第1コーナーを越えて第2コーナーへと入る日本ダービー。現在先頭はサクラバクシンオーであり、ミホノブルボンではない。
「バクシンバクシーーーンッ!」
軽快に飛ばして走っているように見えるサクラバクシンオー。2番手はヘルプストラウプであり1バ身後ろ、3番手のミホノブルボンがヘルプストラウプの2バ身後ろにつけていた。
「バクシンオーさんをマーク……バクシンオーさんをマーク……!」
そこに先行集団につけていたライスシャワーが、サクラバクシンオーの後ろにつけようとペースを上げてきた。するりと抜け出してミホノブルボンを追い抜き、2番手のヘルプストラウプの隣へと位置をつける。
「おぉ、やはり私をマークしますかッ!構いません、どうぞかかってきてくださいッ!」
ここでファンの脳裏に浮かぶのは、サクラバクシンオーの弥生賞である。あの時も日本ダービーと同様に逃げていた。そして……彼女の弥生賞はおよそ良いレースとは言えない内容だったことも覚えている。
「逃げで走るバクシンオーかぁ……短距離ならともかく、中距離はなぁ」
「皐月賞を走り切ったし、スタミナに不安がないつっても。弥生賞のこと考えたらやっぱ不安になるよな」
「ペース守れるのかな?バクシンオー」
ハチャメチャなペースで走り、自滅しかけていた弥生賞。不安になるのも当然だろう。
ただ、ミホノブルボンのトレーナーであるマスターを筆頭に、他のトレーナーは油断していない。厳しい目でレースを見守る。
(逃げで走るか、バクシンオー。予想してなかったわけじゃなかったが)
「これはまずい展開になったな……っ」
力任せな逃げを取ってきた、そう考えるマスター。ミホノブルボンにとってはあまり良くない展開である。
(サクラバクシンオーの強さはミホノブルボンより上、それは認めざるを得ない。だからこそ、この力任せな戦法はかなりまずい)
サクラバクシンオーの身体能力ならば、あの戦法でも持つだろう。マスターはそう考えていた。ただ、それはミホノブルボンにとってまずいことだ。
落ちてこない可能性の方が高い、後ろにいるミホノブルボンはかなり不利だ。元々のスピードが飛び抜けているサクラバクシンオーを抜くのは至難の業である。現在4番手に控えているミホノブルボンだが、今のペースを守り続けていると引き離される一方だ。
(ブルボンも気づいていないわけではない。とはいっても、有効打となるものもない)
「しかし、ライスシャワーの徹底マークを受けている。体力の消耗も激しいに違いない。ならば、ペースを守っているミホノブルボンは勝てる」
稍重のバ場に他のウマ娘からの徹底マーク。いくらスタミナがあるといっても限りがある。
(スタミナが尽きた隙を狙って、ミホノブルボンが獲るッ!)
向こう正面へと入るレース。サクラバクシンオー、ヘルプストラウプとライスシャワー、ミホノブルボンと続いていた。
高村の隣で、アグネスタキオンはサクラバクシンオーのタイムを計測している。ラップ間のタイムを測りながら笑みを深めていた。
「い~い傾向だねぇ。さてさて、向こう正面ではどう走るのかひっじょ~に楽しみだ!」
「問題はないよ。皐月賞で
先頭を走るサクラバクシンオーと、彼女をマークするライスシャワーとヘルプストラウプ。4番手に控えているミホノブルボンとの差は……少しずつ差が縮まっていた。元々4バ身近い差がついていたが、3バ身、2バ身と近づく。
ミホノブルボンのペースが乱れているわけではない。乱れているのは。
「バクシンオー、ペースを落としたね。バクシンオーをマークするライスシャワーは必然的にペースを落とす。ただ、ヘルプストラウプは、っと」
「ペースを緩めない。追い抜く勢いだ」
「でも、そうなるとオーバーペースですよね、トレーナーさん?」
「そうだね、キタサンブラック。バクシンオーは終盤を考えてペースを落としたけど、それでも相当なものだから」
程なくしてヘルプストラウプはサクラバクシンオーを抜き去った。
《1000mの通過タイムはっ、60秒8!早めのペースで進みます日本ダービー!向こう正面を進む各ウマ娘、先頭はサクラバクシンオー!しかし、ヘルプストラウプが上がってきました!ヘルプストラウプがサクラバクシンオーに並びます!》
《ヘルプストラウプ、ちょっと掛かり気味ですね。少し落ち着きたいところ》
《向こう正面の半分を目前に控えたところで先頭が変わります!先頭はサクラバクシンオーに変わってヘルプストラウプ!サクラバクシンオーは2番手に下がりました。3番手は1バ身差ぴったりでライスシャワー、4番手はミホノブルボン、ライスシャワーから遅れること1バ身差!》
5番手以下はミホノブルボンから3バ身から4バ身程遅れて追走。4人のウマ娘が中団を形成していた。レースは縦長の展開であり、後方集団はさらに後ろ。マチカネタンホイザは後方集団に控えていた。
「ん~……けど、バクシンオーさんのこと考えたらそろそろ上がらないと!」
マチカネタンホイザは後方集団から位置を押し上げる。他のウマ娘はマチカネタンホイザにつられることなくペースを守っていた。
タイムを計っているアグネスタキオンは、サクラバクシンオーのペースを見て笑みを深める。
