スプリンターズステークスを終えて、世間はサクラバクシンオーの話題一色となっていた。
【シニア級相手に完勝!電撃戦を制したサクラバクシンオー!】
【クラシック三冠に向けて視界は良好!菊花賞の準備は万全!】
【SMILE区分全制覇まであと少し!残すはE区分菊花賞!】
トウカイテイオーに続く無敗のクラシック三冠に王手をかけた状態。そればかりか全距離のG1を制覇しそうな勢いであり、注目が集まるのは当然だった。インタビューでも問題はなさそうであり、期待は膨らむ一方である。
「菊花賞も問題ありませんッ!私のバクシン的スプリント力と、トレーナーさんの慧眼をもってすればッ!勝利は確実ですッ!ハーッハッハッハ!」
「菊花賞は長距離だし、スプリント力も大事だけどステイヤー力も大事じゃないかな」
「……それもそうですねッ!ま~大丈夫ですよッ!」
(これで勝ってきてるんだからヤバいよなこのコンビ……)
テレビでは独占インタビューの放送が流れるようになり、どの放送局もサクラバクシンオーの話題で染まっていた。
「時折大丈夫か?と思うこともありますが、やはり強いですねサクラバクシンオー!」
「これは歴代の三冠ウマ娘でも最強と呼んでも良いかもしれませんね」
「シンボリルドルフやトウカイテイオーに続く無敗のクラシック三冠の偉業!そればかりかNHKマイルも含めて、前人未踏の四冠の偉業がかかっていますからね!」
「本当に凄いですね~。菊花賞の後も楽しみですよこれは」
ニュースのタイトルには【三冠は確実か!】と銘打たれることも多くなり、期待の大きさがうかがい知れる。世間も大半がサクラバクシンオーが勝つだろうと思っており、菊花賞を心待ちにしていた。
「菊花賞は勿論サクラバクシンオーです!距離が不安ですけど、それでも勝てる!」
「トウカイテイオーに続いての無敗の三冠、期待してるぞ~!」
「菊花賞後のレースもな~!」
ちなみに先日開催された菊花賞の前哨戦である神戸新聞杯はミホノブルボンが制し、日本ダービーでサクラバクシンオーを追い詰めたライスシャワーは2着だった。
《神戸新聞杯を制したのはミホノブルボン!この距離ならまだミホノブルボンの領分か!ミホノブルボンがライスシャワーを下しました!しかしその差はアタマ差!これは菊花賞に向けて期待が高まるレースとなったでしょう!》
《サクラバクシンオーの喉元に食らいつくのは、セントライト記念を勝ったマチカネタンホイザとこの2人かも知れませんね》
菊花賞の日はどんどん近づいていた。
◇
ある日の休日で、ライスシャワーは街頭テレビのニュースを見ている。
(また、バクシンオーさんの話題……)
インタビューに答えるサクラバクシンオーのニュースをなんとも言えない気持ちでジッと見るライスシャワー。次の菊花賞にも自信があると宣言しているサクラバクシンオーを、少し羨ましく思っていた。
(いいなぁ……ライスはあそこまで自信を持てないから)
すでに世代最強のウマ娘と呼ばれており、その評判に違わぬ実力者。距離適性の壁を破壊して、クラシック三冠に王手をかけている状態。現在ライスシャワーは敗戦続きなのもあって、気持ちが落ち込んでいた。
(神戸新聞杯も、あとちょっとだったのに……)
ライスシャワーが思い出すのは、アタマ差で敗北した先日の神戸新聞杯。それに続くように思い出す、合宿での成果。
「結局……
ライスシャワーは合宿中、マルゼンスキーやミスターシービーなどのドリームトロフィーリーグの第一線で活躍するウマ娘達に協力してもらい、領域を完成させようとしていた。勿論、ライバルであるミホノブルボンや路線は違えど合宿中は一緒にトレーニングしていたニシノフラワーの助力もあった。それでも、ライスシャワーの領域が完成することはなかった。
