オラリオ某所の酒場にて、眷族達と共に中継を見ていたアルテミスは参加しなくてよかった、と心から安堵していた。
辺境を回ってモンスター退治に勤しんでいたアルテミス・ファミリアは、派閥大戦開催という話を聞いたのがかなり遅かった。
間に合うかどうか怪しかった為、最初から観戦を目的としていたが、幸いにも開催2日前には到着できていた。
せっかくだから参加しようという声も眷族達からあったが、結局参加は見送った。
戦闘の余波だけで死にかねない、とアルテミスが判断したからだが、彼女の予想を軽く超える展開しかなかった。
アルテミスは鏡を凝視している眷族達の顔を見ていくが、特に変わった様子はない。
だが、戦争遊戯終了後に話し合いをすることを心に決めた。
今は何ともないが、時間経過で悪い影響が出てくる可能性を考慮した為だ。
メンタルケアなどという器用なことができるとはアルテミス自身も思っていない。
しかし、それでも腹を割って話せば少しは違う筈だ、と考えた。
大通りや酒場、食堂など人が集まるところだけでなく、ダイダロス通りどころか路地裏にまで神の鏡は出現しており、浮浪者や浮浪児達も派閥大戦に釘付けとなっている。
オラリオにいる全住民へ、この派閥大戦を届けようと神々が無駄に張り切ったからであるが、さすがに個人宅の中にまで出現させてはいない。
しかし、例外が一つあった。
レヴェリアの愛妾、ヴァレッタ・グレーデその人である。
彼女はレヴェリアにお願いして、自宅の寝室に鏡が出現するようにしてもらっていた。
レヴェリアがどの神に頼んだかは知らないが、関係性が深い神々以外でも男神女神問わず彼女に好意的だ。
レヴェリアは未知の塊である為に。
鏡には大勢の冒険者達が怯えた様子で、身を縮こまらせているところが映っている。
前座ともいえる斥候部隊とアマゾネス達を蹴散らしたところから、ヴァレッタの興奮は始まった。
その段階で服を脱ぎ捨てていたが、どれだけ慰めても興奮が収まることはなく、むしろどんどん高まっていった。
レヴェリアが敵を癒やしているのが見えたが、そんなことに構っている場合ではないくらいに。
ヴァレッタは強烈に飢えていた。
「くそっ、早く終わらせて私のところに来いよっ……!」
苛立った声を出しながら、彼女は激しく自身を愛撫していた。
快感は絶え間なく押し寄せるが、まったく満たされていない。
満たすにはレヴェリアと交わるしかない、と彼女は理性でも本能でも理解していた。
「愛してるぜぇ……! レヴェリア様ぁ!」
ヴァレッタの切ない声が寝室に響き渡った。
パーティー会場内に展開された無数の鏡、そのうちの一つをアスフィ・アル・アンドロメダは食い入るように見ていた。
ここは今回の戦争遊戯開催にあたり、各国の権力者達が観戦の為、オラリオに一同に介することからギルドが用意した場だ。
彼女が注目しているのはレヴェリアであり、それはこの場にいる者達全員がそうであった。
レヴェリアと関係を深めておくことは国の利益となることを、誰もが理解していた。
それはアスフィもまた例外ではなく、また彼女は聡明ゆえに幼いながらも己の立場をしっかりと把握していた。
しかし、王女としてではなく個人としてもレヴェリアから様々なことを学び、未知を体験し、広い世界を見て回りたい、と強く思っている。
大きくなったら、必ずレヴェリア様のところに――!
アスフィが改めて決意をしたその時、会場の鏡に戦意を喪失した大勢の冒険者達が映った。
それを嘲るような声は一切なく、よく頑張ったと讃える声が多いが、あの状態ではもう戦えない、という声もまた多い。
しかし、アスフィはあることに気がついた。
敵である四派閥を癒やしている事実、そしてレヴェリアによる先の宣言。
その2つを組み合わせると、ある予想が導き出せてしまう。
レヴェリアの実力が圧倒的であることから、彼女のランクアップは難しいが派閥連合側――より限定するならば四派閥――のランクアップの為の鍛錬ではないか、と。
そこで思考停止するのではなく、わざわざこんな大騒ぎにしているの何故か、とアスフィは思考を巡らせると、嫌な予想が頭に浮かんできた。
現状の戦力では黒竜に届かないのではないか?
