転生したので、欲望の為に突っ走る   作:やがみ0821

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槍の戦乙女

 

「アーデ、心配していたぞ。何しろ、1ヶ月も帰ってこなかったのだからな」

 

 リリルカを気遣う言葉をザニスは掛けるが、その表情が気遣っているわけではないことを如実に物語っている。

 この部屋にいるのはザニスだけではなく、取り巻きであるカヌゥ達もいるのだが彼等は唯一の出入り口を塞ぐかのように陣取っていた。

 彼等は揃ってニヤニヤとした笑みを浮かべ、リリルカを見ていた。

 対するリリルカは無言で、執務机の上に金貨の詰まった大袋を置いた。

 

「ほほう、これは中々稼いできたな。神酒の一滴でも与えてやってもいいかもしれん」

 

 リリルカの用件は分かりきっているが、ザニスはとぼける。

 

「退団資金です。コレでリリは抜けさせてもらいます」

 

 手短に告げた彼女に対して、ザニスは天を仰いで両手で顔を覆ってみせる。

 

「あの時、確かに私はお前に退団に必要な金額を伝えた。真面目なお前のことだから不足なく持ってきたのだろう」

 

 だが、とザニスは言葉を続ける。

 

「すまない、実はあれから再び計算してみたのだが……この5倍は必要だった。こればかりは私のミスだ、申し訳ない」

「それだけじゃないでしょう? 俺達は心配になってアーデを探し回ったんですから。その分の謝礼金も貰わないとねぇ」

 

 ザニスだけでなくカヌゥもまた便乗してカネを要求する。

 その顔は醜悪極まりない。

 

 これまでのリリルカであったならば暴力に怯え、ただ伏して金品を差し出すしかない。

 だが、今の彼女は違う。

 

 レヴェリア様も欲望塗れですけど、この方々とは全然違いますねぇ――

 

 レヴェリアが如何に色ボケであるか、リリルカは稽古をつけてくれた【静寂】のアルフィアに色々と聞かされた。

 ほとんどが惚気だったような気がするが、ともあれレヴェリアが欲望一直線であることはよく理解できた。

 その後、アルフィアがレヴェリアに突撃していき、両者による大砲撃戦(ジェノス・アンジェラスの撃ち合い)が勃発。

 血相を変えたアイズがリリルカを引っ掴んで、全力で逃げてくれたのでどうにか巻き込まれずに済んだが、2人にとってはよくあるじゃれ合いらしい。

 じゃれ合いで階層構造をぶっ壊して、変なモンスター(ジャガーノート)を湧かさないでほしいとリリルカは切実に思った。

 なお、その変なモンスター(ジャガーノート)は雑に処理された。

 攻撃力と速度に特化しており魔法を反射するが寿命が極めて短いとのことだが、【暴喰】のザルドに叩き潰され、食べられそうになっていた。

 口に入る寸前で灰になってしまったので、今度は踊り食いを試してみよう、などとちょっと理解できないことを彼は宣っていた。

 

 いやホント、よく乗り越えられましたねぇ――

 

 リリルカが1ヶ月の思い出を振り返っている間にもザニスがペラペラと喋り、時折カヌゥも何か言っている。

 色々と言葉を着飾っているものの、カネをもっと寄越せとしか言っていない為、彼女はまともに聞いていなかった。

 

 リリルカは内心で溜息を吐いて、教わった通りのやり方をすることに決めた。

 この1ヶ月で学んだことは多岐に渡るが、その中にはザニスのような連中を相手にする為のモノがあった。

 

 リリには迫力が足りないニャ。

 私達が教えてあげるよ。

 

 指導したのはクロエとルノア。

 2人はリリルカに汚いスラングや振る舞いなどを色々と教え込んだ。

 不思議なことに普段のリリルカとは正反対の言葉遣いや振る舞いであるのだが、何故かしっくりきてしまった。

 

 さて、始めるとしましょう――

 

 そして、リリルカは行動に移った。

 

 

 

 突如として室内に響き渡る轟音。

 リリルカが大袋の載った執務机を思いっきり蹴り飛ばし、ひっくり返したのだ。

 これを予期して大袋の口はきつく結んであったので、中身の金貨が床にばら撒かれることはなかった。

 

