夏合宿は続くよどこまでも。どこまでもは続かないけど。現在は週末の併走トレーニング。バクシンオーとシンボリルドルフ、トウカイテイオーが併走をしている。
「さて、サクラバクシンオー。長距離において一番重要なのは息を入れるタイミングだ。最初から最後まで全力疾走して勝つなんて芸当は無理難題、というよりは菊花賞で勝つにはかなり厳しい」
「ほうほう」
「だからこそ、ここぞというタイミングで息を入れるんだ。そうだな……分かりやすい地点を決めておくのがいいだろう。君の場合は本能的に分かるかもしれないけどね」
併走をして、走り終わったらシンボリルドルフからのアドバイスを受ける。
「後はコーナリングだね。無駄のないコーナリングをすることで、スタミナの消耗を抑えることができる」
「ふむふむ。つまりは──みなさんが憧れるような走りをすればいいわけですねッ!」
「そういうことだ。皆が模範とするような走りは、模範とするだけの理由がある。長距離においてはこれが特に重要だ」
シンボリルドルフはアドバイスが上手いな。バクシンオーも最初の説明で理解はしているんだろうけど、バクシンオーのやる気に繋げつつアドバイスをするのが凄い。
そしてもう1人、トウカイテイオーが手を挙げて自分を主張する。
「はいはーい!ボクもボクも!良いのがあるよ!」
「なんと!是非ともお聞かせくださいテイオーさんッ!」
「フッフッフ~」
得意げな笑みと共に、トウカイテイオーは自信満々に告げた。
「それはね~、残り777m地点!残り777m辺りで仕掛けるために息を入れるといい感じになるよ!」
「ちょわ?どうしてそんなに微妙な数字なのですか?」
「いい?ちょ~っと考えてみてよバクシンオー。残り777m……なんか縁起良くない?」
「……確かにッ!ご利益がありそうですねッ!」
「でしょでしょ~?」
……もしかして、スキルで言うところのスリーセブン?シンボリルドルフの表情はというと、あ、うん。微笑ましいような困ったような笑みを浮かべてる。なんとも言えないんだな。
「ですが、さすがに見極めるのが大変そうですね……勿論学級委員長ならばできるのですが」
「大丈夫!ボクやカイチョーがタイミングを教えるから!ボクらは慣れてるからね、大体どこかは分かるよ!」
シンボリルドルフもやってたのか。そこはちょっとびっくりだ。
「まぁ、そうだな。それに777m地点というのもあくまで目安のようなもの、多少前後しても問題はないさ。では、休憩も終わったところで走ろうか」
「はーい!次こそは抜かすからねカイチョー!」
「私も負けませんよ~!バクシーーンッ!」
「フフ、良い気概だ。2人とも、遠慮なく挑んで来い!」
こうして3人による併走がまた始まる。たまにアグネスタキオン達も交ざるけど、基本的にはこの3人による併走だ。
「ッ!この地点だ!今回の距離では、ここが残り777mだサクラバクシンオー!」
「バクシーーーンッッ!!」
「それ息入れてるの!?まぁいいけどさ!」
「今後の併走で身体に馴染ませろ!そして自分だけのベストな走りを見つけ出すんだ!」
週末の併走も順調である。
平日は素のステータスを鍛える。それはもう徹底的に鍛える。
「トレーナーさんッ!私、凄い方法を思いつきましたッ!」
「うん、なにがだい?」
とても嬉しそうに報告してくるバクシンオー。目が輝いている。
「私はかねてより考えていました……ウマ娘の脚力があれば、水上を走れるのではないかとッ!」
「何言ってんの?」
「水面についた片方の脚が沈む前に素早くもう片方の脚を前に出す!それを繰り返せば、理論上は水面を走れるはずですッ!」
「まぁ……理論上はそうだね」
確かに理論的には走れるだろう。それが実現できるかどうかは別として。というかどこの烈〇王だい?君は。
「私が名付けたこの水上バクシン理論。ウマ娘の脚力をもってすれば、不可能ではないと思いましたッ!」
「そうなんだ」
「加えて私のバクシン的スプリント!さらにはバクシン的気合も合わされば!これはもう実現すること間違いなしッ!」
バクシンオーは海の方向を見る。スターティングポーズを取って、今にも海に向かって走ろうとしていた。あ、本当にやるんだ。
「というわけで、今から実践してきますッ!いざ、バクシーーーンッッ!」
「まぁ試すのはタダだから行っておいで」
