自分の前世は特に何かあったわけじゃない、ごく普通の人生。それなりの人付き合いをして、趣味のアプリゲームに没頭するだけの毎日を過ごしていた。恋人なんてものは無縁の存在、でもそんな人生も悪くないと考えていた。
趣味でもあるアプリゲームの中でも、個人的にハマっていたアプリはウマ娘。当初は別の意味で話題を集めていたけど、今となっては一大ムーブメントを巻き起こした大人気コンテンツ。ウマ娘の育成が個人的にはお気に入り。昔っから単純作業が好きだったのが幸いしたんだろうな。
親からは結婚をせっつかれるけど、それらの声を無視してウマ娘に没頭。課金も三桁万円は突っ込んでた気がする。
「さ~て、今日もバクシンオーを育成するか」
気づいたら一番育成しているサクラバクシンオーというキャラ。なんで育成してるのかは……よく分からない。ただ、何となくバクシンオーを一番育成している事態になっている。
まぁいいや。育成育成っと。そんなことを考えながら家路についていたら──
「危ないっ!」
「えっ?」
目の前が真っ赤に染まって、意識は落ちていった。
◇
それを思い出したのがついさっきの出来事。今現在、僕は子供の姿である。年齢的に4歳とか5歳とかその辺。少なくとも小学校に上がる前というのは分かった。我ながらかなり冷静に分析しているものである。
(これ、アレかな?転生ってヤツ?)
よく見たことあるヤツ。これも凄いブームになったよね。いざ自分がなってみると、あれだ。
(う~ん、別に何とも思わないな)
なんなら前世の最後の光景がフラッシュバックしてちょっと気持ち悪くなったぐらいか。もうなくなったけど。
とりあえず現状確認。名前とか、性別とか色々。後はどの世界とか。見た感じのどかだから平和な世界なんだろう、きっと。まさかここからゾンビ映画もビックリなパンデミックが起きるわけでもなければ。
テレビをつけて確認すると、目に入ったのは──トゥインクル・シリーズの文字。そして、有マ記念の文字だった。
(有マ記念?確か、ウマ娘のレースだった気が)
とりあえずテレビを見ていると、前世ではアプリでよく見たウマ娘の姿があった。そして理解する。自分が転生した世界のことを。
(ここはウマ娘の世界、ってことか)
まさか自分が一番やってたアプリに転生するとは。うん……それだけだ。
とりあえず自分が転生した世界は分かった。じゃあ何をすべきか?それを考えたのだが。
(やっぱりトレーナー、なんだろうか)
せっかくウマ娘の世界に転生したわけだから、トレーナーになるのが定石なんだろう。多分、きっと、メイビー。勉強はかなり難しいらしい。お出しされていた情報ではT大受験よりも難関だとかなんとか。
(勉強は嫌いじゃないし、何とかなるだろう)
それに前世の知識もあるし、これらを駆使すれば一から勉強を始めるよりもまともな状態で始められる。
そこからの自分の行動は早かった。勉強勉強、とにかく勉強漬け。
「お~い聖~。一緒に遊ぼうぜ~!」
「あ~……ゴメン。この後勉強しなきゃだから」
「そういやお前、トレーナー志望だっけ?大変だろうけど頑張れよ。それと!たまには息抜きも大事だから、週末は遊ぶぞ!絶対だかんな!」
「うん、ありがとう。週末なら大丈夫」
同年代の子との交流は程々に。精神年齢が違うからなにもかもが合わないと思っていたが、それでも波長の合う人間というのはいるものだ。前世と同じでそこそこの人付き合いをして、それ以外の時間は基本的に勉強に費やした。
「ひ、聖。誕生日に何か欲しいものでもあるか?お父さんなんでも買っちゃうぞ!」
「じゃあ、参考書が欲しい」
「さ、参考書?ゲームとかは「ゲームよりも参考書が欲しい」そ、そうか……聖がそういうなら」
とにかく勉強だ。いざ始めると大変だということが分かったので、合格するまでは勉強漬けの日々でいい。こっちの世界での両親には悪いが。
(それにしても、特典なるものもちゃんとあるとはね)
転生といえば、ほとんどの場合が貰える特典。自分の場合貰えたのはステータスの可視化だ。道行くウマ娘を見ると、アプリのステータスウインドウのようなものが見える。あらゆるウマ娘のステータスが、自分には分かるのだ。これは他の人にはない、自分だけの特権のようなもの。
(これを活かさない手はない)
後、休みの日は基本レースを見に行く。両親も、自分がレースを見たいというと喜んで連れてってくれる。それも飛びきり嬉しそうに。両親もきっとレースが好きなんだろう、うん。
