転生したので、欲望の為に突っ走る   作:やがみ0821

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砂上に煌めく黄金

 ワルサ・シャルザード侵攻軍の総指揮官であるゴーザは『ガズーブの荒原』に集結するシャルザード軍に対し、指揮下の全部隊を動員して包囲攻撃を掛けることにした。

 大きな敗北を喫したものの、それでもまだワルサ軍の兵力は多いのは事実だった。

 

 アラム王子が表舞台に出てきて、決戦を宣言したことは当日の午後にはゴーザのところに届いていた。

 そして、その翌日には各地で隠れ潜んでいたシャルザード軍が部隊を細かく分けて、南下しているという報告があった。

 

 シャルザード軍へ攻撃を仕掛ける際、唯一の懸念点はシャルザード軍の義勇旅団『灰色の幽霊(グレイゴースト)』と名乗る部隊だ。

 イスラファン侵攻軍を潰したのはこの旅団であるのが明白であり、オリヴァス曰く自身と同格がいるとのこと。

 

 だが問題は恩恵の大量消失によって敗北は分かったものの、どのような戦闘の経緯であったのかが分からないことだ。

 相手がレベル5であったならば、オリヴァスが何とかしてくれるだろうが――もしも、格上であった場合は最悪の事態となる。

 『灰色の幽霊(グレイゴースト)』にはオリヴァス達、傭兵を先鋒としてぶつけるのは既定路線。

 しかし、彼らが瞬殺される程の相手ならば白旗を上げなければならない、とゴーザは覚悟を決めた。

 

 総指揮官が悲壮な覚悟を抱いているのとは裏腹に、ワルサ軍の士気は高い。

 集結したシャルザード軍の指揮系統が統一される前に叩くべく、迅速に移動を開始していた。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、レヴェリアによる治癒魔法を連日連夜掛けられ続けたおかげで、隠し砦を出発したシャルザード軍は疲れ知らずで行軍を続け、集結日の前日には『ガズーブの荒原』に到着していた。

 事前に連絡を入れておいたこともあり、アスフィ達が現地で待ち構えていた。

 彼女達はかなりの余裕を持って到着していた為、偵察まで実施しており、ワルサ軍の動向を正確に調べ上げていた。

 それによると、敵の数は7万程度。

 また虎の子の機動部隊――砂海の船(デザートシップ)を集中配備した部隊――は予備戦力として後方に配置されており、戦場の火消し役として投入することが明白だ。

 アスフィからの報告を聞いたレヴェリアは確信した。

 作戦の変更はあったものの当初の目論見通り、ワルサ軍の全戦力を引っ張り出すことに成功した、と。

 

 

 そして、集結日当日正午前――

 

 

 『ガズーブの荒原』を包み込むように広がっている砂漠地帯、『シンドの砂原』へワルサ軍が侵入したところで、『灰色の幽霊(グレイゴースト)』が牙を剥いた。  

 未だ戦端を開いていない一方面を除いて、全方面で阿鼻叫喚の地獄絵図と化す中で、もっとも()()()に満ちていたのはヘイズが担当した方面だ。

 

 爆炎が吹き荒れ、一瞬にして中隊単位で焼滅していく。

 抵抗はおろか、断末魔の叫びを上げることすら許さない。

 技も駆け引きも何もいらない、ただ付与(エンチャント)魔法を纏った剣を振るっていくだけの単調な作業であった。

 

「アスフィ達は、もうちょっと色々とやっているんですかねー?」

 

 そう呟いたところで、アスフィは斬撃を飛ばして戦列を消し飛ばしていそうな気がした。

 コレが一番効率がいいので、とメガネをクイッとやりながらやっていそうである。

 

 レベル7に至った彼女がレヴェリアから指導を受けて習得した技であり、ヘイズ達もまたレベル7にランクアップしたならば同じ指導を受けることが確定している。

 いい感じに手加減したレヴェリアの飛ぶ斬撃を、自身の斬撃を飛ばして相殺できるまで受け続けるという過酷な指導だ。

 習得できた時、喜んだアスフィが斬撃を飛ばしまくってはしゃいでいたのは、良い思い出であった。

 

 その時だった。

 

「我が主、ラシャプ様の計画を妨害する輩め!」

 

 爆炎を掻い潜ってやってきた全身に刺青を入れた痩身のエルフが、そんなことを宣った。

 彼の身体がところどころ焼け焦げている程度に留まっている様を見て、ヘイズは己のミスを悟る。

 

