その光景はベル・クラネルの心に、強烈に焼き付いた。
一瞬のうちに、彼を襲ってきた柄の悪い男達は地に叩き伏せられた。
それを成したのは、金髪を長く伸ばし、空色の瞳が特徴的なエルフの少女。
「大丈夫ですか?」
問いかけに対して、呆然としていたベルであったが、少女が首を傾げたことでハッと我に返った。
大丈夫であることを示す為に頷き、勇気を出して尋ねた。
「ぼ、僕はベル・クラネルです! あの、あなたのお名前は!?」
食い気味の彼に対して、少女は顔色一つ変えることなく告げる。
「私は【アストレア・ファミリア】のリュー・リオンです。あなたは迷子ですか?」
問いかけに対して、シュンとした顔でベルは頷いた。
4歳の彼は両親と買い物をしていたのだが、露店に並べられた幼心をくすぐる数々の商品に目を引かれているうちに、はぐれてしまったのだ。
迷子になってウロウロしていたところ、先程の男達が絡んできたというのが事の発端だ。
四派閥をはじめとした上位派閥が大きな抑止力となっている為、件数自体は少ないものの犯罪が完全に無くなるわけではない。
その為、アストレア・ファミリアは日夜パトロールを行い、オラリオの治安維持に努めていた。
「リオン! お手柄ね!」
「アリーゼ、どこに行っていたんですか……」
駆け寄ってきた赤髪の少女に、リューは呆れ顔で尋ねた。
すると彼女は胸を張って答える。
「そこでアーディを見つけたから、事情を話して両親を探してもらうよう頼んでおいたわ! 白髪で紅い瞳の男の子ってひとまず伝えといたから!」
そして、アリーゼはベルの目線に合わせるかのように屈んで、優しく言葉を掛ける。
「もう大丈夫よ。すぐにご両親が見つかるからね」
その言葉にベルは安堵しつつも、リューへ視線をちらちらと向けてしまう。
アリーゼは瞬時に察した。
リオンたら、こんな幼気な男の子を落としちゃうなんて――恐ろしい子!
そんなことを思っていた時だった。
「……どうかしましたか?」
「あ、いえ、えっと……何でもないです」
リューは首を傾げて問いかけて、答えたベルは顔を真っ赤にして俯いた。
これは先行きが楽しみだわ、とやり取りを見ていたアリーゼは思いつつ尋ねる。
「そういえば、リオン。彼の名前は? アーディに伝えてくるわ」
「ベル・クラネルです」
「……ん?」
その名に、アリーゼは聞き覚えがあった。
じーっと、彼女はベルを見つめる。
「あ、あの、何か……?」
リューに対する反応とは違い、ベルが困惑した表情となった時だった。
ベルと同じ白髪の女性が青髪の少女――アーディ・ヴァルマと共に現れた。
その女性を見た瞬間、ベルが駆け出す。
「お母さん!」
「ベル! 良かった!」
再会できて良かった、とアリーゼは思いつつ、アーディに尋ねる。
「ねぇ、アーディ。あの子ってベル・クラネルって言うんだけど……有名人だっけ? 聞いた覚えがあるの」
「【静寂】の甥御さんだよ」
ああ、なるほど、とアリーゼは腑に落ちた。
男子禁制のヘラ・ファミリアに住んでいる男の子として、派閥内で話題に出たが――あの時、まだリューは入団していなかった。
彼女が入団したのはつい最近だ。
オラリオに来たばかりの彼女が、右往左往していたところをアリーゼが発見したという経緯であった。
現在、新米のリューには基礎から教えている真っ最中であり、ベル・クラネルの存在までは教えていない。
そもそも指導役であるアリーゼ自身も、彼のことは忘れていたのでどうしようもなかった。
再会できて良かったですね、と何も知らないリューは微笑んだ。
その微笑みを見てしまったベルは、湯気が出そうなくらいに赤面していた。
彼の反応を見て、アーディもピンとくる。
「ねぇ、アリーゼ。まさかリオン……」
「みたいね。彼の思いが一過性のものか、それとも……というか、レヴェリア様に恋したりしないのかしら?」
「噂だけど【静寂】が言い含めていて、レヴェリア様を親戚のお姉さんみたいな扱いにしているらしいよ」
ヒソヒソと話し合う少女2人に対して、母親――メーテリアが頭を下げて、お礼を伝える。
ベルもまた一緒になって頭を下げて、ありがとうございます、と元気良く言った。
アリーゼとアーディがそれぞれ言葉を返したところで、アリーゼはリューへ話を振る。
「リオン、何か一言言ってあげて」
「ベル、もうはぐれてはいけませんよ」
アリーゼから言われて、リューは真面目な表情で告げた。
ベルは羞恥で再び顔を赤くしながらも、大きな声で「はい!」と返事をしたのだった。
甥っ子が運命の出会いを果たしている時、アルフィアもまた衝撃を受けていた。
彼女の前にはレヴェリアが立っていたが、その装いは初めて目にするものだ。
白を基調とした可憐な制服――『学区』の女子制服を、レヴェリアは纏っていた。
勿論、サイズは合わせている為、パツパツであったりもしない。
うわきつ……
こんな学生がいてたまるか!
これがイケナイ学生ちゃんですか?