 今までにない彼女の行動に、自分達が常に上位であると信じ切っていたザニス達は反応が遅れた。

 それだけでリリルカが次の行動に移るには十分過ぎた。

 如何にカネが必要であるか、講釈を垂れていたザニスの胸ぐらを彼女は引っ掴む。

 

「息がクセェんだよ、クソカマ野郎。そんなにカネが欲しいなら、私の靴でも舐めな。そうすりゃ1ヴァリスくらいは恵んでやってもいい」

 

 そのままリリルカは唾をザニスの顔に吐きかけ、開放してやった。

 あまりの事態に彼は状況の理解が追いつかないが、横で見ていたカヌゥ達は我に返った。

 

「アーデ! お前!」

 

 怒りのままに得物を引き抜いて、カヌゥが真っ先にリリルカへ駆けてくる。

 オラリオトップクラスの冒険者達に稽古をしてもらったのは伊達ではなく、彼女の目はカヌゥの動きを正確に捉えていた。

 カヌゥの単調な動きに対して、リリルカは動く。

 

 ステイタス更新をしていない為、ステイタス面では変わりはない。

 だが、ステイタスに現れない部分で彼女は恐るべき成長を遂げていた。

 

 流れるような動作で背中の槍を引き抜いて、正確無比にカヌゥの利き腕、その付け根を突いて即座に引き抜く。

 洗練されたその槍捌きに、痛みを感じつつもカヌゥは驚愕に目を見開く。

 背中に槍を持っていたとしても、単なる虚仮威しだとザニスも含めて彼等は考えていた。

 これまでのリリルカ・アーデならば、絶対に歯向かってくることなどなかった為だ。

 だが、今ここにいる彼女は違う。

 

「アーデ……お前、まさか……」

 

 実際に対峙したカヌゥだけでなく、ザニス達もどこで彼女がその技を学んだのか気がついた。

 可能性でいえば確かにゼロではないが、極めて低いからこそ無視できるレベルにあると考えていた。

 だが、リリルカはレヴェリアの威光を使おうなどと欠片も思っていない。

 教えてもらったモノは遠慮なく使うが、それはそれこれはこれである。

 

「関係ない」

 

 短く告げた後、リリルカは更に言葉を紡ぐ。

 

「私の過去は、私の手で決着をつける。他の誰にもやらせはしないから、安心しろ」

 

 暗にレヴェリア達が介入することはないと伝えれば、安堵した彼等は醜悪な笑みを浮かべた。

 

「アーデ……私を侮辱しただけでなく、唾まで吐きかけるなど……! おい、呼べるだけ呼んでこい!」

「アーデ、お前が悪いんだぞ? 温厚な俺達もさすがにここまでされたら、怒るしかねぇからよぉ」

 

 対するリリルカは涼しい顔だ。

 その態度が彼等の怒りを増幅させる。

 程なくして、室内に入り切らない程に大勢の団員達が現れた。

 神酒を与えるとでも言ったのだろう、誰も彼もが殺気立っている。

 

「躾の時間だ、アーデ。安心しろ、殺しはしない」

 

 勝ち誇った笑みを浮かべ、ザニスが宣言した。

 それに対し、リリルカは高らかに告げる。

 

「淑女の時間は終わった! 私の槍で、お前達を気持ち良くイカせてやるよ――!」

 

  

 

 

 

 

 

「ザニスめ、神酒の飲み過ぎで頭が回っていないのか?」

 

 指揮を取るザニスに対して、チャンドラ・イヒトは思わず呟いた。

 彼はソーマ・ファミリアの中でもリリルカに対して、害することもなければ利することもない中立的な立場を貫いてきた。

 美味い酒を飲みたくてオラリオにやってきて、ソーマ・ファミリアに入団した彼にとってザニスによる支配体制はとてもくだらない状況だった。

 

 だが、風向きが変わった。

 今、自分の目の前で大立ち回りを演じているリリルカによって。

 

