日本ダービーを目前に控えた今日、ミホノブルボンとマスターは改めて作戦を確認していた。
「まず、最優先で警戒すべきはサクラバクシンオーだ。これは分かるな?」
「ステータス『当然』。皐月賞での敗戦は、今なおメモリーの中に保存されています」
「その悔しさを忘れるな。おそらくだが、サクラバクシンオーは今回も前目につけるだろう。それも、お前の後ろにな」
それはミホノブルボンも分かっていたのか、マスターの言葉に頷いた。サクラバクシンオーは皐月賞のようにミホノブルボンの後ろにつける。2人はそう予測を立てた。
「お前はペースを乱さない。ペースメーカーとしてはうってつけだからな。皐月賞ではそこに目をつけられた」
「……ですが、同じ轍は踏みません」
「そうだ。もしサクラバクシンオーが後ろにつけるようなら──ヤツのペースを乱せ」
もしまた同じようなペースで巡行すれば、それこそサクラバクシンオーの思うつぼだろう。ならば、相手がミホノブルボンをペースメーカーとして機能できないようにペースを乱す。ペースを落として、前が有利になるように走る。それがマスター達の立てた作戦だった。
極めてシンプルな作戦。果たしてどうなるのか?
「オーダーを受諾。目標を『日本ダービー勝利』に設定」
2人の目標は日本ダービーでサクラバクシンオーの陣営に雪辱を果たすこと。そして日本ダービーのタイトルを取ることだった。
そんな2人の不安要素はというと──枠番。
(よりによって枠番に嫌われたか……ブルボンにとっては痛い7枠からの出走、これは間違いなく不利に働く)
ミホノブルボンは7枠15番であり、逃げウマ娘にとっては痛い外枠からのスタートだった。とはいっても、東京レース場で内外の有利はほぼないだろう。ミホノブルボンの強さを発揮できれば間違いなく……と言いたいが、サクラバクシンオーの強さを知っている手前、おいそれと口にはできなかった。
できる限りサクラバクシンオーの強さを発揮させず、なおかつミホノブルボンが勝てるような走りをする。
(そんな夢のような作戦があればよかったのだがな。しかし……)
「最善は尽くした。日本ダービー……勝つぞ、ブルボン」
「はい、マスター。バクシンオーさんにリベンジを果たします」
マスターはミホノブルボンの勝利を信じるだけだった。
変わってサクラバクシンオーと高村。こちらも作戦会議をしていた。
「……というわけで、皐月賞にNHKマイルを勝ったバクシンオーは集中的にマークされる。なんたって君は模範的なウマ娘だからね、みんながマークして真似しようとするんだ。分かるかい?」
「いや~、照れますねぇ!いよ、さすが私ッ!学級委員長として鼻が高いッ!」
「そうだね。まぁ君は集中的なマークにあう。必然的に走りづらくなるだろう。そしたら、どう走ったらいいと思う?」
高村からの問いかけに唸るサクラバクシンオー。やがて答えに辿り着いたのか、手を叩いて元気よく答えた。
「バクシンすればいいわけですねッ!?」
「うん、バクシンだね」
お前マジか?と言いたくなるような作戦会議だが、この2人は大体これで通じている。なので問題はない。
「ただ、今回は今までのレースで最長距離の2400m。皐月賞の時のようなペースで走るとさすがに苦しいから、それは頭に入れておいて」
「勿論ですともッ!今回も模範的な走りをみせますよ~!」
「期待してる。後はそうだね……おそらくだけど、今回はライスシャワーの徹底マークがくる。プレッシャーも凄いだろう」
高村が懸念しているのはライスシャワーの存在。皐月賞とNHKマイルを制したサクラバクシンオーは、間違いなく彼女のマークにあうだろうと高村は予想していた。さらにはミホノブルボン。
「後は、ミホノブルボンをペースメーカーにするのはもう無理だろうね。皐月賞の敗戦があるから、そう易々とペースメーカーにはならないだろう」