平日は勉強、休みの日はレースを見に行ったり両親と出かけたり。普通に過ごしてトレーナーの勉強を積む。お陰様で大学も飛び級で卒業、トレーナー試験も一発合格だった。我ながら頑張った。
トレセン学園での研修期間。勿論新人なのでちゃんとある。
「失礼、君が今日から……」
「はい。先輩のチームでお世話になります、高村聖(たかむら ひじり)です」
「そうか、よろしく頼むぞ高村トレーナー。まずは私のサポートに回って、トレーナーとしての勉強をしていくがいい」
史上最年少トレーナーという称号を引っ提げて、強豪チームのサブトレーナーに就かせてもらうことになった。それにしても、強豪というだけあってステが凄いウマ娘がたくさんだ。
(どのウマ娘も普通の学園生よりよっぽど高い。ただ、ネームドには劣るけど)
学びは多いだろう。ここでの経験を全て自分のものにする、それくらいの気概で研修の日々を過ごした。
そして1年間の研修期間を終えて。
「独り立ち、か」
サブトレーナーとしての立場を終えて、1人のトレーナーとしての生活が今始まろうとしていた。
◇
選抜レース。年に4回トレセン学園で行われる、学園のウマ娘の実力を見極める場。チームに所属していないウマ娘にとっては、トレーナーに自分を売り込むことができる絶好のチャンスである。そのため、どのウマ娘も気合を入れて臨んでいた。
その中でとりわけ目を惹く1人のウマ娘。
「さぁ!次のレースはこの学級委員長の出番です!」
彼女は自信満々に、高らかに宣言する。
「トレーナーの皆様におかれましては、このサクラバクシンオーの走りを是非見ていってください!えぇ、それはもう優秀な走りをみせますとも!」
自らの走りに絶対の自信を持っているのか、臆することなくそう宣言した。他のウマ娘は微笑ましい目で見ている。トレーナー達はその姿に注目を集め──
「次のレースは確か……長距離だよな?でもサクラバクシンオーって」
「えぇ。生粋のスプリンターだったはずよ。何で長距離に?」
「でもあれだけの自信……きっと何かあるんじゃないか?」
選抜レースで出走できるレースは距離に関わらず1日1回まで*1。サクラバクシンオーはその中で長距離のレースを選択した。それ自体は別に問題があるわけではない。問題となったのは、サクラバクシンオーがスプリンターであることだ。
距離の短い方が得意な彼女が、一番距離の長いレースに出走する。その事実は注目を集めた。ほとんどのトレーナーがサクラバクシンオーの走りに注目する。
そして、選抜レース長距離部門が始まった。
「いざ!勝利に向かって、バクシンバクシーン!」
バクシンオーは鮮やかなスタートダッシュを決めると、瞬く間に先頭に立つ。後続をグングン離して先頭に立つ。
《サクラバクシンオーがあっという間にハナを切った!そのままの勢いで先頭に立ちます!他のウマ娘は突き放されるばかりだ!サクラバクシンオーが先頭でペースを握ります!》
レース最序盤であるにも関わらずかなりのペースで飛ばしている。本来であれば異様な光景、しかしスタンド席は盛り上がる。サクラバクシンオーというウマ娘の走りに、トレーナー達は魅せられていた。
「序盤であれだけのスピード……!なんて加速力だ!」
「だ、だが。さすがに飛ばし過ぎじゃないか!?でも、しかし……」
「完璧なスタートダッシュね、このままっ!」
誰もがサクラバクシンオーに注目する。このペースにもきっと意味があるのかもしれない、そう感じずにいられなかった。
「まだまだいきますよぉ~!バクシンバクシーーーーンッ!」
《サクラバクシンオー先頭!サクラバクシンオー先頭だ!凄まじい加速まさに神速!圧倒的なスピードでこのまま後続を突き放すかバクシンオー!》
きっとただのスプリンターではない、そう思って。
……というのが、序盤の話。レースも終盤を迎え、ほとんどのウマ娘がスパートを切るタイミングである。その中で。
「バ、バクシン……バクシィィィン……っ」
サクラバクシンオーは明らかにスタミナが切れていた。
「「「あぁ~……っ」」」
トレーナー達も途中で気づいた。序盤のハイペースは何も考えずに飛ばしていただけだと。そりゃあスタミナ切れになって当然だと。全員がなんとも言えない表情でサクラバクシンオーを見ていた。
《サクラバクシンオーが下がっていく!序盤の勢いはどこに消えたのか!?サクラバクシンオーはズルズルと後退していきます!現在先頭はライスシャワー、ライスシャワーが先頭!》
「え、エネルギー切れです~……」
結局サクラバクシンオーはそのまま順位を落としていき。最終的に16人中の12着に沈んだ。
