転生したので、欲望の為に突っ走る   作:やがみ0821

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砂漠の盾

 

 元奴隷達からフレイヤと共にレヴェリアは歓待を受けていたのだが、彼女は途中で別室へ抜け出していた。

 誰か一人を選ぶならば誰にするか、と奴隷市場にてフレイヤに問われて選んだ少女と話をする為であり、ボフマンに呼びに行かせている。

 レヴェリアは待っている間、これまで得た情報を分析して考えを纏め、ある結論を出していた。

 

「攻めてくる、確実に」

 

 自分やフレイヤの存在が露呈していない場合、ワルサは遠くない時期に――早ければ数日、遅くとも1週間以内には――イスラファンへ攻め寄せてくる、と彼女は予想した。

 

 その根拠はワルサは昔から略奪と暴力でもって成り立ってきた国であること、カイオスの覇権を握るべく長年軍拡を推し進めてきたことの2点によるものだ。

 レヴェリアの前世は勿論のこと、今世においても軍事大国が中立国へ突如として侵攻し、併呑したという事例は枚挙に暇がない。

 何よりも商業国と冠される程に商業が盛んなイスラファンでは、周辺諸国の中では群を抜いた金銭や物資が集まっている。

 カイオス統一を目指すワルサにとって、これらは喉から手が出る程にほしいものだ。

 金と物資がなければ戦争はできない。

 無論、商人達があっさりとワルサに与するというわけでもないが、彼等彼女等は利益で動く。

 ワルサがシャルザードを圧倒的な戦力でもって、短期間で下したという実績があることで投資先にうってつけだ、と考えて靡く者は多いと予想できる。

 

 そして、位置関係的にこの町(リオード)の占領がワルサ軍にとって、イスラファン侵攻における初期作戦目標となる可能性が高い。

 ボフマンに確認したところ、イスラファンとワルサとの国境地帯には村や町が点在してはいるものの、国境に比較的近いという条件下で金銭や物資がもっとも集まるのはリオードしかないとのことだ。

 リオードの商人達の間では、()()()()()()()()()()()者も多いということまで教えてくれたので、彼に小遣いを握らせてやったのは些細なことである。

 

 単純にワルサを潰すだけならば、レヴェリアだけでお釣りがくる。

 だが、ワルサとてバカではない。

 

 レヴェリアとフレイヤがいると分かれば、まず間違いなく交戦を徹底的に避けてくる。

 カイオス統一は始まったばかりであり、この段階で致命的な敗北を喫して全戦力喪失となれば、待ち受けているのは漁夫の利を狙った周辺諸国による一斉介入という最悪の未来だ。

 

 ワルサは長きに渡って牙を研いできた。

 だからこそ、レヴェリアとフレイヤがリオードに滞在している期間中――年単位で居座るわけでもない――は万が一を避ける為にも、イスラファン侵攻自体を延期する可能性は高い。

 だが、現時点でワルサがどこまで情報を掴んでいるか確認する術はない。

 

 もしも侵攻延期となると、レヴェリアにとっては面倒な事になる。

 彼女はこの機会に、ワルサにおける傭兵系ファミリア――おそらくオラリオから流れてきた闇派閥崩れと思われる――の殲滅を目論んでいる。

 ガネーシャ・ファミリアの調査によるとフレイヤ・ファミリアがオラリオにやってきて以後、闇派閥の支援者達が次々と手を引いたらしいことが判明していた。

 これが実質的な兵糧攻めとなり、闇派閥を構成していた複数のファミリアが食うに困ってオラリオから逃げたようだった。

 レヴェリアが意図して引き起こした事ではないが、潰せるならば潰しておくに越したことはない。

 

 問答無用で傭兵系ファミリアを潰して回る、という強硬手段は悪手だ。

 残念ながらそういう連中は逃げ足が速い。

 1つのファミリアを潰している間に、他の連中は算を乱して逃げ出すだろう。

 そうさせない為にも一箇所に纏めることができればよいが、それもまた難しい。

 ワルサがシャルザードを一蹴して主力を壊滅に追い込んだ以上、戦力を一箇所に集結する軍事的必要性がどこにもないからだ。

 ワルサ全軍を集結させるような餌となると、それこそアラム王子を引っ張ってくるくらいしかいないが、彼は行方不明である。

 その為、アラム王子に対してワルサは多額の賞金を懸けているらしかった。

 