「うーん、ちょっと火加減をミスっちゃいました。生焼けはマズイですねー」

「我が名はシール! ラシャプ様一の眷族にしてラシャプ・ファミリアの団長!」

「はいはい、そうですか。ちゃんとこんがり焼いてあげますから、じっとしていてくださいねー」

「【荒べ、悪疫の幻風】【ハル・レシェフ】!」

 

 目の前の化け物が会話にのってくれた、その幸運にシールは感謝しながら流れるように呪詛(カース)を発動した。

 彼の目が輝き、光を発する。

 その光こそが呪詛(カース)であり、相手を見ただけで当てられる代物だ。

 

 呪詛(カース)の効果は対象者にとって、『最愛』と『悲劇の記憶』を忠実に再現する悪辣なモノ。

 故に対人戦ならば最強であり、噂に聞く『頂天』にも通用するとシールは確信していた。

 そそくさと移動して砂上に伏せた彼は、相手が致命的な隙を晒すのを待つ。

 彼の狙い通り、ヘイズは呪詛(カース)に掛かった。掛かってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 目の前に佇むレヴェリアは仕草も声も何から何まで本人と同じだ、とヘイズは感じた。

 彼女にとってレヴェリアは悲劇の記憶こそないものの紛れもない最愛であり、その出会いは間違いなく人生の岐路となった。

 

 現れたレヴェリアはヘイズの名を呼び、微笑んでみせた。

 本物にしか思えないが、状況的に本物であるわけがない。

 

「……こんがり焼くだけで済ませようと思ったんですけど、気が変わりました」 

 

 そう呟いたヘイズは剣を下ろす。

 戦闘体勢を解いた様子に、離れたところから見ているシールはほくそ笑む。

 『最愛』と化した配下が、ゆっくりと近寄っていく。

 

 配下達は勿論、シールすらもヘイズの目に誰が映ってどのような会話をしているのかは分からない。

 だが、そこは問題ではない。こちらがやることは暗器を叩き込むだけだ。

 オラリオから取り寄せたダンジョンのモンスターから取った毒は、それだけでも致命傷になりえる。

 

 そして、ヘイズに手が届きそうな程に近づいた瞬間、シールは大きく目を見開く。

 今、目の前で起きたことが彼には理解できなかった。

 

 『最愛』と化した配下、その首をまるで実った果実を取るかのように剣を持っていない方の手でもぎ取り、そのまま握り潰した。

 肉片と血液が散らばり、ヘイズの戦闘衣(バトルクロス)を汚すが意に介すことはなく、憤怒の形相でもって宣言する。

 

「惨たらしく死ね、蛮族共」

 

 

 

 

 

 シールは戦慄した。

 次々と最愛と化した筈の配下達が首をもぎ取られて握りつぶされた上、身体に剣を刺されて内側から焼かれていく。

 1人1人念入りに殺していくその姿は鬼気迫るものがあった。

 

 彼は知らぬことだが、ヘイズの気性は苛烈である。

 そんな彼女が本物そっくりであろうとも、状況的に幻覚と分かるレヴェリアを出されて、キレないわけがなかった。

 何よりも彼女の怒りの炎に燃料を注ぐことになったのは、現れるレヴェリアが()()()()ことだ。

 

「あの御方がっ! そんな愚鈍であるわけがないでしょうがぁあああああ!」 

 

 配下達による必死の反撃を、ヘイズは叩き潰す。

 瞬く間に首無し死体が出来上がるが、すぐさま肉片一つ残すことなく焼滅する。

 

「あの日あの時から、私が焦がれているあの御方がっ! こんな生温いものであるものかっ! あの御方を穢すなぁああああ!」 

 

 怒りの叫びを上げながら、彼女は嵐のように暴れまわる。

 

 

 

 あまりの惨状に、シールは逃げた。

 後のことなど知らぬとばかりに、全力で。

 だが、ヘイズが逃がすわけもない。

 何よりシールの姿もまたレヴェリアに見えているからこそ、彼女の憤怒は更に湧き上がる。

 

「レヴェリア様が私との戦いで、背中を見せて逃げ出すなど天地がひっくり返ってもあるわけがないでしょうがぁあああ!」

 

 叫びと共に彼女は疾駆した。

 逃走を開始して僅か十数秒もしないうちにシールは激痛を感じ、そのまま永遠に意識が途切れた。

 

「本当なら徹底的に()()をしたいところなんですけど……時間も無いので、これくらいで勘弁してあげます」

 

 たった今、手で取ったばかりのシールの首に向けてヘイズは告げた。

 そして、彼女は首を砂上に落として踏み潰し、踵で念入りにぐりぐりと踏みつける。

 最後に首無しとなった彼の身体をしっかりと焼き尽くし、ぽつりと呟く。

 