 戦闘場所はザニスの部屋から廊下へ移っており、チャンドラは端っこの方で今回もまた中立を貫いている。

 彼はレベル2であるからこそ、リリルカの動きがよく視えた。

 僅か1ヶ月で一から仕込んだのだろうが、その戦闘技術は彼の目から見ても巧みであった。

 【黄金の戦乙女(ヴィンゴルヴ)】による指導がどういうものか、チャンドラも噂には聞いたことがある。

 正気の沙汰ではないが、それを乗り越えられたのならばザニスやカヌゥ達など屁でもないだろう。

 

 無論、リリルカとて無傷ではない。

 彼女は『技と駆け引き』でもって優位ではあるが、それは圧倒的なものではなかった。

 濃密ではあったが、やはり1ヶ月では限度があったのだ。

 だが、チャンドラには精神面が以前の彼女とは比べ物にならない程、強くなったように思える。

 傷を負うことを厭わず、また傷を負っても動きがブレていない。

 

 槍を振るう姿は、名高い戦乙女達の末席に名を連ねても不思議ではないように感じてしまう。

 

 彼女の戦闘を肴に、酒瓶に口をつけて呷る。

 いつもの安酒であるのに、どうしてかいつもより美味く感じた。

 

 

 

 

 ザニスは焦りに焦っていた。

 手傷を負わせ、数に任せて消耗させているのだが――戦況はリリルカに傾いている。

 ザニスにとって団員達は神酒を求めてカネを貢いでくれる駒に過ぎず、普通の探索系派閥ならば万が一に備え、ホームに常備している回復薬(ポーション)類を置いていなかった。

 その為、倒れた団員が傷を癒やして戦闘に復帰することができない。

 自前の回復薬を持っていたカヌゥは復帰しているが、迂闊に飛び込めば槍の餌食となる為、様子を窺っていた。

 

 リリルカは肺を槍でぶち抜くか喉を裂いて、相手を戦闘不能に追い込んでいる。

 まともに言葉も発せず、苦しみに呻いて倒れ伏している団員達は恩恵があるからこそ、まだしばらくは保つが治療をせねば死は免れない。

 どうして喉や肺を狙っているのか、その理由にようやく気がついたザニスは戦慄する。

 

「不意打ちの魔法を防ぐ為かっ!」

「当たり前だろうが、ボケ!」

 

 ザニスの言葉に律儀に答えつつ、リリルカは槍でもって肺を貫いてまた1人、戦闘不能に追い込んだ。

 

「詠唱阻止の為に喉か肺を潰せ! レヴェリア様直伝の教えの一つだ! 覚えておけ、クソカマ野郎!」

 

 ぐぬぬ、とザニスは顔を歪めたものの、この土壇場で良いアイディアを閃いた。

 

「お前達! 神酒を1樽分くれてやる! 力ずくでアーデを取り押さえろ!」

 

 できるものならばやってみろ、とリリルカは思ったが、彼女は神酒の力を見誤っていた。

 団員達は誰ともなく、武器を捨てて素手でもって彼女に挑みかかってきた。

 即座にリリルカは槍でもって肺を突くが、引き抜く前に相手が槍を両手でがっしりと掴んだ。

 

 彼女の『技と駆け引き』は恐るべきものであるとザニスも認めるが、ステイタス更新を行っていない。

 故に、彼女の【力】の熟練度自体は大したものではなかった。

 そして、ソーマ・ファミリア内で彼女よりも力が弱い団員を探す方が難しかった。

 

 己のミスを悟ったリリルカは思考に一瞬の空白が生まれてしまい、行動が一歩遅れた。

 それは戦況を不利に傾けるには十分であった。

 

 

 体当たりを大柄な団員に横から食らい、リリルカは床に抑え込まれた。

 

「アーデぇ! これで勘弁してやるよぉ!」

 

 カヌゥが得物である剣でもって、リリルカを斬った。

 彼が狙ったのは彼女の左腕だ。 

 リリルカは目を大きく見開き、自身の左腕が鮮血を撒き散らしながら離れていくのを見送った。

 

「よぉし! よくやったぁ! お前達の働きは神酒1樽分だぁ!」

 

 ザニスは喝采を叫び、リリルカの姿勢を大きく崩した団員と槍を掴んで離さなかった団員、そして左腕を斬ったカヌゥを褒め称える。

 利き腕ではないとはいえ、片腕を失ったならば戦闘など続行できない。

 

