フレイヤ・ファミリアのホーム、その広大な敷地内に柵で囲まれた立入禁止区域が設けられ、その中には大きな倉庫と工房がゴブニュ・ファミリアによって建てられた。
区域出入り口にある火気厳禁・安全第一・ゼロ災というレヴェリア手製の大きな看板が特徴的だ。
もともと何の用途にも使われていなかった場所であった為、団員達から文句が出ることもなく、レヴェリアがまた何かやっているくらいにしか思われなかった。
なお、面白そうな気配を感じ取ったフレイヤは、そこに入り浸ってレヴェリアの作業風景を眺めつつお茶汲み兼話し相手兼癒やし役をしていた。
そして、ある日のこと。
試作品を作り上げたレヴェリアは実験を行うべく、工房ではなく屋外に設けられた実験場にいた。
実験場といっても大袈裟なものではなく、だだっ広いだけの草むらである。
当然、フレイヤも一緒だ。
「ね、レヴェリア。それって何なの?」
「時限爆弾だ」
「その玩具みたいなのが?」
地面に置かれたモノを指さしながら問いかけたフレイヤに対して、レヴェリアは大きく頷いてみせる。
冷蔵庫などに使われている魔石を加工した電源と懐中時計、撃鉄装置がそれぞれ数本のコードによって繋がっていた。
また、撃鉄装置には極小サイズの火炎石が取り付けられている。
リヴァイアサン討伐に使用する爆弾の作成とは聞いていたが、具体的にどんなものかは聞いていなかった。
詳しく聞こうとしなかったのはフレイヤの勘であるが、それは正しかった。
「時限式はあくまで保険で、設定した深度で起爆するものが本命だ。モンスターのドロップアイテムには水圧によって膨張するものがあるから、それを使おうと考えていて……」
詳しい説明を始めるレヴェリアに、フレイヤは訳知り顔でウンウンと頷いてみせるが――実のところ、まったく分かっていない。
「要するに、すごいってことね?」
「そういうことだ」
よく分からないが、すごいことは分かったので一言で纏めたフレイヤに対して、レヴェリアはそう返す。
そして、彼女は更に言葉を続ける。
「こういったものを、闇派閥が使ってこないことが不思議なんだがな……」
レヴェリアが用意したものは自作の一品物ではなく、オラリオで購入できるものでしかない。
「モノはあっても、それを組み合わせるっていう発想がないと駄目なんじゃない?」
「年がら年中、悪いことを考えている連中だぞ。そういう発想をしたり試してみる奴がいない筈がない」
「それはそうだけど……現実にそうなっていないのよね」
「だから不思議なんだ。密かに作って蓄えているかもしれん……あとでガネーシャ・ファミリアに伝えておくかな」
レヴェリアはそう言いながら、1分後に起爆するよう調整を済ませた。
そして、フレイヤの手を引っ張って、その場から十分な距離を取る。
設定してからきっかり1分後、パンという音と共にとても小さな爆発が生じた。
実に呆気なく成功である。
「これともう一つの起爆装置ができたら、スケールアップして完成なの?」
「そうなるな。できれば半年以内には実用化、そこからさらに3ヶ月で必要数の量産を終えたい」
複雑な構造ではないとはいえ、それでもレヴェリア個人でやることを考えれば恐ろしい速さである。
なるほど、とフレイヤは頷きながら尋ねる。
「忙しくなりそうね。大丈夫? 景気づけに、おっぱい揉む?」
「揉みたいが、今は我慢する。今夜な」
「ん、分かった」
レヴェリアの言葉にそう答えたフレイヤは、にこりと微笑んで彼女の頬に口づけた。
それから2ヶ月後、レヴェリアは試作爆弾の実験をするべく、メレンにやってきていた。
ニョルズ・ファミリアの協力の下、ロログ湖にて船から投射・起爆実験を行う事が目的だ。
今回、レヴェリアが持ち込んだ試作爆弾は起爆装置が時限式・水圧式・併用型によって分かれている。
海水を張った大型水槽を用いて行った実験では、どのタイプも起爆することが確認できているが、水槽の深さは10M程しかない。
数十M、あるいは100M超えの深度でちゃんと起爆するかどうかは未知数であった。
なお起爆形式は異なるが、爆弾の形状はどれも同じ流線形であり、その尾部には姿勢制御の為に固定フィンが複数枚取り付けられている。
今回は試作品である為に予定しているものよりもスケールダウンしたものだが、それでも全長はおよそ1M、重量は150kg程度あった。
そんな重量物であるが投射は人力であり、持ちやすいように取っ手が取り付けられている。
レヴェリアに限らずレベル9やレベル8の冒険者ならバカみたいな重量でも軽々と持ち上げられ、遠くへ飛ばせる為だ。
