「さて、どうしたものか……」
レヴェリアは悩んでいた。
その理由は受諾した冒険者依頼――自身のランクアップをどうやって達成するか、だ。
しかしながら彼女としては親しい者達だけでなく、全団員から『頂天』でいてほしいと思われていることが、とても嬉しかった。
まったく、どいつこいつも面倒くさい性格をしているな、と彼女は思いながら、ついつい頬が緩んでしまう。
頭を軽く振って、レヴェリアは思考を戻す。
ランクアップの為には格上の相手と戦い続けるのがもっとも効率が良く、その為の手段として合宿がある。
だが、各派閥とのスケジュール調整によって開催期間が決定されており、今すぐにやることはできない。
もっと気軽に戦えるやり方が必要だ、とレヴェリアは考えたところで――閃いた。
挑戦者求む、とオラリオ中に告知して相手が都合の良い時に来てもらえばいい、と。
自分のランクアップが目的であるから、レベル的に戦う相手はいつもの面々となってしまうが、そこは仕方がない。
「ギルドと神会に許可を得ておく必要があるな」
神会はフレイヤに任せよう、とレヴェリアは早速彼女に会いに行くべく、席を立つ。
今日は寝坊しているようで、まだ姿を見せていなかった。
叩き起こす必要があるな、とレヴェリアは思いつつ、道具を調達してから神室へ向かうことにした。
神室前では、今日の当番であるヘルンが待機していた。
元々が従者志望である彼女は、レヴェリアによる戦闘指導だけでなく
先月レベル2にランクアップしたこともあり、ここ最近は当番を1人で任せてもらえるようになっていた。
「レヴェリア様、フレイヤ様はまだお休み中です」
「ああ、知っているとも」
「……ソレで起こすつもりですか?」
ヘルンが指差したものは、レヴェリアが持っていたものだ。
片手にはフライパンとお玉というオーソドックスな叩き起こし道具である。
発生する大音量でもって大抵の寝坊助を一撃でもって強制開眼できる優れものだ。
ヘルンもフレイヤ・ファミリアに入団して、そこそこの年月が経過している。
こういう光景は度々見てきており、レヴェリアによって叩き起こされたフレイヤが怒ったり泣いたり――勿論、本気で怒ったり泣いたりではない――しているところはよく見た。
しかし、問題となるのはもう一方の手にあるものだ。
誰がどう見ても明らかにヤベェ代物であった。
ヘルンはアスフィから聞いたことがある。
レヴェリアは作ったまま、売ったり使ったりすることなく倉庫に保管されている魔道具が大量にある、と。
世界に与える影響が大きすぎて表に出せないという危険物から、徹夜明けのテンションが高い状態で作り出した意味不明な代物など、とにかく色々あるらしい。
ヘルンは、レヴェリアが手に持っているそのヤベェ代物をじっくりと見つめる。
形状はモーニングスターである。
もうこの段階でアウトだが、その鉄球は苦悶に満ちた人の顔みたいな装飾が施されており、何だかうめき声を上げているような気がする。
「……レヴェリア様、それはカースウェポンですか?」
「いいや、これは違うぞ」
「では、何ですか?」
「対寝坊助女神用モーニングスター、『おはようフレイヤ、はよ起きんといてこましたるぞ1号君』だ」
女神のような美貌に微笑みを浮かべ、玲瓏な声でもってとんでもねぇ名称が紡がれた。
ヘルンは天を仰ぐ。
ああ、何ということだ。
レヴェリア様は精神錯乱系の
そう確信した彼女は激怒した。
レヴェリア様に、このような酷い仕打ちをした愚か者を必ずや見つけ出して縊り殺さねばならない、と強く決意する。
ある程度の戦闘力が必要だ、とフレイヤが言った意味を、ヘルンは今まさに理解した。
不届き者を追いかけ見つけ出し、その首を刎ね飛ばす為であると。
だが、そういった怒りを一切表に出すことなく、ヘルンは告げた。
「レヴェリア様、それは没収させて頂きます。そんなものを使っては、フレイヤ様が送還されてしまいます」
「大丈夫だ。さすがに殴るようなことはしない」
レヴェリアの言葉に、ヘルンは首を傾げる。
殴る以外の用途があるのだろうか、と。
「いいか、ヘルン。こういう時のフレイヤは何が何でも起きようとしない。寝た振りをするんだ」
確かに、これまで大きな音を出されてもフレイヤ様は掛け布団にくるまってミノムシのようになっていた、とヘルンは思い出す。
ミノムシになったフレイヤは、最終的にレヴェリアによって掛け布団を引っ剥がされ、床に転がされていた。
ひぃん、レヴェリアがいじめる――
さっさと起きろ、このたわけ――
そんな過去の光景がヘルンの脳裏に思い描かれた。
「あのたわけ、変なところで張り合うからな」
やれやれ、と肩を竦めながらも、レヴェリアの表情は何だか楽しそうだ。
「だから、少し脅す。コレでぶん殴ってやるぞ、と目の前に突きつければ飛び起きるだろう」
悪戯っぽい笑みを浮かべるレヴェリアに、ヘルンは胸の鼓動が早くなるのを感じつつも、口を開く。
「……それでしたら、まぁ……」
「ふふ、ありがとう」
感謝を述べたレヴェリアは、そこでヘルンの爪に気づき、嬉しそうに笑みを浮かべる。
「今日も使ってくれているのか? よく似合っているぞ」
レヴェリアの言葉に、今日も気づいてもらえた喜びと気恥ずかしさから、ヘルンは顔を逸らしてしまう。
彼女の爪には、黒いマニキュアが塗られていた。
なお、足の爪にも同色のペディキュアも塗られている。
これは彼女がランクアップした時、レヴェリアがお祝いとして贈った手製のものだ。
