膨大な灰の中心で、オッタルは大の字になって寝転がっていた。
この49階層にて、彼は階層主バロールと死闘を繰り広げ、つい先程勝利した。
持ってきたエリクサーは全て使い果たし、全身の傷を癒やす手段を持たない彼であったが――
「よくやったじゃないか」
その声と共に、オッタルの顔にエリクサーがぶっ掛けられる。
「……ミア、すまない」
オッタルの礼に、気にするなと言わんばかりに彼女は手を振ってみせる。
バロールの単独討伐、これにチャレンジすべくオッタルは事前にミアとディース姉妹に相談していた。
ミアには万が一の場合の救出と戦闘後の治療を、ディース姉妹にはバロール討伐を狙っている他の冒険者達を追い払う役目を。
姉妹が若干渋った為、彼がレヴェリアに相談すると説得に動いてくれた。
彼女が何をしたか分からないが、姉妹はニコニコ笑顔で快諾してくれたので問題ない。
「あの姉妹を助けに行くよ」
「ゼウスか? ヘラか?」
ミアの言葉に、オッタルは即座に状況を理解して立ち上がった。
ディース姉妹に手助けが必要と彼女が判断する状況は多くない。
必然的に、その二派閥が絡んでくることしかオッタルには思い浮かばなかった。
「
ミアの答えに、オッタルは静かに頷いた。
姉妹の性格的に、手当たり次第に見つけた冒険者達に喧嘩を売りに行き、その中にゼウスとヘラのパーティが――それもレベル8やレベル9がいる――混じっていたのだろう。
理由を説明すれば待ってくれただろうが、そういうことはしないのがディース姉妹である。
獲物を見つけたわ、ディナお姉様
ええ、ヴェナ。狩りの時間よ――
たぶんそんな感じだったんだろうな、とオッタルでも予想がついてしまう。
とはいえ、もしも同じことを彼が頼まれて、そこへゼウスやヘラのパーティがやってきたならば挑まないわけがなかったので、人のことは言えなかった。
それはさておき、現状のオッタルはエリクサーで傷は癒えたといえど、体力は戻っておらず疲労も溜まっており、万全な状態とは言い難い。
だが、その瞳には闘志が宿っており、ゼウスとヘラのパーティとも戦う気満々であった。
「アルフィア、もう諦めたらどう?」
「いくらなんでも経験不足だわ」
ディナが近接戦闘を仕掛け、彼女を的確に後方より支援するヴェナ。
姉妹であるからこそ鉄壁の連携は容易に崩せるものではない。
そんな2人を敵に回して、アルフィアはヘラ・ファミリアの団員達とゼウス・ファミリアの面々に手を出さないよう頼んだ上で、たった1人で戦っていた。
普通ならばレベル7が数で勝るレベル8に勝利するのは不可能だ。
だが、アルフィアは普通という枠から大きく外れていた。
「確かに経験不足だ。そもそもコレは最近始めたばかりだしな」
そう告げるアルフィアの手には長剣があった。
これまで剣など握ったことがなかった彼女は、リヴァイアサン討伐で魔法を封じられた苦い経験から、近接戦闘手段として剣術を学び始めた。
まだ僅かな期間ではあるものの、そこらの連中――四派閥以外の一般的な第一級冒険者達――には通じる程度にはなっているが、それでは全く足りなかった。
「だが、その割には随分と余裕がなさそうだな。クソガキババア共」
「あなたの魔法のせいよ」
「ええ、そうよ。ズルいわ」
そう告げて、不敵な笑みを浮かべたアルフィア。
その言葉に対して、姉妹は揃って口を尖らせて不満げな顔となる。
アルフィアの魔法はどれも厄介だ。
超短文詠唱かつ魔法の性質上、避けることが困難なサタナス・ヴェーリオン。
同じく超短文詠唱で同格以下の魔法を完全に無効化するだけでなく、格上の魔法であっても威力を大幅に減少する
超長文詠唱であるが、不可視・広範囲・高威力と三拍子揃ったジェノス・アンジェラス。
不利な状況になれば、サタナス・ヴェーリオンでもって回避を姉妹に強制することで仕切り直す。
魔法による被弾が避けられなければ、
これらをアルフィアが駆使することで姉妹が連携しても攻めきれておらず千日手の様相を呈しているが、姉妹は一発逆転を警戒していた。
ジェノス・アンジェラスを撃たれたら負けるという確信があるが故に。
超長文詠唱ではあるが、アルフィアの技量はその長さを感じさせない。
あっという間に詠唱を終えて、ぶっ放してくるだろうことは想像に容易かった。
「安心しろ、ジェノス・アンジェラスは撃たない」
「絶対嘘だわ!」
「絶対撃つわ!」
アルフィアの言葉に、即座に姉妹は返した。
2人の反応に対して、彼女は肩を竦めて告げる。
「それではランクアップに繋がらないだろう。ここで超えさせてもらうぞ、クソガキ共」
「アルフィアの癖に生意気よ! レヴェリアお姉様と良い関係になったからって調子に乗って!」
「そうよ! レヴェリアお姉様と私達の方が、とっても深い仲なのよ! 姉妹だもの!」
