偶然、遠目に見えたカップル――メーテリアと手を繋いで歩く赤目が特徴的な少年――に、レヴェリアはほっこりとしていた。
1週間前に行われた話し合いの結果を、彼女はアルフィアより聞いている。
本人曰く、冷静に話ができた、交際を認めるとのこと。
しかし、話し合いだけではなかったことをレヴェリアはメーテリアから密かに教えられていた。
アルフィアは覗きをはじめとしたこれまでのスケベ行為を咎めることなく、妹に相応しいかどうかを示してみせろ――そんな展開になったという。
彼はズタボロの満身創痍になりながらも、メーテリアへの愛を叫んだとのことだ。
そういった苦難を乗り越えた2人を初々しい、と思いながら眺めていたレヴェリア。
そんな彼女に横から声を掛ける者がいた。
「何をやっているんですか?」
レヴェリアが視線を向ければ、そこには青髪の女性――シャクティ・ヴァルマがいた。
今年で20歳となる彼女はガネーシャ・ファミリアのレベル4だ。
神時代史上、強さの平均値がもっとも高い水準にある昨今のオラリオでは、治安を維持する側にも相応の実力が要求される。
その為、治安維持を派閥の方針としているガネーシャ・ファミリアですらも、近年では積極的にダンジョン探索やダンジョン篭もりを行っていた。
「若いカップルを見て、初々しいなと思っていただけさ。しかし、お前も落ち着いたなぁ……」
しみじみと呟くレヴェリアに対して、シャクティは羞恥に顔を染める。
14歳の時にガネーシャ・ファミリアに入団した彼女が、先輩と一緒に初めての巡回をしていた時にばったり出くわしたのがレヴェリアとのファーストコンタクトだった。
「昔のことはやめてください……それよりも、レヴェリア様は買い物の途中ですか?」
シャクティの問いかけに、レヴェリアは頷いてみせる。
「フレイヤが私の手料理を食べたいと駄々をこねてな。せっかくだから極東の料理を食べさせようと思って色々と買ってきたんだ」
フレイヤ・ファミリアではレヴェリアの好みもあって、米や醤油など極東の料理に関わる食材や調味料などは一通り揃っている。
その為、レヴェリアが買ってきたのは太巻の具材だけだ。
彼女は手に持っている買い物カゴをシャクティに見せる。
カゴの中には様々な食材が入っているが、その中で彼女は不思議なものを発見した。
その不思議なものとは藁の包みであり、そこからは嗅いだことのない独特の匂いが微かに漂ってくる。
「この藁の包みは何ですか?」
「納豆だ」
「納豆?」
「極東ではポピュラーな食べ物で、簡単に言えば発酵した大豆だ。独特な匂いがするんだが、美味しいぞ」
なるほど、とシャクティは頷いてみせる。
レヴェリアはここぞとばかりに、おすすめの極東専門の料理屋を彼女に教えるのだった。
「ねぇ、レヴェリア。最近、神に対してロールケーキを口にぶち込むのが流行っているらしいんだけど……」
「この間、リヴェリアとお茶会をした時、私が彼女に教えたからな。実行したんだろう」
やっぱり、とフレイヤは納得した。
彼女が小耳に挟んだ話によると、リヴェリアがロキの口にロールケーキをぶち込んだとのこと。
そのことをロキが面白おかしくあちこちで話しているようであった。
神に傷をつけたりしているわけではなく、ただその口にロールケーキを突っ込むだけである。
やった側はスッキリして、やられた側もネタにできるのでちょっとしたブームになりつつあった。
「で、お昼は太巻なのね?」
「ああ、お前が私の手料理を食べたいと言ったからな」
「今度は太巻を口封じに使おうとか考えてない?」
「いや、ただ単に私が太巻を食べたい気分だったからだ。そもそも、太巻よりもロールケーキの方が入手しやすいだろうから、取って代わることはない」
そう答えたレヴェリアは大皿に山と積まれた太巻へ手を伸ばす。
そして、とある具材の太巻を掴んで、それを醤油につけてフレイヤの口元に差し出した。
