そのVIPルームのバルコニーから、アスフィは夜景をぼんやりと眺めていた。
後ろから猫を踏んづけたようなクロエの叫び声が聞こえてくるが、これは彼女がまた負けた証だ。
5000万までなら好きに遊んでいいぞ、というレヴェリアのお墨付きをクロエは勝ち取っていた。
軽く遊ぶ程度に留めたアスフィ達とは裏腹に、ギャンブル好きの彼女はドップリとハマっていた。
「もう一回! もう一回ニャア!」
「クロエ、いい加減にしないと……ヘルンとヘイズに刺されるわよ」
「ここで引き下がったら女が廃る! 止めてくれるニャ、ルノア!」
「レヴェリア様の資産を食い潰す駄猫め……」
「処しちゃいましょうかねー? 分からせる必要があると思うんですけどー」
「アイズ、ああなっては駄目ですよ」
「そうだぞ、アイズ。クロエは反面教師にするんだ」
「うん、分かった。メルーナも分かった?」
「おい、アイズ。私はお前より年上だが?」
「流石はVIPルーム、酒の種類はオラリオに劣らないねぇ……」
振り返らなくても、どういう光景であるのか聞こえてくる声だけで簡単に想像できてしまったアスフィは思わず苦笑してしまう。
レヴェリアは現在、フレイヤと共に
黒竜討伐時の金銭支援を引き出したいという狙いがレヴェリアにはある為、長引いてもおかしくはない。
この夜景を、レヴェリア様と2人きりで見たいな――
あまり長居はしない、とレヴェリアは言っていたが、チャンスは大いにある。
何なら、レヴェリアの方から誘ってくる可能性も高い。
そして、きっとその先は――
アスフィが妄想しようとした、その時だった。
「フギャアアアア!?」
一際スゴイ叫び声が響き、思わずアスフィも振り返った。
見れば、クロエが床にひっくり返っていた。
彼女の左右には、ニコニコ笑顔であるものの目はまったく笑っていないヘイズとゴミを見るような目をしたヘルン。
勝負に負けたところで、2人によってはっ倒されたようだ。
ルノア達はビュッフェスタイルで提供されている料理を堪能しており、アイシャはソファでチキン片手に酒をぐびぐび飲んでいる。
「……いや、本当に早く戻ってきてください」
呟いて、アスフィは溜息を吐いた。
それからしばらくしてレヴェリアとフレイヤが戻ってきた後、テリーが手配した
その道中、レヴェリアはこっそりとアスフィにメモを手渡していた。
メモの内容は一緒に夜景を見ようというものだが、それだけで終わるわけがないことは明らかだ。
衣服など諸々は
待ち合わせ場所であるホテルのラウンジにてアスフィはレヴェリアと合流した後、彼女の案内で夜景スポットへ向かう。
いつものようにアレコレと話をしているうちに、到着したのは大きな公園であった。
そして、2人並んでベンチに座ったところで、アスフィは気になっていたことを尋ねる。
「ところでフレイヤ様は……?」
「やることがあるから、と言ってどこかに出かけて行った」
「……大丈夫なんですか?」
「騒動は起こさないと言っていたから、大丈夫だろう」
その言葉を聞いて、もしかしたらフレイヤ様があえてそうしてくれたのかな、とアスフィは思う。
これまで色々なことをフレイヤに話してきた。
当然レヴェリアの事も含まれており、彼女がフレイヤと交わした約束もアスフィは聞いている。
神とヒトの視点・価値観の違いがよく分かったが、それだけで終わらないのがフレイヤだ。
彼女はアスフィに様々な助言をしてきた。
恋話は大好きなのよ、と宣って、にっこり笑うフレイヤは崇高な女神ではなく、ただの世話焼きなお姉さんにしか思えなかった。
レヴェリアとの関係という面では、アイシャが既に深い関係になっているのはアスフィも他の面々も知っている。
入団してすぐ、経緯をアイシャ自身が語ってくれたからだ。
しかしながら、彼女はアマゾネス。
抱いてと迫れば抱いてくれるよ――そんな助言しか返ってこない為、まるで参考にならなかった。
アスフィ、キスして押し倒すのよ!
