「どうしよう、とんでもないものを発見してしまった……」
目の前にあるモノを見て、レヴェリアは思わず呟いた。
ここは『
第一級冒険者ですら不用意に踏み込めば、凍死は免れない極寒の地。
この領域の入口は大雑把に言えば、60階層と61階層の狭間にあった。
発見以来、ここには四派閥合同遠征隊が何度か足を踏み入れていたが、気候と地形が悪すぎることから、詳細な調査は断念されていた。
寒さ自体はレヴェリア謹製の耐冷装備でどうにかなる。
だが、視界を遮る吹雪や行く手を阻む巨大な氷塊など障害がとても多い。
また、積雪によって己の立つ場所が地面なのか凍りついた湖や川なのか、判別がつかないことも厄介だ。
もしも足元が湖や川だった場合、衝撃等で氷が割れたら悲惨なことになるのは言うまでもない。
勿論、こんな場所でもモンスターは頻繁に出現する。
それも最低でも推定レベル5以上という、階層に相応しい強さのものだ。
そんな最悪極まりない領域であるが、レヴェリアはロイマンからの依頼を受けて、ここの調査に度々赴いていた。
いわゆる、彼女にしかできない依頼の一つである。
強いだけでなく彼女がやたらと運が良いことはロイマンも知っている為、こういう依頼を任せていた。
さて、過酷な環境にも関わらず調査が行われているのは、以前に凍りついた刃の欠けた短剣が発見されたからだ。
合同遠征隊の誰かが落としたものではない為、古代のモノと推定されている。
面倒な依頼である為、報酬もかなり良いが――レヴェリア的にはテンションが上がらない。
古代遺物調査というのは興味を惹かれるが、それ以上にやる気を無くす環境であるからだ。
せめて吹雪はどうにかしてほしい、と愚痴りながら己の【幸運】を信じ、これまで自前でマッピングしたマップを頼りに進んできた。
いつものように行っていないところへ行こうと向かってみたら――洒落にならないものを発見してしまった。
分厚い氷壁の中に、金髪の幼女が薄いローブを一枚纏った状態で埋まっていた。
「またロイマンの胃が痛むのか……」
遺物を見つけたら持ち帰るのが依頼の主目的だ。
だが、さすがのロイマンもコレは想定外に違いない。
「しかし、どうやって持ち帰ればいいんだ?」
不用意に氷を溶かせば、周りの氷壁も解けて大洪水が起きかねない。
中にいた幼女は流されて行方不明、証拠隠滅完了である。
何の成果もありませんでした、と伝えて今回のマッピング分だけロイマンに渡せば終わる。
だが、さすがに隠滅するのはレヴェリアの良心が痛んだ。
幼女――見た目から、おそらくは2、3歳かそこら――であることも大きい。
生きている可能性は最初から除外している。
たとえレベル9の冒険者であったとしても、こんなところで氷壁に長時間も閉じ込められたら死ぬからだ。
そもそも、こんなところに幼女が迷い込むこと自体がおかしな話であった。
古代、この領域は温暖な場所で18階層のように街が築かれて、ダンジョン攻略の最前線基地となっていた――というならば理解できなくもない。
だが、古代の人類がそれだけモンスターを追い詰めていたならば、神々は降臨しなかっただろう。
明らかに何かしらのイレギュラーな事態によって生まれた存在としか考えられなかった。
生まれた役目を果たし終えて死んでこうなったか、あるいは果たせずに死んでこうなったか、そのどちらかしかない――レヴェリアはそう考えた。
考察はひとまず止めて、どうやって掘り出そうかと彼女は考えたが、方法は一つしか思い浮かばなかった。
氷壁全体にヒビが入って、一気に割れたりしないよう慎重に、少しずつ氷の表面から削り取っていくしかない。
「……私1人でやるのか?」
思わず問いかけたが、答える者などいるわけがない。
ただ、レヴェリアが自らの脳内に思い描いたフレイヤは満面の笑みを浮かべて、親指を立てて頷いていた。