太巻から漂ってくる独特の匂いに、彼女は顔を顰めてみせる。
そんな彼女に対してレヴェリアが告げた。
「納豆巻きだ。美味しいぞ」
「この私に、こんなくっさいものを食べさせるの?」
むーっとした顔をしつつ、フレイヤは一口食べてみた。
すると、その表情は一変した。
「なにこれおいしい」
「……前に納豆を食べたことがあったよな?」
「こういうやり取りは、毎回やっておかないといけないと思ったの」
そう答えながら、フレイヤは再び口を開ける。
食べさせろ、という明確な意思表示だ。
その要求に従い、レヴェリアは食べさせる。
「美味しいわ。やっぱり、あなたの手料理が一番ね」
満面の笑みを浮かべてみせるフレイヤに、レヴェリアは嬉しくなって笑みがこぼれる。
「お前にそう言われるのが一番嬉しい」
レヴェリアの言葉に、フレイヤはにっこりと笑って再度口を開けた。
仕方のない奴だ、とレヴェリアは肩を竦めるも彼女に食べさせていく。
しかし、一方的に食べさせてもらうばかりのフレイヤではなかった。
納豆巻きを食べ終えたところで、今度は彼女が太巻をレヴェリアに食べさせるべく動く。
「はい、あーん」
フレイヤに言われるがまま、レヴェリアは口を開けた。
「そういえば、リヴァイアサン討伐の準備ってどう?」
昼食後、ソファに座って寛いでいた時にフレイヤが尋ねた。
漆黒のモンスター討伐から帰ってきて以後、レヴェリアが氷属性の魔剣を定期的に納品していることをフレイヤは知っていた。
「順調だ。討伐は遅くとも1年以内に実行されると思う」
フレイヤ・ロキの両派閥が漆黒のモンスター討伐に赴いている間に、ゼウスとヘラの両派閥は金策と素材集めに奔走していた。
その甲斐あって、必要な物資の調達や魔剣の製作などは順調に進められている。
また、リヴァイアサン偵察の話も持ち上がっていた。
なるほど、とフレイヤは頷いてさらに尋ねる。
「ね、レヴェリア。リヴァイアサンとか黒竜とかダンジョン攻略とか、そういうのが全部終わったら……やりたいことってある?」
「また唐突だな。話の流れをぶった切るとかのレベルじゃないぞ」
「いいじゃない。これまで、そういうことを聞いたことがなかったし」
「リヴァイアサンや黒竜が予想よりも遥かに強く、討伐に失敗する可能性は否定できないぞ?」
「でも、あなたなら何とかするでしょ?」
レヴェリアの指摘に対して、フレイヤはそう言ってウィンクした。
まったくこいつは、とレヴェリアは軽く溜息を吐いてみせる。
そして、彼女はフレイヤの髪へと手を伸ばし、指先で軽く弄りながら答える。
「まぁ、そうだな。で、何をやりたいか……だったか?」
「うん。何かある?」
「特別なことはないな。ただ、仕事はもうやりたくないっていうのはある」
「毎日、お仕事を頑張っているもんね」
「お前も事務仕事を少しはやったらどうだ?」
ジト目で問いかけるレヴェリアに対して、フレイヤはそっぽを向く。
彼女の反応に、レヴェリアは肩を竦めてみせたところで、ふと気がついた。
治療院時代を除けば、フレイヤと2人きりで生活をしたことがないことに。
故に、彼女はあることを提案する。
「やりたいことを思いついたぞ」
「なになに?」
「お前と世界旅行だ。2人きりで行ったことはなかったよな?」
レヴェリアの言葉に、フレイヤは何度も頷いてみせる。
彼女の顔は喜びでいっぱいだ。
「他にもやりたいことってある?」
「実は、生やす薬をはじめとするエロい薬や道具の研究を前々から細々と続けていてな。それらを完成させたい」
「あ、やっぱりそういうのも研究していたんだ。これまで表に出てこなかったから、もしかしてやってないんじゃないかって思っていたわ」
「そういったものよりも、優先するべきものが多いからな。仕方がない」
レヴェリアとしても忸怩たる思いだが、こればかりはどうしようもなかった。