上は白いブラウス、下はタイトな黒のスカート。
銀の長い髪はアップスタイルにして、ストッキングを履く。
ドレッサーでメイクを行い、ネームプレートを首から下げて伊達メガネを掛けて、バッグを持ったら最後に姿見で全身をチェック。
完璧だ、と満足気に彼女は頷いた。
ヒールを履いて部屋を出れば、徒歩数分で職場に到着だ。
始業は9時からであり、まだ少し時間があるが、早くもデスクの上には書類が山積みとなっていた。
席について、早速仕事を開始する。
しばらくすると扉の隙間から視線を感じたが、その主が誰であるかを彼女は知っていた。
レヴェリアは心配であるらしく、時折こうして覗きに来るのだ。
見なさい、レヴェリア。私のOL姿を!
心で思いながら、フレイヤは仕事に没頭する。
これまで何度も、レヴェリアはフレイヤに書類仕事を任せようと試みては失敗していた。
だが、今回は治療院時代のようにお前をバイトとして雇いたい、お前がOLをやっているところを見たい、という感じで説得した結果――OLフレイヤが爆誕したのである。
事前研修として、レヴェリアが丁寧に仕事のやり方を教えたこともあり、早くもフレイヤは立派な戦力として頼りにされていた。
また、これによって彼女を崇拝する団員達が挙って事務仕事により力を入れ始めたことで、全体的にスピードが上がっていた。
もっと早く、こういう風にフレイヤを説得すれば事務仕事で苦労しなかったのではないか、とレヴェリアは大変後悔したのは言うまでもない。
そんな喜劇的な出来事がフレイヤ・ファミリアではあったが、オラリオは1ヶ月後からスタートするレヴェリアのランクアップ耐久戦に注目が集まっていた。
神会で正式に許可を得たことで、ギルドが積極的に宣伝を始めた為だ。
世界中から観光客を呼び寄せて利益を得ようという魂胆であるが、話題性は抜群であったことから早くもオラリオ入している者達もいた。
ちなみに、当初は『ランクアップ耐久戦』ではなく『ランクアップするまで終われません!』という名称で神々に呼ばれていたが、ロイマンによってしれっと差し替えられた。
ランクアップ耐久戦は初日のみ派閥大戦時のように、オラリオ全土の至るところに神の鏡によって音声付きで中継される。
2日目以降、公共の場に展開される鏡は大通りや
見ている側が飽きることを考慮した為であり、派閥大戦時の経験を活かした形だ。
開催地は、オラリオから真東にある広野。
離れているとはいえ、レベル10やレベル9の者達が走れば、片道およそ30分くらいの距離である。
どうしてここが選ばれたかというと、ラキア王国に睨みを効かせる為だ。
オラリオの平均レベルが高止まりしていることから、ラキアとの戦力は次元が違う程に開いている。
また、ラキア王国は派閥大戦時に将軍から兵士に至るまで、個人参加者として多数派遣しており、詳細な情報も得ていた。
なお、参加者全員がランクアップするというおまけ付きであり、ラキア王国軍は地味に強化されていた。
それでも四派閥にはまったく届いていないが、神々はアレスの性格をよく知っていた。
それでもアレスなら、アレスならオラリオ侵攻をやってくれる――そんな期待があった。
その期待に応えるかのように、ここ最近ラキア王国では物資の集積という、軍事侵攻の兆候があった。
これに対する抑止力として、オラリオへの最短侵攻ルート上にてレヴェリアのランクアップ耐久戦を実施することで、ラキア王国軍、ひいてはアレスの戦意を木っ端微塵に砕くのが狙いだ。
もっとも、そんな人類頂上大決戦を見せつけてもアレスならばやりかねない為、神々の間では侵攻するかしないかの賭けが流行っていた。
そのような情勢の中、ランクアップ耐久戦はいよいよ幕を開ける。
アストレア・ファミリアの団欒室には、夜明け前だというのに全団員が揃っていた。
「いよいよ始まるのね! こう言うのも何だけど、めちゃくちゃ楽しみだわ!」
興奮した面持ちを隠さないアリーゼは、いつもより喧しかった。
だが、それは皆が同じだ。
アストレア・ファミリアは合宿に参加したことがない。
レベル制限などはないのだが、参加派閥は四派閥以外であっても、自派閥のみで50階層に到達できるところばかりだ。
そのくらいの実力をつけてからのほうが得られるものも多いだろう、ということでこれまで参加を見送っていた。
また、派閥大戦を見た者はアストレアを含めて誰もいないことから、レヴェリアと四派閥の戦いを見るのは今回が初めてだ。
合宿に参加して度々目撃しているアーディ曰く、神話を見ているみたい――との評価である為、期待は高い。
アストレア・ファミリアの面々とレヴェリアは面識がある。
そのきっかけとなったのはアリーゼと輝夜のコンビでパトロールをしていた時、レヴェリアを見掛けたアリーゼが突撃をしていったというのが始まりであった。
リューが加入する前のことであったが、話を聞いた彼女はその光景が簡単に想像できてしまった。
ちなみに、そのことが原因であるかどうかは不明だが、以来2人はレヴェリアから特に気に入られているらしい。