「コレはどうしますか?」

 

 功労者の団員から槍を引き抜いて、カヌゥは尋ねた。

 

「アーデに返してやれ」

「合点でさぁ」

 

 カヌゥはニヤニヤと笑いながら、団員に抑え込まれた状態のリリルカの腹に槍を突き刺した。

 悲鳴を出すことなく耐える彼女を見て、ニタリと笑ってカヌゥは二度三度と槍を抜き差ししてから離れた。

 血まみれになった彼女を抑え込んでいる団員をザニスは退くよう命じ、団員が退いたところで大袈裟に両手を広げて告げる。

 

「私だけでなく、お前はファミリア全体に大きな迷惑を掛けた……だから、その損害を補填しなくてはならない。違うか?」

 

 問いかけつつ、彼は近づいてリリルカの顔を蹴り飛ばした。

 だが、彼女は悲鳴を上げず、その瞳は彼を鋭く睨みつけている。

 苛立ちながらザニスはもう一度蹴り飛ばして、尋ねた。

 

「何とか言ったらどうだ?」

 

 問いかけに答えることなく、リリルカは自分の腹に刺さっている槍を右手で掴んで一気に引き抜いた。

 溢れ出る鮮血、臓物が零れたかもしれないが構いはしない。

 仕留めるには絶好のタイミングだが、ザニス達は動けなかった。

 彼女の行動は彼等からすれば常軌を逸したものであり、理解が追いつかなかった。

 

 リリルカは立ち上がると口と右手を器用に使い、ローブを何度か破いて即席の包帯を作り、左腕の切断面と腹部を止血した。

 無いよりはマシ程度の応急処置を終えた彼女は右手で槍を構え――獰猛な笑みを浮かべ、吼える。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()! 口からクソ垂れてねぇでさっさとかかってこい! 早く! 早く! 早く!」

 

 その言葉に、ザニスは我に返った。

 リリルカ・アーデはどれだけ痛めつけても、今までのような従順な駒に戻らないことを彼は理解した。

 そして、恐怖する。

 重傷を負ってもなお、戦闘を続行する彼女を。

 

 己にとって重大な脅威と彼女をみなし、ザニスは躊躇なく命じる。

 

「アーデを殺せ!」

「てめぇらの粗末なブツで私がイくわけねぇだろ!」

 

 ザニスの号令一下、襲い来る団員達に対してリリルカは躍りかかった。

 

 

 

 

 

 

 どうしてだろう――?

 ずっと前にも、こんなクソみたいな戦いをしたことがあったような――? 

 

 そんな経験などある筈がないのに妙な懐かしさを覚えつつ、リリルカは槍を振るう。

 手負いの彼女だが、その動きや『技と駆け引き』は精彩を欠くどころかますます洗練されつつある。

 それはまるで歯車が噛み合っていくような感覚であった。

 

 そこへ脳裏を過ぎるアイズの言葉。

 

 血と汗を流し、痛みに苦しみながら身体で覚えていく――

 

 その言葉の通り、生と死の狭間でダンスを踊っているこの瞬間こそ、リリルカは自らが強くなっていると確信する。

 感覚は研ぎ澄まされ、痛みも疲労も感じない。

 だが、重傷であるのは間違いなく、この状態も一時的なもので長くは続かないことも彼女は理解していた。

 けれども、リリルカは焦らず着実に敵の数を減らしていく。

 

「アーデぇええええ!」

 

 叫びながら剣を振りかぶって突っ込んでくるカヌゥを、タイミングを合わせて半歩だけ身体をズラして回避したリリルカは振り向きざまに槍を振るう。

 カヌゥの喉を正確に斜め下から斬り裂き、さらに肺を突く。

 喉から鮮血を吹き出し、口からは血の混じった泡を吹いて崩れ落ちた彼を一瞥することもなく、リリルカは次の敵へ。

 先程のように取り押さえようとした団員もいたが、彼女は同じ手を二度も食らうような間抜けではなかった。

 

 

 

 

 一方、ザニスは余裕を取り戻していた。

 

 (団員)の数はかなり減っているが、もうすぐアーデは倒れる筈――

 

