転生したので、欲望の為に突っ走る   作:やがみ0821

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我儘な小娘の旅立ち

 

 

 イズン訪問から2ヶ月程が経ったある休日の昼下がり、フレイヤは舞い上がっていた。

 あまりの嬉しさに奇声を発して踊り出したが、レヴェリアによるアールヴ・パンチでもってソファに沈められた。

 しかし、タフなフレイヤはその程度ではへこたれない。

 

 本当に美の女神なのだろうか、変顔の女神ではないかとレヴェリアが疑問に思うくらいにはフレイヤの表情は愉快なことになっている。

 

「私は作業をしてくるから、くれぐれも騒がしくするなよ。嬉しいのは分かったから……」

「うふふ、分かったわ」

 

 レヴェリアがリビングから出ていったところで、フレイヤは深呼吸を数回して貰ったものを改めて見つめる。

 

 それは様々な色が入ったマニキュアとペディキュアのセットだ。

 フレイヤは生まれてこの方、化粧などしたことがない。

 それどころか女神の軛から逃れる為に醜くなろうと努力した程であり、美しさを求めることなど絶対にしなかった。

 

 だが、今は違う。

 

 料理の腕が上達していることやバイトを頑張っているから、と照れくさそうにレヴェリアは視線を逸らしながら渡してくれた。

 お前に似合うだろう、とその時に彼女が言ってくれたのだ。

 

 彼女の為に化粧をしてみたい、とフレイヤはとても前向きになっていた。

 

「イズン……アオハルって素敵ね」

 

 フレイヤとしては伴侶(オーズ)はレヴェリア以外に考えられないと感じている。

 しかし、当の本人は同じ家に住んで、同じ部屋で寝ているというのに未だにフレイヤと肌を重ねることを拒んでいた。

 また、彼女が余所に女を作ったなどの浮いた話もまるで聞かない。

 更にレヴェリアは自身の性欲を発散すらしていない。

 もしも発散していたならば傍にいるフレイヤは即座に気がつくが、そういう類は何もなかったのだ。

 

 答えを出すまで、レヴェリアはきっとこういう態度を変えることはないだろう。

 そして、このまま一緒にいたとしてもおそらく何も言わず、今の関係がずっと続く。

 そういう予感があった。

 

 それはそれで魅力的なものに思えるが、その誘惑を彼女は振り払うかのように言葉を紡ぐ。

 

「そろそろ、私も動かなくちゃ……」

 

 フレイヤはプレゼントを胸に抱きながら呟く。

 お互いの関係を進める為にも、答えを出さなければいけなかった。

 

 彼女は決意する。

 ここまで伸ばしに伸ばしてきた、レヴェリアと分かれて行動することを。

 

 このままではレヴェリアに甘えてだらだらと先延ばしにしてしまうという確信があった。

 故に明日の朝、旅立つことに決めた。

 

 早速荷造りをしてしまおう、とフレイヤは動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「レヴェリア、明日の朝……私は旅立とうと思うの」

 

 夕食時、フレイヤは真摯な表情でもって告げた。

 レヴェリアもまた食事の手を止め、その様子から本気であることを察した。

 

「約束は守る。明日より10年後、会いに行く。お前の居場所によっては遅れるかもしれないが、そこは勘弁してくれ」

 

 レヴェリアの変わらない態度にフレイヤはちょっとだけムスッとした。

 口を尖らせて尋ねる。

 

「寂しいとか悲しいとか、そういうのはないの?」

「ないといえば嘘になるが……これまでどれだけ我儘を言ってきたか、自分の胸に手を当てて考えてみろ」

 

 ジト目で見つめるレヴェリアに対してフレイヤは視線を逸らした。

 手料理を作ったり仕事を頑張ったりしているのは確かであるが、それ以外のところで彼女は我儘をアレコレ言ってきた。

 もっとも、何だかんだで彼女の我儘に付き合ってしまうレヴェリアも悪いといえば悪いのだが。

 

「と、ともかくよ。今日は最後の夜。だから……先っちょだけとか……」

「断る。10年後、答えを聞いてからだ」

 

 これまでと変わらないレヴェリア。

 フレイヤは不満げに頬を膨らませながらも、内心では嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 夕食を食べ終えてシャワーを浴びた後、最後のステイタス更新を行ったが、フレイヤはランクアップできることを明かさなかった。

 その理由はレヴェリアの基本アビリティのうち、【器用】と【魔力】がSという上限を超えてSSという評価に突入していた為だ。

 熟練度はランクアップの際にリセットされて潜在値として蓄えられる。

 基本アビリティがDランクでランクアップした者とSランクでランクアップした者では後者のほうが成り立てであっても強い。

 

 誰よりも強くあって欲しいとフレイヤが思うからこそ、熟練度をもっと伸ばさせたい。

 無論、彼女も理解している。

 レベル2ならば大したことがなくてもレベル1のままでは過酷となる事態に直面することもあるかもしれないことを。

 しかし、レヴェリアならば乗り越えると確信していた。

 

 

 ステイタス更新後、二言三言の言葉を交わした後に互いに床につく。

 そこでフレイヤは寝た振りをしてレヴェリアが眠るのを待つ。

 彼女の寝顔をこれでもかと堪能しておこうという魂胆だ。

 

 今か今かと待っていた時、予想外のことが起こった。

 レヴェリアが静かにベッドから抜け出し、フレイヤのベッドへと近づいてきたのだ。

 

