夏合宿を経て迎えたバクシンオーの小倉ジュニアステークス。
「絶好調ですよトレーナーさんッ!ただでさえ完璧な私に調子まで絶好調とくれば、まさに最強ッッ!長距離もいけそうです!」
「今回は短距離だから、1200m以上走らないように気をつけてね」
「では行ってまいります!」
バクシンオーの調子は絶好調であり、不安要素は一切ない状態。結果はというと。
《サクラバクシンオー速い速い!まさに独走状態!最初から最後まで一切先頭を譲らない圧勝劇!サクラバクシンオーが後続との差をさらに広げて今ゴォォォルイン!小倉ジュニアステークスを制したのはサクラバクシンオー!2着リボンカロルに6バ身差つける大楽勝です!次はどのようなレースっぷりを見せてくれるのか!》
「勝ちましたよ~!トレーナーさ~ん!これぞバクシン的勝利ッッ!まごうことなき圧勝ッ!当然ですとも!私委員長ですから~ッ!」
気持ちいいくらいの快勝。メイクデビューの時と変わらないレースっぷりで、小倉ジュニアステークスを勝利で飾った。その後の控室。
「どうですかトレーナーさんッッ!委員長のレースっぷりは!」
「そうだね。やっ「えぇ!言わんとしたいことは分かりますともッ!模範的な勝利にトレーナーさんはこれは距離を長くしてもいいかもしれない……と思っているところですねッ!勿論私は構いませんよッ!ドンと来いですッッ!!」その辺は追々考えるとして、ひとまずお疲れ様。ゆっくり休んで」
「はいッッッ!!」
とてもテンションが高かった。ライブも完璧にこなすことができたし、次走についても考えていこう。次走は……
(京王杯ジュニアステークスで行こう。これも短距離だけど)
距離は伸びてるから大丈夫だろう。おそらくきっとメイビー。
バクシンオーにその旨を伝えると、彼女はあっさりと承諾した。
「小倉ジュニアステークスよりも200m伸びましたッ!ということは……ここから徐々に伸ばしていくわけですねッッ!?そうですねッ!」
「まぁそうだ「えぇ!今はこの距離で大丈夫ですとも!さぁ、今日も元気にバクシンしますよ~ッ!」とりあえず昨日の今日だからトレーニングはお休みね」
ぶっちゃけ今の段階だと、できてマイル戦だ。朝日杯は……見送りかな?この京王杯がジュニア級最後のレースになるだろう。あんまりレースを詰めても良くないし。
(レースを詰める、で思い出したけど……この世界ってロイヤルビタージュースとかあるんだろうか?)
ロイヤルビタージュース。ウマ娘のとあるシナリオで出てきた、ある意味ヤバい代物。飲めばたちまち体力が回復し、休みなくトレーニングをすることができるという夢のような飲み物だ。ただ、とんでもなく不味いらしく、飲んだだけで調子が下がる、カップケーキとのセットが必須だった劇物。ここにもあったりするんだろうか?
(……ちょっと興味が湧いたな)
というわけでバクシンオーに聞いてみたのだが。なんというか嫌そうな顔していた。
「い、いえ!別に飲みたくないというわけではありませんッ!それが強くなるためとおっしゃるならば飲むのもやぶさかでは……いや、しかし……ぐ、ぐぬぬ~っ!」
「あぁ、大丈夫。
「おぉ!それは良かったですッ!いえ、強くなるためであれば、委員長としては飲んでも……ん?今のところ?」
バクシンオーの反応から察するに、一応あるらしい。たづなさんにでも聞いてみよう。あの人なら多分知ってるだろうし。
次の舞台は京王杯ジュニアステークス。年末までには中距離がCにならないかなと思いつつ、今日も仕事をこなしていく。
◇
廊下にて、2人のウマ娘が対峙している。1人は学園の生徒会長シンボリルドルフ。もう一人は……アグネスタキオン。
「……というわけで、これ以上選抜レースへの出走を拒むのであれば、こちらとしても看過できない」
「ふぅン」
「授業にも出席しない、選抜レースへの出走拒否、未だトレーナーも見つからず、果てには怪しい実験で問題を起こす……役満だな」
「これも研究のための致し方ない犠牲さ。時間がいくらあっても足りなくてねぇ。無駄を省くためには仕方のないことだよ会長」
苦笑い気味のシンボリルドルフと、自分の問題行動を挙げられても意に介さないアグネスタキオン。ただ、シンボリルドルフはアグネスタキオンを心配するような表情で見る。