「ほうほう……」
「逆に、バクシンオーのペースを乱すように走る可能性がある。そうなったら君は不利だ。じゃあどうすればいいか……分かる?」
「勿論ですッ!」
高村の言葉に、サクラバクシンオーは再度元気よく答える。
「つまり──バクシンすればいいわけですねッ!」
「そうだね、バクシンだね」
自信満々なバクシンオーと淡々としている高村。高村はノートを開きながら、警戒すべきウマ娘の情報をバクシンオーと共有。バクシンオーは高村の情報に時折相槌を打つように頷いていた。
「……ま、こんなところかな。今回のレースで重要なのはバクシンすること、自分のペースを乱さないってことだ」
「はいッ!」
「自分の走りができれば、君は負けない。たとえ2400であってもね」
淡々としている高村の口調。しかしそこには確かな自信があった。サクラバクシンオーはそれを感じ取る。
「大丈夫ですよトレーナーさんッ!疲労もありませんし、脚のケアも
自信に満ちているサクラバクシンオー。高村は少しの間目を閉じて逡巡した後、サクラバクシンオーを真っ直ぐに見る。
「頑張っておいで、バクシンオー。ここを勝って、二冠目を取ってこよう」
「当然ですともッ!」
日本ダービーは間もなくだ。
◇
曇り空の東京レース場。日本ダービーが行われる今日、多くのファンがレースを観るために訪れていた。
《天気はあいにくの曇り空。ですが会場の熱気は雲を吹き飛ばしそうなほどです!東京レース場芝2400m、日本ダービーの時を迎えました!バ場の状態は稍重の発表、果たしてどのようなレースになるのか!非常に楽しみですね!》
《注目はやはり、サクラバクシンオーでしょう。皐月賞とNHKマイルを制しての堂々参戦。いまだ黒星がない彼女、無敗のクラシック二冠を勝ち取ることができるか?もし日本ダービーに勝てば》
《トウカイテイオーに続いての無敗のクラシック二冠!そして無敗の変則三冠を達成することになります!しかし、他のウマ娘も黙って指を咥えているわけではない。サクラバクシンオーに負けじとトレーニングを重ねてきました!出走するウマ娘達が続々と入場してきています!》
パドックを終えてターフへと姿を現すウマ娘達。歓声に迎えられて、それぞれウォーミングアップをしている。
そして、
《さぁ来ました!今回の日本ダービー1番人気サクラバクシンオー!距離不安を克服しての日本ダービー出走、皐月賞ではレコード勝ちを収めました!さらにはNHKマイルを6バ身差勝利と、他を圧倒する勝ち方を見せました!日本ダービー大本命の彼女は、一体どのようなレースをするのか!?》
《元々スプリンターと評価されていた彼女が日本ダービーに出走。適性の概念を壊したウマ娘の1人ですね。努力で適性の壁は超えられる、好走に期待したいところ!》
「さぁ!この学級委員長の走りをしっかりと見ていてくださいね~ッ!アットー的なスピードで今日も勝ちますよ~ッ!バックシーーンッ!」
元気の良いサクラバクシンオーの登場に、ファンは微笑ましい視線を向ける。
「いやぁ、いつも元気がいいよなバクシンオー」
「そうそう。こっちまで元気になるよね!」
「頑張れよ~、バクシンオー!無敗の二冠だー!」
他のウマ娘から敵意のこもった、鋭い視線を向けられるサクラバクシンオー。それでも彼女は自信満々な態度を崩さない。順調にウォーミングアップをこなしていた。
そして、ミホノブルボンが入場してくる。
《続いて入場してきたのはミホノブルボン!精密機械のようなラップタイムを刻み続けることから【サイボーグ】の異名を持つ彼女、皐月賞ではサクラバクシンオーの前に敗れました。この日本ダービーではリベンジしたいところ!》
《枠番は7枠と少し不利か?しかし強いウマ娘は外枠からでも飛んでくる、トウカイテイオーが良い例です。彼女はどのようなレース運びをするのか?》