アスフィ、抱いてと言え! 抱いてと言うんだ!
フレイヤとアイシャの事を考えた為か、2人が親指を立ててそんな事を宣っているのがアスフィの脳裏を過った。
いかにも2人が言いそうなことであった。
頑張りなさい、アスフィ。積極的に行くのよ――
今頃、レヴェリアと良い雰囲気になって行くところまで行くだろうアスフィに対して、フレイヤは心の中でエールを送った。
彼女は今、腕が良いと評判の仕立て屋にて注文品が出来上がるのを待っていた。
この店はテリーにこっそりと教えてもらい、フレイヤがレヴェリアに告げた『やること』とは仕立て屋に衣装を仕立ててもらうことだ。
その衣装はフレイヤが絵に描いてみせた時、店主が大変困惑し、本当にこれでいいのかと何度も確認してきた代物だ。
レヴェリアが過去、
バニーガールならばオラリオの繁華街や歓楽街にもいる為、わざわざ
だが、レヴェリアの反応からしてバニーガールが目的であるのは明らかだ。
ただのバニーガールではなく、特殊なもの――そこから予想は始まり、レヴェリアの事に詳しいフレイヤだからこそ、答えを出すことに成功した。
大事なところは丸見えで手足は衣装で隠れている――逆バニーガールとでも称すべき存在ではないか、と。
コスプレ専門の娼館でもそんな衣装はない。
そもそも逆バニーなどという発想自体がないからである。
そんなわけでフレイヤはレヴェリアの願いを叶えてやろう、と仕立て屋に己が考えた逆バニー衣装を頼んだ。
店主が仰天するのも無理はなかった。
ちなみに、フレイヤが着るだけではなくレヴェリアにも着せる為、2着分注文していた。
「うふふ、楽しみ」
妖艶な笑みを浮かべ、フレイヤは呟いた。
フレイヤの企みなど露知らず、レヴェリアとアスフィは夜景を見ながら雑談に興じていた。
話題が途切れたタイミングを見計らってレヴェリアは切り出す。
「アスフィ、私はお前とより深い関係になりたいと思う」
遂に来た――
予想していたものの、それでも胸の鼓動が早くなっていくのをアスフィは感じた。
答えは決まっているが、それでも聞きたいことがあった。
その質問とは、口説かれる側にとっては当然ともいえるものだ。
「レヴェリア様、私のどこが良いと思ったんですか?」
「まずお前が容姿に優れ、
瞬時にその答えが返ってきたところで、アスフィは己が地雷を踏んだことを悟った。
一番弟子としてレヴェリアとは長い付き合いであるからこそ、彼女が目を輝かせて饒舌になる面倒くさい兆候は実体験を通して学んでいた。
「……それは長くなるヤツですか?」
「そうでもない」
涼しい顔で答えてきたレヴェリアだが、アスフィはジト目で見つめる。
レヴェリアの主観では長くない――そのパターンの時、聞いている側からするととても長い時間となることも、アスフィは学んできた。
これが魔道具や戦闘などに関する事ならばアスフィにとっても勉強になるのだが、今まさにレヴェリアの口から紡ぎ出そうとされているのは、彼女から見たアスフィの好ましい点だ。
それだけレヴェリアが意識していたという証拠に他ならない為、アスフィとしても嬉しいが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
「すいません、レヴェリア様。私から聞いた手前、大変恐縮ですが……やっぱり言わないでください」
「……駄目なのか?」
表情こそ変わらないが、長耳がへたれたレヴェリアを見ても、アスフィは断固として告げる。
「駄目です」
「……ちょっとだけでも」
「駄目です」
「どうしても?」
「駄目です」
取り付く島もないアスフィに、レヴェリアは肩を竦めてみせた後、ゆっくりと手を伸ばす。
そして、アスフィの頬に優しく触れた。
「ともかく、先程の答えを聞きたいのだが……?」
見つめながら尋ねるレヴェリアに対して、アスフィは頬を染めつつも顔を逸らすことなく、答えを告げる。
