リリルカ・アーデは暗い顔で、通りを歩いていた。
彼女が属するソーマ・ファミリアは探索系ファミリアだが、主神ソーマが作っている神酒の販売もしている。
だが、その実態はソーマが派閥運営に無関心である為、団長のザニスが私物化しており、彼とその取り巻き達による神酒を使った支配体制が構築されていた。
団員達の大半は神酒の虜となり、リリルカの両親も神酒を得る為にダンジョンで無茶をして帰ってこなかった。
小人族でもやれる――それはフィン・ディムナにより示されたが、リリルカにとっては遠い世界の話にしか思えなかった。
だが、影響を与えていないわけではなかった。
リリルカは勇気を出して、退団したい旨を数年前に伝えていたのだ。
すると、多額のカネ――リリルカが一生かかっても用意できそうにない金額――をザニスは要求した。
それだけのカネを用意できたら退団できる、と下卑た笑みを浮かべながら彼は言った。
退団資金を稼ぐ為、リリルカはサポーターとして冒険者に雇われてダンジョンに潜り、その分け前を貰っているのだが、冒険者からの扱いは良くない。
大手や中堅派閥では自派閥の下位団員達をサポーターとして同行させ、経験を積ませる。
その為、他派閥のサポーターを雇うような冒険者は下位や零細派閥に属している場合が多い。
深層への遠征を定期的に行う派閥の冒険者達は、サポーターが生命線であることを身をもって知っている。
だが、それ以外の冒険者達には、戦闘に寄与しないサポーターを見下す風潮が根強く存在していた。
これまでリリルカは多くの冒険者に雇われてきたが、罵詈雑言や報酬を支払わないことは当たり前、理不尽な理由で暴行を受けたこともよくあるし、モンスターに襲われて死にかけているところを見てゲラゲラ笑っていることだってあった。
リリルカが冒険者に復讐を誓うには、十分過ぎた。
だが、無差別にやっていたわけではなく、先に手を出してきた相手に限定していた。
彼女を雇った冒険者の中には、極少数ながらマトモな者もいた為だ。
目標金額は遥か彼方で、終わりがまったく見えない。
いつまでこんな生活を続けるんだろう――
いっそ天に還ったほうが――
そんな思いが頭の中をぐるぐる回っており、彼女の気分は最低だった。
溜息を吐きつつ、やや俯きながら歩いていたのがいけなかったのだろう。
前方不注意となっていたリリルカは柔らかいものにぶつかった。
「あんっ」
「あ、ごめんなさい……」
妙に艶っぽい声であったが、誰かにぶつかったのは確かであった為、リリルカは即座に頭を下げて謝罪した。
しかし、相手からの反応が何も無い。
恐る恐る顔を少しだけ上げてみれば、そこには鈍色の髪と瞳をした少女がいた。
彼女はリリルカをじっと見つめている。
その様子に、リリルカは心の中を見透かされているような気分になってしまう。
神様でもないのに、そんなことはないと思ったところで、少女がにこりと微笑んだ。
「どうかしたんですか? すっごく暗い顔をしていますけど……」
まさかの問いかけに、リリルカは目を丸くしてしまう。
お人好しというヤツですかね、と内心で自問自答しつつ、口を開く。
「身内に不幸なことがあったので……時間が経てば大丈夫ですから」
下手なことを言えば、このお人好しな少女がザニスとその取り巻き達に目をつけられるかもしれない。
それを避けたいからこそ、リリルカは
「そうだったんですね……」
神妙な顔で相槌を打つ少女に、リリルカはホッと一安心したのも束の間だった。
「それでしたら美味しいものを食べましょう! 実は私、デメテル・ファミリア直営レストランで働いているんですけど……サービスしちゃいますから! もうすぐ営業開始ですし! 是非!」
にこにこ笑顔でそんなことを宣った。
こんなことは想定外であったリリルカは、どう断ろうか悩んでいるうちに少女に手を掴まれた。
恩恵があるリリルカならば簡単に振り払って走って逃げられるのだが、そうはしたくなかった。
「私、シル・フローヴァっていいます! シルって呼んでください! あなたは?」
「……リリルカ・アーデです」
「じゃあリリって呼びますね!」
「いやグイグイきますね!?」
満面の笑みを浮かべながら、愛称で呼ぶと宣ったシルに思わずツッコミを入れてしまったリリルカであった。
「えっ、退団にお金が必要なんですか!?」
驚いたシルに、リリルカは大きく頷いてみせた。