心にギャルならぬ、心にフレイヤである。
たわけがいると、どんなに絶望的な場面でもギャグ時空になる――とレヴェリアは思うので、こういう時にはうってつけだ。
おかげで、いい感じに気を紛らわせることができた。
「私は考古学者じゃないんだがな……ロイマンに報酬を上乗せしてもらう」
メーテリアの結婚式・披露宴という慶事が終わったと思ったら、驚愕的出来事――
まったくオラリオは話題に事欠かない、とレヴェリアは思いながら、発掘に使えそうな
それからレヴェリアはモンスターに襲われたり吹雪に見舞われたりと、四苦八苦しながら氷壁から幼女を綺麗に掘り出したのだが――
「……ん?」
幼女の体を抱きかかえた時、違和感があった。
恐る恐るローブの上から胸を触ってみれば――微かに拍動があった。
瞬間、彼女は悟った。
ロイマンの胃と精神が洒落にならないダメージを受ける案件だ――
報酬は上乗せさせてもらうが、胃薬を無料で渡してやろう、と彼女は決めた。
同時に、隠滅しなくて良かった、と安堵したのは言うまでもなかった。
「で、どうしようかのぅ?」
ゼウスの問いかけに、居並ぶ神々――ヘラ・ロキ・フレイヤは各々が視線を向け合って、牽制した。
レヴェリアが『
ロイマンはウラノスに相談した上で、彼女の処遇は四派閥に任せると各々の主神達に伝えていた。
冷凍保存されていた死体ならば、ここまで大事にはならなかった。
大事になった理由は幼女が仮死状態であり、時間経過によって目を覚ます可能性が高い為だ。
それは明日か明後日かもしれないし、あるいは数年後になるかは不明だが、とにかく生きているのは間違いない。
ロイマンがウラノス経由で診察を依頼したミアハ、ディアンケヒトの2柱によるお墨付きだ。
彼女が目覚めるまでどこの派閥で保護するのか、それが今回の議題だ。
各派閥の団長・副団長にも、幼女については知らされてはいるが、ひとまず主神での話し合いとなった。
「ちなみに、儂のところは駄目じゃ。派閥方針もあって、男所帯じゃしのぅ……面倒みきれん」
ゼウスは早々に降りた。
ヘラに言われるまでもなく、話を聞いた時から引き取るつもりはなかった。
「はいはい! うちが引き取りまーす!」
勢いよく手を挙げたのはロキだ。
だが、そうは問屋が卸さない。
「誰が面倒を見るんだ?」
ヘラのもっともな指摘に対して、ロキは胸を張った。
「うちの派閥には……ママがいるんや!」
ママ――母性溢れる存在。
しかし、ゼウスもヘラもフレイヤもロキのある部分へ視線を向けて、生暖かい目となる。
「ロキ、ついにお主……ヤバい薬でもキメたか?」
「おいゼウス。何を言いたいんや?」
ドスの効いた声でしっかりと目を見開いて、これでもかと睨みつけるロキ。
だが、『
「大丈夫じゃ、ロキ。貧乳には貧乳の良さがあるからのぅ」
ぐっと親指を立てて、無駄にさわやかな笑顔でそんなことを宣ったゼウス。
その瞬間、ヘラによるビンタが彼の頬に叩き込まれた。
いつものことであるので、フレイヤは気にせず尋ねた。
「それでロキ、誰なの? そのママって」
「リヴェリアや!」
胸を張って告げたロキに対して、フレイヤもヘラも頬に綺麗な紅葉マークを作ったゼウスも首を傾げた。
レヴェリアの影響で、いい感じに愉快なことになっているリヴェリアであるが――どうにもイメージが沸かない。
彼女とて子供の介抱くらいはできるだろうが、どうにもピンとこなかった。
故に、3柱は容赦なく判定を下す。
「無理じゃね?」
「無理だろう」
「無理よ」
3柱による意見の一致に、ロキは絶望した。
「何でや! やってみんと分からんやろ!」
「で、本音はどうなのよ? だいたい予想はつくけど」
率直なフレイヤの問いかけに、ロキは答えた。
「うちの派閥にも癒やしが欲しいんやぁああああ! 覚悟完了しとる子ばっかで、カッコええねんけど、偶にはほっこりしたいんやぁああああああ!」
