「これでどうだ!」
夕日に照らされながら、壮絶な笑みを浮かべたレヴェリアは、手に持っていた
槍は猛速で鱗に迫り、着弾と同時に轟音を立てて鱗を大きく吹き飛ばした。
だが、レヴェリアは失敗を悟っていた。
これまでの実験と同じように鱗は吹き飛んだだけで、表面すらも無傷であることをその動体視力によって捉えていたのだ。
がっくり、と肩を落として――ついでに長耳もへにょりと垂れ下がった――彼女はへなへなと地面に座り込んだ。
その姿を見て、慌ててアスフィが駆け寄った。
通算6回目の鱗に対する攻撃実験。
レヴェリアによって用意された無数の武器は、いずれも鱗を貫くどころか表面に傷をつけることもできず、失敗に終わった。
「レヴェリア様、落ち込んでいますねー」
ヘイズは夕食を食べる手を止めて、隣にいるヘルンに話を振った。
しょぼくれた顔で、食事をちまちまと食べているレヴェリアが遠目に見えた。
いつもはピンと立っている長耳もヘタれていることから、今回の失敗は相当なショックであったことが窺える。
隣にはフレイヤが座って慰めており、対面に座ったアイズが自分の皿から何かを取って、レヴェリアの皿に移していた。
「……アイズ、人参をレヴェリア様の皿に移しているわ。これを食べて元気を出してって、それはあなたが嫌いなだけでしょう?」
ヘイズはギョッとした。
幼いことから、2人には未だ恩恵は刻まれていない。
彼女の位置からアイズが皿に移しているものは見えないが、それは角度の問題であり、恩恵が無くても十分に見える。
だが、さすがにアイズの言っていることまでは聞き取れない。
消去法で考えると、ヘルンがやったのは読唇術であった。
いつの間にそんなものを習得したのだろう、とヘイズは不思議に思う。
無論、時間はある。
レヴェリアから定期的に課題を出されるものの、読み書き計算といったもので集中して取り組めば長時間掛かるものでもなかった。
ヘイズも自主的にレヴェリアに頼んで、戦闘に関することなどの様々なことを教えてもらっている。
もっとも、恩恵がないことから知識面以外では初歩的なものであるが。
その時、ヘイズの疑問を見抜いたかのようにヘルンが告げた。
「フレイヤ様から教えて頂いたのよ。きっと必要になるからと」
「えぇ……」
ヘイズは困惑した。
なんかちょっと重い子だな、と前から幼心に思っていたが――こいつはびっくり、超重い子だ、とヘルンに対する認識を修正した。
神々が言うところのヤンデレというやつ?
怖っ――
そんなことをヘイズがヘルンの横顔を見ながら思っていた時、彼女が更に言葉を紡ぐ。
「アイズも少し前までは、大きくなる為に嫌いなものも構わず口に詰め込んでいたのに」
そのことはヘイズも当然知っている。
レヴェリアに窘められてから、アイズは無茶なおかわりをしなくなっていた。
その代わり牛乳を朝と晩に1杯ずつ飲み、煮干しとアーモンドをおやつとして食べる姿が目撃されている。
成長に必要な栄養素が取れる、とレヴェリアに教えてもらった――そうアイズが証言した為、フレイヤ・ファミリアのちびっ子達の間ではブームになっている。
なお、そういうことを気にする素振りがまったくない、ディース姉妹も密かにこれらを摂取していた。
それはさておき、ヘルンは視線をレヴェリア達がいるテーブルに固定したままだ。
ヘイズもレヴェリア達の方へ再び視線を向けると、アイズが人参をレヴェリアの皿から自分のところへ戻していた。
そして、ちょっぴり涙目になりながらも、人参を彼女は頬張っていた。
それを見てもヘルンは何も言わず、食事を再開した。
しかし、その視線はレヴェリア達に固定されたままであり、手元を見ることなく器用に料理を口に運んでいく。
思わずヘイズがツッコミを入れてしまう。
「何か言ってくださいよ! 怖いんですけど!?」
「ヘイズ、食事は静かにするものよ」
「私が悪いんですか!?」
2人のやり取りは食堂に響いた。
当然、レヴェリア達にも聞こえた。
ヘルンは見た。
こちらへ視線を向けた、レヴェリアがくすりと笑ったのを。
そして、それを見たフレイヤも嬉しそうに笑った。
ヘルンは目を細め、口元に笑みを刻んだ。
「兄様、もっと食べるニャ! いっぱい持ってきたニャ!」
「この愚図が! いつもいつもそんなに持ってきやがって! 食えるわけがねぇだろ!」
「とか言って、いつも全部食べてくれるニャ! 流石は兄様ニャ! 略して『さすおに』ニャ!」
「うるせーー! この愚図がぁあ!」
直後、猫人兄妹が騒ぎ出した。
恒例のやり取りであったが、今日に限っていつもより遅いタイミングだった。
レヴェリアが更に笑い、フレイヤも大きく笑う。
ヘルンは怒りを覚えた。
それはまさしく、彼女からすれば崇高なる憤激だ。
私が先に御二人の笑顔を取り戻したのに――!