 またボフマンの情報によると、ワルサの兵力は10万を超えるとのこと。

 その半分程度は侵攻直前になってあちこちから雇った傭兵のようだが、裏の世界では有名な殺し屋など多数の実力者が参加しているようだ。

 

 言うまでもないが砂漠は広く、レヴェリアといえど移動時間をゼロにすることは不可能だ。

 多方面への同時展開やリオードの防衛を可能とする為にも人手が必要となるが、大規模な戦力の動員はギルドに即座に察知されてしまい、確実に止めてくる。

 その説得の為に余計な時間が取られて機を逸するのは避けたいからこそ、動員するのはアスフィ達だけに留める。

 

 幸いにも、ガネーシャ・ファミリアとは今回のような場合――レヴェリアが都市外におり、なおかつ追加で戦力が必要な時――に備えて、秘密裏に協定を結んである。

 事前に決めた合言葉を伝えることで、ギルドの通行許可証なく都市門を通過できる――正確にはガネーシャ・ファミリアが見なかったことにする――ように取り決めてあった。

 レヴェリアだけで対処できない事態は滅多に起こりえない。

 だが、万が一にもそのような事態になった場合はギルドを通すなどという悠長な時間はない為、シャクティはこの協定を承諾していた。

 

 おもむろに、レヴェリアは懐からラピスラズリ付きのシルバーブレスレットを取り出した。

 このブレスレットは黒竜偵察の為、密かに開発を進めていた試作型の遠距離通信魔道具であり、アスフィに対となるブレスレットを1ヶ月程前にプレゼントしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メルーナはまだですかねー?」

 

 テーブルに突っ伏して、ヘイズは呻くように呟いた。

 その隣ではヘルンが虚空を睨みつけ、その横ではアイズがお腹を鳴らす。

 

「最近流行っているんだから仕方がないさ」

 

 ソファに深々と座ったアイシャは諌め、アウラとフィルヴィスは澄ました顔をしているが揃ってお腹を小さく鳴らして、羞恥に頬を染めて互いに反対の方向へ顔を向けた。

 アスフィもまた空腹に眉を顰めつつ、時計を眺める。

 

 手技闘争(じゃんけん)にて敗北を喫したメルーナが、昼食の買い出しに向かったのは1時間前のこと。

 せっかくだから流行っているバーガーを食べよう、ということでそれに決まった。

 多彩なメニューに加えてトッピングも豊富ということで、各々が好き放題に彼女に頼んでいる。

 混雑すれば遅くなるのもやむなしであった。

 そんな時、ヘイズが呟く。

 

「レヴェリア様、早く帰ってきませんかねー? 寂しすぎてしんどいんですけどー」

 

 レヴェリアが出発して以来毎日同じようなことを言っているヘイズであるが、他の面々も気持ちは一緒だ。

 これまでもレヴェリアが何かしらの用事で長期不在の時はあったが、その場合も毎回こうであった。

 

 ところでアスフィは、ここ数ヶ月で()()()()()()()()()()をレヴェリアから受け始めていた。

 海洋国(ディザーラ)の第三王女としての彼女の役割は、他国に嫁いで姻戚関係を結ぶことである。

 幼い頃から聡明ゆえ、彼女はそういった己の立場を理解していた。

 そして、レヴェリアとそういう関係になれなかった場合、どこぞの国の王族との政略結婚が待ち受けていることも。

 そうなってしまえば今のように未知を探求する気ままな生活など、とてもではないができないことは想像に容易い。

 しかし、レヴェリアの場合は今の生活をそのまま継続させてくれるだろう。

 こちらの意思を最大限に尊重してくれることは、これまでの付き合いでよく分かっていた。

 

 最大の懸案事項である子供に関しても、ミアハとディアンケヒトの2柱に確認済みだ。

 種族的なこともあって子供はデキにくいものの、男としても女としてもレヴェリアの生殖機能に問題はないとのこと。

 なお2柱によれば、そういった問い合わせがあったら、開示するようレヴェリア本人から頼まれているとのことだ。

 どうやら問い合わせにくる女性は昔からそれなりにいるらしく、2柱の対応は慣れたものであった。

 両親に送る為に証明書を書いて貰ったが、それもよくあることらしい。

 