勢いよく走っていくバクシンオー。浅瀬からどんどん深いところへと走っていって……あ、沈んだ。
「ガボボボボっ……」
「ば、バクシンオーさぁぁぁぁん!?」
「見事に沈んだねぇ。とりあえず救助に向かおうか」
アグネスタキオン達によって救助されるバクシンオー。救出された彼女は頭を捻っていた。
「あれ?おかしいですね。理論上は可能なはずなのですが……」
「……普通に、考えて。水面を走るのは、無理があるかと」
マンハッタンカフェの至極真っ当なツッコミ。ただ、バクシンオーはめげない。
「これはきっと、私のバクシン力が足りないせいでしょうッ!いざ、セカンドトライッ!バクシーーーーンッッ!!」
「それが終わったら元のトレーニングに戻ってね~」
「……いえ、そこは、止めましょう。タキオンさんの、トレーナーさん」
ちなみにこの後何回かトライしてた。
何度目かのトライを終えた後、トレーニングに戻る。現状見据えるべきは、やはりスピードだろう。次走はシニア級との混合戦になるスプリンターズステークスなのだから当然だ。
「それにしても、スプリンターズステークスなんて思い切ったね聖トレーナー……まさか、前哨戦として使おうなんて「さすがに思ってませんよ。距離もレース場も全然違うじゃないですか」うん、そうだろうと思ってはいたけどね」
「前哨戦としては使えませんけど、バクシンオーが出走したいと言うので。1200mから3000mに調整するのがかなり大変ですけど」
「確かにね……そこが一番の鬼門だ」
ただ、請け負った以上は勝たせる。絶対に。
砂浜でのランニング。砂に足を取られるから、スピードを出すのはまぁキツい。しっかりと正しく走らなければ、無駄に体力を消耗するだけになるだろう。
「バクシンバクシーンッ!砂でも委員長のバクシンは止まりませーーーんッ!」
「バクシンオーさーん!タイム落ちてますよー!」
「ちょわぁっ!?」
スピードトレーニングを重点的に。そしてたまに他のトレーニングをする。キタサンブラック達のサポートもあり、バクシンオーは順調に育っていった。
(これがスプリンターズステークスまでにどこまで成長するか、だね)
現状、領域に関しては目覚める前兆すらない。これはもうアレだ。
「元々組み込む予定はなかったから別にいいけど。スプリンターズステークスに賭けるとするか」
「領域の話かい?」
「そんなところです」
ノートに書きながら今後を見据える。スプリンターズステークスと菊花賞をどちらも勝つ。厳しいけど頑張るか。
◇
話の発端は、トウカイテイオーの呟き。
「そういえばさ、なんでバクシンオーって中距離以上に挑戦しようと思ったの?」
「ちょわ?どういうことですか?」
トレーニングの休憩時間中、トウカイテイオーはそう呟いた。サクラバクシンオーは疑問たっぷりといった表情でトウカイテイオーを見る。
「いやさ、バクシンオーってスプリンターとしての才能がすっごいあるって言われてるじゃん?トレーナー達が口を揃えるぐらいだし、それぐらいスプリンターとしての才能が凄いってことだと思うんだよね」
「ま~そうですねッ!なにせ私、速いのでッ!」
「すっごい自信だね。ま、バクシンオーらしいけど」
トウカイテイオーは続ける。自らが抱いている疑問を、サクラバクシンオーにぶつけた。
「まぁクラシックレースは一度しか出走できない~、なんて言われたらそりゃそうだけどさ。それでも疑問なんだよ」
「なにが、ですか?テイオーさん」
「どうして
トウカイテイオーの言葉に、サクラバクシンオーは即座に答える。
「それが模範的な委員長ですからッ!私が学級委員長として皆を導くためには、中距離以上でも勝つのは当然というものですッ!」
自信満々にそう答えるサクラバクシンオー。しかし……トウカイテイオーは納得しない。
「……
「……」
訝しむような視線を向けるトウカイテイオー。わずかにだが剣呑な雰囲気が流れる。
「な~んか、他にもあるような気がするんだよね~。
「ありますよッ!」
「え!?普通に認めるの!?そこはもっと隠すとこじゃない!?」
思いの外あっさりと認めたので驚きを隠せないトウカイテイオー。サクラバクシンオーは豪快に笑っていた。
「ま~これは個人的なことですのでッ!大丈夫ですよッ!」
「それならいいけどさぁ……なんか、ごめんね?変な雰囲気作っちゃって」
「構いませんッ!皆の疑問に答えるのもまた、学級委員長の務めですからッ!」
