「ふーん……」
レヴェリアの胸に顔を埋めつつ頭を撫でられながら、戦争遊戯の提案を聞かされたフレイヤはそんな返事をした。
興味がなさそうな雰囲気を漂わせている彼女であったが、レヴェリアには分かる。
コイツ、私の案に何かしら手を加えようとしている、と。
全然興味ありませんという態度で、こちらの警戒心を無くすのはフレイヤがよくやる手だ。
そういう場合、レヴェリアが取る手も決まっていた。
撫でていた手を止めて、おもむろにフレイヤの両腋に両手を突っ込んだ。
レベル9としての身体能力を無駄に発揮したその早業に、フレイヤが反応できるわけもない。
しかし、彼女が動じることはなかった。
「ねぇ、レヴェリア。私の腋に手を突っ込んでどうするの? 腋が恋しくなっちゃった?」
胸から顔を上げて、妖艶な笑みを浮かべて誤魔化そうとしているフレイヤ。
にこりと笑ってレヴェリアは告げる。
「何を企んでいるか言え。言わないと……お前の笑い声が響くことになるぞ」
「ふぅん……脅迫をするのね。恥ずかしくないの?」
「お前が素直に話せば何も問題なく終わる。たったそれだけのことじゃないか」
レヴェリアの言葉に、フレイヤは真剣な顔つきでもって告げる。
こうなることは想定内であった。
「……レヴェリア、あなたのステイタスを知っている私だからこそ言うんだけど……戦争遊戯、勝負にならないわ。ランクアップも無理だと思う」
「で?」
「だから、あなたを倒す以外にも勝利条件をつけた方がいいと思うの」
「つまり?」
「私に任せて。悪いようにはしないから」
満面の笑顔でフレイヤは告げた。
誰もが魅了される素敵なものであったが、あいにくレヴェリアには通用しない。
ジト目でフレイヤを見ながら、彼女は尋ねる。
「……報酬などはどうでもいい。だが、私対四派閥と無制限の飛び入り参加、これは譲れないぞ」
「分かっているわ。ゼウス達とも協議するけど、そこに関しては大きな変更を加えたりしない……ところで、増えるのはあり?」
「増える分には構わないぞ。そもそも無制限の飛び入り参加を許可している時点で、そのことは織り込み済みだ」
「なら、問題ないわね」
そう答えたフレイヤであったが、どうにも怪しい感じがしてならない。
じーっと見つめるレヴェリアに対して、フレイヤは微笑んだ。
レヴェリアは肩を竦めて尋ねる。
「どうして素直に話さないんだ?」
「そうしたら面白くないじゃない」
にこにこ笑顔で答えたフレイヤに、レヴェリアは肩を竦めてみせる。
これ以上追求したところで、はぐらかされるのは目に見えていた。
だが、やられっぱなしは嫌である為、彼女は遠慮なく告げた。
「それはそれとして……くすぐらせてもらうぞ」
「え、ちょっと待って。これで話は終わる雰囲気だったわよね? ここからベッドに行く流れじゃないの?」
「お前が笑い転げている姿が無性に見たくなったんだ……許せ、フレイヤ」
そして始まるレヴェリアによる容赦のないくすぐり攻撃。
弱点を知り尽くしているからこそ、的確に加えられる数々の攻撃により、フレイヤの笑い声が部屋中に響き渡った。
「えー、第ン千回目の神会を始めたいと思います!」
今回の司会進行役であるヘルメスの開会宣言と共に、神会が始まった。
その瞬間、誰よりも早くフレイヤが告げる。
「戦争遊戯がしたいわ」
その発言は神会に参加している全ての神々に聞こえた。
既にゼウス・ヘラ・ロキ・ヘルメス・フレイヤの間では協議され、形式やルールに至るまで細かく決定している。
これらを通す為に神会で各々がどのように立ち回るかも決めてあった。
「戦争遊戯だって!?」
「どこだ! 相手はどこだ!?」
「レヴェリア様の揺れる胸と尻が間近で見れるとな!?」
「ポロリがあるぞ! レヴェリア様の乳と尻と太腿が見たい!」
やいのやいのと騒ぎ始める神々。
退屈を嫌う彼等彼女等からすれば、戦争遊戯というのは最大の娯楽だ。
それもフレイヤ・ファミリアが仕掛ける側となるのであれば、その気質的にも確実に格上。
となると、ゼウスかヘラのどちらかしかない。
神々の期待は高まり、興奮の度合いは増していく。
予想通りの状況になったことを確認しつつ、ヘルメスは素知らぬ顔で尋ねる。