届きうるならば、四派閥はとっくに黒竜討伐の準備に勤しんでいるだろう。
高価な魔剣等は全てそちらに回すに決まっている。
だが、そうしていないことから当分、黒竜討伐に取り掛かる予定はない――
予想でしかないが、どうにも引っかかるのは確かだった。
オラリオのとある食堂では大勢のエルフ達が詰めかけて、店内の至るところに浮かんでいる鏡越しに戦争遊戯を観戦していた。
レヴェリア対全派閥という破茶滅茶な戦争遊戯開催の報を聞き、エルフ・ダークエルフを問わず各里より妖精達が大挙、オラリオへ観戦に来ていた。
黒の王女と白の王女が戦うという前代未聞の出来事は、今回が最初で最後であることは明らかだ。
だからこそ、里の外は穢れている云々と普段は口うるさい排他的な者も、今回ばかりは王女への拝謁というもっともらしい理由をつけて里から出てきた。
さすがに大聖樹の守り人を務めているような一族は出てこなかったが。
一方、ウィーシェの森からは里が空っぽになっているんじゃないかと、他里の者が心配するほどたくさんの妖精達がやってきていた。
観戦に来た妖精達には子連れも多く、こんな機会は滅多にないと生まれたばかりの赤子も連れて来ている者すらも珍しくはなかった。
さらに
どちらの王も考えていることは同じ。
娘の勇姿、そして相手の王女を知ることが目的だ。
店内は熱気と喧騒に包まれている。
戦争遊戯開始からリヴェリアに目立った活躍はないからこそ、彼女への応援は途切れることがない。
一方、勝ち目がないと思われていたレヴェリアの強さを、誰もが称賛していた。
エルフ的には
エルフにとって黒の王族は白の王族程ではないが、尊崇に値する存在だ。
引き分けというのが心情的にはもっとも良いが、そうはならないのが戦争遊戯である。
とはいえ、口にも顔にも出していないが、レヴェリアが勝利すると誰もが心の中で感じていた。
強さの桁があまりにも違いすぎる為だ。
「見ろ、フィルヴィス! あの御方がレヴェリア様だ!」
緋色の瞳に濡れ羽色の髪をした今年で2歳となる愛娘を、父親が抱き上げて鏡に近づけた。
タイミング良くレヴェリアがズームされ、その顔が鏡に大きく映し出される。
フィルヴィスと呼ばれた幼子は、レヴェリアの顔をじっくりと見つめ、その様子を横から見ていた母親が顔を綻ばせる。
「すまん、うちの娘にも見せてくれ」
「ああ、勿論だ」
父親はそう答えて、同胞の男性へ譲った。
すると、彼も白い髪の娘を抱きかかえて、鏡に近づけた。
「アウラ、あの御方が黒の王女、レヴェリア様だぞ」
アウラと呼ばれた子は、その紫紺の瞳でもってレヴェリアをしっかりと見つめていた。
どうしてもレヴェリアに焦点が当たる為、リヴェリアはあまり映らないか、映っても一瞬だ。
そのことを残念に思いつつも、我が子にレヴェリア様をよく見せておこう――そう考える親は多く、抱きかかえて見せている姿はあちこちで見られた。
別の食堂ではダークエルフの一団が店内の中継を見て大騒ぎをしていた。
かつてないほどの繁栄を一族にもたらす、と狂喜乱舞する者。
これで一族は安泰だ、と喜びと安堵から号泣する者。
もはや白の一族との戦力差は歴然、戦わずして勝ったと満足気な者など様々だ。
レヴェリアが圧倒的優位であることも手伝って、店内の熱気と興奮は高まる一方だ。
「見ろ、レギ。我ら一族の尊き御方、レヴェリア様だ。お前は将来、あの御方にお仕えするのだぞ」
つい半年前、生まれたばかりの赤子を抱きかかえて、鏡に近づける赤髪が特徴的なダークエルフの男性。
赤子はきょとんとした顔で鏡を見つめていた。
同じようなことをしている親は多く、誰もがレヴェリアの姿を我が子にしっかりと見せていた。
バベル30階は大変騒がしかった。
