ラシャプ・ファミリアを潰してから1ヶ月後、フレイヤとレヴェリアは目的地であるアルテナに到着していた。
アルテナは学院系ファミリアが多い為、書籍や実験道具など様々なものが市場には豊富に取り揃えられており、学問の探求にはうってつけだ。
しかし、先立つものがなければ何もできない為、資金稼ぎと名を売る為にレヴェリアは治癒魔法を活かすべく治療院を始めた。
そして、治療院の存在とレヴェリアの名は僅かな期間で国中に広まった。
治療師は常に人手不足であることや彼女が容姿端麗であること、破格の治癒魔法を使えることなどといったものに加え、とある理由によってアルテナ在住の神々の間で評判になったことがその要因だった。
「お大事に」
「はい、お大事にします!」
フレイヤに答えて、完治した患者は元気良く治療院から出ていった。
見送った彼女は次の患者の名を呼ぶ。
料金を提示すれば、患者は満面の笑みでぎっしりと金貨が詰まった大袋を差し出した。
「寄付ということで多めに払わせてください!」
「あら、ありがとう。嬉しいわ」
「いえいえ! とんでもないです!」
バイトとして、フレイヤはナース服を着て治療院の受付や会計などの窓口業務をやっていた。
こうなった理由は彼女が路銀を稼ぎたいと駄々をこねた為だ。
治療院兼住居として購入した2階建ての庭付き一軒家はアルテナの王都、そのど真ん中の大通りに面していることから中古であってもかなりの高額であった。
ラシャプから頂いた財産を購入費用に充てており、かなり減ったもののまだそれなりには残っていた。
レヴェリアはその事を説明したが、フレイヤは納得しなかった。
その為にレヴェリアは、バイトとして彼女を仕方なく雇うことにしたのだ。
もっとも、これによって神々の間で評判になり、治療院とレヴェリアの名が広まるのを大きく後押しすることになった。
結果良ければ全て良し、とポジティブに考えることにしたレヴェリアであったが、当のフレイヤは新鮮かつ充実した日々を送れているので素直に満足していた。
今日もまたフレイヤが仕事を張り切ってこなしていると、見るからに柄の悪そうな男達が治療院に入ってきた。
しかし、彼らはすぐに大人しくなった。
【魅了】の力を使わずとも、フレイヤは己の容姿だけで容易に彼らの心を掌握していた。
「実は俺達、フレイヤ様とレヴェリアさんを手に入れようと因縁をつけにきたんですよぉ」
「まぁ、それは大変だわ。あの子も今は大切な時期なの。だから、やめてくれないかしら?」
「へへへ……フレイヤ様にそう言われちゃ仕方がないってもんだ」
荒くれ者達はデレデレしながら治療院から出ていった。
こういうことはよくあることであり、神が眷族を率いてやってくることもあるが、全員揃ってデレデレして帰っていくのがテンプレと化していた。
「何かあったか?」
次の患者が入ってこない為、治療室から顔を出したレヴェリア。
「いいえ、何でもないわ」
にこにこ笑顔でフレイヤはそう答えて仕事を再開した。
午前の仕事を終えたフレイヤは2階の居住スペースにて台所に立つ。
1ヶ月程前にやってきたとある女神の入れ知恵もあって、ここ最近彼女は料理をするようになった。
レシピを完璧に再現すること、味見を随時すること、アレンジはしないことが達人への近道だ――
料理を作るにあたって、レヴェリアに教えてもらったその基本をフレイヤは忠実に守っている。
しかし一度だけ、その教えから外れて自分の思うように料理を作ったことがあった。
めちゃくちゃ気合を入れたその料理は見た目も匂いも美味しそうであった為、レヴェリアは一口食べた。
瞬間、命の危機を本能で感じて即座に治癒魔法を唱えて事なきを得た。