「う~ん!良いペースだねぇ!まさに理想的なペースだ!」
「皐月賞を勝って自信もついたから、これくらいわけないよ。身体能力だって最初の頃とは比べ物にならないし、適性もそうだ」
高村はサクラバクシンオーへと視線を移す。サクラバクシンオーは2番手でレースを展開していた。
◇
ミホノブルボンは僅かながら焦りを覚えていた。
(『焦燥』……少しばかりペースを早めねばまずいでしょう)
前を走るサクラバクシンオーには余裕が見られる。途中、ヘルプストラウプが競りかけるようにサクラバクシンオーに並び立ったが、彼女は意に介さなかった。ならばとヘルプストラウプはサクラバクシンオーを追い抜いたが、それでもペースを崩さない。ならば仕方ないと、ヘルプストラウプは先頭に立つことにした。
ただ、サクラバクシンオーとて楽なレースではないだろう。
(ライスさんの徹底マークを受けています。スタミナの消耗が私以上なのは間違いありません)
「ですが早めに押し上げることを推奨。ミホノブルボン、前へと動きますッ!」
レースはすでに第3コーナーを曲がり終わり、第4コーナーへと入る。
《先頭が第4コーナーのカーブに入りました!先頭はヘルプストラウプ!ヘルプストラウプです!そして2番手にはサクラバクシンオーが追走、その1バ身後ろにはライスシャワー、ライスシャワーだ!ミホノブルボンは珍しい4番手、しかし精密なラップを刻み続ける彼女のペースが普通なのでしょう!オーバーペースで走っている前3人は大丈夫なのか!?そんなミホノブルボンにマチカネタンホイザが急襲する!後方集団からここまで上がってきたマチカネタンホイザ!最後の直線に向けて脚を温存したいところです!》
サクラバクシンオーとの差は2バ身程。ライスシャワーはサクラバクシンオーに並ぼうとしていた。
ライスシャワーはサクラバクシンオーをじっと見据える。
「ついてく……ついてく……」
このレースにおける標的。日本ダービーを勝つための、最大の障害。序盤からマークしているが、改めて強さを再認識する。
(ライスも少しキツい……だけど、それはバクシンオーさんも同じ!)
第4コーナーを走るライスシャワー。最後の直線でサクラバクシンオーを追い抜くための準備を始めていた。
第4コーナーを越えて最後の直線へと入る。最初に入ってきたのはヘルプストラウプ。しかし彼女のスタミナは切れかかっていた。
「む、む~り~……」
元々サクラバクシンオーの2番手だった彼女。サクラバクシンオーを自由にさせないために走ったはいいものの、その代償は大きかった。力尽きて後退していく。
そして最後の直線で──サクラバクシンオーが動く。
「さぁ、ここからさらにバクシンしますよーッ!バクシンバクシーーーンッッ!!」
さらにギアを上げるサクラバクシンオー。
「ッ、させません!」
「ついてく、ついてくッ!」
「うおりゃ~!頑張れ私~!」
ギアを上げたサクラバクシンオーについて行くミホノブルボンら3人。その差は1バ身程だ。
「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
東京レース場のボルテージも上がる。いよいよ最後の戦いだ。
《東京の坂を上がって行きますサクラバクシンオー!脚色は衰えていません!オーバーペースで走っていたわけではなかった!サクラバクシンオーを追いかけるミホノブルボン、ライスシャワー、マチカネタンホイザの3人!他のウマ娘も続々と上がって行きます!4番手マチカネタンホイザから遅れること3バ身差!》
《ここからサクラバクシンオーを捕まえることはできるか!最後の勝負どころです!》
《先頭サクラバクシンオーが逃げる逃げる!その差をじりじりと広げていきます!サクラバクシンオーが後続との差を広げていく!》
サクラバクシンオーが2番手以下との差をじわじわと広げ始める。
「やはり尽きないか……、ブルボンッ!」
「頑張れライス、頑張れっ!」
ミホノブルボンのトレーナーとライスシャワーのトレーナーは祈るように応援する。己の担当ウマ娘が勝てるようにと、サクラバクシンオーに追いつけるようにと祈る。
「頑張れマチタ~ン!もう少しだよ~!」
マチカネタンホイザのトレーナーも必死に応援していた。
そんな中、高村は静かにレースを観る。
「……若干だけど、脚色が鈍ってるね。稍重のバ場が想定以上に響いたかな?」
差を広げつつあるというのに、脚色が鈍っていると判断する高村。彼の目に見えるステータスを考えたら、もっと差を広げてもおかしくないと思っているのだろう。
「それとも徹底マークが響いたか……両方だな。こればっかりは回避法があるわけじゃないし、経験だね」
ノートに書く高村。隣ではサクラバクシンオーの応援をするキタサンブラックと楽しそうにしているアグネスタキオン、高村同様静かに見守るドゥラメンテの姿があった。
「さてさて、ここから番狂わせは起きるかな?」
「いけいけ~!バクシンオーさ~ん!」
「……」
坂を上り終わるサクラバクシンオー。残り200mを目前に控えていた。
ライスシャワーは焦る。いや、ライスシャワーだけではない。サクラバクシンオーを追いかける全てのウマ娘が焦っていた。
(確実に脚は削られているはず。なのに!)