「しかし、さすがに上が許してくれなくてね……そろそろ、君に退学勧告が下される手筈となっている」
「あぁ、ついにってとこだねぇ」
「……あまり驚かないのだな」
「当然さ。そろそろ来るんじゃないか、とは思っていたよ」
アグネスタキオンは、どうやら自分が問題児であることの自覚はあったようだ。
「……決意は固いのかい?この学園を去ることになるが」
「まぁ、これほどの環境を手放すことになるのは惜しいねぇ。私の研究に、これほど適している場はないと言っていいだろう!ただまぁ……リスクとリターンを考えたらそれも仕方ないというヤツだ」
「そうか……」
目をつむり、逡巡するシンボリルドルフ。そんなルドルフに、アグネスタキオンは訝しむような目を向けるが。
「用件はそれだけかい?なら、私は研究に「時にアグネスタキオン。君は高村聖というトレーナーを知っているかな?」……まぁ噂程度には聞いたことあるねぇ。なんせ、今最も話題の新人トレーナー君だ」
自身の研究に没頭するアグネスタキオンだが、彼女が根城にしている旧理科準備室の同居人から聞いたことがある。新人で一番勢いに乗っているトレーナー、高村聖の名を。
担当であるサクラバクシンオーがメイクデビューで大差勝ち。2戦目で初重賞となる小倉ジュニアステークスに出走しここも6バ身差で圧勝。新人はメイクデビューを勝つのに四苦八苦することが多い中、彼はあっさりと重賞を勝たせた。
「委員長君の才能ありきとはいえ、最初の担当を重賞で勝たせたことから一目置かれているトレーナー……だろう?」
「あぁ。私は彼と面識があってね。君と気が合いそうだ、と思ったんだよ」
「どの辺がだい?委員長君を担当しているくらいだし、熱血系はごめ「一途な狂気だ」……ふぅン?」
シンボリルドルフの言葉にアグネスタキオンは興味深そうに目を細める。その反応に満足したのか、シンボリルドルフは言葉を続けた。
「サクラバクシンオーの目標は全距離の制覇だ。これに関して、君はどう思う?」
「どう思うも何も……委員長君はスプリンターだ。良くてマイル、中距離以上は無謀だろう?」
「そうだな。学園の誰もがそう思うだろう。だが、彼は──大真面目に彼女を中距離以上で勝たせようとしている」
アグネスタキオンはさらに興味深そうにする。
サクラバクシンオーはスプリンター。アグネスタキオンはそう思っている……というよりは、学園のほぼ全員がそう認識している。本人の希望で長距離を走ることがあったが、全てのレースで早々に自滅していた。根本的に長距離に向いていない。だがスプリンターとしての才能はピカ一であり、その才能は学園随一……それがタキオンの認識である。
(中距離ですら厳しい委員長君を、中距離以上で走らせる?それが本人の希望とはいえ……正気の沙汰じゃないねぇ)
寮の同室のアグネスデジタル曰く、他のトレーナー陣すら匙を投げる適性のなさ。それを知りながら尚、担当の希望を叶えようとする新人トレーナー。正気の沙汰ではないだろう。適性のないウマ娘を勝たせようとしているのだから。
他のことに興味が湧くことが少ないアグネスタキオンだが、少し興味が湧いてきた。その高村聖というトレーナーに。
「担当の願いを肯定し、一途に頑張っている彼……君の言う研究にも一役買ってくれるのではないかと。個人的には思っていてね」
「良いのかい?会長ともあろうお方が、1人のトレーナーを!この私のモルモットにしようっていうのかい!?」
「そういうわけじゃないさ。ただ、なんとなく君とは気が合いそうだ。そう思っただけだよ」
シンボリルドルフはパン、と1つ手を叩く。
「どうだろう?会ってはみないか?件のトレーナー──高村聖に」
「……」
「気が合わないならそれで構わないが……もし彼をトレーナーにすることができたら、君としてはメリットが多い。学園に残れることは勿論、これまで通りに研究を続けることができる。なにより、彼は担当ウマ娘の意見を尊重するタイプだ。あまり束縛はしないだろう」
アグネスタキオンはルドルフの言葉を聞いて、徐々に口角を吊り上げていく。