 最後だからやっぱり一発ヤッておくかって感じかしら、とフレイヤは思ったが、それはありえないとすぐに打ち消した。

 それならばもっと早く手を出している筈だからだ。

 寝た振りをしながらあれこれと考えているフレイヤに対して、レヴェリアはゆっくりと手を伸ばし――銀の髪を優しく撫でた。

 

「……答えを聞いてからだと言っているが……結構つらいんだぞ。本当に我儘な小娘め……」

 

 口では恨めしそうに言っているが、撫でる手は優しい。

 フレイヤはほんの僅かに薄目を開ける。

 レヴェリアに気づかれぬよう細心の注意を払って。

 

 そして、彼女は見た。

 月明かりに照らされたレヴェリアが穏やかな笑みを浮かべ、慈しむような表情を己に向けているのを。

 

 フレイヤは感嘆の声が漏れ出そうになったが無理矢理抑え込んだ。

 はっきりと見れないなんて拷問だわ、と彼女は恨めしく思いつつも、じっと耐え忍ぶ。

 

 数分程してレヴェリアは髪を撫でることをやめ、今度はフレイヤの頬を優しく撫で始めた。

 しばらく無言で撫でた後、呟くように言った。

 

「私はお前のことを好ましく思っている……それは間違いではない。ハーレム云々だとかそういうことを抜きにして何だかんだで楽しいんだぞ、お前といるのは」

 

 それは告白だった。

 このようなことをレヴェリアから言われたのは初めてだ。

 

 『美』の『愛』も【魅了】すらも通じないレヴェリア。

 そんな彼女が自らの意思でもってフレイヤにその感情を向けてくれたのだ。

 フレイヤは心の奥底から身を焦がす程の熱が込み上げてくるのを感じた。

 心臓の鼓動が早鐘を打ち、その音がレヴェリアに聞こえてしまわないか不安に思ってしまう。

 

 彼女がそのように思い、感じていることなど露知らずにレヴェリアは言葉を紡ぐ。

 

「お前の女神らしくない小娘みたいな性格……そこが何よりも魅力的に感じる。以前にお前自身も言っていたが、きっとそれがお前の素なのだろうな」

 

 レヴェリアの手はフレイヤの頬から耳へと移動し、くすぐるように動かした。

 思わずフレイヤは身動ぎしてしまったが、程なくしてレヴェリアは手を引っ込めた。

 

「10年後、お前の答えに意思を示せるよう、私も考えておく……おやすみ、フレイヤ」

 

 そして、彼女はベッドへ戻った。

 しばらくして寝息が聞こえてきたことを確認し、フレイヤはベッドから這い出した。

 今度は彼女がレヴェリアのベッド横に立つ。

 

「……本当に酷い人。私の心をどこまで弄べば気が済むのよ」

 

 口ではそう言いながらも、フレイヤの表情は穏やかだ。

 彼女もまたレヴェリアの髪を撫でながら語りかける。

 

「こんな気持ちになったことは一度もなかった」

 

 フレイヤの言葉は止まらない。

 

「自分の思いだけこっそりと打ち明けて、すっきりしてぐっすり眠って明日の朝になればいつもみたいにぞんざいに、けど優しさを込めていつもと同じ澄ました顔で送り出すんでしょう。キスどころかハグだってしてくれないに決まっているわ」

 

 彼女は己の思うがままに言葉を紡ぐ。

 レヴェリアに言われ、フレイヤ自身もきっとそうなんだろうと認めた我儘な小娘として。

 

「でも、そんなあなたが好きよ。出会ってからの今まで、短い時間なのに……新鮮で、濃密で、とても楽しかった。あなたといたから私は満たされていたの」

 

 何でハーレム願望があるのよ、とフレイヤは口を尖らせてレヴェリアの額を小突いた。

 

「10年後、ちゃんと会いに来て。答えを用意して待っているわ」

 

 そう告げたフレイヤはレヴェリアの唇に口づけしたくなったが、ぐっと我慢した。

 レヴェリアが手を出してこない以上、こういうところで自分から手を出すのは駄目だと思った為だった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、別れはあっさりとしたものになった。

 

「勝手に送還されるんじゃないぞ」

「分かっているわ。あなたこそ、勝手に死んでは駄目よ」

 

 玄関先でそう言い合って、キスどころかハグもない。

 レヴェリアはいつもの澄まし顔、フレイヤは分かっていたとばかりに肩を竦めてしまう。

 しかしその時、フレイヤの爪が黒いマニキュアで彩られていることにレヴェリアは気づいた。

 

「フレイヤ、そのマニキュア……よく似合っているな。その色を選んだ理由はあるか?」

「ふふ、ありがとう。選んだ理由は何となくよ」

 

 ちゃんと気づいてくれたことにフレイヤは上機嫌で答えた。

 そうか、とレヴェリアは頷いて個人的な好みを伝える。

 

「お前には何でも似合うだろうが、黒が一番だと個人的に思う。参考にしてくれ」

「あら、それは良い事を聞けたわ。しっかりと覚えておくから」

 

 それじゃあね、とフレイヤは手を振ってレヴェリアもそれに応じた。

 

 

 朝日に照らされながら、我儘な小娘は答えを出す為にトランク一つで旅立った。

 レヴェリアから譲ってもらった外套を羽織って。

 

 

  

 

 

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