黒色にも様々な種類があり、フレイヤに渡している黒とは異なった、ヘルンの為に調色した黒だった。
「……ありがとうございます」
小さな声で感謝を述べるヘルンに対して、レヴェリアは優しく微笑んで、その頭を軽く撫でる。
そして、彼女は寝坊助女神を叩き起こすべく神室の扉を開けた。
勝手知ったる女神の部屋、レヴェリアは一直線にベッドへ向かう。
キングサイズのベッド、その中央で掛け布団にくるまったフレイヤが惰眠を貪っていた。
モーニングスターを床に置いて、レヴェリアは声を掛けることなくお玉とフライパンを叩き始めた。
凄まじい金属音が響き渡る中、フレイヤは渋い表情となったが目を開けることはない。
だが、レヴェリアは見逃さなかった。
ほんの一瞬、フレイヤが薄目を開けたことに。
起きていることを確認したレヴェリアは、お玉とフライパンを床に置いて代わりにモーニングスターを手に取った。
「おい、たわけ。起きろ。起きないとコレでぶん殴るぞ」
珍しく
モーニングスターをガン見しながら、彼女は口を開く。
「レヴェリア、その見るからにヤバそうなカースウェポンのようで、カースウェポンではない危険物は何?」
「昔、作っただけで満足して、死蔵していたものだ」
「酷いわ。そんなもので殴ろうなんて……」
「ああ、我ながら酷いと思う。だからこそ問おう。お玉とフライパンの段階で、どうして起きてくれなかった?」
問いかけに対して、フレイヤは視線を逸らしつつ答える。
「……何だか負けた感じがするから」
「いつもと同じ理由じゃないか……」
溜息を吐いたレヴェリアであったが気を取り直して、本題に入る。
「フレイヤ、ランクアップの件で手伝ってほしいことがある」
「任せて。何をやればいいの?」
「私に挑みたい輩を募集して、オラリオから離れたところでランクアップするまで戦い続けようと思う。その旨を神会に伝えて、許可を得てほしいんだ」
「ダンジョンで良くない?」
「ダンジョンだと往復が面倒だろう。相手が都合の良い時に気軽に挑める環境を構築したいんだ」
「レベル制限は掛けるの?」
「今回は掛ける。レベル9以上だ」
レヴェリアはそう答えつつも、更に言葉を続ける。
「だが、次回があるならば制限を掛けずに新興派閥を鍛えても良いかもしれん」
派閥大戦から年月が経ち、オラリオには新興派閥が大きく増えている。
その中でも、レヴェリアが注目しているのはアストレア・ファミリアだ。
団員は僅か11人だが粒揃いであり、これから伸びてくると確信していた。
無論、このことをフレイヤが知らぬわけもなく、レヴェリアが特にどの子を気に入っているかも含めて把握済みであった。
それはさておいて、フレイヤはさらに尋ねる。
「24時間やるの? あと、挑戦者への報酬とかは?」
「時間は日の出から日没まで。勝敗に関わらず金銭やアイテムのやり取り無し、得られるものは経験値のみ。期間は私がランクアップするまでだ」
「分かったわ。最近は面白いこともないから、すんなり通ると思う」
「頼んだぞ」
そう言ったレヴェリアへ向けて、フレイヤは頭を突き出してきた。
撫でろ、という意思表示を受けて、レヴェリアは彼女の頭を撫で始めた。
その様子を、ヘルンは扉の隙間からじっと見つめていた。
不敬であることは理解しているが、どうしても我慢できなかった。
恩恵を刻まれた際に発現した、変神魔法【ヴァナ・セイズ】。
この魔法は発動中、フレイヤの感情や感覚を受信してしまうという副作用があった。
フレイヤは常にレヴェリアのことを深く強く想っている。
それこそ短時間行使するだけでも、津波のように押し寄せて溺れる程だ。
だが、ヘルンにこの思いが芽生えたのは、恩恵を刻まれるよりも早かった。
それこそあの日あの時、あの場であったのかもしれない。
当時は分からなかったが、女神の思いを受信してから自分の抱く思いが何であるか、はっきりと自覚した。
厳しい寒さに倒れたあの日、レヴェリアが女神よりも先に手を差し伸べて、癒やしてくれたことを片時もヘルンは忘れていない。
心地良い黄金の光に抱かれて、元気いっぱいになった後に女神に出会ったのだ。
なお、ヘルンはフレイヤから色々と教えられていた。
それは女神がレヴェリアとの出会ってから今に至るまでのことであり、また交わした契約についてだ。
レヴェリアに転生はない。天へ還れば永遠に私だけのもの。
あの子に思いを向けられるのは、今だけよ――
そう告げたフレイヤはダメ押しの一撃として、ヘルンに思いを正当化する理由まで与えていた。
私になりたいのなら、レヴェリアへの思いも私と同じくらいでないと駄目じゃない?
全力で行け、という女神からのGOサインは既に出ていた。
故に、ヘルンも気兼ねなくいける。
また、多少の不敬には目を瞑ってくれるという確信が彼女にはあった。
というか今まさに、撫でられているフレイヤとレヴェリアの肩越しに視線がカチ合った。
しかし、フレイヤは何も言わず、ウィンクしてみせた。
女神としての威光が随分前に行方不明になって久しいフレイヤは、誰に対しても取り繕うことなく素で接している。
当然、そこにはヘルンも含まれており、そんなフレイヤと接した彼女は思った。
不敬であることを重々承知の上で表現するならば――気さくで親しみやすい、包容力のある年上のお姉さんである、と。
美しさと暖かさを兼ね備えた、完全無欠の崇高なる女神だとヘルンは尊崇の念をより強くしていた。
ヘルンは2人のやり取りが終わるまで、隙間から静かに見守り続けるのだった。