「で、フレイヤ様。どこと?」
その問いかけに対して、フレイヤはすぐには答えない。
騒いでいた神々も彼女がどこに仕掛けるのか、聞き逃すまいとその口を閉じていく。
あっという間に静まり返った会場、居並ぶ神々からの視線を独り占めしたフレイヤは妖艶な笑みを浮かべて告げた。
「
事前に知っていた4柱を除いて、神々の誰もが言葉の意味をすぐには理解できなかった。
これもまた予想通りであり、余計な茶々を入れられる前にロキが真っ先にイチャモンをつけにいく。
「おいコラ、色ボケ。いくら何でも舐めすぎちゃうか?」
ドスの利いた声、しっかりと見開かれた目――その雰囲気も相まって、ロキが本気でフレイヤを追求しているようにしか見えないだろう。
たとえこのやり取りが茶番だと見抜いたとしても、どう考えてもフレイヤがトチ狂ったようにしか思えない。
それくらいブッ飛んだことを彼女は言っていた。
「あら、舐めてなんかないわ。ゼウスもヘラもあなたのところも……それこそオラリオの中だけじゃなくて外の派閥も纏めて相手をしてあげる」
「レヴェリアちゃんを筆頭に戦力が揃っているとはいえ……アホちゃうか?」
睨んでくるロキに対して、くすりと笑ってフレイヤは告げる。
「勘違いをしているようだけど……私のファミリアもレヴェリア以外はあなた達の味方よ」
「つまり、どういうことや?」
わざとらしく問いかけるロキに対して、フレイヤは誰もが見とれるような微笑みを浮かべて告げる。
「
「いくら何でも無理ゲーやろ。まあ、うちとしては自分の悔しい顔が見れそうやし、受けてもええけどな!」
あっかんべー、と舌を出してみせるロキにけらけら笑いながら、フレイヤはゼウスとヘラへ視線を向けた。
そして、彼女は問いかける。
「ゼウス、ヘラ……この挑戦、受けてくれるかしら?」
「全力でお相手するゾイ! レヴェリアちゃんのおっぱいとかケツとか色々見られそうじゃしな!」
平常運転のゼウスに対して、ヘラが拳をその顔面に叩き込んだ。
彼の惨状はいつものことであった為、誰も気にすることなくヘラの答えを固唾を呑んで見守った。
「喜んで応じよう」
その瞬間、神々は一斉に歓声を上げた。
レヴェリアは強い。それは神々の誰もが認めている。
【英傑】と【女帝】、その2人と1対1あるいは1対2で戦っても勝利を収めることができるだろう。
だが、ゼウスとヘラとロキ、それに加えてフレイヤ・ファミリアのミア以下全眷族達を相手に回して、勝てるわけがない。
しかし、ここで更に驚くべき言葉をフレイヤは発する。
「でも、これだけじゃ面白くないと思うの」
「何や、色ボケ。まだ何かあるんか?」
既にそのことも知っているロキであったが、彼女は胡散臭いものを見るような目でもって尋ねる。
「レヴェリアを倒すか、私を捕まえる。そのどちらかでも満たせば、そちらの……便宜的に派閥連合と名付けましょうか。派閥連合の勝利というのはどうかしら?」
ただでさえありえない程に不利だというのに、より不利になるようなことを言い出したフレイヤ。
誰もが耳を疑った。
「フレイヤ、その言葉は本当かしら?」
「嘘でしたっていうのは無しよ?」
女神達からの問いかけにフレイヤは告げる。
「ええ、本当よ。レヴェリアを私から奪い取る最初で最後の機会を提供してあげる」
その言葉に、神々の誰もが笑みを浮かべたが、すぐに意味がないものだと察した。
ゼウス・ヘラ・ロキだけでなく、関係の深さからイシュタルやアフロディーテも争奪戦に加わるのは間違いない。
この5柱の争いに割って入るのが、まず無理な話だった。
「フレイヤ様ー! レヴェリア様は大手が持っていくと思うから、他に何かないんですかー!」
「お金とか素材とかフレイヤ様とか欲しい!」
そういった要求が神々から次々と出てくるが、予想していたフレイヤはあっさりと告げる。
「勝ったらお金も素材も私も好きにしていいわよ。歓楽街で期間限定の娼婦として働くのもアリかもしれないわね」
その言葉を聞いた瞬間、男神達は鼻息荒く興奮し、女神達は悪どい笑みを浮かべる。
レヴェリアを手に入れることはできなくても、そういったモノが手に入るならば参戦する価値は十分にあった。