「……私のミスですねぇ」

 

 会話せずに淡々と処理すれば、このような事態にはならなかった――と、ヘイズは深く溜息を吐いて、肩を竦めてみせた。

 

 

 

 

 

 

 『ガズーブの荒原』にもっとも近づいたのは、ゴーザ率いる中央本隊であった。

 彼はオリヴァス率いる傭兵達に先鋒を務めさせていたものの、敵影を見ることなく進んできていた。

 他方面から攻めている師団からは悲鳴のような報告ばかりであり、肉挽き器ですり潰されていると言っても過言ではない消耗具合であった。

 

 誘い込まれている、とゴーザもオリヴァスもまた理解していたが、2人の考えは真逆だった。

 

 そんなことができる程に余裕がある相手だ、とゴーザは考え、この先には地獄が口を開けて待っているかのように感じていた。

 対するオリヴァスは自分達を誘い込んで袋叩きにするつもりだと考え、罠ごと食い破ってやると気炎を上げた。

 彼に同調し、傭兵達もまた士気を大いに上げていた。

 

 そして、更に奥へ進んだところでオリヴァス達は敵影を発見した。

 

 

 

 

 

 

「たった1人か……」

 

 敵を発見したことからゴーザへ伝令を命じたオリヴァスは、呟きながらも歩みを進めていく。

 その行動を諌める者は誰もいない。

 

 彼に従うのはレベル4からレベル2で構成された傭兵部隊だ。

 シャルザードとの戦いでは縦横無尽に暴れ回り、蛮行を成してきた荒くれ者達は誰もが戦意に満ち溢れていた。

 

 敵は黒いローブを纏い、フードを目深に被っているが、近づくに連れて体型から女であることが窺えた。

 下卑た笑みを浮かべて、良からぬことを考える傭兵達を尻目に、オリヴァスは両手を大きく広げて宣言する。

 

「我が名はオリヴァス・アクト! この邂逅に感謝しよう! お前を食い、私はより高みへと至る!」

「殺してもいいけど殺す前にヤらせてくれよー」

「ローブの上からでも分かるあの胸……良いねぇ」

「顔を見せろ! 顔をー!」

 

 好き勝手に言い始める傭兵達に、オリヴァスはわざとらしく肩を竦めてみせる。

 

「分かった、分かったとも」

 

 そう言って傭兵達を宥めながら、彼は黒いローブの女に対して言葉を続ける。

 

「安心したまえ。お前と戦うのは私1人だ。私達全員と同時に戦っては、天地が逆さになっても勝てないからな」

 

 オリヴァスの言葉に、げらげらと笑ったり同意したりする傭兵達。

 その時、玲瓏な声が響き渡る。

 

「お前達は死を恐れないか?」

「無論だとも! 生死の狭間など彷徨いすぎて慣れてしまったからな!」

 

 問いかけに、オリヴァスが答えれば傭兵達は歓声を上げる。

 それを確認した黒いローブの女はおもむろにフードに手をやった。

 素顔が見られると分かった傭兵達は下品な言葉で囃し立て、オリヴァスは嗜虐心が込み上げてくる。

 

 この女の顔を焼いた後に踏みつけて潰してやろう――そう思いながら、彼は舌なめずりをしてみせた。

 

 そして、ゆっくりとフードがめくられて露わになった顔に、オリヴァス達は大きく目を見開いた。

 オラリオを出てから10年以上の年月が過ぎているが、その顔は彼等にとって忘れられるわけがなかった。

 

 金髪金眼が特徴的な、女神の如き美貌を誇るダークエルフ――【黄金の戦乙女(ヴィンゴルヴ)】レヴェリア・スヴァルタ・アールヴ。

 闇派閥にとっての疫病神が、今この場にいること自体が信じられなかった。

 絶句する彼等に、レヴェリアは不敵な笑みを浮かべて問いかける。

 

「お前達は死を恐れないと言ったが……私は怖いだろう?」

 

 問いかけながらも答えを待つことなく、レヴェリアは剣を引き放つ。

 

「シャルザードを好き放題してくれたお礼だ。遠慮せずに受け取ってくれ」

 

 瞬間、壮麗な音と共に黄金色の斬撃が横薙ぎに放たれる。

 逃げることすらできず、オリヴァス達は光に呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 戦いがどのように推移するか見守っていた、ゴーザ率いる中央本隊の将兵達は言葉を失う。

 

 黄金の光が収まった後、そこには何もなかった。

 はじめから誰もいなかったかのように、ただ砂漠が広がっていた。

 

 一撃でもって、レベル5を含む多数の傭兵達を殲滅した――ゴーザ達からすれば、あまりにも現実離れした光景であった。

 だが、それを成したレヴェリアは全く別のことを考えていた。

 

 フレイヤはうまくやっているだろうか――?

