さて、あの日選抜レースにて無事にスカウトが成功したわけだけど。
「私はサクラバクシンオーですッ!」
「……昨日の今日だし、さすがに知ってるかな?」
「目指すは全距離制覇ッ!学級委員長として全生徒の模範となるべく、共にバクシンしていきましょうッ!」
「そうだね、よろしく」
まさかの前世で一番育成したことのあるバクシンオーが担当になるなんてなぁ。不思議なこともあったもんだ。
スカウトの経緯は至極単純。バクシンオーの要望を叶えるトレーナーがいなかったから。バクシンオーの要求に自分が応えると返事をしたことでスカウトが成功した。
彼女の要望は至ってシンプル。長距離……ひいては全距離で結果を残すこと。それがスカウトを受ける絶対条件だった。他のトレーナー達はその要望を叶えることがなく、誰も声をかけなくなったタイミングで俺がいいよ、と名乗りを上げたら即契約。判断が早い。
「それにしてもトレーナーさん、目に生気がありませんね。委員長が元気を上げましょうッ!それ~ッ!」
「うん、気持ちは嬉しいけどこれがデフォだから。気にしないでね」
不思議なポーズ、多分元気を送っているんだろう。それを見ながらバクシンオーがスカウトを断ったトレーナー達の言葉を頭に思い浮かべる。色々あったが、最終的にはこの言葉に収束していた。
「君なら世界最高のスプリンターになれる!」
この言葉を踏まえた上で、彼女のステータスを見ていくのだが。
サクラバクシンオー
適性:芝A ダートG
距離:短A マC 中G 長G
脚質:逃げA 先行A 差しF 追い込みG
スピード:F 112
スタミナ:G+ 61
パワー :G+ 93
根性 :G+ 83
賢さ :G+ 88
彼女の望みを叶えるには、お世辞にも適性があるとは言えない状態だ。短距離とマイルは良いとして、中距離以上が絶望的に低い。あのレースは適性外のレースだったうえに、ステータスもあるわけじゃない。加えてスタミナの数値は全ステ中一番低い、必然の敗北だったわけだ。
(ぶっちゃけ、正しいのはトレーナー達の方ではある)
その分というか、サクラバクシンオーは短距離においては圧倒的だ。バクシンオーのステの中でトップの数値を叩き出しているスピードに、適性もそこいらのウマ娘より高い。確かアプリでも成長率はスピードに多く振られてたはず。
だから普通は、スプリンターの道を志すべきなのだろう。
(育成目標も短距離メインだったしな。
彼女と約束した。だから必ず
「いや~、父上と母上にも早く良い報告をしたいですねッ!この私、サクラバクシンオーが学級委員長としての責務を果たせそうだ、とッ!」
「……どういうこと?」
この先のことをあれこれ考えていたら、目の前にいるバクシンオーは感慨深げにしていた。思わずそう聞くと、よくぞ聞いてくれましたッ!といわんばかりの輝かしい表情を見せる。
「よくぞ聞いてくれましたッ!」
というか実際に口に出してる。
「春の天皇賞や有マ記念、ジャパンカップに宝塚記念!クラシック三冠も見事に勝ち取った、とッ!そう報告できる日も遠くないとッ!学級委員長としてあらゆるウマ娘の模範になったとッ!そう報告したいものですッ!」
「大分気が早いね」
まだデビューすらしてないのに。でも目標は高い方が良いだろう。
「それではトレーナーさん、放課後からよろしくお願いしますねッ!いざ、バクシンバクシィィィィィィン……」
サクラバクシンオーは慌ただしく去っていく。とりあえず。
「今日の放課後は……スピードでも鍛えるか」
今のうちにできる仕事を片付けておこう。
◇
あっという間に放課後、トレーニングの時間がやってくる。
「さぁトレーナーさん、トレーニングの指示をお願いしますッ!特に長距離トレーニングなんていいんじゃないでしょうかッ!?」
バクシンオーもやる気十分、ということで。
「まずはラダートレーニングでウォーミングアップ。その後はスタートの練習、メインはインターバル走ね」
「分かりましたッ!早速やってきますねッ!」
口頭で伝えたメニューを、バクシンオーは疑うことなく取り組んでいく。それにしても……うん、速いな。
(ステップも十分、脚さばきは問題なしと)
「このメニュー、私は3分でこなしてみせますともッ!」
別に早ければいいってもんでもないけど、気合は伝わってくる。そして、言われたセット数をバクシンオーは本当に3分でこなした。次からは単純な動きだけじゃなく、もうちょっと複雑化してもいいかもしれない。
「学級委員長はスタートも上手いんですッ!いざっ!」
「合図はこっちの方で出していくから、それに合わせてスタートしてね」
次はスタートの練習。これもバクシンオーは優秀な数字を叩き出す。
(出遅れはほぼ0、反応速度も良好、と)
「出遅れなどもってのほかッ!スタートも上手くなければいけませんからッ!」
その後のインターバル走でもバクシンオーは優秀な数字を……というか、本当にアレだ。
「身体も十分にあったまってきましたッ!これは好タイムが期待できますよッ!いざ、バクシーーーンッ!」
(スプリンターとしての適性は本当に凄い子だ)
「そりゃスカウトの声をかけたトレーナーの先輩達が短距離で走らせようとするわけだ」
ラダーでの脚さばきにスタートの上手さ、そしてスピード。スプリンターとして優秀な武器を全部持っている。そりゃ全員がスプリンターとして成長させようとするわけだ。
インターバル走を数本やった後だろうか?