 

 アスフィは己の利き手、その手首につけているラピスラズリ付きのシルバーブレスレットに目を向ける。

 1ヶ月程前、レヴェリアから贈られた手作りのプレゼントであり、彼女と対になっているものだ。

 これはただのブレスレットではなく、遠距離であろうとも連絡が取れるという機能が宝石部に組み込まれた試作型魔道具だ。

 就寝前などに使おうと思ったことは幾度もあったが、ただ声を聞きたいからというだけで連絡を取るのは気が引けた為、使ったことはない。

 

 早く帰ってきてください、寂しいんですから――

 

 アスフィがそう思った時だった。

 扉が勢いよく開け放たれ、両手に大きな紙袋を持ったメルーナが帰ってきた。

 待ちに待った昼食の到着だ。

 良い匂いが室内に漂い始め、皆の食欲を大いに刺激する中で彼女が胸を張った。

 

「恐ろしい程に混んでいたが……私は勝ち取った!」

 

 メルーナは誇らしげに語った。

 ドヤ顔の彼女がテーブルにドカッと紙袋を置けば、腹ペコの戦乙女達が次々と手を伸ばして自分が注文したバーガーを取っていく。

 バーガーだけでなく揚げたポテトやチキンなどのサイドメニューも抜け目なく、メルーナは買ってきている。

 それを見てアイズは親指を立ててみせる。

 ジャガ丸くんには及ばないが、こういったサイドメニューは彼女のお気に入りであった。

 

 そして、いざバーガーに齧り付こうとした瞬間――

 

『アスフィ、聞こえるか?』

 

 レヴェリアの声が室内に響き渡った。

 声の出どころはアスフィのつけているシルバーブレスレットだ。

 ヘルン達が驚きのあまりに食べようとした姿勢のままで固まる中、アスフィは冷静に手に持っていたバーガーをテーブルに置く。

 そして、口づけでもするかのように、ブレスレットの宝石に口元を近づける。

 

「聞こえます。レヴェリア様、どうかされましたか?」

『お前達の力を借りたい』

 

 アスフィだけでなく、ヘルン達もまた耳を疑った。

 レヴェリアが誰かの手を――ましてや、こうして自分達を頼ることなどこれまでなかった。

 

『……駄目そうか?』

 

 驚きのあまりアスフィが答えられずにいたことから、そのように問いかけてくるレヴェリアだが、声のトーンは弱いものに変わっていた。

 澄まし顔でありながらも内心ではしょんぼりしている為、長耳が垂れ下がったレヴェリアの姿がアスフィ達の脳裏に浮かんでくる。 

 

 しょんぼりレヴェリアだ。

 

 それはさておき、アスフィが答える。

 

「いえ! 問題ありません! どうすればいいですか?」

商業国(イスラファン)のリオードにある『オアシスの屋敷』に来てくれ。湖に浮かぶ島にある。可能であれば24時間以内に。荒事だ』

 

 カイオスじゃないか、と町の名を聞いたアイシャが呟く。

 カイオス出身の彼女にとって、リオードは何度か行ったことがある町だ。

 

「分かりました。装備を万端に整えた上で、向かいます」

『ありがとう。都市門通過に必要な合言葉は以前に伝えてある通り、変更はない。問題があった場合、すぐに連絡をしてくれ』

 

 そして、通信が切れた。

 丸聞こえであった為、ヘルン達もまた内容は理解している。

 アスフィのブレスレット――おそらく魔道具――について、ヘルン達は色々と聞きたいことはあったが、それよりもレヴェリアからの要請に応える方が先であった。

 

「メルーナは私が背負うよ」

 

 誰かに言われるよりも早く、アイズは胸を張って告げた。

 メルーナはレベル3であり、この面々の中でもっともレベルが低い為、迅速に移動するならば誰かしらが背負う必要がある。

 一番後輩のメルーナに、先輩として手助けしようというアイズの善意だ。

 彼女が一番年下かつ背が小さいのはご愛嬌である。

 メルーナは複雑な気持ちになったが、拒否する正当な理由が思い浮かばなかった為、渋々頷いた。

 

「食事後、装備を整えて出発します」

 