なお、ヘイズは知らん顔をして自分の料理を食べていた。
関わったら面倒だから、という当然の理由であった。
「答えは得た。大丈夫だ」
夕食後、執務室にてレヴェリアは朗らかな笑みを浮かべて告げた。
その言葉を聞いて、実験記録を提出しにきたアスフィは安堵したが、フレイヤは騙されなかった。
ろくでもない気配を、レヴェリアから感じ取っていた。
「どういう答えを得たの?」
「人類舐めんな、クソトカゲ。それが答えだ」
意気消沈から復活したと思ったら、ヤバい方向に振り切れていた。
レヴェリアの口から凄い言葉が飛び出してきた為、アスフィは目を丸くしてしまう。
全てを察したフレイヤは、アスフィに視線を向ける。
すると、彼女は大丈夫だと言わんばかりに頷いた。
その意気や良し、とフレイヤは満足気に頷いてみせる。
とはいえ、正直なところレヴェリアは得た答えから、どうするのか気になるのも確かだ。
すると、アスフィが早速切り出した。
「レヴェリア様、具体的にどうしますか?」
レヴェリアがスキルを全て使い、全力を出していたら傷どころか木っ端微塵であったかもしれないが、それでは意味がない。
彼女がどれだけ強くとも、1人しかいない。
黒竜がレヴェリアを脅威と捉え、封殺するように動いたならば終わりだ。
故に、討伐隊全員が黒竜に通じる、何らかの攻撃手段を得る必要があった。
今回も含めてレヴェリア謹製の様々な武器を作ってぶつけてみたり、リヴァイアサンの時のように爆弾もぶつけてみたが、全て失敗に終わっていた。
他派閥でも鱗に対して攻撃実験を行っているが、スキルも魔法も全て使い、全力を出してようやく表面に傷がついたという報告はあった。
この報告をしてきたのはゼウスとヘラだ。
【英傑】や【女帝】をはじめとするレベル10の眷族達によるものであり、
フレイヤ・ファミリアでは現状、レヴェリアのみが鱗に対して実験を行っているが、魔法2種と獣化によって短時間ながらレベル2つ分、実質的なランクアップができるオッタルがどういう結果を出すか、検証する必要があった。
もっとも、フレイヤからすればレベル9とはいえ、レヴェリアの潜在値と熟練度を考慮すれば、スキルをまったく使用していなくとも、鱗くらい容易に貫ける筈であった。
だが、現実には貫けておらず、またこれまでの実験結果に基づいて、嫌な予想が導き出されていた。
それはフレイヤだけでなく、眷族達の実験を観察していたゼウス・ヘラ・ロキも同様だ。
一定レベル以下の攻撃を無効化もしくは大幅に減衰させる、そんな馬鹿げた特殊能力を黒竜は持っているのかもしれない、と。
そんな能力など聞いたこともないが、この1000年の間に、黒竜がそのような進化を遂げた可能性は否定できなかった。
神々の大好物である下界の未知は、下界で生まれた黒竜にも起こり得る。
それは理屈の上ではおかしなことではない。
無論、この予想もフレイヤはレヴェリアにも伝えてあるが、今回の実験結果から彼女が出した答えはシンプルなものだった。
「要するに貫徹力が足りないんだ。剣とか槍とか、既存のものに拘ったのが失敗だった」
「バリスタに使うような大型の矢を、
「もっといいものを考えている。しばらく待ってくれ。早速製作に取り掛かる」