過去一番ではないかと思える程に、神々が好き勝手に叫び散らかしていた。
「レヴェリア様すげぇええええ!」
「無理無理! 派閥連合に勝ち目ねーよ!」
「手堅く儲けられると思ったのに……派閥連合が負けるなんて分かるわけないだろ!」
「よっしゃああ! 賭けに勝ったぁあああああ! レヴェリア様を信じて良かったぁあああ!」
「見ろよ、フレイヤ様とレヴェリア様のドヤ顔……可愛い過ぎるだろ……」
「もう困ったらレヴェリア様が全部解決してくれるよ」
「色ボケ何とかアールヴ様とか言ってサーセンした!」
「レヴェリア様が勝ったな、風呂食って畑に入ってくるわ」
「敗北フラグが立つ筈なのに、立たない……だと!?」
「どうして触手系エロモンスター召喚じゃないんだよぉおおお!」
「さっき、準備運動が済んだとかレヴェリア様が言ってたのが不穏過ぎる件」
「これよりも酷いことになるんですか!? 派閥連合のライフはもうゼロよ!」
「というかさ、やっぱりレヴェリア様、治癒魔法を普通に四派閥にも掛けてるなぁ……」
「やっぱりレヴェリア様は公開鍛錬の場と勘違いしてらっしゃるぞ。派閥連合が可哀想だから誰か止めてさしあげろ」
「レヴェリア様との合宿はランクアップがほぼ確実って話、マジだったんだな」
「そりゃあんな感じでずっと戦い続ければランクアップもするだろうさ」
「最低限の休憩のみで、それ以外はぶっ通しで戦うんだろ? やっぱり頭アレスじゃねーか!」
「四派閥の連中がポンポンランクアップするもんだから、所要期間を公表する意味なくねって議論になっているしな……」
騒ぐ神々とは裏腹に、アフロディーテとイシュタルは共に静かだった。
レヴェリアの予想を遥かに超えた実力に狂喜していたカーリーが、妙に静かだなと怪訝に思い、2柱を見て――すぐに視線を逸らした。
2柱揃って、飢えた獣みたいな目で鏡越しにレヴェリアを見つめていた。
たぶん目の前にレヴェリアがいたら、2柱揃って襲いかかるんじゃろうなぁ――
カーリーは呑気にそう思いながら、見なかったことにした。
そして、自分の眷族達が驚いているものの、誰一人絶望も諦観もしていないことを確認し、満足気に頷いた。
アマゾネスの本能が、血が騒がないわけがない。
一方、色々と知っていた4柱が注目していたのはレヴェリアではない。
彼等彼女等は別のところに目を向けていた。
「ゼウス、ヘラ」
「うむ」
「ああ」
ヘルメスの呼びかけに、2柱は眷族達の表情を見て、各々頷いてみせる。
そして、ロキもまた鏡越しに自身の眷族達の顔を見て、にんまりと笑う。
なお、レヴェリア以外のフレイヤの眷族達は見るまでもなかった。
多数の冒険者達は絶望あるいは諦観したが、それは想定内であり、4柱は欠片も心配していなかった。
「戦意が消えたわ。あれではもう戦えない」
ヘファイストスの言葉に、答えたのはロキだ。
「ファイたん、何も心配いらんで」
「どうして?」
問いかけに対して、ロキはニヤリと笑って告げた。
「こんな絶望的な状況でも勇気を出して、前に進む……そんなうちら好みのホンモノがあそこにはおるんや」
「ただの眷族自慢じゃない。【
「ちゃうで、勇者
自信満々にロキは言った。
彼女のみならず、ヘルメスもゼウスもヘラも確信している。
自身の眷族達が勇気を示し、この絶望的な戦いにおいて希望の光となることを。
「……レヴェリア様が動くぞ」
息を呑み、ヘルメスは呟いた。
彼の声に、誰もが会話を止めて鏡に注目した時――レヴェリアが動いた。
「おいおい……そりゃヤバいぜ、レヴェリア様」
鏡には毒の結界を展開しながら、炎弾をばら撒きつつ、
その詠唱を止めるべく猛攻が加えられるが、彼女はこれまでのように防御・回避一辺倒ではない。
レヴェリアは本来のスタイル――魔法剣士として、戦闘を開始した。