何より、自分達が戦わずともゼウスとヘラとロキとレヴェリア以外のフレイヤの眷族達がどうにかしてくれる。
大多数の団員達からフレイヤの寵愛を独占しているという理由で、常日頃からレヴェリアが命を狙われているのは神々の間でもよく知られていた。
「ミアちゃん達はどうなるんですかー?」
「勝っても負けても変わらず私の眷族よ。私とレヴェリアとお金と素材だけが勝利報酬の範囲」
「フレイヤ様の眷族達が、こっちを裏切ってレヴェリア様についた場合は?」
「それは大丈夫よ。手加減したり裏切ったりしないよう伝えておくから」
次々と浴びせられる質問に、フレイヤは淀みなく答えていく。
それを見ながら、これまで沈黙を保っていたイシュタルがおもむろに尋ねた。
「フレイヤ、お前の利益はどこにあるんだ? レヴェリアのランクアップが狙いだと思うが……それならば、お前を捕まえるという勝利条件はいらない筈だ」
神は戦場においては邪魔でしかない、とイシュタルは締めくくった。
その問いに、フレイヤは不思議そうに首を傾げながら答える。
「レヴェリアのカッコいいところを特等席で観たいから。これ以上の理由はないわ」
神々は己の眷族が全力で戦っている姿を見る機会は滅多にない。
不測の事態によって送還されてしまうことを防ぐ為、基本的には眷族と戦場に共に立つことはしないからだ。
自ら弓をもって率先して戦う某女神などもいるが、あくまで例外だ。
眷族達が戦っている姿を間近で見たいか、と問われれば見たいというのが神々の本音である。
そして、フレイヤの性格を考慮すると、それが目的にしか思えなかった。
また、彼女の口ぶりからレヴェリアの勝利を欠片も疑っていないことも分かった。
しかし、彼我の戦力が隔絶しているのも純然たる事実だ。
レヴェリアの未だ見ぬモノが見られる可能性が高い為、イシュタルだけでなく他の神々も楽しみが増してしまう。
イシュタルからの新たな質問がないことからフレイヤは、ガネーシャへ視線を向けながら告げる。
「ちなみに個人として参加するっていうのもOKよ。ガネーシャのところは、こういうのには基本的に派閥として参加しないだろうし」
「いいのか? いくら何でも……」
いつものノリを封印して真面目に問いかけたガネーシャに対して、フレイヤは躊躇なく頷いてみせた。
そして、報酬について確認を取る。
「個人参加の場合は勝敗に関わらず、報酬は無しって形でも構わないかしら?」
ガネーシャが頷いてみせ、他の神々からも特に異論はなかった。
そこへアフロディーテが尋ねる。
「フレイヤ、アンタが勝ったら何を要求するの?」
アフロディーテの発言に、多くの神々は仰天した。
レヴェリアがどれだけ強かろうとも、これだけの戦力差をひっくり返せるとは到底思えなかった為だ。
「勝った時にレヴェリアと一緒に考えるわ。ただ、眷族の引き抜きとか派閥の生殺与奪権を握るとか、そういうことはしないから安心して」
にこりと笑ってフレイヤは答えたところで、ヘルメスが纏めに掛かる。
「一通り質問も終わったみたいだし、細かいところを決めていこうぜ」
異議なーし、と神々の声が揃う。
それから細部を詰めていったが、それらはフレイヤ達5柱が事前に協議していた通りのものとなった。
神会が開かれている頃、ロキ・ファミリアのホーム、フィンの執務室には大量の羊皮紙が無造作に転がっていた。
レヴェリアの提案を聞いたあの時から、これまでに蓄えた彼女に関する資料を書庫から引っ張り出し、通常業務を後回しにして読み込んでいた。
羊皮紙に記載された情報は玉石混交であり、実際に彼が目撃したものもあれば、伝聞や噂を纏めたものもある。
それらを全て加味した上で、フィンは何度目になるか分からない言葉を呟いた。
「笑えるほどに強過ぎるね」
5柱の事前協議により、戦争遊戯のルールや内容は分かっている。
神会でも十中八九、そのまま決まることは確定だ。
この5柱が連携して動けば通らない案はないと言っても過言ではない。
勝利するにはレヴェリアを倒すか、フレイヤを捕まえる――実際には胸に花を差してもらい、それを取る――ことだが、フィンは予想していた。
騎士の如く、女神の傍に侍るだろう。
手の届く範囲にいれば目にも留まらぬ速さでもって、フレイヤに近づく敵を蹴散らせるからだ。