最初こそ遠慮がちにしていた彼女であったが、シルの巧みな話術に加えて開店直後でお客さんはリリルカだけという状態であるのも追い風となった。
注文を取って料理を運んだ後、シルは堂々とリリルカとの会話に時間を割くことができたからだ。
そしてリリルカの身の上話を聞き、ソーマ・ファミリアを退団できない理由を尋ねたところ――まさかの答えが返ってきた。
「ザニス様がそう仰られていました」
「主神のソーマ様は?」
「お酒作りに没頭している為、まず会えません。ステイタス更新にもお金が必要で、ザニス様に納めて取り次いでもらう形です」
「えぇ……」
シルは困惑しつつも、ソーマ・ファミリアの内部がどうなっているか予想できてしまった。
ソーマが無関心なのを良いことにザニスとその取り巻き達が派閥を私物化している、と。
オラリオに派閥は数多あれど、さすがにここまで酷いのはシル――フレイヤも聞いたことがない。
ガネーシャ、アストレアは駄目ね。
派閥内部のことだから、手が出せない。
派閥ぐるみで悪事に手を染めているならばいざ知らず、余所には迷惑を掛けていない。
神酒を飲む為に団員達は金策に必死になっているが、それで他派閥との間で大きな揉め事を起こしているわけでもない。
団長と取り巻きが派閥を私物化しているのはよろしくないが、それは派閥内で解決すべきことであり、他派閥が干渉すべきことではない。
ソーマ・ファミリアでのリリルカの扱いがどういうものか、想像がついてしまうが彼女を助けるのは困難――普通ならば。
そういう無茶を通せる人物が一人いた。
ドヤ顔で胸を張るレヴェリアの姿を、シルは脳裏に思い描いた。
「エッホエッホ……レヴェリアに伝えなきゃ……エッホエッホ……大変大変……」
食事を終えたリリルカを見送った後、フレイヤはいつもより早めに仕事を切り上げていた。
リリルカのことをレヴェリアに伝える為だ。
『廊下を走るな。特にたわけ』
そんな張り紙が廊下の壁にあるのだが、いつものように彼女は見なかったことにしたので問題なかった。
いつものように張り紙を無視してフレイヤが廊下を爆走している事など露知らず、レヴェリアは執務に励んでいた。
シャルザード、
フレイヤとの約束通り、レヴェリアが男装した上でのアパートでの2人きり生活をしたり、アスフィ達へのお礼なども済ませ、すっかりといつもの日常に戻っている。
「そろそろ一休みするかな……」
壁に掛けられた時計を見てレヴェリアが呟いた時、タイミング良く扉が叩かれた。
許可を出すと入ってきたのは満面の笑みを浮かべたヘイズ。
彼女が持つトレイにはバニラアイスがデデンと乗り、甘いシロップがたっぷりと掛かったパンケーキが皿に鎮座している。
「レヴェリア様、パンケーキを作ってきました!」
「ふふ、ありがとう」
絶妙なタイミングでやってきたヘイズに、レヴェリアは微笑んだ。
「うん、美味しい」
「えへへ、良かったです」
レヴェリアの感想を聞いて、はにかんだ笑みをヘイズは浮かべる。
そんな彼女の笑みに、レヴェリアはほっこりとしながら言葉を続ける。
「そういえばヘイズ、先週のランキングでは幾つかの部門を総ナメだったな」
「うぅ、素直に喜べないです……」
レヴェリアの言葉に、ヘイズは眉をハの字にして困った顔となる。
ヘルメス・ファミリアが定期的に開催している多種多様なランキング。
その中でヘイズは幾つもの部門で堂々の1位に輝いていた。
「最カワ女冒険者ランキングはともかく、甘酸っぱいアオハルを送りたい相手ランキングとか、同じクラスで席が隣になりたいランキングとか……何だかよく分からないですし」
「他にも幼馴染になりたいランキング、夏祭りに一緒に行きたい相手ランキングとか、全体的に青春を過ごしたい系だな」
「私も聞かれたので、全部レヴェリア様に入れたんですけど……全部ランク外とか票の不正操作があったと思います!」
けしからん、と腰に手を当てて、ぷんすか怒り顔となるヘイズに対して、レヴェリアはくすりと笑って告げる。
「私も聞かれたから、お前に入れたぞ」
その言葉に、ヘイズは思考停止した。
彼女がこれでもかと好意を向けて、レヴェリアが気づいていないわけがない。
さらにステイタス更新時、ヘイズはフレイヤからレヴェリアの事を色々と聞いていた。
レヴェリア様に鬱陶しがられてませんか? 大丈夫ですかね?