「……喜んで」
その答えにレヴェリアは微笑み、そのままゆっくりと顔を近づけていく。
アスフィもまた拒むことなく目を閉じ――やがて2人の距離は零となった。
翌朝、アスフィが目を覚ますとそこにはレヴェリアの顔があった。
優しげな笑みを浮かべている彼女を見ていると、昨夜の事がアスフィの脳裏に蘇ってくる。
夜景の見える公園のベンチで口づけを交わし、そこからレヴェリアの案内で宿泊先とは別のホテルへ赴いた。
そして、緊張するアスフィをレヴェリアが優しく解きほぐしてから徐々に色々なことがエスカレートしていった。
レヴェリアのテクニックも相まってアスフィはあっという間に理性をドロドロに溶かされ、快楽の大津波に翻弄されることになった。
普段なら口が裂けても絶対に言わないようなことを口走ったり、色々な意味で新しい扉をたくさん開いてしまう程のものだ。
これらに加えて、行為の最中にはレヴェリアから見てアスフィの魅力的なところを愛と共に耳元でたっぷりと囁かれ続けた。
情熱的に深く強く求められてアスフィは嬉しかったが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
とんでもない痴態まで晒してしまったのだから尚更だ。
「レヴェリア様、何で私を見ているんですか?」
「寝顔が可愛いかったから、つい」
「……もう」
睨みつけるアスフィだが、それすらもレヴェリアにとっては愛らしい。
アスフィの額に口づけた後、彼女は提案する。
「一緒にシャワーを浴びよう」
「……本当にそれだけで終わるんですか?」
ジト目で問いかけたアスフィに対して、レヴェリアは視線を逸らした。
その反応はシャワーだけで終わらないと如実に示している。
「もう、仕方がないですね」
渋々といった体であるが、アスフィも内心では乗り気であった。
昨晩の快感、それは彼女の身体にしっかりと刻み込まれていた。
それから数時間後、すっかり日が昇ってから滞在先のホテルに戻ったレヴェリアとアスフィ。
誰もいない廊下で口づけを交わしてから別れ、それぞれが自分の部屋に入ると――
「昨夜はお楽しみでしたね! どういう感じだったのか、きりきり吐いてください!」
「直ちに遅滞なく、詳しく説明しなさい。私は冷静さを欠こうとしているわ」
アスフィの部屋である筈なのに、ヘイズとヘルンが仁王立ちで待ち構えていた。
その背後にはニヤニヤ笑いながらソファに座っているアイシャとクロエ。
2人に挟まれているアイズもまた興味津々といった表情だ。
破廉恥だ、不敬だ、とブツブツ言いながらも、チラチラと視線をアスフィに向けるアウラ達エルフ3人組は興味津々であることをまったく隠せていない。
他人の恋話に興味があるルノアもまた、アスフィがどういう事を話すか注目していた。
どうやら昨晩からいるらしく、ルームサービスで注文した酒やら料理やら菓子類がとっ散らかっていた。
ヘルン達に問い詰められることは予想していたが、ここまでの惨状は予想外だったアスフィは溜息を吐いた。
一方、レヴェリアの部屋では満面の笑みを浮かべてフレイヤが待ち構えていた。
その手には、昨晩仕立ててもらった逆バニーガールの衣装があった。
「……おい、フレイヤ。その手にあるものは何だ?」
「あなたが探していた、逆バニーガールとでもいうべき衣装よ。昨夜、仕立ててもらったの」
「どうして分かった……!」
「あなたは私の考えることはお見通しってよく言うけど、その逆もまた然り。あなたの考えなんてお見通しよ」
胸を張ってドヤ顔で答えたフレイヤは、一拍の間をおいて告げる。
「さぁ、レヴェリア。あなたが世界初の逆バニーになるのよ!」
「くっ……!」
逆バニー衣装を高々と掲げるフレイヤに、レヴェリアは顔を歪めて――内心ではノリノリ――で頷くのであった。