睨みつける姉妹に対して、アルフィアは不敵な笑みを浮かべて踊りかかった。
なお、この光景をミアとオッタルは密かに見ていた。
そして、2人はディース姉妹を助ける必要はない、と判断し、そのまま観戦となった。
用事も済んだので撤収したいところだが、アルフィアが殻を破ろうとしているところを邪魔するほどに野暮ではなかった。
一方その頃、レヴェリアはオラリオの街中でもって依頼を遂行していた。
「レヴェリア様! あちらに行きましょう!」
目を輝かせて、レヴェリアの手を引っ張るのは
「ああ、勿論だとも」
笑顔でレヴェリアは答えて、アスフィの小さな手に引っ張られていく。
依頼主は
アスフィは好奇心旺盛であり、レヴェリアが彼女の誕生日にプレゼントした書物や精密な玩具に特に興味を示した。
また、レヴェリアの様々な話――オラリオやダンジョンのことだけでなく、これまでに巡ってきた世界各地のこと――はアスフィにとっては何よりも楽しいものであった。
アスフィは王女という立場上、安易に城から出ることはできない。
しかし、そこへ降って湧いたのが今回の戦争遊戯だ。
その内容は破茶滅茶なものであるが、様々な情報を鑑みるにレヴェリアが一方的に負けるという事態にはならなさそうであった。
そこで国王夫妻は戦争遊戯観戦の為という名目で、アスフィを一足早くオラリオ入りさせて、レヴェリアとの交流を深めるよう手配した。
娘を楽しませてやりたい、という親心もあったが、それだけではない。
レヴェリアはダークエルフの王女である。
ダークエルフに対しては勿論、エルフに対しても白の王族程でないにせよ、一定の影響力を持つ存在だ。
さらに彼女は白の王女と仲が良いだけでなく、世界各国の王族や貴族、商人達にも顔が利く。
オラリオにおいてはゼウスやヘラ、ロキといった強豪派閥やイシュタルやアフロディーテといった大派閥との関係も深い。
そんな彼女と
また、経済的利益に関しては既に実績がある。
無論、レヴェリアもそういった
彼の国を気に入っているというのもあるが、大きな理由はアスフィの聡明さだ。
2年前に初めて顔を合わせて以後、レヴェリアが
その際、簡単な勉強を教えたりもしているが、物覚えが良く、さらに素直で真面目だ。
早いうちから唾をつけておいて、損はないと彼女は考えた。
そういった両者の思惑が合致した結果、アスフィはレヴェリアの付き添いという条件付きではあるものの、オラリオでは自由行動が許可されていた。
アスフィに引っ張られながらも、レヴェリアは周囲にさり気なく目を光らせる。
オラリオは広く、ガネーシャ・ファミリアの人員は多いとはいえどうしても手薄なところが出てきてしまう。
戦争遊戯の為に、オラリオ外から大量の観光客や参加者がやってきており、ガネーシャ・ファミリアは普段以上に大忙しだ。
さすがに自分に喧嘩を吹っかけたりしてくるような輩はいないだろう、とレヴェリアは高を括っていた。
しかしながら、彼女の予想は外れることになる。
それはアスフィと一緒に露店を見て回っていた時だった。
「上玉のダークエルフじゃねぇか!」
そんなダミ声が聞こえてきたと思ったら、手が伸びてきたのでレヴェリアは容易く回避しつつ、アスフィを守るべく片手で抱き寄せた。
そして、下手人へ顔を向ければ、そこには見るからに荒くれ者といった風体の男達がいた。
「よう、姉ちゃん。その体でご奉仕してくれねぇか?」
「さすがはオラリオ、女のレベルも高え!」
「遥々来た甲斐があったってものだ! うちの団長はレベル3だぞ! 大人しく従った方が良いぜ!」
そう告げて団員が示したのは、最初にご奉仕を要求した男だった。
その紹介に、彼は不敵な笑みを浮かべてみせる。
都市外でレベル3というのは誇るべきものだ。
彼等が自信満々であるのも頷ける。
露店の店主をはじめ、通行人達は物理的に距離を置いた。
中には、最寄りのガネーシャ・ファミリアの団員詰め所まで走る者もいる。
この後の展開が予想できたからだ。
しかし、レヴェリアが何かを言う前にアスフィが尋ねた。
「オラリオの冒険者は平均レベルがとても高いです。どうして、ここにいる方が第一級冒険者ではないと分かったのですか?」
「良い質問だな、お嬢ちゃん。確かにオラリオは第一級冒険者がゴロゴロいやがる……だが、オラリオに冒険者は全部でどれくらいる? こんな街中で、そんな化け物連中にばったり出会う確率は低い」
「ガネーシャ・ファミリアが来る前に、さっさと口説いちまえば問題ねぇ!」
「口説く=連れ込むだけどなぁ!」
ゲラゲラと笑う彼等に対して、周りの目は屠殺場に連れて行かれる子牛を見るようなものであった。
知らないってことは幸せである、とまさに感じていた。
