レヴェリアはベッドの上で、寝息を立てている金髪幼女を見つめていた。
引き取って早3ヶ月、彼女は未だ目覚めていない。
ここはフレイヤ・ファミリアのホーム、その敷地内にある離れであり、幼女を引き取るにあたって急遽建築されたものだ。
長期間ホームを開ける場合を除き、レヴェリアは朝・夕は治癒魔法を掛けた後はしばらく様子を見ているが、それ以外の時間帯は
つい先程、治癒魔法を掛け終えたレヴェリアが幼女の手を優しく握ると、ゆっくりと彼女は手を握り返してくれる。
こうやって手を握るのは、ほぼ毎日だ。
少しくらい安心できるかもしれない、と思ってのことだ。
今日の予定は書類仕事である為、時間の融通が効く。
しばらくの間、レヴェリアは幼女の手を握りながら、時折声を掛けて、その様子を見守っていた。
「もうすぐか……」
書類仕事の合間にカレンダーを何気なく見たレヴェリアは、呟いた後に溜息を吐いた。
どうしようもない、とばかりに首を左右に振る。
彼女にとって悩みの種とまではいかないものの、少し厄介なのが秋――より正確には女神祭の期間だ。
フレイヤ・ファミリアがオラリオに進出して以来、フレイヤは毎年女神祭に参加している。
豊穣を司っている為、おかしなことではないのだが、
女神祭にあわせて
ここには、感謝を捧げようと毎年参拝者が大勢訪れる。
その為、初日だけは女神全員が揃って待機しているのが決まりであった。
だが、フレイヤは初参加以来、隙あれば塔から抜け出して市中に繰り出すのである。
本神曰く、「お祭りが一番盛り上がるのは初日だから」とのこと。
勿論、それだけではなく他にも狙いがあった。
フレイヤが逃げれば、レヴェリアが追いかけるのは自明の理。
それをうまく利用することで、デートに持ち込むというのがフレイヤの常套手段であり、何だかんだで彼女に甘いレヴェリアには効果的であった。
無論、デートとはいっても捕まった場所から塔に戻るまでの間、少し寄り道したりする程度である。
どちらにせよ2日目、3日目にガッツリと回る為、初日はその程度でフレイヤは満足して、以後の脱走はなかった。
そもそもレヴェリアが傍について監視をしていれば脱走などもないのだが、どうしても女神祭初日にデートをしたいフレイヤは、涙をのんで毎回拒んでいる。
非常にしょうもない理由であるのだが、彼女にとっては極めて重大な決断だった。
「本当にたわけている……」
やれやれ、と肩を竦めるレヴェリアだが、フレイヤのそういうところも魅力的であった。
その時、勢いよく扉が開いた。
「レヴェリア! 今年も女神祭が近づいてきたわねっ!」
弾んだ声で言ったフレイヤは、誰が見ても浮かれていた。
「出たな、たわけ」
「私の呼び方、たわけで固定されてない?」
「呼びやすくて、つい」
そう答えながら、レヴェリアはフレイヤの頬を両手で挟み込んで上下左右にぐりぐりと動かす。
「そろそろ脱走はやめないか?」
「やだ!」
頬を弄ばれながらも、フレイヤは毅然とそう返した。
予想できた答えであったので、レヴェリアは仕方がないと肩を竦める。
フレイヤの頬から手を離し、彼女は宣言する。
「今年はアスフィが女神祭にあわせてやって来るから、無様なところは見せられん。だから、抜け出した瞬間に取り押さえてやるからな」
「そこは空気を読んで、2時間くらいは猶予を頂戴」
「いやだ」
にっこり笑顔で拒んだレヴェリアに対して、今度はフレイヤが膨れっ面になって両手で彼女の頬を包みこんだ。
同じようにぐりぐりと両手で頬を動かす。
「無様なところって言っているけど……取り繕っていないから、あの子も知っているわよ?」
そう言いながらフレイヤは両手をレヴェリアの頬から離す。
「ああ、そうだな。だから、雑に扱って良いぞ、と伝えておいた」
「む……これは遂に、私の威光を知らしめる時がきたようね!」
「無理だろう。そもそも、派閥大戦時に私の応援グッズを振り回していた時点で……」
オラリオ全土、隈なく中継されていたこともあって、フレイヤの威光というものは残念ながら次元の彼方に消え去っていた。
形勢不利と察したフレイヤは話題転換を図る。
「そういえば、メーテリアの出産だけど……本人よりもアルフィアの方が大変そうね」
フレイヤの言葉に、レヴェリアには思い当たる節しかない。
つい最近、アルフィアがエリクサー1000本を作ってくれ、と依頼をしてきたことがあった。
メーテリアの出産に備えて必要だ、と本人は宣っていた。
エリクサーで輸血でもするのだろうか、とレヴェリアは思いつつ、お目々がぐるぐる回っているような感じで、良い具合に混乱しているアルフィアを強制的に休ませた。
休んだことで落ち着きを取り戻したのだが、それも一時的なものであった。
メーテリアが出産を終えるまで、アルフィアは落ち着かないだろうというのが大方の予想だった。