その後、レヴェリアに促されてフレイヤも一口食べたところ――顔が真っ青になって痙攣し、白目を剥いて泡を吹き気絶した。
そのことがあって以来、フレイヤは教えを忠実に守って料理を作っている。
レヴェリアから教わった異世界の歌、その一つを口ずさみながらフレイヤは手際よく調理をしていく。
やがて、午前最後の患者を治療し終えたレヴェリアが1階から2階へ上がってきた。
「お疲れ様。もうできるわ」
「ありがとう」
料理を盛り付けて、テーブルに並べていくフレイヤ。
レヴェリアはテーブルの上に置かれていたパンを一つ摘みながら、楽しそうな彼女の様子を眺め見る。
フレイヤから答えはまだ聞いていない。
だが最近、外堀から埋めにきているんじゃないかと思う時がある。
そのきっかけとなったのは1ヶ月程前、フレイヤと天界では同郷であったというイズンなる女神が訪ねてきたことだ。
アルテナ在住の彼女は美しい女神であり、レヴェリアの心は大いに惹かれた。
イズン様とアオハルな甘酸っぱい学園生活を送りたいとか思ったくらいだ。
それはともかく、イズンと会った日を境にフレイヤは変わった。
その一つが手料理であり、急に料理を作ると言い出したのだ。
これまでは料理を作って欲しいと言う側であったにもかかわらず。
胃袋を掴んで良妻賢母をアピールしてハーレム願望を抑え込んじゃえ、とでも唆されたかもしれないとレヴェリアは考えた。
しかし、彼女はブレていない。
たとえフレイヤが同棲中の恋人どころか新妻みたいに振る舞ったとしても、ハーレムを求めることは間違いなんかじゃないと固く信じている。
とはいえ、彼女の料理の腕が着実に上達していることや仕事を頑張っていることは評価できるところだ。
プレゼントの一つでも贈ってやるか――
レヴェリアはそう思いながら、フレイヤの手料理に舌鼓を打つ。
味付けも好みのものであることから、素直に美味しいと感じていた。
「今日も美味いな」
「ふふ、そうでしょう。もっと褒めていいのよ?」
「もっと褒めてやりたいところだが、お前がやらかしたあの勘違いの産物とでもいうべき料理、忘れていないからな……?」
「分かっているわよ。さすがの私も、もう二度とあんなものは作らないわ……」
渋い顔でそう答えるフレイヤに対して、レヴェリアはあることに気がついた。
「いっそのこと、敵対しても構わない連中に振る舞ったらどうだ? お前の手料理となれば断る奴は滅多にいないだろうし、お前自ら食べさせてやれば確実に殺れるぞ」
「ねぇ、作った私が言うのもなんだけど……あの料理をあなたは何だと思っているの? 毒物じゃないのよ」
頬を膨らませて可愛らしく睨んでくるフレイヤであったが、レヴェリアは遠慮なく答える。
「なおのこと性質が悪いだろう。というか、普通の食材からあんな料理を作れるとか、もはやギャグ時空の住人だろ、お前……」
「ギャグじゃないわよっ!? もう、本当に酷い人ね。あなたって」
「お前の頭にブーメランが刺さっているぞ。別行動をしたら再会までステイタス更新無し、さらには清らかなままでいてくれと言ったのはどこの誰だ?」
「私に手を出すのはセーフどころか大歓迎よ。私とゴールインしましょ?」
「ハーレムを求めるのは……決して間違いなんかじゃない……!」
わいわいぎゃーぎゃーと言い合いながら食事を食べて昼休憩を終え、午後の仕事へ。
仕事が終わったら、またもやわいわい言いながら夕食を食べて、一緒に入ろうとするフレイヤを阻止しながらレヴェリアがシャワーを浴び、ステイタス更新をして就寝となる。
休日となれば朝からフレイヤが出かけたいと言い出して、レヴェリアがそれに付き合う。
治療院を開いて以来、彼女達はそんな日々を過ごしていた。