 アスフィの言葉に、異論はなく即座に昼食に取り掛かった。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷の一室にてアスフィとの連絡を終えたレヴェリアは、ブレスレットを懐へしまった。

 これで人員の問題はなくなり、残るは介入理由だ。

 ワルサに自分達の存在が露呈しておらず、リオードに攻め込んでくるのならば適当な理由をつけて介入できる。

 だが、ワルサ側が察知して侵攻延期をした場合はそうもいかない。

 行方不明となっているアラム王子が見つかれば一番手っ取り早いのだが、そう都合良く見つかるわけもない。

 砂漠のどこかで野垂れ死んでいるかもしれない、とレヴェリアは考えていた。

 

 それはさておき件の少女に関して、レヴェリアは貴族や軍人の娘と予想している。

 シャルザード奪還の旗印としては若干力不足であるかもしれないが、こういうのはやったもの勝ちだ。

 シャルザード側からの要請を受けてワルサの蛮行を阻止すべく、人道的理由によって介入――これがレヴェリアの考えているプランの一つだ。

 

 その時、扉が叩かれた。

 

「レヴェリア様、件の少女を連れてきましたぞ」

「入ってくれ」

 

 レヴェリアが許可を出せば、ボフマンと共に少女が入ってきた。

 彼女は何やら覚悟を決めたような目をしており、萎縮しているようには見受けられず、堂々としたものだ。

 レヴェリアはボフマンに席を外すように伝え、彼もまた心得たとばかりに足早に退室した。

 だが、彼と入れ違いになるように扉の前に見知った気配を感じたと思ったら、扉をほんの少しだけ開いて、聞き耳を立てているフレイヤの姿が見えた。

 扉は少女の背後となる為、彼女からは見えずレヴェリアからしかフレイヤは見えない。

 

 お前、少しは隠れる努力をしろよ――

 

 内心でレヴェリアは呆れながらも、素知らぬ顔をしながら口火を切った。

 

「知っていると思うが、改めて……私はレヴェリア・スヴァルタ・アールヴだ。お前の名は?」

「アリィです」

「では、アリィ。私はお前も含めて全員をオラリオに連れて行く」

 

 何もかも癒やして身なりを整えさせ、美味い飯を腹いっぱい食わせたが、それは一時的なものに過ぎない。

 このまま放り出せば、生活基盤がない彼等彼女等は再び奴隷に堕ちかねなかった。

 さすがにボフマンへ全員の世話を丸投げするというのは、いくらなんでも無理がありすぎる。

 レヴェリアの言い分はもっともであり、これを覆すには相応の理由が必要だ。

 だが、アリィは既に覚悟を決めていた。

 ワルサは想像を絶する程に強大な戦力を保持しており、シャルザードに残された時間はごく僅かだ。

 交渉における定石なぞ無視して形振り構わず、ぶつかっていくしかない。

 

「御言葉ですがレヴェリア様、あなたは私に名を問われました。ですので、私は本来の名をお伝えしました」

「まるで名が二つあるような言い方だな?」

 

 レヴェリアからの問いかけに、アリィは頷いた。

 そして、彼女はレヴェリアの瞳をまっすぐ見つめながら告げる。

 

「我が王名はアラム・ラザ・シャルザード。シャルザード王国の王子です」

 

 国王――アリィの父は既に死亡しているものの、彼女自身が戴冠したわけではない為、そのように名乗った。

 そしてこの瞬間から、己が人生で後にも先にも最難関の外交の場となったことを彼女は確信する。

 

 王家同士の序列は歴史の長さで決まる。

 シャルザード王家はカイオスの中ではそれなりに長い歴史を持つが、今回は相手が悪すぎた。

 黒の王族(スヴァルタ・アールヴ)よりも長く続いている王家となると、白の王族(リヨス・アールヴ)くらいなものである。

 アリィは気後れしてはならないと自身に言い聞かせつつ、レヴェリアの反応を待つ。

 やがて彼女は口を開く。

 

「シャルザードは男子のみが王位に就けるが、先代は男児に恵まれなかった……という理由か?」

「御明察の通りです」

 

 なるほどな、とレヴェリアは頷いてみせる。

 彼女としては嬉しい誤算であったが顔に一切出さず、単刀直入に尋ねる。

 