 メルーナに迷惑を掛けたり、困らせていないだろうか――?

 

 本来ならばアスフィとヘイズの間の区域には経験を積ませる為、メルーナを配置していた。

 だが、フレイヤが「ラシャプ達のことは任せて」と言い出したことで、彼女にメルーナを護衛としてつけて、輜重部隊と共にいるラシャプ達の下へ送り出していた。

 

「ん? また何か来たな」

 

 5匹の20Mを超す巨蛇――バジリスクが敵の本隊を迂回する形で近づいてきていた。

 蛇達の近くには鞭を持った5人の調教師達がおり、うまく誘導されているようだ。

 

「ご苦労なことだ」

 

 レヴェリアは再び剣を振るった。

 壮麗な音と共に放たれた斬撃により、バジリスクと調教師達は諸共に消え去った。

 

 

 

「降伏だ! 全部隊に伝令を!」

 

 バジリスクと調教師達が綺麗サッパリ消え去ったのを見せつけられ、ゴーザは我に返って叫んだ。

 その命令により反射的に兵達が動き始める。

 比較的綺麗な白い布を槍や棒にくくりつけて即席の白旗が何本も作られ、掲げられていく。

 その間にも伝令達は各部隊を目指して駆け始めた。

 

 金髪金眼、女神の如き美貌――そして、レベル5を含む傭兵達を瞬殺できるダークエルフ。

 そんな存在は、ゴーザの知る限りこの世に1人しかいない。

 

「……あれが『頂天』か」

 

 ゴーザは呟いた。

 一撃でもって死ねたのはオリヴァス達にとって慈悲であったのかもしれない、と彼は何となく考えてしまう。

 破格の治癒魔法の使い手でもあるというレヴェリアならば、痛めつけて治療してまた痛めつけるということを延々とできた為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は? 何だって?」

 

 ワルサ軍最後方である輜重部隊。

 その部隊には他の傭兵派閥の主神達と共にラシャプもまた帯同していた。

 彼は戦況確認をワルサ兵に頼んでいたのだが、血相を変えて戻ってきた兵が告げた報告に、思わず問い返してしまった。

 

 シールや自身の眷族達があっという間に天に還ったことは恩恵の消失で理解していた。

 これは厄介なのがいるな、と切り札である『バジリスク』の投入を即決し、調教師達と共に5匹のバジリスクが戦場の火消しに全速力で向かった。

 

 それから程なくして齎されたのが、信じられない戦況報告だ。

 

「【白髪鬼(ヴェンデッタ)】率いる傭兵達が、黄金の光に呑まれて消失しましたっ……!」

「それって一撃で全員やられたってことだよね? 敵は誰なんだい?」

 

 オリヴァスぅうう、と叫ぶ彼の主神を横目で見ながら、ラシャプの問いかけに伝令はあらん限りの声でもって告げる。

 

「敵は、敵は……! 金髪金眼のダークエルフの女ただ1人です!」

 

 ラシャプは固まった。

 傭兵派閥の主神達もまた同じく固まった。

 レベル5を瞬殺でき、なおかつそのような特徴的な髪と瞳を持つダークエルフの女はこの世に1人しかいない。

 

「俺、一抜けた!」

「あ、俺も俺も!」

「傭兵なんてやめやめ! これからの流行りは田舎でスローライフだ!」

「じゃあ俺は商売でも始めるかぁ!」

「それじゃ僕もやーめた!」

 

 好き勝手なことを言い始める神々に、ラシャプもまた同調しつつ、さらに告げる。

 

「何で『頂天』が出てきているんだよ! オラリオに引きこもっておきなって!」

「それは私が旅行したいって言ったからよ」

 

 響いた美しい声に、ラシャプ達は再び固まった。

 

「あら、どうしたのかしら? 急に黙り込んでしまって。レヴェリアがいるなら、私もいるのは当然でしょう?」

 

 その問いかけと共に、強烈な神威が現出する。

 一部の神々は神威を隠すことができるが、そこには彼女――フレイヤもまた含まれていた。

 

 恐る恐るラシャプ達が声の方向へ顔を向ければ、そこにはフレイヤが佇んでいた。

 だが、いつもの親しみやすさ――レヴェリア曰く、たわけなところ――は微塵もない。

 