 瀕死状態で長時間戦えるわけがない、と彼は判断した。

 もしも団員全てを倒してもなお倒れなかったら、自分がトドメを刺してやればいいと高を括る。

 

 ステイタスに頼り切った戦い方であるが、彼もレベル2である。

 消耗し尽くした瀕死のレベル1を一蹴できないわけがない、と考えた。

 

 そして、彼の予想通り――その時はきた。

 

 

 

「アーデ、よく頑張ったなぁ……」

 

 ザニスは嘲りの笑みを浮かべて告げた。

 

 リリルカが膝を突いていた。

 荒い息を繰り返し、口からは血液混じりの唾液が流れ出ている彼女は槍を支えとして、どうにか倒れることを防いでいる。

 腹部や左腕の切断面からはとめどなく鮮血が溢れ出て、彼女の周囲に血溜まりを作っていた。

 もはや彼女が動けないことは、誰の目にも明らかであった。

 

「戦闘に参加しなかった輩もいるが……」

 

 この段階に至ってもなお、手を出さずに廊下の端で酒を呷っているチャンドラをザニスは睨む。

 だが、チャンドラが気にするわけもなかった。

 舌打ちをしつつ、ザニスは視線をリリルカへ戻す。

 

「一つ提案がある。お前にとっても悪い話じゃない」

 

 そう前置きし、ザニスは告げる。

 

「私と手を組まないか? 今までのことは全て謝罪し、カヌゥ達を処分することも確約する。お前には副団長の席を用意しよう」

 

 彼自身もリリルカが承諾するとは思っていないが、もしもそうなったら良いな程度のものだ。

 勿論、彼女の答えは決まっていた。

 

「特大のクソを口から垂れやがった。ケツの穴みてぇなその口をしっかり締めておけ、クソカマ野郎」

 

 そう言った彼女はザニスに唾を吐いて、笑ってみせた。

 やれやれと溜息を吐いて、ザニスは自らの得物を鞘から引き抜いた。

 

「残念だよ、アーデ」

 

 剣を大きく振りかぶり、ザニスはリリルカの首目掛けて思いっきり振り下ろした瞬間――彼女は左に倒れながら、右手に持った槍をザニスの喉目掛けて突き出す。

 攻撃動作に入っていた彼は防御も回避もできず、喉を槍でもって貫かれた。

 信じられないといった表情で仰向けに倒れたザニスに対して、リリルカは不敵な笑みを浮かべる。

 

「勝利を確信し、トドメを刺す時がもっとも無防備となる……レヴェリア様直伝の教えの一つだ。覚えておけ、クソカマ野郎」

 

 そう告げて、リリルカは立ち上がった。

 彼女は彼の足の腱を斬った後、槍を背中に背負う。

 そして、彼の首根っこを掴もうと手を伸ばしたところで――

 

「騒がしい……何があった?」

 

 神酒が入っていると思われる酒瓶を片手に持って、ソーマがやってきた。

 どうやら戦闘音の騒々しさに耐えかねてやってきたようだが、全てがもう終わっている。

 だが、リリルカにとっては手間が省けた。

 

「ソーマ様、リリは退団します。ですので、改宗できるようにしてください」

「……アーデ、か?」

 

 リリルカの要望に、ソーマは彼女を上から下まで見て思わず問いかけた。

 記憶にある彼女とは似ても似つかない姿であったのだ。

 だが、それでも彼は神である。

 周辺の状況からだいたいの事情を予想し、手に持っていた酒瓶を差し出した。

 

「……これを呑んで、同じことが言えるならば許可しよう」

「クソが」

 

 ついうっかりリリルカの口から本音が出たが、ソーマは気にしない。

 その態度に更にムカついた彼女は、彼の手から酒瓶をひったくると一気に呑む。

 気付け薬にちょうどいい、とポジティブに考えて。

 

 果てしない陶酔感と何事にも代え難い多幸感がリリルカを襲う。

 だが、彼女の精神は、もはやこの程度で揺らぐような脆弱なものではなかった。

 

「気付けにちょうどいいですね、ありがとうございます。退団しますので、改宗できるようにしてください」

「……酔っていないのか?」

「いいからさっさとしろ」

 