(マルゼンさんは気にしなくていい、って言ってたけど……それでも気にしちゃう)
「ライス、ダメな子だ……」
先輩達に協力してもらったのに完成させることができず、なおかつ前哨戦の神戸新聞杯も領域に固執し過ぎたせいで負けてしまった。それもあってか、ライスシャワーは自己嫌悪に陥っていた。さらには、同期のミホノブルボンのインタビューを思い出す。
「菊花賞で、バクシンオーさんを下します。困難なミッションですが、変更はありません」
サクラバクシンオーを倒すと。菊花賞を勝つのは自分だと自信満々に宣言した。
(凄いなぁブルボンさんは……。それに、勝ち続けてるバクシンオーさんも)
「ライスもあぁなりたい……」
神戸新聞杯ではミホノブルボンの巡行を止めることができなかった。だが、サクラバクシンオーはミホノブルボンの巡行をもう二度止めている。日本ダービーに関しては、ミホノブルボン以上の巡行を披露してだ。
ただ、そんなライスシャワーにも少しばかり自信はあった。それが長距離での勝負である。元々の素質が長距離向きと称されていたライスシャワーは、スタミナには自信をもっており、長距離ならば2人にも負けないんじゃないか?という密かな自信を抱いていた。
(それに、お兄さまやみんなも褒めてくれたから。ライスの長距離適性は凄いって)
しかも、マルゼンスキーやミスターシービーからのお墨付きでもある。これで自信がつかなかったら嘘だろう。
トレーナーであるお兄さまやマルゼンスキー達からの励ましの言葉を思い出し、少しずつ気持ちが上向いていくライスシャワー。
「と、とにかく頑張ろう!頑張るぞ~、頑張るぞ~……!」
小さな握り拳を作って己に言い聞かせ、その場から立ち去ろうとするライスシャワー。そんな彼女に。
「楽しみだよな~、バクシンオーの三冠!」
バクシンオーの三冠を楽しみにしているという声が、聞こえてきた。思わず立ち止まり、周りの会話に耳を澄ませる。
「すでに三冠は確実だろ?後はどんなふうに勝つかだよな~」
「シニア級との混合戦も勝っちゃったしね!……短距離だからあてになんないけど」
「ま~菊花賞はサクラバクシンオーだろ。前走も勝ったし……短距離だけど」
「トウカイテイオーとの対戦も楽しみだよな~。無敗の三冠ウマ娘同士の対決!」
周りからはサクラバクシンオーの勝利を期待する声、三冠の栄誉を手にすることを確実視する声が上がっていた。そして、トウカイテイオーとの勝負を期待する声も。
(……あ)
その声を聞かなかったことにしてその場を立ち去るライスシャワー。ただ、彼女の気持ちは。
(そっか……菊花賞で、ライスが勝っちゃったら……!)
せっかく上向いていたのに、また下向いてしまっていた。
次の日。トレーナー室にてトレーナーであるお兄さまとミーティングをするライスシャワー。
「……かい?ライス。菊……勝つ……」
「……」
ただ、ライスシャワーの頭にお兄さまの言葉は入ってこない。先日の、サクラバクシンオーの勝利を期待する声ばかりが頭を支配していた。
(ライスが勝っちゃったら、バクシンオーさんの三冠は無くなる……SMILE区分のG1全制覇の偉業に、クラシックレース四冠の偉業も全部なくなっちゃう……)
そんな状況で、自分が勝ってしまったら?おそらくだが、いい顔はされないだろう。最悪の場合、罵声を浴びせられるかもしれない。
「……ぶ?だい……」
(ライスは……ライスはっ!)