近づく敵が【英傑】や【女帝】を含む、ゼウスとヘラの主力であったとしても、その結果が変わることはない。
リヴァイアサン討伐前に行われた合宿にて、散々目にした光景だ。
戦闘時に大きな
それは
具体的に誰とは言わなかったが、ヘラ・ファミリアでそういう事例があるとのこと。
誰がそうであるかは何となく予想はできたが、それはさておきレヴェリアもそうだとしたら合点がいく。
レベル1の頃から馬鹿げた熟練度でランクアップを繰り返してきたならば、潜在値の時点で圧倒的に差がつく。
そんな状態ならば、同格以下には絶対の強さを誇っても何らおかしくはなかった。
また事前協議では勝負を成立させる為、戦争遊戯において彼女の治癒魔法を
これも神会では通っただろう。
だが、彼女には治癒魔法よりも厄介な速攻魔法と他者の魔法を使う魔法――レヴェリア本人曰く再現魔法――がある。
レヴェリアの全魔法使用禁止という案を事前協議でフレイヤが出したらしいが、そこまでハンデをもらうわけにはいかないとゼウスもヘラも断った、とフィンはロキから聞いていた。
これらに加えてスキルも豊富であることが予想されており、これまでの経験や揃っている情報を鑑みれば勝率はゼロに近い。
だからこそ、フィンは感じていた。
「面白いね……」
彼に絶望は一切なく、どう攻略してやろうかとワクワクしていた。
無理難題、大いに結構。
それくらいクリアできなければ、小人族再興など夢のまた夢――彼は心からそう考えていた。
また、このように滾っているのは彼だけではなく、ロキ・ファミリア全体がそういう雰囲気となっている。
最強の眷族に挑む、それも公の場で――この状況に、誰もが滾っていたのだ。
ちなみに、今回の戦いは呆れる程に理不尽な敵を前にしても、心が折れることなく戦い抜くことがどれほど困難であるかを、これまでの討伐に参加していない冒険者達に味わってもらい、また民衆に観てもらうという目的も追加されていた。
さらに戦争遊戯後、ギルドから黒竜討伐に関する発表も予定されている。
その内容について、四派閥の主神及び団長・副団長達とヘルメスはロイマンから共有されていた。
黒竜は桁違いの強さであることは、これまでの被害から明白。
じっくりと戦力を整えつつ、並行して谷から漏れ出る竜達を狩っていくことで生息範囲を狭めていく云々――といった具合だ。
一言に纏めてしまえば、戦力が整うまで討伐延期というだけなのだが、建前は重要だった。
臆病風に吹かれたか、という予想される批判に対して、最強のカウンターが原稿には盛り込まれていた。
四派閥に先んじて、黒竜討伐を成し遂げてくれる者が現れることを切に願う――
ロイマンからすれば、黒竜は誰が討伐しても構わない。
ぽっと出の農民がそうとは知らずうっかり倒しちゃいました――という超展開でも、まったく問題なかった。
この対応を不満に思う者達が黒竜をさっさと倒してくれるならば万々歳であり、必要とあればロイマンは遠慮なくその旨を追加で発表するつもりだ。
懸念としては闇派閥だが、かつて――フィン達がオラリオにやってくる前――と比べると、著しく衰えている、とのことだ。
ガネーシャ・ファミリアによると、この十数年で闇派閥を金銭面や物資面で支援する個人や勢力の大半が手を引いてしまったことが判明しており、さらなる調査が実施されていた。
扉が叩かれ、フィンは思考の海から戻ってきた。
しかし、彼が何かを言う前に扉が開いて勝手に入ってきた者――ロキがいた。
彼女は元気良く告げる。
「邪魔するでー!」
「邪魔するなら帰ってくれ」
「あいよー!」
踵を返したロキは部屋から出ようとしたところで、フィンの方を向いて叫ぶ。
「ってなんでやねん! 用があるから来たんや!」
「それよりもロキ、首尾は?」
「上々や」
ツッコミを華麗にスルーして問いかけたフィンに対して、にやりと笑ってロキは答えた。
「ルールなどは全て事前の協議通り。開催日は2ヶ月後、場所はオルザの都市遺跡や」
開催までの期間が長いのは、オラリオ外のファミリアに告知する為だ。
開催まで1ヶ月くらいかな、とフィンは予想していたが、2ヶ月というのは嬉しい誤算だった。