「出産だけでなく、子供の教育についてもアレコレ言っていたな」
その場面に、ちょうどフレイヤも居合わせた為に彼女も知っていた。
思い出して、にっこり笑顔になってしまう。
「あなたに家庭教師をやってほしいって言ったと思ったら、情操教育に悪いからやっぱり駄目と言ったり……面白すぎるわね」
「自分で言うのも何だが、幼い頃に私といたらその子の性癖はねじり狂うし、将来が色んな意味で大変なことになるのは間違いないな」
レヴェリアは肯定しつつ、さらに言葉を続けた。
「そして、それはお前にも当てはまるからな」
「私のどこが情操教育に悪いの?」
ベッドの上はともかくとして、普段のフレイヤは露出の激しい格好や奇抜なものではなく、ありふれたものだ。
自身の美しさに見惚れるくらいならば普通である為、子供の情操教育に悪いと言われるのは納得がいかない。
だが、レヴェリアは一言でフレイヤを理解させた。
「ギャップ萌え」
「……なるほど、そういうことね」
喋らず動かないフレイヤは、容姿によって女王様的な雰囲気が漂う女神である。
だが、そんな彼女がひとたび動き、喋り出せば天真爛漫な少女そのものである。
おまけに彼女は銀髪銀眼爆乳だ。
そんなものを幼い頃に食らえば、修復不可能なダメージを性癖に負うことは間違いない。
天真爛漫な少女のような女神はいる、銀髪銀眼爆乳女神もいる、女王様のような雰囲気の女神だっている。
だが、その三要素を全て併せ持ち、絶妙なバランスの上で成り立っている女神はフレイヤしかいない。
「とはいえ、アルフィアが気を回しすぎているだけだろう」
レヴェリアの言葉に、フレイヤも頷いてみせた。
話が一段落したところで、今度はレヴェリアが切り出す。
前々から頼んでは断られていることだ。
「なぁ、フレイヤ。団員達に、もうちょっとこう……鍛錬以外のことにも目を向けるよう、伝えてくれないか?」
「やだ。私が伝えれば、皆は嬉々として従っちゃうから。それは良くないわ」
言葉を変えて伝えたが、今回もやっぱり駄目だったことにレヴェリアは嘆息した。
オラリオワーストワンファミリアとして、有名なフレイヤ・ファミリア。
その団長であるレヴェリアにとって、悩みの種は団員達が自分の命を狙ってくることではなく、脳筋ばかりであることだ。
副団長のミアは事務処理だけでなく、対外折衝や荒っぽいが団員達とのコミュニケーションなども卒なくこなす。
また団員の一部――例えばヘディンは基本的に口は悪いが、事務処理に関して極めて有能だ。
ヘグニは不得手ではあるものの、それでもミスはなく頑張ってくれている。
ガリバー兄弟も、アルフリッグが統制を取ることでテキパキと処理をしてくれている。
まだ
だが、大半の団員達は朝から晩まで戦い通しである。
一部の団員だけに仕事の負荷が集中するのはよろしくない、とレヴェリアは考えて負荷分散をしようとアレコレやってきた。
一番有効かつ安易な解決策であるフレイヤから団員達に伝えてもらう、というのはあくまで一つの手段でしかなく、それ以外にも試してみたが――全て駄目だった。
例えば派閥の非戦闘員――『恩恵』を与えない臨時構成員――として、事務員を雇用するというのも頓挫していた。
週休3日かつ高額時給で募集を出したが、応募者がまったくいなかったのである。
オラリオワーストワンファミリアの称号は伊達ではない。
レヴェリアの治癒魔法があることから、ホームで殺し合いを毎日やっているという残念な事実は、オラリオでは常識と化していた。
事務員であるから、そういう血生臭いところとは無縁であるとはいえ、印象というのは大事であった。
「大丈夫よ、レヴェリア。アスフィが……アスフィが何とかしてくれるわ」
将来的に入団が確定しているとはいえ、まだ10歳にもなっていないアスフィに対して、とんでもないことを宣うフレイヤ。
深く溜息を吐いたレヴェリアは告げた。
「……フレイヤ、お前が自分で自分の背中に『恩恵』を刻んで、ミアの後任として副団長になれ。戦闘以外のことは全部やれ」
「その発想はなかった。さすがね、レヴェリア」
素直に感心してしまうフレイヤであったが、やるつもりはさらさらなかった。
そのことが分からぬレヴェリアではなく、フレイヤの頬に手を伸ばして弄り始める。
対するフレイヤもやられっぱなしではなく、レヴェリアの頬へ手を伸ばすのだった。
ちなみに、イシュタルも同じことを実行して、レヴェリアとのデートに持ち込もうとしているが、毎年自身の眷族に捕らえられている。
なお、愛と美の女神で通っているアフロディーテは、女神祭で『祭壇』に待機することもない為、普通にデートをしてフレイヤとイシュタルの暴挙はケシカランと理解ある彼女っぽく振る舞ってレヴェリアの好感度を稼いでいる。