転生したので、欲望の為に突っ走る   作:やがみ0821

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落日

 

 

 飛来する鱗を弾きながら、フィンはガレス、リヴェリアと共に駆けていた。

 幸いなことに攻撃密度に変化はない。

 霧自体に探知能力があるというわけではなさそうだ。

 たとえあったとしてもリヴァイアサンが放置しているだけかもしれないが。

 ともあれ、既に賽は投げられており、あとは結果を出すだけだ。

 

 リヴァイアサンが予想外の動きでもって、回避する可能性は否定できない。

 霧の中では己の内側に作用する魔法以外は使えない。

 

 この2つをクリアする為、フィンはリヴァイアサンを空から急襲する。

 

 彼を打ち上げる役目はガレスであり、その際に生じる隙はリヴェリアがカバーする。

 リヴァイアサンがフィンの行動に反応して、迎撃に出てくる可能性は高いが――それよりも早く投擲する。

 そして、懸念点となっている【ヘル・フィネガス】使用時の好戦欲、それを相殺する為の強い感情には心当たりがあった。

 彼がフィン・ディムナとなる契機となった、あの日の出来事だ。

 

「そろそろどうだ!?」

「もう少し!」

 

 ガレスの問いにフィンは答え、さらに距離を詰める。

 凍結していた海面はリヴァイアサンが無理矢理に動いたことで、あちこちひび割れているが再凍結はされていない。

 この霧により、魔剣も無効化されてしまう為に。

 前線に張り付いている面々は、海に落ちないよう細心の注意を払いながら鱗を弾きつつ、リヴァイアサンに対して懸命に攻撃を加えているのが現状だ。

 そして、それをフィンは継続するよう先ほど頼んでいた。

 下手に動きを変えては、リヴァイアサンが感づく可能性があるからだ。

 計算上ではリヴァイアサンとの距離が数十M程になったところで、いよいよ行動に出た。

 

「ここだ!」

 

 フィンの声と共にガレスが彼を手で抱え、リヴェリアが前に出た。

 止むこと無く飛んでくる鱗を彼女が杖で弾きながら、その後ろでガレスは思いっきりジャンプした。

 レベル7としての身体能力を活かし、高く跳んだ彼と抱えられたフィンは一瞬で霧を突き抜ける。

 

「いっけぇ! フィン!」

 

 叫びと共にガレスが渾身の力を込めて、フィンを更に上へ投げ飛ばす。

 リヴァイアサンの首らしきところに差し掛かったその時、フィンは大きく目を見開く。

 これまで折りたたまれていた、顎のあたりに生えている長大なヒレが急速に開かれていく。

 一瞬のことである筈なのに、フィンの視界には全てがスローモーションとなって見えていた。

 

 迎撃すれば大きく弾き飛ばされて失敗。

 何もしなければ直撃で当たりどころが良くて重傷、悪ければ胴体真っ二つで即死。

 

 リヴァイアサンから碌でもない二択を突きつけられて、フィンの脳裏にレヴェリアの言葉が過った。

 

 どんなに絶望的な状況であっても、夢物語のような最高の結果を諦めることなく掴み取りに行く者だ――

 

 知らず知らずに、彼は笑みを浮かべた。

 それは己に対する自嘲的なものなどではなく、楽しくて仕方がないといったもの。

 やり直しは不可能で、失敗か死か、そのどっちかという二択を突きつけられている。 

 

 だからこそ、状況は最高。

 

 フィン・ディムナは諦めない。

 諦めるわけがない。

 

 迫りくるヒレの縁に槍の穂先を引っ掛けて、飛び越えようと彼は考えた。

 ヒレは目前にまで迫り、さあ来いと彼が気合を入れた時――予想外の事態が起きる。

 

 獅子の如き雄叫びを上げながら、ヒレとフィンの間に割り込んできた者がいた。

 その者は大剣でもってヒレをしっかりと受けながら叫ぶ。

 

「行け! 【勇者(ブレイバー)】!」

 