年齢考えろよ、レヴェリア様
こんなドスケベ学生がいる学校でアオハルを送りたい――
神々が見たならば、そういう感想を遠慮なくぶつけてくるだろうが、ここには2人しかいない。
午前中に買い出しを済ませ、一軒家にて昼食としてレヴェリアの手料理を食べた後、寛いでいた。
そしてレヴェリアが良いものを見せたいと言って、別室に引っ込んでから10分後、制服を着て出てきたのだ。
「どうだ……?」
いつもは自信満々な癖に、こういう時だけは不安げな表情を見せるレヴェリアに、アルフィアは深く溜息を吐いた。
大人びた印象のある、年下のような感じが今のレヴェリアから漂っていた。
アルフィアもヘラの眷族らしく、強烈な嫉妬深さと独占欲を兼ね備えていたが――これまでレヴェリアには良いようにやられていた。
ことごとく予想の斜め上をいく彼女に、アルフィアはやられっぱなしであったが、今や巻き返しの時だと確信した。
「おい、それを見せたのは私が初めてか?」
問いかけに、レヴェリアは頷いた。
知らず知らずに、アルフィアの口角はつり上がっていく。
「しばらくは私以外に見せるな。特にフレイヤには絶対に」
「分かった」
「良い子だ」
満足気な笑みを浮かべ、アルフィアはレヴェリアの頭を撫でてやる。
レヴェリアの方が背が高いが、背伸びすることなく十分に届く範囲だ。
いつもは撫でられるアルフィアだが、今日は違う。
完璧にスイッチが入っていた。
しかし、彼女はすぐに脱がすような無粋な真似はしなかった。
これまで散々、レヴェリアに教えられていた。
すぐ裸になってはコスプレをした意味がない、と。
ああ、確かに。すぐに脱がすのは勿体ないな――
アルフィアは今、その教えを真の意味で理解していた。
「……何をやっていたんだ、私は」
たっぷりと体を重ねた後、アルフィアは正気に戻っていた。
隣ではレヴェリアが寝息を立てており、いつもとは逆の状況であった。
「コイツが、あんな格好をするのが悪い……だが、コイツばかりがああいう格好をするのはズルい」
そう呟きながらも、アルフィアはレヴェリアが『学区』で真面目に勉強を教えていることを知っていた。
『学区』でレヴェリアが学生達を誑かしているという話はまったく聞かない。
勝手に憧れられていたり、劣情の対象として見られてはいるだろうが、彼女から手を出したりはしていない。
ヘラに頼んで確認してもらっている為、信憑性は高い。
「私も制服を着たいぞ、このたわけ」
寝ているレヴェリアに彼女の口癖を真似て言いながら、その頬や長耳を遠慮なくアルフィアは弄る。
しばらくそうしていた彼女であったが、ふと気になった。
「……そういえば、件の幼女は大丈夫か?」
問題ない、とレヴェリアは言っていたが、アイズの様子を聞く限りでは勝手にダンジョンに篭もりそうな気がした。
しかし、アルフィアの予想は外れていた。
「美味しい!」
アイズはパフェに舌鼓を打つ。
「ヘルン、いっぱい食べますよ。何しろ、レヴェリア様の奢りですからね!」
「分かっているわよ。何度目よそれ」
「レヴェリア様、ゴチになりまーす!」
「ヘイズ、今日ずっと言っているけど……それって何の挨拶?」
「フレイヤ様が、奢られた時はそう言った方がいいと仰られていました」
ヘイズの言葉を聞いた瞬間、ヘルンは真顔で告げる。
「ゴチになります」
「……迫力が凄いんですけど」
ヘルンの対面に座っていたアスフィは若干引いていた。
そんなやり取りをしつつ、アスフィ達もパフェを頬張り始める。
休暇のように見えるが、これはアスフィ達全員に対するレヴェリアからの冒険者依頼だ。
ただ、依頼内容はアイズとアスフィ達3人では異なっている。
アイズには、アスフィ達と協力してオラリオ各地にある水族館などの観光名所や服飾店街、レストラン、カフェの調査を依頼した。
一人前になる為の第一歩、重大な仕事だなどとレヴェリアは伝えて、アイズをその気にさせている。
アスフィ達への依頼はアイズのお目付け役だ。
無論、今回の調査に掛かった費用は全てレヴェリア持ちであり、報酬は各々に個別支払いという太っ腹であった。
アイズが恩恵を得て3ヶ月。
これまで休むことがなかった彼女を、うまく休ませる為の方便であることはアスフィ達も察していた。
パフェを一番に食べ終えたアイズは、ポシェットからメモ帳を取り出す。
服やポシェットなど、今回のアイズの装いは全てレヴェリアのコーディネートだ。
メモ帳に、アイズはカフェの名前と住所、パフェがオススメであることなどを記入していく。
午前中に水族館などを見て回り、昼食は人気のレストランで食べて、午後は服飾店街を調査してきたが、アイズはメモ帳に色々と書き込んできていた。
彼女には依頼主のレヴェリアに、報告書を作成して提出する義務があった。
なお、報告書作成に関しては、アスフィに手伝ってくれるようレヴェリアが頼んでいた。
勿論、その分の報酬上乗せであった。
「よし、できた」
カフェのことをメモ帳に書き終えたアイズは、胸を張った。
その姿を見て、微笑ましく思うアスフィ達であった。