「そのように名乗ってきたということは私の支援がほしい……その認識で良いか?」

「はい。もしも叶うのならば、支援に留まらず直接介入をしていただきたく……」

 

 アリィは大胆に踏み込んだ。

 国土奪還となればこそ、レヴェリアの直接介入以外に手はないと彼女は判断していた。

 絶望的なこの局面を打開するには、無理を通して道理を引っ込ませるしかない。

 

「難しい」

 

 レヴェリアからの答えは一言であったが、アリィは内心で安堵した。

 無理あるいは不可能といった可能性がゼロしかない答えではない。

 彼女が難しいと考えている部分を解決すれば、良い答えを貰える可能性はある。

 

 そもそもフレイヤとレヴェリアが、あの場に居合わせたのはまったくの偶然。

 タイミングが少しでもズレていたならば、出会うことなど無かった存在だ。

 暗闇の中に現れた一筋の光明、このチャンスを逃してはならない――そう強く思うことで、ともすれば臆しそうになる自らの心を奮い立たせながら言葉を紡ぐ。

 

「レヴェリア様の御懸念はもっともです。周辺諸国に与える影響はもとより、そもそも介入する理由がありません」

 

 そのようにアリィは伝えたところで、一度言葉を切る。

 レヴェリアに関する情報収集はシャルザードも行っており、彼女の弱点が女であることは把握済みだ。

 現状、アリィが出せる手札は一つだけであるが、それこそが唯一レヴェリアを動かせる可能性があった。

 

 これまで男として育てられ、そのように振る舞うよう教えられてきた。

 しかし、祖国存亡の危機において、自身が女であることが最大の武器になるとは皮肉なものだ――

 

 自嘲気味に思いながら、アリィは己が全てを賭した取引(ディール)に臨む。

 

「昼は王子、夜は少女……そういう相手はお嫌いですか?」

 

 アリィの言葉は、レヴェリアの弱点を的確に突いた致命的一撃(クリティカルヒット)であった。

 答えを待つことなく、彼女は畳み掛ける。

 

少女(アリィ)王子(アラム)、2つの顔を持つ私ですが……その両方をモノにできる機会は、今しかありません」

 

 その言葉はレヴェリアにとって駄目押しの一撃となっていたものの、それを表情に出すようなことはない。

 表情の変わらぬ彼女であったが、アリィは確かな手応えを感じていた。 

 

「……此度の戦、シャルザード側に立って介入しよう」

 

 しばしの間、沈黙していたレヴェリアが告げた言葉はアリィが望んでいたものだ。

 レヴェリアからすれば、アリィの要求を全面的に受け入れることになる為、実質的な敗北宣言である。

 元々介入するつもりであったとはいえ、アリィにしてやられた、という思いがレヴェリアにはあった。

 そして、アリィは己が取引(ディール)に成功したことを実感しつつ、嬉しさのあまり口元に笑みを浮かべたところで――勢いよく扉が開いた。

 扉の開く音にアリィは反射的に背後を振り返り、レヴェリアは盛大な溜息を吐く。

 

 部屋の出入り口に立っていたのはフレイヤだ。

 彼女はドヤ顔でもって無駄にポーズをつけて叫ぶ。

 

「話は聞かせてもらったわ! ワルサは滅亡するっ!」

「な、なんだとっ!?」

 

 予想外のフレイヤの乱入、そして彼女の口から出てきた言葉にアリィは仰天して思わず叫んでしまった。

 

 レヴェリアが過去に行われた派閥大戦で多数の派閥を敵に回してたった1人で勝利を収めたことや、近年のランクアップ耐久戦にてレベル10に至ったことはアリィも当然知っている。

 だが、実際にその実力を間近で見たことがない為、シャルザード軍における『勇士(カビール)』を基準に想像するしかない。

 破格の治癒魔法やレベルの高さから、ワルサ軍と傭兵達に大打撃を与えてシャルザードから追い出してくれるに違いない――そのような認識であった。

 

 だが、そこへ降って湧いたフレイヤによるワルサ滅亡宣言である。

 色々な意味で驚いて固まっているアリィに対して、レヴェリアは再度溜息を吐いて肩を竦めてみせる。

 

「おい、たわけ」

 