 リリルカが急かしても、彼が動く気配はない。

 彼女にも余裕があるわけではない為、後回しにするしかなかった。

 立ち尽くすソーマを無視してリリルカはザニスの首根っこを引っ掴み、引きずりながら歩き出した。

 

 彼を連れて行く理由はただ一つ。

 リリルカが己の過去に決着をつけた証として、外で待っているだろうレヴェリア達に示す為だ。

 

 

 

 

 

 酒蔵から出たリリルカが目にしたのは予想外の光景だった。

 レヴェリアとフレイヤ、アスフィ達にガリバー兄弟――この面々がいるのはリリルカも予想しており、驚きはなかった。

 噂には聞いていたものの初めて見るフレイヤの美貌に目を奪われる前に、その背後にいる連中に目が行く。

 

 ゼウス・ヘラ・ロキの三派閥の面々が主神と共にいるだけでなく、大勢の神々が何故か集まっている。

 どうしてそうなったのか、リリルカが問いかける前にレヴェリアが告げた。

 

「リリ、酒蔵に敵は残っているか?」

「いません。死体だけです」

 

 リリルカの返しにレヴェリアは目を丸くし、嘘だと分かったフレイヤはくすくすと笑う。

 

「冗談です。殺してはいません」

 

 そう答えてリリルカは、ザニスを地面に放り投げる。

 彼は苦痛に喘ぎながらもどういう状況であるかを把握しているようで、何やら必死に訴えている。

 

「そいつは?」

「決着をつけた証として、持ってきました。ところでレヴェリア様、たくさん野次馬がいますけど……?」

「私達がここに向かっていることを見て、暇な連中が押し寄せてきたんだ」

 

 レヴェリアとフレイヤの組み合わせならば珍しくもない。

 だが、そこに弟子達とガリバー兄弟までも加わって、ソーマ・ファミリアの酒蔵へ向かっているとなれば娯楽に飢えた神々が放っておくわけがなかった。

 あれよあれよという間に話が広まって、何だか面白いことがありそうだから見に行こうとなった。

 オラリオではよくあることである。

 

「こうして顔を合わせるのは初めてね。シルの言っていた女神とは私のことよ」

 

 ふふん、とドヤ顔で腰に手を当てて胸を張ってみせるフレイヤ。

 リリルカはダンジョン篭りの時、レヴェリアにフレイヤのことを聞いたことがあった。

 たわけたわけ、とレヴェリアはよく言っていたが、どうしてそうであるのか何となくリリルカは察してしまう。

 

「リリルカ・アーデです。今回は大変お世話になりました」

 

 名乗り、リリルカは深く頭を下げた。

 

「いいのよ。あなたの魂、とても綺麗ね」

 

 ぐっと親指を立ててみせるフレイヤ。

 魂が綺麗と言われて反応に困ったリリルカは助けを求めるように、視線をレヴェリアへ向けた。

 すると彼女はにこやかな笑みを浮かべ、口を開く。

 

「辛い中、ここまでよく頑張った。まずはゆっくり休んで、冒険者を続けるかどうかも含めて今後をどうするか、じっくりと考えてほしい」

「改宗してくれたら私はすっごく嬉しいけど、無理はしてほしくないわ」

 

 そう告げてレヴェリアとフレイヤは、それぞれ後方にいる面々――この後、勧誘を目論んでいた神々へ顔を向けた。

 2人だけでなく、稽古の時にレヴェリアから事情を聞いていたゼウス・ヘラ・ロキの面々もまた睨みを効かせる。

 それだけで抑止には十分過ぎた。

 

 一方、リリルカは驚いていた。

 まさか冒険者を続けるかどうかまで自分で決めて良いと言われたことに。

 

「いいんですか? その、あんなに色々としてもらったのに……リリが冒険者をやめたりしても……?」

「勿論よ。あなたの人生なのだから、あなたが決めて。あ、ちなみに事務員は年中募集しているから」

「お前が冒険者をやめても、私の弟子であることに変わりはない。助けが必要ならばいつでも言ってほしい……これが社交辞令ではないことを、私の名に誓おう」

 

 2人の言葉に、リリルカは大きく目を見開いた。

 そこへアイズが口を挟む。

 