ところで、リューもレヴェリアとは面識があった。
ベルを助けた一件で、クラネル親子・アルフィアと共にホームへ菓子折りを持ってお礼を伝えに来た為だ。
「つかよ、普通に考えて同格と格上の混成集団と1人で戦うって、善戦はしても最終的には敗北しかないよな?」
「普通はそうでございますねぇ。ですけど、あの方は普通ではございませんので」
確かに、と団員達は輝夜の言葉に同意したところで、アストレアが団欒室に入ってきた。
「皆、早いわね」
そう言いながら彼女は神の鏡を具現化し、戦場の様子を映し出す。
眷族達がすぐにでも見たいだろう、と思ったが為の配慮だ。
予想は的中し、アリーゼ達は各々が挨拶をしつつ、その視線は鏡に向いていた。
そんな彼女達を微笑ましく思いながら、アストレアもまた鏡へ視線を向けた。
広野を朝日が照らしていく。
遮蔽物も人家等も一切なく、全力でもって戦えるフィールドに佇むレヴェリア。
対するは四派閥のレベル10及びレベル9の猛者達のみ。
なお、四派閥に属していなくともレベル9以上であるならば誰でも参加できるのだが、今のところ満たす者はいなかった。
現時点における人類のトップクラスの実力者のみが参加することを許された、この耐久戦。
派閥大戦と違うことは、レヴェリアには守るべきフレイヤがいないこと。
四派閥側は戦力の向上もあるが、レヴェリアの奥の手と思われるスキルなど、その手の内を知っていることだ。
無論、彼女が全ての手札を披露したとも思っていない為、油断も慢心もない。
おもむろに、レヴェリアが長剣を鞘から抜き放つ。
それに応じるかのように、四派閥側も各々が得物を構えあるいは鞘から引き抜いた。
引き絞られた弓矢の如く、緊張感が高まっていき――いよいよ戦端が開かれる。
先手はレヴェリア。
彼女は虚空を払うかのように、剣を振るった。
距離が意味をなさない飛ぶ斬撃。
それはまさに必殺の一撃かのように思えるが、この戦場においては牽制の一撃に過ぎなかった。
斬撃を放つと同時に、彼女は詠唱を開始していた。
紡がれるのは3番目の魔法【グリモワール・オブ・メモリーズ】だ。
「【魔導の足跡、叡智の鼓動。昔日の彼方に忘却された煌めき。起動せよ――グリモワール】」
刹那の間に再現の準備を整え、さらに紡がれるのは超長文詠唱。
「【火よ、来たれ―猛よ猛よ猛よ、炎の渦よ】」
圧倒的な詠唱速度でもって、膨大な魔力が収束していく。
だが、発動を阻止せんと【英傑】、【女帝】をはじめとしたレベル10の眷族達が苛烈に攻め立てる。
嵐のような猛攻は四方八方から襲い来るが、その程度は慣れたものとばかりにレヴェリアは捌いていく。
その間も、詠唱は変わることなく紡がれていくが、四派閥側に焦りはない。
「【代行者の名において命じる。与えられし我が名は
詠唱が完了し、生じた火種は瞬く間に業火の渦と化す。
戦場全てを焼き尽くさんとばかりの猛烈なる勢いで荒れ狂う。
だが、これでは大した被害を与えることはできない、とレヴェリアは予想していた。
それ故に【ボルカニックノヴァ】をばら撒きながら、再現の準備を整えて詠唱を始めながら、炎の渦を抜けて突っ込んできたザルドに対して剣を振るう。
超威力の斬撃と魔法が乱れ飛び、広野は早くも穴だらけになりつつあった。
アストレア・ファミリアの団欒室は静まり返っていた。
「……凄すぎる」
静かに告げたアリーゼ。
彼女の言葉は全員の心を代弁したものだった。
「なぁ、輝夜。斬撃って飛ぶものなのか?」
「実際、そうなっているのだからそうなのだろう」
ライラの問いかけに、輝夜は何とも言えない表情でもって答えた。
アーディから聞いていたとはいえ、英雄譚大好きの彼女のことだからフィルターが掛かっている可能性が高く、話半分だと思っていた。
だが、全て事実であるどころか、聞いていたよりももっと激しいように感じられる。
その時、アリーゼが唐突に立ち上がった。
「……アリーゼ?」
リューの問いかけに対して、アリーゼはやる気に満ちた顔と凛とした声でもって宣言する。
「私、ダンジョンに行ってくるわ! レヴェリア様達があんなに頑張っているんだもの! 負けてられない!」
しかし、触発されたのは彼女だけではない。
「私も飛ぶ斬撃に少々興味が湧きまして……精進したいと思います」
「勇者様に求婚するには、もっと強くならなくちゃいけねぇよなぁ……」
輝夜、ライラと続いて、あっという間に団員全員が立ち上がった。
それを確認して、アリーゼが元気良く言う。
「というわけで、アストレア様! 行ってきます!」
「いってらっしゃい、気をつけてね」
アストレアは微笑みを浮かべ、彼女達を送り出した。
レヴェリア達の戦いに触発されたのは、アストレア・ファミリアだけではない。
レベル制限により参加できなかった四派閥の眷族達はもとより新興派閥や観戦に来ていた都市外派閥など、かつての派閥大戦と同じように多くの派閥・冒険者に影響を与えることとなった。