沿岸から十分に離れたところまでやってきたことを船長が告げたところで、レヴェリアは動く。
専用の木箱に固定された状態で入れられている時限式爆弾の起爆時間を設定後、その取っ手を握ってひょいっと簡単に持ち上げた。
そして、彼女はボールを投げるかのように海へ向かって軽く投げた。
綺麗な放物線を描いて爆弾は飛んでいき、海面に落下して水中へと没していく。
起爆時間は2分で設定してある為、手元の懐中時計を見ながらしばし待つ。
そして、時計の針が2分を経過した時――海面が大きく盛り上がって十数Mの水柱が上がった。
爆発によって生じた水中からの衝撃波や波によって船が揺れる中、レヴェリアは顎に手を当てて思案顔となる。
大型水槽で得られたデータを基にした計算によると2分で、100Mは確実に沈んだ筈だ。
実験自体は成功といえるが、船に伝わる衝撃が予想よりも大きいことが判明した。
次はもう少し遠くに飛ばしてみよう――
そのようにレヴェリアが頭の中で纏めたところで、ある船員が大声で叫んだ。
「魚がたくさん浮かんでいるぞ! 取り放題だ!」
その叫びに、目の色を変えた船員達が忙しなく動き回るのを見て、レヴェリアは目を逸らす。
これってダイナマイト漁みたいなもんだよな、と彼女はそこで気付いた。
そこへ船長がやってきて、彼女に声を掛ける。
「レヴェリア様、こんなプレゼントをしてくれるなんて……! ありがとうございます!」
「ま、まあ……そうだな。ただし、今回はあくまで偶然の結果に過ぎない。同じことをしても、このような結果になることはまずないだろう」
男臭い笑みを浮かべた船長に対して、レヴェリアは適当に誤魔化した。
ダイナマイト漁は生態系を壊すなどの悪影響が予期される為、一般化させるわけにはいかない。
「レヴェリア様がいるからこそ、ですな!」
「ああ、そうだとも。私がいるからだ。くれぐれも、やってはいけないぞ……それでも強行したならば、酷い結果になるだろうし、警告を無視したとして私も失望してしまうかもしれん」
軽く脅しを入れれば、船長は重々しく頷いて船員達にも声を張り上げて伝えた。
降って湧いた大漁にはしゃいでいた船員達も、船長の言葉を聞いてコクコクと頷いてみせる。
彼らはエルフでもダークエルフでもないが、レヴェリアの持つ名声と肩書き、それがどれだけ影響力があるかは知っていた。
「魚を取り終わったら、実験を再開するからな」
さすがのレヴェリアも、魚を取るのをやめさせるようなことはしなかった。
「というわけで、無事に完成した」
「でっかいわねー」
大型倉庫にて、レヴェリアの横にある爆弾をフレイヤは見上げながら、そんな声を漏らした。
全長3M近い流線形の爆弾であるが、その中にはバカみたいな量の火炎石が詰まっている。
なお、火炎石が大量に必要になることを予期して、レヴェリアは試作品の作成に取り掛かる前からヘルメス・ファミリアを通じて、火炎石を大量に用意するよう頼んであった。
火炎石の需要はそれなりに高く、長期間に渡って一定量を調達することで急激な値段の高騰を防ぐ為だ。
レヴェリアが爆弾の作成に取り掛かってからおよそ5ヶ月半。
記念すべきメレンでの最初の実験時には、起爆形式が時限式・水圧式・併用式と3つに分かれていた爆弾も、今や水圧式のみとなっていた。
水圧式でも問題なく起爆することが度重なる実験によって確認され、十分な信頼性があると判断した為だ。
撃鉄装置を起動する仕組みを改良したことや、爆弾外部にある目盛を専用のレンチでもって回すことで、起爆深度の設定を調整できるようにしたのも大きな要因であった。
「で、これを何発作るの?」
「最低でも100発は必要だろう。海は広い。網の目のように複数の船から一定間隔で投げ込んで、その中にリヴァイアサンがいることを祈るしかない」
「リヴァイアサンを探知できないの?」
「一応、音で探知する為のものを作った。急造品だが……」
そして、レヴェリアが倉庫の一角から持ってきたのは、ラッパに長いパイプと聴診器をつけたものだった。
フレイヤは真顔になって、爆弾とその物体を交互に見つめる。
出来具合が雲泥の差であった。
「もうちょっと何とかならなかったの?」
「一から研究するとなると、時間が足りなくてな……それにリヴァイアサンは類を見ないほどに大きいから、発する音も大きい。これで十分だろう」
フレイヤの問いかけに、レヴェリアはそう答えてしばしの間を置いて告げる。
「これから爆弾の量産だが……それは明日からにする。今日はデートに行くぞ」
その言葉に、フレイヤは満面の笑みを浮かべて頷くのだった。