彼女の叫びに、ゼウスはウンウンと頷いた。
偶には幼女に癒やされたい――その気持ちがよく分かる為に。
とはいえ、これでロキも駄目であることが分かった。
残るは2柱、ヘラとフレイヤだ。
「私のところが適任だろう。年がら年中、眷族同士で殺し合いをしている蠱毒派閥では色々と危ないからな」
「それに関しては反論できないわね……」
ヘラの正論に、フレイヤは肩を竦めてみせる。
正直、フレイヤ的にはどっちでもいいが、ここで引くわけにはいかなかった。
他ならぬ、レヴェリアからのお願いである。
勿論、彼女はただ頼むだけではなく、引き取る為の真っ当な理由をフレイヤに伝えてあった。
「でもね、ヘラ。うちのレヴェリアが手元に置いておきたいって言っているのよね」
「あいつ、幼女趣味に目覚めているよな?」
「幼女には手を出さないからセーフよ。そもそも、そういう理由じゃないわ」
そう前置きして、フレイヤは告げる。
「レヴェリアからの言伝よ。『不測の事態が起きた場合、
ボカしているが、その言葉の意味は容易に理解できた。
発見場所と状況から、幼女が真っ当な存在であるかは怪しいところだ。
実際に目覚めてから様々な調査が必要だろうが、そもそも目覚めた瞬間に何をやるか分からない。
古代の英雄によって封印されていたヒト型階層主――という超展開がないとは言い切れない。
それこそ、目覚めると同時に暴れ始めることも考えられる。
だからこそ、レヴェリアは発見者として責任をもって鎮圧、場合によっては始末するという表明であった。
「レヴェリアならば何が起こっても対処できるわ。だから、うちで預かるのが万が一を考えた時、一番被害が少なくなると思うの」
ヘラは舌打ちした。
そういう理由を持ち出されると彼女としても頷くしかない。
実際、目覚めた瞬間に暴れ出す可能性は否定できなかったからだ。
そして、レヴェリアならば何か起こったとしても、問題なく対処できるという信頼があった。
「ヘラ、良いかの?」
「まあ、仕方がないだろう。ただし、目覚めた後の保護及び眷族としての取り込みについては、本人の希望を第一にしてもらうぞ」
「……レヴェリアちゃん相手に、それは無理じゃね?」
ヘラの条件に、ゼウスはそう問いかけた。
ロキもウンウンと頷いている。
何しろ、レヴェリアには既に実績がある。
色ボケ・ロリコン・アールヴ様という非公式の渾名がすぐについたのは言うまでもない。
かつてフレイヤがロキに語ったように、戦力強化としての側面が大きいのだが――残念ながら、これまで積み重ねた所業の数々によって、信じてもらえなかった。
それはともかく、子供と仲良くなるということに関して、レヴェリアに一日の長があるのは事実だ。
対してヘラの眷族は、肉体的にも精神的にも色々な意味でタフな女ばかりである。
例外的なのはメーテリアくらいで、彼女を除けば子供と仲良くなるどころか怖がられることの方が多い。
フレイヤ・ファミリアは蠱毒派閥としてオラリオワーストワンによく挙げられるが、その次に恐ろしいところといえばヘラ・ファミリアが定番であった。
「別に私はそれで構わないけど……」
「よし、言質は取ったぞ。目覚めたら会わせてくれ」
2柱の話が一段落したところで、ゼウスは切り出す。
実のところ思い当たる節はあったが、まだ確定できなかったのでそれとなく。
「儂の勘じゃが……あの子、ヒューマンっぽいけど精霊も混じっていそうな気がするゾイ」
「精霊とヒューマンのハーフとか、ありえんやろ」
「古代、ダンジョン内で命を落としたヒューマンと精霊が何かしらが原因で混じり合って生まれた子供……か? ありえそうなのは」
「あそこは幼女が気軽に行ける場所じゃないから、あの場で生まれ落ちたのは間違いないと思うけど……」
現状では情報があまりにも少なすぎた。
全ては幼女の目覚めを待って、本人から聞くしかなかった。