 その声掛けに、信じられないという表情でアリィはレヴェリアの方へ顔を向けた。

 シャルザードはレヴェリアがフレイヤの伴侶(オーズ)であることや、大変仲が良いという情報も得ていた。

 フレイヤとレヴェリアのいつものやり取りに関する情報も入手していたが、さすがにこれはガセだろうと判断され、上層部には報告されていなかった。

 神々の中でもトップクラスの美しさを誇る女神を簀巻きにして吊るすなど、実際にその光景を目撃しなければ到底信じられるわけもなく。

 

 その為、アリィはフレイヤとレヴェリアのいつものやり取りを知らなかった。

 

 レヴェリアはフレイヤに歩み寄っていき、絶妙に手加減したデコピンを食らわせた。

 まさかの展開にアリィは目を丸くしてしまう。

 

「アリィ、このたわけは雑な扱いでいいからな」

 

 悶絶して蹲っているフレイヤに対して、レヴェリアは無慈悲に告げた。

 その言葉にアリィが何かしら答える前に、フレイヤは少し赤くなったオデコを擦りながら立ち上がった。

 

「ふふふ、アリィ。よく頑張ったわね」

 

 そして、優しく微笑みながら告げた。

 何だか色々と台無しであったものの、そのように褒められると何だか気恥ずかしく、さりとて嬉しくないわけでもないアリィである。

 しかし、この場にはレヴェリアもいることから、どう答えていいのやらと困っている彼女に対して、フレイヤは更に言葉を掛ける。

 

「レヴェリアが約束を違えることはないわ。だから、もう少し気を抜いてもいいのよ?」

「そ、そのようなことはできません。失礼します」

 

 そう告げてアリィは深く頭を下げ、部屋からそそくさと出ていった。

 扉が閉まったところで、フレイヤは満面の笑みを浮かべて口を開く。

 

「最高よ、レヴェリア。あの子の魂は紫水晶(アメジスト)色なんだけど、あなたとの取引(ディール)に臨んでいる時、輝きが増したわ」

 

 ウンウンとフレイヤは満足気に頷いてみせる。

 

「無様にダブルピースで敗北宣言しちゃったレヴェリアは、私がたっぷりと慰めてあげる」

 

 いいこいいこ、とレヴェリアの頭へ手を伸ばして撫で始めるフレイヤ。

 

「無様ダブルピースなんてしていないからな。数分前のことを改竄するな」

 

 フレイヤにされるがままのレヴェリアは釘を刺したが、フレイヤが意に介すわけもない。

 にこにこ笑顔でレヴェリアの頭を撫でながら、彼女は言う。 

 

「レヴェリア、あの子は覚悟を示したわ」

 

 レヴェリアにも明確な弱点があったとはいえ、アリィの立場・状況を鑑みれば極めて難しい、博打のような交渉だったのは間違いない。

 

 だが、彼女はやり遂げた。

 

 少女(アリィ)王子(アラム)、その両方をレヴェリアが手に入れるにはシャルザード奪還後にも、アリィがシャルザードにて王子として――いずれは王として――あらねばならない。

 当然ながらレヴェリアがシャルザードに来ない限り、アリィがそのように振る舞う必要はない。

 そして、合宿やら間引きやら黒竜討伐やら遠征やらと予定が詰まっているレヴェリアが頻繁にシャルザードに来れるわけもなく。

 

 つまるところ、アリィは最小の対価でもって最高の結果を掴んでいた。

 無論、レヴェリアがシャルザードにやってくるという数少ない機会をうまく活かして関係を深めていけば、シャルザードにとって大きな利益となるだろう。

 

「だから、ちゃんとやってあげてね」

「当たり前だ。既に作戦が1つ発動している」

 

 レヴェリアの答えに、さしものフレイヤも目が点になった。

 一体何をしたのか、まったくの予想外であった為に。

 

「作戦名は『砂漠の盾(デザートシールド)』だ。この町の防衛力を強化すべく、ホームから援軍を呼び寄せている」

 

 レヴェリアは告げた。

 つい先程、スケベ心を突かれて無様な敗北を喫したとは思えないドヤ顔だ。

 対するフレイヤはジト目で根本的なところを問いかける。

 

「……それ、作戦名をつけるほどの事なの? ていうか、誰がその作戦名を知っているの?」

「こういうのは雰囲気が大事なんだ。それに私が気分良く仕事できる……ちなみに、さっき私が名付けたばかりだから、今のところ知っているのはお前だけだぞ」

 

 胸を張るレヴェリアに、フレイヤは軽く溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取引を終えたアリィは割り当てられた部屋に戻ってくると、扉の鍵を閉めた。

 そして、彼女はベッドにダイブして枕に顔を埋める。

 

 疲れたぁああああああ! もぉおおおお――!