その後は仲良くトレーニングをした2人だった。
そんなことがあった日の夜のこと。
「おや?またまた奇遇ですね会長さん!」
「あぁ。前回も、こうして会っていたね」
前回の夏合宿と同様に、シンボリルドルフとサクラバクシンオーは夜の砂浜で語り合う。
「それにしても目覚ましい成長だ。こちらの教えを電光石火の勢いでどんどん吸収する。私としても教え甲斐があるよ」
「当然ですともッ!私、優等生ですからッ!」
「ハハ、そうだね」
始まりは他愛のない会話。そして、シンボリルドルフはサクラバクシンオーにあることを確認する。
「時に、サクラバクシンオー。君の次走がスプリンターズステークスというのは本当かい?」
「ややっ?まさか、トレーナーさんにお聞きになったのですか?」
「そうだね。高村トレーナーから話を聞いた。君は次走にスプリンターズステークスを選んだと。菊花賞を控えているのにも関わらず、だ」
「それはそれは!ま~隠すようなことでもないのですが、そうですねッ!私の次走はスプリンターズステークスですッ!」
スプリンターズステークス。短距離のG1レースであり、スプリンター達による最速を決める戦いだ。菊花賞の前に、このレースを走ることをサクラバクシンオーは選んだ。それを知ったシンボリルドルフは怪訝な表情をする。
「随分とまぁ、思い切った選択をするものだ。距離も何もかもが違うというのに」
「えぇ!ですが最速と最強を制してこその学級委員長、皆が模範とする優等生ッ!故にどちらも勝ってみせますともッ!」
「当たり前だが、前哨戦にはならないぞ?」
「
サクラバクシンオーの言葉に、シンボリルドルフは表情に影を落とす。自信満々にしているサクラバクシンオーとは真逆だった。
「分かっているから質が悪いというか……」
「やや?会長さんは気が進まない様子。もしや、私の勝利を疑っているのですか?な~に心配いりませんともッ!私のバクシンがあれば、どちらも制することは「そうじゃない、そうじゃないんだ」ちょわっ?」
「
サクラバクシンオーに視線を向けるシンボリルドルフ。その目には、悲しみの感情がこもっていた。
「ローテ的には可能だ。君と高村トレーナーならば、問題なくこなせるだろう。どちらを制することも……まぁ、できなくはない。厳しい戦いであることは間違いないがね」
「会長さんのお墨付きとはッ!いや~照れますねぇ!」
「ただ、良いのか?スプリンターズステークスに勝ってしまえば君は「会長さん」ッ!」
シンボリルドルフの言葉を遮って、サクラバクシンオーは真っ直ぐとシンボリルドルフの目を見る。強く、固い決意が感じ取れた。そして、サクラバクシンオーは──微笑む。
「良いんですよ。私は──
「……そう、か」
シンボリルドルフは感づく。きっとサクラバクシンオーも気づいているのだと。スプリンターズステークスを勝ってしまえばどうなるのか?どんなことに気づくのか?サクラバクシンオーは、全てを分かった上で選択しているのだと。
「短距離G1を、もう少し後にしようとは考えなかったのかい?」
「う~ん……ここがベスト!と思いましたのでッ!思い立ったが即バクシンッ!だから後悔はしませんともっ!」
「……そうか。なら、君の行く先に祝福があることを祈っておくよ。頑張りたまえ、サクラバクシンオー」
「はいッ!……おっと、そろそろ就寝時間ッ!しっかりと睡眠をとって明日に備えなければッ!バクシンバクシーーンッ!」
サクラバクシンオーは合宿所へと戻る。シンボリルドルフは、1つ溜息を吐いた。
「……考えても仕方ない、か。未来など誰にも分かりはしないのだから。ならば、少しでも状況が好転するように動く……それが私のやるべきことだな」
シンボリルドルフが思い描いていた、茨の道を進もうとしているサクラバクシンオー。心配はないだろうという気持ちもあるが、それでも心配せずにはいられないという思いもある。2つの気持ちがせめぎ合っていた。
シンボリルドルフは海へと視線を向ける。月の光があるとはいえ、それでもかなり暗い色をしている。
夜の海は穏やかだ──気を抜けば吸い込まれてしまいそうなほどに。
「……私も、戻るとするか」
合宿所へと歩みを進めるシンボリルドルフ。明日のトレーニングのことを考えながら、戻っていった。
とりあえずケイちゃんの覚醒レベルを5にするか。