 レオン・ヴァーデンベルグだ。

 彼が間に入ったことでヒレの軌道がズレて、フィンを遮るものは何もなくなった。

 まさしく最高のタイミングでの乱入だ。

 どうしてここに彼がいるんだ、などと疑問はあるが、それよりもフィンは素直に感謝の気持ちを叫ぶ。

 

「すまない! ありがとう!」

 

 その声が聞こえたレオンは、笑みを浮かべてみせる。

 そして、ヒレによって彼は後下方へ弾き飛ばされていった。

 彼が無事に着地できることを祈りつつ、フィンはいよいよ【ヘル・フィネガス】を発動する。

 その脳裏に、あの日の出来事を思い浮かべながら。

 

 村をモンスターに襲撃され、自分を庇って両親が死んだ――

 

 しかしそれだけに留まらず、連想ゲーム的にこれまでに経験した悪いことが次々と思い起こさせれてしまう。

 

 こういうのを毒をもって毒を制すと言うのだったかな、と苦笑いしつつ、彼は詠唱を紡ぐ。

 

【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】

 

 紅の魔力光が集う、左手の人差し指。

 それを槍に見立てて、額に押し当てた。

 

「【ヘル・フィネガス】」

 

 その瞳が真紅に染まり、心の奥底から込み上げてくる好戦欲。

 思考が麻のように乱れてもなお、彼は歯を食いしばって飲み込まれるのを踏みとどまっていた。

 

 己を失敗できない状況に追い込み、さらに過去を想起して強い感情を引き出すことで、この好戦欲と相殺するという目論見はとっくに崩れ去っていた。

 既に体は上昇の勢いを失い、落下を始めている。

 まだ高さは十分だが、これでは失敗に終わるだろう。

 

 しかし、彼は諦めなかった。

 凶猛の力を振り払うかのように、彼が咆哮したその瞬間――声が聞こえた。

 

 

 『前』だ!

 

 

 ここは空の上、周りに誰かがいるわけがない。

 極限状態による幻聴と考えるのが自然であったが、フィンはそうとは受け取らなかった。

 なぜならば、これまで一度も聞いたことがない声なのに、とても懐かしく感じたのだから。

 声は続く。

 

 

 目を逸らすな! 我等が勇気は『前』にあり!

 『前』しかねぇ! 進みやがれ!

 怖いけど、行こう! 一緒に、『前』へ!

 参りましょう! 『前』へ!

 数多の槍となって、貴方と共に! 『前』へ!

 

 

 フィンの双眸から涙が溢れてきた。

 記憶にはない、一度だって聞いたことがない。

 声を発している人物達がどこの誰なのかも分からない。

 だが、かつてない程の強い思いがとめどなく溢れ出てくる。

 

 フィンは落下しながらも、リヴァイアサンに狙いを定めた。

 思考はこれ以上ないほどにクリアであり、【ヘル・フィネガス】の効果時間が切れてしまったかなと心配してしまう程だ。

 好戦欲は、すっかりと抑え込まれていた。

 

 彼は槍を強く握りしめ、魔力を込めていく。

 槍が黄金色に輝き、その眩い光に僅かに目を細めた時――彼は見た。

 栗色の髪を長く伸ばし、真紅の瞳が特徴的な白い鎧を纏い、槍を持った小人族の少女を。 

 彼女は、にこやかに微笑んで告げた。

 

 

 勇気は『前』にあります。行きましょう――!

 

 

 ああ、とフィンは力強く頷いてみせる。

 

小人族(おれたち)の勇気は、『前』にある……! だから、勇者(おれ)は『前』へ進む! 誰よりも『前』へ!」

 

 彼女に答えるかのように叫びながら、フィンは槍を大きく振りかぶる。

 己の全てを注いだ、全身全霊の一撃。

 これをもってリヴァイアサンを討滅する、その必殺の意思を込めて――彼は詠った。

 

「【ティル・ナ・ノーグ】!」

 

 

 

 

 その輝きは霧の中からでも、はっきりと分かった。

 まるで太陽がもう一つ出現したかのような、黄金の輝きを討伐隊の誰もが目撃した。

 勇者によって放たれた一撃は彗星の如くに黄金色の尾を引いて落ちていく。

 