 

 声を大にして叫びたかったが、王子なので堪えた。

 代わりに枕を胸に抱いて、ゴロゴロとベッドの上を転がりまくる。

 10分程転がったところで、動くのを止めてアリィは仰向けになってぼんやりと虚空を見つめた。

 

「悩む間もなかったな……」

 

 うまくやれるだろうか、などと考える暇すらなく、目の前の現実に立ち向かうしかなかった。

 己がやらねば祖国が滅ぶ、だからやるしかない――その一心だ。

 

 自分がもっとしっかりしていれば王都陥落は防げたのでは、と考えなかったわけではない。

 

 だが、あの恐ろしい光景を目の当たりにしてそんなモノは吹き飛んだ。

 たった1人で王都防衛にあたっていた近衛師団主力を、赤子の手を捻るかのように蹴散らして屍山血河を築き上げた怪物。

 

 【白髪鬼(ヴェンデッタ)】と呼ばれているあの男は、アリィ達に向けて告げた。

 

 無様に這いつくばって逃げろ、その方が捕まえて踏み潰す時に楽しいからな――

 

 それ以後、奴が出てくることはなかったがワルサ軍部隊に捕捉されて執拗に追われた。

 アリィは味方部隊を逃す為に自ら囮となり、姿をくらます為にわざと奴隷商に捕まった、という経緯であった。

 

 祖国を取り戻す、絶対に――

 

 アリィは改めて決意したところで、レヴェリアの事が頭を過ぎる。

 

「……綺麗な人だったな」

 

 事前情報が無ければ、色ボケているようには全く見えなかった。

 しかし、より衝撃的であったのはフレイヤとのやり取りだ。

 エルフらしいエルフではない、とアリィはこれまでに得ていた情報や実際の印象から判断していたが、さすがにあれは想像できなかった。

  

「あの人と、褥を共にするのか……」

 

 自分が提示した対価とはいえ恥ずかしくなってくるが、どんなものなのだろうか、と心の隅に期待感があるのも否定できない。

 レヴェリアが男としても女としても生殖機能に問題がないことは、数年前にオラリオの著名な医療系ファミリア――ミアハ及びディアンケヒト――に確認済みだ。

 娼婦に扮して問い合わせた密偵からの報告によると、昔から問い合わせがあるらしく、驚くほどあっさりと教えてくれたとのこと。

 そのことからレヴェリアを色仕掛けで狙う他国の密偵は多いと予想できるが、今に至るまで海洋国(ディザーラ)以外の国と関係を深めているとは聞かなかった。

 レヴェリアがうまく回避しているのか、それとも手籠めにしているのか、あるいはその両方かは不明であるが。

 

「休息をしたら、レヴェリア様と隠し砦に行かねば……」

 

 さすがのワルサもシャルザードと中立国イスラファンの国境地帯に築かれた砦には手を出しにくい筈だと思う反面、あのような怪物を味方にしているワルサがそのような事を気にするだろうかという思いもある。

 

 不安を感じつつも、アリィは少しずつ忍び寄ってきた睡魔に抗うことなく、その身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

「本当にいるの?」

「いると思うわ。中立国に隠れれば手は出せない……そう考える筈。この町にいるかは分からないけど、探してみる価値はある」

 

 その頃、リオードの町を歩くヒューマンと猫人、2人の少女がいた。

 数年前、ほぼ同時期にとある傭兵系ファミリアに入ったことがきっかけで知り合い、妙に馬が合ったことからつるむようになった間柄だ。

 

 オラリオは四派閥を筆頭に実力者が綺羅星の如くいることが強烈な抑止力となっている為、賞金稼ぎや殺し屋に仕事がひっきりなしに舞い込むような物騒な環境ではない。

 故に、2人にはオラリオに行くという考えがそもそもなかった。

 しかしながら、幸か不幸かランクアップの機会には恵まれてしまった。

 派閥内でもっともレベルが高いということもあってか、強敵が出てきた際に毎回お呼びが掛かったのが原因だ。

 その甲斐もあって、2人ともレベル4に至っていた。 

 

