオイルを塗るだけである。
「背中から腰に掛けて、塗ってくれるだけでいい」
「……仕方がないな」
観念したリヴェリアはオイルが入った小瓶を手に取りながら、気色悪い笑顔でこっちを見ているロキを殴り飛ばすことを決意した。
そして彼女は手のひらにオイルを垂らし、軽く両手で擦って伸ばしてからいよいよレヴェリアの背中へ。
「変な声を出したら殴るぞ」
「安心しろ。鍛えられているからな」
その答えが何を意味するか察したリヴェリアは呆れつつ、肩甲骨のあたりに片手を置いた。
するとレヴェリアは小さく声を漏らす。
「おい」
「少し冷たいのだから、仕方がないだろう」
「……変なことをしたら、すぐにやめるからな」
「分かっているとも」
彼女の返事を聞いて、リヴェリアはオイルを塗っていく。
レヴェリアの褐色肌はきめ細やかですべすべとしており、触り心地がとても良い。
ついつい必要以上に触ってしまう。
「も、もういいだろう……!」
これ以上やると変な気分になりかねない、とリヴェリアは察して手を引っ込めた。
レヴェリアはもっとやってほしいと言うようなこともなく、彼女に感謝する。
「ん、ありがとう。お前も焼いたらどうだ?」
「結構だ。そもそもお前が日焼けしたところで変わらないんじゃないか?」
「こういうのは気分なんだ。なぁ、フレイヤ?」
そこでレヴェリアはここまで口を挟まなかったフレイヤに話を振った。
「ええ、そうよ。それにしても、あなた達のやり取り……微笑ましいわね」
顔をこちらへ向けて、ニコニコ笑顔のフレイヤ。
何が微笑ましいんだ、とリヴェリアは肩を竦めるしかなかった。
「どうでしたか?」
帰ってきたレオンに、バルドルは穏やかな笑みを浮かべて尋ねた。
すると彼は悔しげな顔で俯く。
それだけで十分だった。
これまでレオンは犯罪系派閥やオラリオから食指を伸ばしてきた闇派閥、竜の谷から漏れ出てきた竜などを相手にして、ランクアップを重ねてきた。
そのような最中、フレイヤとロキの両派閥が漆黒のモンスター討伐に乗り出すという情報を得た。
しかし、結果は散々なものであった。
「もっと強くなる……! 勉強も頑張る……!」
レオンはそう決意するのだった。