任せろと言わんばかりに、自信満々の笑みを浮かべたレヴェリアであった。
一方その頃、自室を抜け出したアイズは、レヴェリアの工房に侵入していた。
幸運にも、鍵は掛かっていなかった。
彼女が睨みつけるのは、工房奥に安置されている黒竜の鱗だ。
その手には、彼女の体格・筋力に合わせてレヴェリアが作った小さな木剣が握りしめられている。
やがて彼女は木剣を振り上げ、鱗目掛けて勢いよく振り下ろした。
恩恵も刻まれていない幼女の一撃は、鱗の表面を傷つけることすらできず、かといって木剣が壊れることもなかった。
一番被害を受けたのはアイズ本人。
木剣を鱗にぶつけた衝撃が伝わり、小さな体を大きく震わせた。
だが、その程度で彼女は諦めない。
今まではこういうことはしなかったが、もう我慢できなかった。
これまでレヴェリアと過ごして、彼女は色々なことを教えてくれた。
それは遊びや勉強だけではない。
ある日、目覚めてすぐに暴走状態となっていたことをアイズに話してくれたことがあり、話の最後にレヴェリアは告げた。
私の予想だが、と前置きした上で。
アイズには、母の風が宿っているのだろうな――
その言葉を思い出しながら、アイズは願う。
「私も見つけたよ。だから……お母さん、お父さん……力を貸して」
木剣の切っ先を鱗に向け、再び斬りかかろうとしたその時だった。
「アイズ、ちょっと待ってくれ」
後ろから声が掛けられた。
バッと勢いよく振り返ると、そこにいたのはレヴェリアだ。
彼女に怒られたことは一度もないが、さすがに今回は怒られるとアイズは震え上がる。
拳骨がくるかもしれない。
普段優しい人程、怒るとヤバいニャ。
レヴェリア様がキレたら、そりゃもう天地がひっくり返るに決まっているニャ。
ミャーは派閥大戦を見ていたけど、レベル9とかレベル8が簡単に薙ぎ払われていたニャ。
したり顔で語っていたアーニャの姿が、アイズの脳裏に浮かんできた。
観念して、ぎゅっと両目を閉じて、その時を待ったが――いつものように優しく頭に手を置かれた。
恐る恐るアイズが目を開けると、いつもと同じく目線を合わせたレヴェリアと視線がぶつかった。
怒っているようには、まったく見えない。
「……怒って、ない?」
「お前の気持ちも分かるからな。私が弱いから、お前には心配を掛けている」
アイズの問いかけに答えて、レヴェリアは彼女の頭を優しく撫でる。
「鍵を掛けていなかった、私のミスだ。ただ、これからは一声掛けてくれ」
「……うん、分かった。ごめんなさい」
自然と謝罪の言葉が口から出てきたことに、アイズは驚いた。
「偉いぞ、アイズ。私も製作に取り掛かる前に、少し憂さ晴らしをするとしよう」
何をするんだろう、とアイズは首を傾げた。
すると、レヴェリアが棚から取り出してきたのは明るい色の
「アイズ、一緒にやるぞ」
「うん!」
何だか分からないが、鱗に何かすることだけは分かったアイズは快諾した。
翌朝、フレイヤ・ファミリアのエントランスホールには黒竜の鱗が安置されていた。
その表面は明るい色の
筆跡から別々の人物が1つずつ書いたと思われる、その文章は『黒竜、クソ喰らえ』であった。
これを見た瞬間、フレイヤが大爆笑したのは言うまでもなかった。