「リリは私の妹だから。お姉ちゃんを頼ってほしい」

 

 彼女の言葉に、リリルカは苦笑してしまう。

 そこからアスフィ達やガリバー兄弟からも、遠慮なく頼ってほしい旨の言葉を掛けられたことで、リリルカの胸は喜びでいっぱいになった。

 涙が流れそうになるが、それを堪えて彼女は感謝を伝える。

 やり取りが一段落したところで、レヴェリアが治癒魔法を唱えた。

 

 展開される黄金のドームはリリルカやザニスだけでなく、酒蔵全てを範囲内に収めて癒やし尽くす。

 魔法の効果が終わったところで、ザニスは叫んだ。

 

「【黄金の戦乙女(ヴィンゴルヴ)】! この落とし前、どうつける気だ!」

 

 まさかの発言に、どよめきが起こった。

 勇気があるなぁ、あれはただのバカだろ、酒に頭をやられたんだろう云々と神々がヒソヒソと話し始める。

 

「やっぱり息の根を止めておくべきでしたかね……?」

 

 そう呟きながらリリルカが槍を引き抜こうとしたが、レヴェリアがそれを手で制止してみせる。

 その間にも彼の発言は続く。 

 

「今回の一件はアーデを誑かし、ソーマ・ファミリアに内紛を起こさせたようにしか思えない!」

 

 そう叫んだ彼は、一拍の間を置いて更に続ける。

 

「だが、私はこれが嘘であると信じたい! ()()たる【黄金の戦乙女(ヴィンゴルヴ)】が、()()の我々にそのようなことをするとは思えないからだ!」

 

 それから彼は自分達が如何に弱者であるかを声高に喧伝する。

 まるで声が大きい方が勝ちだとでも言わんばかりに、やかましいものだ。

 

 ザニスは弱者である立場を最大限に活かし、倫理観に訴えた。

 良心の呵責、自身の評判を傷つけたくない、こちらが強者であるのだから大人の対応をしよう、うるさいからとりあえず払っておこう――レヴェリアが判断する理由はどうでもいい。

 彼女から何かしらの利益を引き出せさえすれば、それは彼にとっての勝利であった。

 

 神々は嘘かどうかを判別できるが、それはあくまでも発言者の主観による。

 発言者自身が嘘だと分かって発言していれば神々には分かるが、本気で信じ込んでいた場合は分からなかった。

 

「……嘘じゃないわねぇ」

 

 フレイヤの判定をきっかけに、他の神々もまた同様の判定を下す。

 ザニス自身はどうやら本気で信じているらしいが、誰も彼も懐疑的だ。

 レヴェリアとザニスでは実績も信用度も桁違いであり、そもそもソーマ・ファミリアに対してこのような面倒事を彼女が起こすメリットがどこにも見当たらない。 

 

 しかし、フレイヤは助け舟を出すようなことはしない。

 弱者であることを盾に、甘い汁を吸おうとする輩に出くわしたのは今回が初めてではない。

 そういった手合への対処法をレヴェリアは心得ていた。

 

「ザニス、要するにお前は今回の一件に対して損害賠償を求めている……そういう認識で良いか?」

 

 レヴェリアからの問いかけに、ザニスは大きく頷いてみせる。

 彼は内心で、勝利を確信した。

 

「では、私が考えうるもっとも価値のあるものを提示しよう」

「それは一体……?」

 

 レヴェリアの言葉に、ザニスは頬が緩みそうになるが必死に堪えつつ尋ねる。

 すると彼女は不敵に笑い、告げた。

 

「私の生命だ」

 

 思わずザニスは間の抜けた顔となってしまうが、そのことに構わずレヴェリアは続ける。

 

「だが、無抵抗で私の生命をくれてやったところで他の者達は納得しない。すぐさま壮絶な報復がされるだろう」

 

 そこで言葉を切り、一拍の間を置いて彼女は宣言する。

 

「そのような悲劇を防ぐ為にも此度の賠償として、私と決闘できる権利をお前に渡す」

 

 さらに彼女は言葉を続ける。

 

「無論、手を抜いて勝たせるわけにもいかん。万全の準備を整え、全力でもって戦わせてもらう。そうでなければ誰も納得しないからな」

「ま、待ってくれ! 何もそこまでしなくとも……金銭で……」

 