「……クロエ、無理して言葉を直さなくてもいいんじゃない? 毎回、言っているけどさ」

「うっさいニャ、ルノア」

 

 ルノア・ファウスト、クロエ・ロロ――

 裏の世界では【黒拳】、【黒猫】という異名をつけられるほどに恐れられている2人は、所属している派閥がワルサ側について参戦したことで此度の戦争に参加していた。

 だが、味方の数が多い上に素行不良ではあるが強いことは確かである為、これまで戦いに参加することなくサボりにサボっていた。

 終わるまでのんびりしていればいいや、と楽観的に思っていた2人であったが、状況が変わった。

 

 ワルサが行方不明のアラム王子に、『生死を問わず(デッド・オア・アライブ)』という条件で5億ヴァリスという賞金を懸けた為に。

 

 シャルザード国内ではワルサ軍や他の傭兵系ファミリア達が日夜探しているが、今に至るまで見つかっていない。

 中立国に隠れているに違いない、とクロエが断言したことから、ワルサとの国境に比較的近く、人と物と金がこの付近で一番集まるリオードにまずはやってきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、装備を万端整えたアスフィ達は都市門を通過すべく、都市門の傍にあるガネーシャ・ファミリアの詰め所を訪れていた。

 今からどっかへ殴り込みに行く、と言わんばかりの完全装備の出で立ちにガネーシャ・ファミリアの団員達はぎょっとしたものの、アイズに背負われているメルーナを見てほっこりとしてしまう。

 

 だが、見られているメルーナにとって、そういった視線が痛く感じられていた。

 

 こんな姿、レヴェリア様には見せられない――いや、やっぱり見てほしい。

 あの方はこんな私を見たとしても、優しく微笑んでくれる。

 ならば、私はいかなる恥辱も覚悟の上――!  

 

 ぐるぐるお目々になりながらメルーナはアイズの背中で、しょうもないことをあれこれ考えていた。

 

「お待たせ。ちょっと忙しくて」

 

 そう言いながら、詰め所の奥から出てきたのはアーディだった。

 

「それで……えっと、国でも潰しに行くの? 通行許可証はある?」

 

 アスフィ達の格好を見て、アーディは率直に尋ねた。

 しかし、その問いに答えることなくアスフィは合言葉を告げる。

 

「黄金の夜明けを見に行きます」

 

 周りにいるガネーシャ・ファミリアの団員達は何のことだ、と首を傾げる。

 だが、アーディは違った。

 詰め所の責任者を任せられるようになってから、シャクティよりレヴェリアとの秘密協定とその合言葉を教えられていた為に。

 それに従い、アーディは問いかける。

 

「どこまで?」

「シャングリラまで」

「期間は?」

「七日間」

 

 アスフィの答えに、アーディは頷いて告げる。

 

「通って。急がないと間に合わないかもしれないし」

「感謝します、【象神の詩(ヴィヤーサ)】」

 

 アスフィ達は風のように駆けて、都市門を通過していった。

 彼女達を見送ったところで団員の1人がおずおずと尋ねる。

 

「アーディさん、通しちゃって良いんですか? 許可証の確認をしてませんけど……」

「ん? 今、誰か通ったの? 私は見なかったよ」

 

 惚けるアーディを見て団員達は意味を悟り、彼女と同じく見なかったことにした。

 

 





白髪鬼(ヴェンデッタ)】「無様に這いつくばって逃げろ、その方が捕まえて踏み潰す時に楽しいからな(ドヤァ)」
 その他、蛮行の限りを尽くすワルサ軍と複数の傭兵系ファミリア(主に闇派閥崩れ)の皆さん。

これまで戦いに参加せず、サボっていた【黒拳】と【黒猫】「5億ヴァリス5億ヴァリス5億ヴァリス」

 ――パパパパパウワードドン――

黄金の戦乙女(ヴィンゴルヴ)】がシャルザード側に立って参戦!
黄金の戦乙女(ヴィンゴルヴ)】の要請により、【叡智の戦乙女(アルヴィト)】ら8名がシャルザード側に立って参戦!
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