「これまで通り自由にできる、余計な口出しは他のトレーナーに比べてほとんどない、君の研究も手助けしてくれる、ひいては君の目標を叶えてくれる……おや?随分なメリットだと思われるが」
「ハーッハッハッハ!」
突如、アグネスタキオンは笑いだした。そして、楽しそうな笑みを浮かべてシンボリルドルフに告げる。
「こうしてはいられない!私はその高村聖というトレーナーに会ってくるよ!それじゃあまた!」
「あぁ、吉報を期待している」
アグネスタキオンはスキップしそうな勢いでその場を去る。1人残されたシンボリルドルフは、苦笑いを浮かべていた。
「……これで、彼女のお目付け役も確保できたな。彼は真面目だ、度を過ぎた実験はしないようにアグネスタキオンを見張ってくれるだろう。それに、彼はウマ娘の要望を叶えてくれるトレーナーだ。アグネスタキオンとの相性もいいと思われる。さて、どんな結果になるかな?」
そう呟いて、生徒会室へと戻っていった。
◇
「……という経緯があるのさ」
「成程?」
目の前にはアグネスタキオン。たづなさんからロイヤルビタージュースを貰って、その試飲をしようとしているところに彼女がやってきた。どうも彼女曰く、シンボリルドルフの紹介で自分のところに来たらしい。自分と気が合いそうだからと。
「というわけで、私のモルモットになっておくれよ!」
「いいよ」
「ほほ~う?随分とあっさり決めるねぇ。本当に良いのかい?」
アグネスタキオンの目的は、確かウマ娘の限界の果てへと至ること。ドーピングには否定的だったはずだ。
「さすがに命に関わるような危ない実験はしないだろう?なら、別にいいよ」
確か育成でも後遺症が残るような実験はなかった……はず。身体の発光に関しては別にいい。発光したところで仕事に支障はないわけだし。
自分の言葉に気分を良くしたのか、アグネスタキオンは笑顔で手を叩いていた。
「モルモットとして殊勝な心掛けだ!その調子で、私のトレーナーになっておくれよ!」
「それは無理だね」
「そうだろうそうだろう!私のトレーナーになって、って、えぇ~っ!?」
今度は信じられないような表情。そんな表情をされても無理なものは無理だ。
「そこはいいよ、と答えるところだろ~!?」
「そうは言うけど、さすがに無理だよ。僕はまだ新人トレーナー、複数人の担当なんて許してもらえないよ」
キタサンブラックにドゥラメンテはあくまでバクシンオーのトレーニングのサポートであり、自分の担当ウマ娘というわけではない。新人の自分が担当ウマ娘を増やしたい、といっても許してもらえないだろう。
……そう思っていたのだが。
「問題ありませんよ、高村トレーナー」
「……たづなさん?」
いつの間にかたづなさんが来ていた。ニコニコとした表情で自分を見ている。
たづなさんは溜息を吐いて、学園の現状について話してくれた。
「トレセン学園は毎年トレーナーが不足していまして……ウマ娘に対してトレーナーが少ないというのが現状です」
「はぁ」
「なので!こちらとしても高村トレーナーの担当ウマ娘が増えるのは嬉しい限りです!……後アグネスタキオンさんのお目付け役も兼任してもらえますし」
確かに、トレセン学園はトレーナーが不足気味という話は上がっていた。これもトレーナーライセンスの取得自体が狭き門なのも影響しているだろう。
「新人なのに、良いんでしょうか?」
「新人でも関係はありませんよ?お互いの合意さえあれば、問題なく契約できます!」
「……」
まぁ、そういうことなら。
「いいよ、アグネスタキオン。契約しようか」
「……いいのかい?」
「問題はないみたいだし。学園としても推奨しているなら別にいいよ」
さっきまで膝をついていた彼女が、ガバっと起き上がって機嫌良さそうに耳と尻尾を動かす。
「成程成程!これからよろしく頼むよ──モルモット君?」
「うん、よろしく」
アグネスタキオンは中距離の適性がAだ。これはバクシンオーの適性上げに一役買ってくれる。さらには、彼女の理論にも興味がある。こちらとしても嬉しい限りだ。
「それにしても、これで高村トレーナーは
「え?4人?」
「?えぇ、キタサンブラックさんにドゥラメンテさんも担当していらっしゃるのでしょう?」
「え?」
「え?」
……その話は追々する必要がありそうだ。
仲間が増えたよ、やったね!