「……」
入場してきたミホノブルボンは、サクラバクシンオーを一瞥するとすぐに準備運動を始めた。
「頑張れよ~ブルボーン!」
「皐月賞の悔しさをぶつけてやれ~!」
「逆襲だー!」
最後のウマ娘が入場する。観客席の高村はノートに書きとりつつ、ウマ娘達へと視線を向けていた。
(……能力値的には、やっぱりバクシンオーが飛び抜けている。ただ)
「ブルボンのスピードと根性がC……ライスシャワーはスピードがDの後半にスタミナがCか。マチカネタンホイザはまんべんなく伸びてる……他の子達の変化は微々たるもの、っと」
「いつもご苦労なことだねぇ。私にも後で見せておくれよ」
「いいよ」
「頑張れバクシンオーさ~ん!わっしょ~い!」
「さて、バクシンオーはどうレースを展開するのか……見させてもらおう」
周りからかなり注目されている高村達。もっとも、注目を集めている大半の理由はキタサンブラックによる凄い声量の応援だが。
ウマ娘達がゲートへと向かう。1人、また1人と順調にゲートへと入っていく。
《各ウマ娘、順調にゲートに収まります。一度しか出走が叶わないクラシックレース、その中でも、日本ダービーは特別と言っても良いでしょう。ダービーウマ娘の称号を手にするのはどのウマ娘か?》
《無敗のクラシック二冠、そして変則三冠がかかるサクラバクシンオー。2番人気のミホノブルボンに5番人気のライスシャワーが対抗として挙げられています。伏兵マチカネタンホイザも油断できませんよ!》
《今、最後のウマ娘がゲートに入りました》
静寂に包まれる東京レース場。先程までの喧騒が嘘のようだった。
静かな東京レース場に──ゲートが開く音が鳴り響く。ウマ娘達が一斉に駆け出した。
《最後のウマ娘がゲートに収まって──スタートしましたッ!揃って綺麗なスタート!日本ダービーが幕を開けました!最内のサクラバクシンオーがグングン上がって行く!そして外からミホノブルボンも行った!やはりこの2人が行くのか!?ヘルプストラウプも行ったぞ!この3人が逃げる展開!ライスシャワーはミホノブルボンを追走、第1コーナーめがけて進んでいきます!》
日本ダービー開幕。
◇
ミホノブルボンはサクラバクシンオーの出方を窺っていた。第1コーナーに入ってすらいない今の段階では、まだ団子状態である。
(『観察』。バクシンオーさんはどう動くのか?見定めます)
「バクシンバクシーーーンッ!委員長は今日も絶好調ですよーッ!」
サクラバクシンオーは──ペースを緩めない。おそらく、ハナを奪うつもりなのだろう。ミホノブルボンはまだ動かないようにした。
(ペースを見極め、自分のペースで動く……そうしなければ、バクシンオーさんには勝てない)
ベストなレース運びでなければサクラバクシンオーには勝てない。ミホノブルボンは冷静にレースを運んでいた。
ライスシャワーも、無理にサクラバクシンオーの後ろにはつけないようにした。
(ここで無理に動いちゃったらスタミナを使っちゃう。だから、流れを見極める必要がある……)
「ついてくついてく……バクシンオーさんについてく……」
レースの展開を窺うライスシャワー。
「頑張るぞ~、頑張るぞ~!」
マチカネタンホイザも気合十分である。
まもなく第1コーナー。先頭に立ったのは。
《サクラバクシンオー今回は先頭に立つようだ!ミホノブルボンはっ、あくまで自分のペースを守るのか無理には追わない!まもなく第1コーナー!先頭で入るのはサクラバクシンオー、サクラバクシンオーだ!2番手はヘルプストラウプ!3番手はミホノブルボンだ!》
《今回は逃げる形のサクラバクシンオー。これがどう影響するか!》
サクラバクシンオー。日本ダービーのペースメーカーは、サクラバクシンオーになった。
バクシンですよバクシン!