 ワルサ兵達が使い物になるわけもない。

 彼等はただ平伏し、その身を震わせていた。

 そして、フレイヤの背後に付き従う小柄なエルフの少女――メルーナも身体を強張らせていた。

 なまじ普段のたわけ女神を知っている分、余計に衝撃は大きい。 

 

「ラシャプ、あなた……昔、見逃してあげたわよね?」

「そ、それはそうだけど……さすがにこれはノーカンじゃない!? そっちに手を出そうって思って出してないし! あと森に埋めるのは見逃したって言わないと思うよ!」

 

 フレイヤに見つめられ、ラシャプは恐怖に顔を引きつらせながら叫ぶ。

 彼に矛先が向けられている間に、他の神々はコソコソと逃げようとするが――それを見逃すフレイヤではない。

 

「私から逃げられると思っているのかしら?」

 

 その言葉に、神々は動きをピタリと止めた。

 

「じょ、冗談だって!」

「フレイヤ様の眷族に手を出してないし!?」 

「そもそも強すぎて出そうとも思わないっていうか!」

「こう見えてもレヴェリア様のファンです! あの乳と尻いいよね!」

「実はレヴェリア様の汗で蒸れた足に踏まれたいと思ってます!」

「突然性癖を開示するな! 気持ちは分かるけど!」

 

 そんなことを言いながら笑って誤魔化す神々に、フレイヤは目を細める。

 そこでラシャプは起死回生となるかもしれない言葉を放つ。

 

「だ、だいたい! シャルザードとワルサの戦争に無関係なのに、首を突っ込んできたのはそっちでしょ! 僕達はワルサとの契約に従って動いているだけだし! 文句を言うならワルサに言って!」

「それはそう!」

「ラシャプの言う通り!」

「オラリオの冒険者、それも黒妖精の王女が余所の戦争に首を突っ込むのはまずくない?」

「そうだそうだ!」

「『頂天』の横暴に断固抗議するー!」

 

 ラシャプの言葉に風向きが変わった、と神々は一斉に攻勢へ出る。

 フレイヤが出てきたのは自分達を送還する為であるのは明白だ。

 まだまだ下界で遊び足りないからこそ、どうにかして逃れようと神々は思考を巡らせてアレコレと主張する。

 無理筋なものはあまりなく、正当性があるようなものばかりだ。

 

 だが、フレイヤはその全てを黙らせる。

 

「ねぇ」

 

 寒気を感じさせるような声色でもって呼びかけられた瞬間、ラシャプ達は全てを察した。

 次に出てくる言葉に、予想がついてしまったからだ。

 

「私が、そんな事を気にすると思っているの?」

 

 デスヨネー、とラシャプ達の心は一致した。

 こっちの人数が多いからバラバラに逃げれば逃げられるかも、という甘い考えを実行に移す神はいなかった。

 そんなことをすれば、より悲惨な目に遭うことは明らかであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれが『頂天』」

 

 そう呟いたのは老将ジャファールだった。

 彼の隣に立って同じく双眼鏡で戦場の様子を見守っていたアリィは、軽く息を吐く。

 

「ジャファール……この後、レヴェリア達はワルサ本国の軍事拠点を潰しに行くらしい」

 

 この強さならば、それもまた可能だろう――ジャファールは驚きつつも納得してしまう。

 

「確か、『不朽の自由(エンデュアリングフリーダム)』作戦とか言っていたぞ」

「ワルサの牙を完全に砕くつもりですな……」

「そういうことらしい。あと復興の為の資金も、ある程度は出してくれるそうだ」

 

 レヴェリアの手厚い支援に、ジャファールは驚きのあまりに目が点になった。

 その反応に無理もない、とアリィもまた思う。

 彼女だって、まさかそこまでしてくれるとは予想もしていなかった。

 情が深いんじゃないか、とこれまでに集めた情報や実際に接してみたアリィは感じていたが、予想以上に深そうだ。

 

「レヴェリアとのことで、迷惑を掛けることになるが……」

「お任せください」

 

 既にアリィはレヴェリアとの約束をジャファールに伝えていたが、彼に異論はない。

 アリィの性別を知っている彼からすれば、レヴェリアとの話は願ってもない機会であった。

 アラムとしてもアリィとしても愛される上、シャルザードにとって強力な後ろ盾となってくれるのだから。

 

「ただ、まずは後始末から……ですな」

「そうだな」

 

 ジャファールの言葉に、アリィは苦笑した。

 他の方面では数多の亡骸が転がっているところがあり、総出で片付けなければならない。

 後に『シンドの戦い』と呼ばれることになるワルサ軍との決戦は、こうして幕を閉じた。

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