 己を殺しうる脅威を感じ取ったリヴァイアサンは海中に逃れようとしたが――それは叶わなかった。

 これまで膠着していた状況が動いたことで、手ぐすねを引いて待っていた討伐隊が動いたのだ。

 

 真っ先に霧の中からジャンプして飛び出してきたのは、アルフィアだった。

 他の誰にも譲ってなるものか、と虎視眈々と狙っていた彼女によって紡がれるは超長文詠唱。

 その詠唱速度はまさしく神速だ。 

 

「【祝福の禍根、生誕の呪い、半身喰らいし我が身の原罪】」

「【禊はなく。浄化はなく。救いはなく。鳴り響く天の音色こそ私の罪】」

「【神々の喇叭、精霊の竪琴、光の旋律、すなわち罪過の烙印】」

 

 アルフィアから僅かに遅れ、次々と討伐隊の面々が彼女と同じようにジャンプして霧の中から飛び出してくるが――既に、彼女の詠唱は終盤に差し掛かっていた。

 

「【箱庭に愛されし我が運命(いのち)よ――砕け散れ。私は貴様(おまえ)を憎んでいる】!」

「【代償はここに。罪の証をもって万物(すべて)を滅す】」

「【哭け、聖鐘楼】――【ジェノス・アンジェラス】!」

 

 出現していた灰銀の巨大な鐘が輝き、罅割れて破裂した。

 天をも砕くかの如き轟音による衝撃が巻き起こり、逃げようとしていたリヴァイアサンに襲いかかった。

 この攻撃によってリヴァイアサンの動きが一瞬止まり、そこへフィンの一撃が胴体に突き刺さった。

 同時に、この着弾によって生じた爆風によって霧が全て吹き飛んだ。

 その瞬間、超広範囲に黄金色のドームが展開され、討伐隊の面々をあっという間に癒やし尽くす。

 レヴェリアの治癒魔法だ。

 彼女は霧が吹き飛ぶや否や、攻撃ではなく治癒を選んでいた。

 霧と鱗の射撃によって思うように攻撃ができなかった状況は、討伐隊の面々にとって多大なストレスが溜まるものだ。

 霧が無くなった今、鬱憤を晴らすかのようにリヴァイアサンをタコ殴りにすることは確定的。

 それならば治癒魔法で癒やした方が討伐の為には効率的だ、と彼女は判断した。

 

 その予想通り、元気一杯となった討伐隊の面々が一気呵成に攻め立てる。

 リヴァイアサンの巨体に次々と魔法が炸裂し、剣や槍など様々な武器でもってその生命を奪わんと苛烈な攻撃を加えていく。

 もはや勝敗は決したと言っても過言ではない状況だが、海の覇王は諦めなかった。

 

 リヴァイアサンは津波を引き起こすべく動く。

 鱗を全方向にばら撒きながら、また尻尾を大きく振り回す。

 だが、霧の展開はできなかった。

 フィンの一撃から始まった一連の攻撃により、生成器官が大きく損傷してしまった為に。

 それでも津波を引き起こせれば――高さ100Mを超えるものではなく数十M程度のもの――は不利になった戦況を覆しうる。

 しかし、リヴァイアサンの起死回生の一手は、2人の戦士によって潰えることになった。

 

「【父神(ちち)よ、許せ。神々の晩餐をも平らげることを】」

「【貪れ、炎獄の舌。喰らえ、灼熱の牙】――【レーア・アムブロシア】!」

 

 ザルドによって繰り出された極大の一撃がリヴァイアサンの頭部に叩き込まれ、大きくよろめいたところにオッタルが痛撃を与える。

 2つの魔法――【ヒルディス・ヴィーニ】と【スリーズル・グタンニ】――を使い、己と武器を極限にまで強化した上で、さらに獣化した彼の一撃は侮れるものではない。

 これまでの猛攻に加え、頭部に叩き込まれた強烈な二撃により、リヴァイアサンはもはやその力を十全に発揮することはできなかった。

 満身創痍のリヴァイアサンであったが、討伐隊は攻撃の手を緩めたりはしなかった。

 

 

 

 海の覇王が、その威容を灰へと変える瞬間まで攻撃は絶え間なく続いた。

 

 

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