レースが終わった後のサクラバクシンオーは見るからに落ち込んでいた。
「ふぐぅ~……、じゅ、12着!なんと不甲斐なし!」
だが、次の瞬間には高笑いとともに復活する。先程まで落ち込んでいたのが嘘のような高笑いだ。
「しかーし!このぐらいでめげません!今回は対戦相手の方々も速かったですから!あっぱれ!学級委員長が花丸をあげましょう!」
対戦相手を褒め称え、次こそはと奮起する。この敗戦も、傍目には気にしていないように見えていた。
そんな彼女に話しかける人物が1人。
「失礼、ちょっといいかな?サクラバクシンオー」
「やや?あなたは……トレーナーさんですね!」
「あぁ、そうだよ。ちょっと君に話があるんだ」
話の内容を察したのだろう。サクラバクシンオーは嬉しそうな表情を浮かべていた。
「話ということは、スカウトですね!待っておりましたよ!」
「そ、そうだね。話が早くて助かるよ。結果はアレだったけど……」
「いえ、このくらいではめげません!理想の学級委員長となるべく、いずれは長距離も!」
バクシンオーの言葉に渋面を作るトレーナー。すぐに表情を取り繕う。
「……サクラバクシンオー!俺と一緒に──最高のスプリンターを目指そう!」
「ハイッ!共に最高のスプリンターに……すぷりんたー?」
「あぁ、そうだが。何か変なこと言ったか?もしかしてスプリンターが分からなかったか?」
「それは分かりますとも!短距離ウマ娘のことでしょう?」
トレーナーは1つ頷いて、サクラバクシンオーをジッと見る。まるで当然とばかりに、そうするのが当たり前とばかりに告げる。
「さっきのレースからして、君の適性は短距離だろう?あの加速にスピード!間違いなく世界最高のスプリンターになれる!」
「当然ですとも!スピードには自信がありますので!ですが……そうなると長距離のレースには出走させないと?」
「?あぁ、だってスプリンターを目指すわけだからな」
「そういうことでしたら」
そんなトレーナーにサクラバクシンオーは……手で大きな×を作る。
「お断りさせていただきます!今回はご縁がなかったということで!それでは、お帰りはあちらになります!」
「え?」
「他にはいませんかー!?この学級委員長と共に、全距離をバクシンしてくれる方募集中ですッ!」
サクラバクシンオーをスカウトしていたトレーナーは食い下がろうとしたが、彼女は取り付く島もない。まるで話は終わったとばかりに。なにを言っても無駄だろうと判断したトレーナーはその場を去っていった。
その後もサクラバクシンオーをスカウトするトレーナーは数名現れたが……その全てが彼女を
レース内容は散々だったサクラバクシンオー。本来であればスカウトの声すらかからない状況だろう。それでも何人かのトレーナーが声をかけたのは、彼女が秘めているポテンシャルに気づいたからだ。
「他にはいませんかー!まだまだ募集中ですよー!短距離にマイル!中距離に長距離も目標にしてくれるトレーナー募集中でーすッ!」
そのためサクラバクシンオーを諭そうとしたのだが……彼女は頑として意見を曲げなかった。
「短距離以外にも勝たねばならないレースはたくさんありますのでッ!」
「春の天皇賞にジャパンカップ!日本ダービーにマイルチャンピオンシップ!私が勝たねばならないレースはたくさんありますッ!」
「全生徒の模範となるべく、目指すべきはスプリンターでもマイラーでもステイヤーでもありませんッ!全距離に勝ってこその学級委員長!全生徒の模範ッ!だからこそ、私は妥協しませんッ!」
サクラバクシンオーの決意は固く。トレーナー達は今日のところは諦めようと帰ろうとしている──そんな時だった。
「──いいよ」
サクラバクシンオーに話しかける、1人のトレーナー。周りのトレーナー達と比べても明らかに歳が若いトレーナーが、彼女の下に歩み寄っていた。しかしそのトレーナーは……目に生気が宿っていなかった。もっとも、これが彼にとってのデフォなのだが。
「いいよ、ということはつまり……私と共に全距離をバクシンしてくれるということですね!?」
嬉しそうな声のサクラバクシンオーにトレーナーは頷く。
「長距離も走りたいんでしょ?いいよ、走ろうか」
再度バクシンオーを肯定する言葉。その言葉にサクラバクシンオーはとびっきりの笑顔で
「──では!これからよろしくお願いしますねッ、トレーナーさんッ!」
手を差し出して、トレーナーと握手を交わす。彼女はそのトレーナー──高村聖と契約した。
目標 全距離バクシン