とはいえ、冒険者同士の荒事には慣れている住民や面白い気配を感じ取り集まってきた神々が、それで終わるわけもない。
「頑張れー! ポロリでいいから死ぬ気でやれ!」
「今ここでお前達がやっちまったら、最高に面白いことになるぞー!」
「賭けやろうぜ! 賭け! 俺、謎のダークエルフ美女に賭けるぞ!」
「賭けにならないだろ! 誰だってダークエルフ美女に賭ける! 俺だってそうする!」
「頑張れ荒くれ共! 謎のダークエルフ美女の服を剥け! 死ぬ気で剥け!」
「いったい、どこのスヴァルタ・アールヴ様なんだ……?」
「こんなところに【
「遂に大っぴらに子供の頃から育てて食べ頃になったら美味しく頂く作戦を始めるのか! 色ボケ何とかアールヴ様!」
盛大な応援を神々から受ける荒くれ者達は、逆に困惑した。
誰も目の前の美女と女の子を助けようとしないのである。
「何か様子がおかしいですぜ、団長」
「オラリオって怖……治安が終わり過ぎているだろ……」
団員達の声を受けつつも、団長は初志貫徹すべくレヴェリアに告げた。
「とにかく、俺達と一緒に来い! でなければ力尽くでも連れて行くぞ!」
団長の宣言に、見物人達は大盛り上がり。
彼等に大声援が飛ぶ中で、レヴェリアはというと――
「アスフィ、これがオラリオだ」
「な、なるほど……!」
アスフィへの教材にしていた。
こういう良くも悪くも熱狂的な盛り上がりは、城にいてはまず体験できないことであった。
とはいえ、このままでは埒が明かない為、アスフィはおずおずと尋ねる。
「あの、どうやって解決を……?」
「瞬きする間に解決できるが、その必要はなくなった。うちのたわけ女神がやってきたからな」
その瞬間、人だかりの一角が左右に割れて道ができた。
そこを悠然と歩いてくるのはフレイヤである。
その姿は女王の如きであったが、レヴェリアからすればフレイヤの考えていることは手に取るように分かった。
この状況でコイツが遊ばないわけがない――
そういう信頼があったが、その予想は見事に当たった。
荒くれ者達や見物していた者達が目を奪われる中、フレイヤはレヴェリアの前まで近づいてきてー―右目を強調するようなポーズを取った。
「女神フレイヤが命じる! レヴェリア、幼女誘拐はやめて!」
「おい、たわけ」
目にも留まらぬ速さで、レヴェリアはフレイヤの頬を両手で挟み込んだ。
「今日もたわけているようで何よりだ。たわたわだな」
「だって、レヴェリアが幼女を誑かしているって……ホームに通報があって……」
「あるわけないだろ。そもそも、通報ならガネーシャのところに行くだろう」
レヴェリアが両手を動かせば、愉快な顔になるフレイヤ。
完全に周りを置いてけぼりにしていたが、いち早く我に返った神々はそのやり取りに拝み始めた。
「尊い……」
「レヴェリア様とフレイヤ様の百合が間近で見られるなんて……もう送還されてもいい……」
「アレでどっちもドスケベってマジ? ドスケベ同士の会話とは思えない」
「見ろよ、あの百合。オラリオ名物、レヴェフレだ。基本的にはレヴェリア様が攻めだが、フレイヤ様が攻めの時もあってな。フレレヴェも尊いぞ」
「荒くれ共、良い土産ができたなー!」
「命拾いしたな! そこにいる色ボケ何とかアールヴ様はレベル9なんだ!」
フレイヤとのやり取り、色ボケ何とかアールヴ様なる呼称、レベル9、ダークエルフ――ここまで情報が出揃えば荒くれ者達も気がついた。
顔面蒼白になりながら、団長が叫ぶ。
「おい何で【
「気をつけるがいい。オラリオではこういうことが稀によくあるからな」
「稀によくあるってどっちだよ!? 稀なのか!? よくあるのか!?」
団長の心からの叫びに対して、答えることなくレヴェリアは人集りに視線を巡らせる。
そして、その中にある人物を見つけ、フレイヤの頬から片手を離して指さした。
「例えば、あそこでニヤニヤ笑っている気色悪い大男は、ゼウス・ファミリアのレベル9で【暴喰】のザルド。昔から私に軽く撫でられては吹き飛ばされているヤツだ」
「おい、レヴェリア。酷くないか?」
彼の抗議を無視して、レヴェリアは人集りに紛れていた見知ったゼウスやヘラの団員達を荒くれ者達に伝えていく。
粗方見つけ終わったところで、彼女は告げた。
「ところで、先程は面白いことを言っていたな? 力尽くで私を連れて行くとか……私は今ここで挑戦を受けてもいいぞ?」
レヴェリアの問いかけに、彼等は震え上がって慌てて逃げ出そうとしたが、そのタイミングでシャクティが人集りを飛び越えて現れた。
「レヴェリア様! いくら何でも殺人はマズイですよ!」
「お前は一体、どんな通報を受けたんだ?」
慌てた様子でそんなことを宣ったシャクティに、呆れながらレヴェリアはツッコミを入れるのだった。