 慌ててザニスは告げるが、レヴェリアは眉を顰めてみせる。

 

「私の生命が金銭に劣るというのか? 私の誠意を無下にするつもりか?」

「そ、そういうわけではなくて!」

「では、問題ないな?」

 

 レヴェリアからの強い口調での問いかけに、進退窮まったザニスは冷や汗を流しながら告げる。

 

「あの、やはり……その、私の勘違いでした。だからその、賠償とかも無しで……」

「そうか? それならば仕方がないな。ああ、それとリリの事情は全て把握しているからな」

 

 リリルカをサポーターとして雇う上で、レヴェリアは事前に身辺調査を実施した。

 ヘルメス・ファミリアに依頼した本格的なものであり、それによって彼女が冒険者達から受けた仕打ちと彼女の報復についてもレヴェリア達は把握している。

 だからこそ、彼女はリリルカと初めて会った時、事情は聞いているという形で伝えていた。

 調べさせてもらったなどと言ってはリリルカが不快に思うだろう――という配慮によるものだ。 

 ザニスにわざわざ伝えたのは、後々になってリリルカが盗みを働いていた、【黄金の戦乙女(ヴィンゴルヴ)】は犯罪者を庇っている云々という切り口で、難癖をつけてくるのを阻止する為であった。

 

 ザニスが何も言わなくなったところで、リリルカがおずおず問いかけた。 

 

「レヴェリア様、やはり……迷惑だったりしませんか?」

「迷惑であるものか。お前はもう何も心配することはない。あとのことは任せてくれ」

 

 にこやかな笑みを浮かべてレヴェリアは答えると、リリルカは安堵の笑みを浮かべた。

 そして、忘れていたことを伝える。

 

「あのぅ、実はソーマ様にお会いして改宗できるよう頼んだのですが……ダメでした」

「ソーマの事は任せて」

 

 リリルカに対して、フレイヤは胸を張って答えた。

 

 

 

 

 

 

 その後、今回の騒ぎを聞きつけて待機して(野次馬の中に)いたガネーシャ・ファミリアにより、酒蔵の徹底した捜索が行われた。

 ソーマ・ファミリアの資金の流れに怪しいところがあることをガネーシャ・ファミリアは前々から掴んでおり、捜査のタイミングを窺っていた矢先の出来事だ。 

 今回の捜査によってギルドの許可を得ていない都市外への神酒の不正販売をはじめ、幾つかの悪事が明るみとなった。

 普段の振る舞いや態度から叩けば埃が出るだろうことは誰もが思っていた為、驚く者はいなかった。

 ザニスとその取り巻き達は全員捕らえられ、ソーマ・ファミリアはチャンドラを団長として再スタートを切った。

 

 一方、過去に決着をつけたリリルカはのんびりと休むことにした。

 しかし、休養開始から1週間後、彼女の滞在している宿にアイズとシルに引っ張られる形でアスフィ達が押しかけてきて、そのままオラリオ中を連れ回された。

 観光名所をハシゴし、ショッピングをして、ちょっとお高いレストランで料理を堪能し、お洒落なカフェでパフェを食べるなどリリルカにとっては全てが新鮮で、楽しいものだった。

 

 そのようなこともありながら、今後について彼女はじっくりと考え――そして決めた。

 

 

 

 

 

「リリルカ・アーデです! よろしくお願いします!」

 

 元気に挨拶をしたリリルカに対して、アイズが真っ先に飛びついた。

 飛びついてきた彼女を受け止め、リリルカはその頭を撫でる。

 その様子をレヴェリア達は微笑ましく見守っていた。

 

 ソーマ・ファミリアでの一件から1ヶ月半後、リリルカはフレイヤ・ファミリアに入団したのだった。

 




ザニス「うおおお! 俺は弱者だぞ! 弱いぞ! 強者は配慮しろ! 強者は弱者を虐げるな! 賠償しろ!」
レヴェリア「ならば、賠償として私の生命をくれてやる。だが、お前も報復されたくはないだろうから、皆に納得してもらう為に……」


レヴェリア「私と決闘できる権利をやろう!」
ザニス「」
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