「……おや?おやおやおやおやおやッ!?」
バクシンオーが何かに気づいた。というか、気づいてしまったかアレは。何本目かのインターバル走を終えたばかりの身体で、猛ダッシュでこっちに向かってきた。表情は疑問、というよりは困惑に満ちている。
「トレーナーさんッ!これはどーいうことですかッ!?」
「どういうこと、っていうと?」
言いたいことは分かってるけどね、あえてとぼけておこう。
現在バクシンオーにやらせているトレーニング、これは彼女が望んでいるトレーニング
「どういうこと、じゃありませんよッ!このメニューは──短距離用のメニューじゃあありませんかッ!!」
彼女が最も得意とする距離、短距離用のメニューだ。スピードを鍛えるためのトレーニングだから分かりやすいけどね。
「長距離用のメニューならばやはりペース走ッ!しかし全力のインターバル走はあまりも短距離向きッ!私、スプリンターにはならないと申し上げましたよねッ!?」
「うん、言ったね。ついでにいえば、マイラーにもステイヤーにもならないって言ったね」
「その通りッ!そして私に不足しているものはやはり長距離のスタミナッ!だからこそ鍛えるべきはスタミナでッ!」
「まぁ落ち着いてよ、バクシンオー。これにもちゃんと訳があるんだ。
「ハッ!」
学級委員長、という言葉に反応してバクシンオーは静止する。うん、どうやら落ち着こうとしているみたいだ。呼吸を整えている。それにしても、ちゃんと自分の不足しているものが分かっているのは良い。ノートにこのことを書いておこう。
「失礼ッ、少々取り乱してしまいましたッ!では、この学級委員長が話を聞きましょうッ!」
どうやら落ち着きを取り戻したらしい。では、話しをしていこう。
「まずバクシンオー。レースで勝つために必要なものは何だと思う?」
「それは勿論“スピード”ですッ!他の追随を許さないアットー的なスピードで先頭に立ち、他のウマ娘よりも常にゴールに一番近い位置で走り続けるッ!そうすれば、自ずと勝利は見えて……ッ!」
「うん、気づいたみたいだね」
答えている最中にハッとするバクシンオー。ぶっちゃけただの詭弁だけど、真理でもある。
「レースにおいて重要なのはスピードだ。確かにスタミナやパワーも重要視されるけど、それを活かすためのスピードがなければ何も始まらない。だからこそ、長距離を勝つためにもまずはスピード。それを鍛えていこう、ってことさ」
スピードが劣っていても勝つ事例なんていくらでもあるし、作戦勝ちや幻惑逃げ、あの手この手で勝利を手繰り寄せることができるのは間違ってない。けど、究極的に突き詰めれば……それら全てを活かすためにはスピードが必須の条件だ。
目の前のバクシンオーは感激しているのか、握り拳を作って身体を震わせている。
「成程……ッ、私が間違っていました、トレーナーさんッ!」
「なにが?」
「これもまた、模範的な学級委員長に至るための道、ということですねッ!?」
「……まぁ、そういうことになるかな」
そう答えると、バクシンオーは納得したようにうんうん頷いていた。
「……あなたと組んだのは間違いではありませんでした、トレーナーさんッ!」
どうした急に。
「私のことをよく理解し、そして導こうとしているッ!私が模範的な学級委員長となるためにも、トレーナーさんの指示に従うのが近道ッ!これからもご指導よろしくお願いいたしますッ、トレーナーさんッ!」
「うん、よろしく。とりあえずインターバル走に戻ろうか」
「勿論ですッ!いざ、バクシンバクシィィィィィィン……」
また走って戻っていった。元気あるなぁ、バクシンオーは。
(……まぁ実際のところ)
長距離用のメニューを組んでない理由は
いや、勿論今後は長距離を見据えてメニューを組む気だ。ただ、今日に限っては先方との折り合いがつかなかったというか……予定が合わなかった。なので今日はスピードのメニューを重点的にしていくしかない。
先方との折り合い、というのは一緒にトレーニングをしてくれるウマ娘のこと。本当だったら今日からするつもりだったんだけどね。
(ただ、来週からは予定が合うらしいからミッチリとやっていこう。本番は来週だ)
現時点のバクシンオーはなにもかもが足りない。短距離に関しては申し分ないけど、マイルはともかく中距離以上が特に危うい。
まずやるべきは適性上げ。適性Gでレースに出走なんて冗談じゃない。どれだけステを盛れば勝てるんだ?って話だ。圧倒的に時間が足りないよそんなの。
今後のメニューを立てながらバクシンオーのトレーニングを見る。タイムを計っているけど、本当に凄いな。デビュー前と考慮すればかなりの数値を叩き出している。ただ、本数を重ねているとさすがにタイムが落ちてきた。肝心のバクシンオーもヘロヘロである。
「バク、シン……バクシン、シィィィィン……」
「あんまり短い間隔でやると疲れるよ。ちょっと休憩しようか」
「は、はいぃぃぃ~……」
後は、バクシンオーの強さを活かすためのプランを考えないとね。
やはりバクシンですよバクシン。