むしろ逆よ。レヴェリア、めちゃくちゃ喜んでいるわ。もっといきなさい――
そんな問答である。
故に安心して好意をぶつけてきたのだが、まさかここでレヴェリアから好意を返されるとは思いも寄らなかった。
前回の旅行でアスフィがレヴェリアと深い関係になったこともあり、「次は私だ、ヘルンには負けない」とヘイズが意気込んでいた矢先であった。
「それって私と一緒に甘酸っぱいアオハルを送りたくて、隣の席になりたくて幼馴染で夏祭りに行きたいってことですよね!?」
「そうなるぞ」
ぐいっと身を乗り出して尋ねるヘイズに、レヴェリアは苦笑しながら答えつつ、彼女の頭を優しく撫でながら尋ねる。
「ところで次の休日、空いているか?」
「空いてます! 何にもないです!」
「それならば良かった。2人で出かけるとしよう」
その誘いに、ヘイズは今日一番の笑顔を披露する。
これまでにもレヴェリアと2人きりで出かけた事は何度もあるが、大抵は昼食か夕食を食べた後にホームに帰ってきていた。
この流れからすると、それだけでは終わらないことをヘイズは確信する。
勝負下着を履いていくべきですねぇ――!
そう心に決めたヘイズは何食わぬ顔で尋ねる。
「ところでレヴェリア様、私って黒と赤と白だったら、どの色が似合うと思います?」
「ふむ……黒じゃないか? 赤や白もかなり捨てがたいが……」
服装のことかな、とレヴェリアは思いつつ答えた。
さすがの彼女も、まさか勝負下着の色を聞いてくるとは予想していない。
その時、扉が勢いよく開かれた。
世界広しといえど、レヴェリアの執務室の扉をノックもなしに開ける輩はあんまりいない。
そして開けた人物に、レヴェリアとヘイズは目を丸くする。
「フレイヤ様、今日は朝からデメテル様のところに行っていた筈では?」
フレイヤがデメテルのところに行った時、大抵帰りは夕方となる。
ヘイズの問いかけに、フレイヤは答えた。
「シルが暗い顔をした小人族の子供を連れてきてね。魂をちょろっと視たら、薄汚れているけど磨けば良さそうな感じなの」
「訳アリか?」
レヴェリアの問いかけに、フレイヤは頷いて告げる。
「ソーマの眷族なんだけど、その子が言うには退団どころかステイタス更新にもお金が必要みたいなの」
「万年オラリオワーストワンのうちとは別方向にヤバいですねー」
思わずヘイズがツッコミを入れ、レヴェリアもまた頷いてみせる。
そういえば、とヘイズは言葉を続ける。
「ソーマ・ファミリアってお酒の為に必死になって団員がお金を稼いでいるって聞いたことがありますけど……その小人族もお酒目当てですか?」
「ところがそうじゃないのよ。退団したいんだけど、要求される額が高すぎてどうにもならないって感じ」
「両親がソーマ・ファミリアの団員で、本人の意思に関係なく入団させられたパターンですかね?」
「みたいよ。あと派閥内での扱いとかも悪いみたいで……」
そんなやり取りをしつつ、ヘイズとフレイヤは揃ってレヴェリアへ視線を向けた。
2人からの視線を受けて彼女は告げる。
「サポーターとして雇おう。退団にいくら要求されているのか知らんが、それを支払っても手元に残るくらいに稼がせてやればいい」
銭ゲバみたいだから要求金額は10億くらいかな、とレヴェリアは予想しつつ、そのように答えるとフレイヤが大きく頷いた。
「早速、シル経由で伝えておくわ」
「ああ、そうしてくれ」
「レヴェリア様、どの階層に篭りますか?」
「とりあえず51階層でいいだろう」
ヘイズの問いかけに、レヴェリアはそう答えるのだった。
リリルカ・アーデ、51階層のダンジョン篭り(場合によっては更に潜る)決定っ!
なお、どの階層まで行くか、シルは本人には知らせない模様。
これによってソーマ・ファミリアの到達階層が非公式だけど51階層となるので、立派な探索系ファミリアだな! レベル2とレベル1しかいないけどヨシ!