(追い、つけない……!)
(どんどん差が広がっちゃう~!)
「バクシンバクシンッ!バク!シン!シーーーンッッ!!」
脚色が鈍っているのにもかかわらず、それでもなお追いつけないスピード。単純なスペックの差だった。
ミホノブルボン達の脳裏に敗北の文字がよぎる。皐月賞の時と同じく、自分達は負けてしまう。そう直感した。
「……ッ!もう、負けるわけにはいきませんッ!」
「ついてく……ッ!バクシンオーさんに!」
「勝ぁぁぁぁぁつっ!頑張れ私~!」
根性で追いすがるミホノブルボン、ライスシャワー、マチカネタンホイザの3人。すでに前4人での争いになっていた。
《先頭はサクラバクシンオー、サクラバクシンオーです!2バ身と差がつこうとしていますがそれ以上は開かせないミホノブルボンとライスシャワー、そしてマチカネタンホイザ!3人がサクラバクシンオーを追いかける!》
《残り200!追いつけるかどうか!?》
差は広がらないが、縮まりもしない。もう決まりか、と思いかけた──刹那。
「バクシンバクシンっ?……ちょわぁっ!?」
後ろからの圧が強くなり、思わず後ろを振り返るサクラバクシンオー。気づけば、
「ついてくついてく……ッ!」
マチカネタンホイザとミホノブルボンは脱落しかけている。だが、根性だけで食らいつこうとしていた。
ライスシャワーだけは違う。彼女は明らかに想定以上のスピードでサクラバクシンオーを捕まえようと迫っている。
「っ!?」
そんなライスシャワーの様子に、高村は目を見開いて驚いた。その様子に気づいたドゥラメンテも驚く。
「驚いた。トレーナーもそんな表情するんだな」
「……そりゃあ僕だって驚くことはあるさ。なんにせよ」
ペンを強く握りしめる高村。これもドゥラメンテ達にとっては初めて見る姿だった。
「
ミホノブルボンとマチカネタンホイザは差を詰めることができない。キープするので精一杯だ。しかし、ライスシャワーとサクラバクシンオーの差は縮まってきている──捕まりそうなほどに。
「とりゃあああああッ!模範的な委員長として負けませんよライスさんッ!バクシン、バクシーーーンッ!」
必死に逃げるサクラバクシンオー。その差を縮めるライスシャワー。
《逃げるサクラバクシンオー!しかし、サクラバクシンオーに猛然と襲い掛かるライスシャワー!ライスシャワーが襲い掛かる!これは凄い末脚!?ミホノブルボンとマチカネタンホイザはもう無理か!サクラバクシンオーとライスシャワーの戦いになる!じりじりと差を詰めるライスシャワー!これ以上は縮めたくないサクラバクシンオー!さぁどうなる!?》
「いけぇぇぇぇぇ!ライスゥゥゥゥ!」
お兄さまも必死に声援を送る……だが、残り100m付近でライスシャワーは失速した。
「ハァ……ハァ……ッ」
半バ身まで縮めた差。それ以上縮めることは叶わず。
「……まだ完全には至らず、か」
日本ダービーを観戦しに来ていたシンボリルドルフの、そんな呟きとともに。日本ダービーの勝者が決まった。
《サクラバクシンオー!サクラバクシンオーだ!ライスシャワーの猛追を振り切って!サクラバクシンオーが日本ダービーを勝ちました!サクラバクシンオー、無敗のクラシック二冠と変則三冠達成です!》
日本ダービーの勝者はサクラバクシンオー。2着は半バ身差でライスシャワーだった。
これで変則三冠ですよ!バクシーン!後何かに至りかけるライスシャワー。