ライスシャワーの頭の中は、最悪の未来で埋め尽くされる。菊花賞を勝ったとして、その先に待っているのは誰も喜ばない勝利。祝福を届けたいのに、届けることができない。そんな気持ちばかりが生まれてくる。自分はどうすればいいのか?このまま出走しても良いのだろうか?そんなことを考えるライスシャワー。
「大丈夫!?ライス!」
「ひゃあぁぁぁ!?」
しかし、お兄さまからの大声で我に返る。ライスシャワーの目の前には、心配した表情のお兄さま。
(……お兄さまを心配させちゃった)
そして更なる自己嫌悪に陥りそうになるが、お兄さまはライスシャワーを安心させるように、ゆっくりと事情を聞く。
「どうかしたのかい?なんだか、落ち込んでいるようだったけど……」
「……実は」
ライスシャワーは打ち明けた。先日出かけた時にテレビでサクラバクシンオーのインタビューを見たこと。彼女にかかる期待は相当なものだと実感したこと。領域が完成できなかった自分への不甲斐なさ、神戸新聞杯で自分を下したミホノブルボンや勝ち続けて結果を残すサクラバクシンオーへの憧憬。そして……ファンのサクラバクシンオーの三冠を期待する声を聞いてしまったこと。
「ライスが勝っちゃったら、みんな不幸になるんじゃないかって……ライスの勝利なんて、誰にも望まれてないんじゃないかって思って……。そう思ったら、怖くなっちゃって……」
「ライス……」
自分が勝ってしまったら大勢のファンを不幸にしてしまうんじゃないか?そんな考えがライスシャワーを支配していた。俯いて目を伏せるライスシャワー。そんな彼女にお兄さまは。
「──大丈夫だよ、ライス」
「……えっ?」
優しい表情で、ライスシャワーを安心させるように語りかける。
「ライスの勝利が誰にも望まれてないなんてことはない。俺はライスの勝利を信じているし、勝ったらすっごく嬉しい!」
「お、お兄さま……でも……」
「俺だけじゃない。きっとマルゼンスキーやライスと仲の良いハルウララ、ゼンノロブロイだって君の勝利を願ってる!ライスのファンだってライスの勝利を望んでいるはずだ!」
落ち込んでいるライスシャワーを精一杯励ますお兄さま。自分はライスシャワーの勝利を信じていること。そして、合宿で協力してくれたマルゼンスキーや彼女の友達であるハルウララにゼンノロブロイも、そしてライスシャワーのファンだって彼女の勝利を望んでいることを話す。
「ファンレターだってたくさんもらった。ライスのファンはライスの勝利を望んでいる。君の勝利が望まれてないなんてことはないんだ」
「お兄さま……」
「
揺るぎのない自信をもった目。ライスシャワーは確信する。
(お兄さまは、変わらない。ダメなライスのことを、ずっと信じてくれてる……)
お兄さまはライスシャワーのことを信じているのだと。出会った時から変わらず、彼女を応援し続けているのだと。
そんなお兄さまの期待に応えたい。そう思ったライスは。
「……ごめんなさい、お兄さま。ライス、弱気になってた」
「ライス?」
「菊花賞、ライス、頑張る!頑張って──バクシンオーさんを倒す!」
お兄さまの前で、堂々とそう宣言した。もうそこには弱気な姿を見せていたウマ娘はいない。ライバルであるサクラバクシンオー達を倒すと誓った、1人のウマ娘の姿があった。
彼女の言葉に、お兄さまは満足げに頷く。
「調子、戻って来たね。じゃあもう一度ミーティングをしようか」
「あ……ご、ごめんなさい!ライス何も聞いてなかった……」
「大丈夫だよ。もう一度話すから」
ライスシャワーが元の調子を取り戻したことで、お兄さまは再度話を始める。
「まず、サクラバクシンオーがスプリンターズステークスを勝ったことだけど……正直、あまり参考にはならないかな。シニア級相手に勝ったことは凄いけど、求められる適性が違うからね」
「う、うん」
「ただ……シニア級のヤマニンゼファーに勝った。後は、ニシノフラワーも言ってたね。あの時のバクシンオーには恐怖を感じたって」
サクラバクシンオーの前走であるスプリンターズステークスを整理するお兄さま。やはり驚きを隠せないようだ。
「彼女の実力は、すでにシニア級を相手にしても遜色ないレベルになっている。長距離はまだ未知数だけど、頭に入れておいた方が良い。夏合宿で、サクラバクシンオーはかなり強くなったって」
「……」
「けど、ライスは距離が長くなる度に迫ってきてる。夏合宿で強くなったのはライスも一緒だよ」
「う、うん!」
お兄さまは全面的にライスシャワーを信頼している。ライスシャワーも、その期待に応えようと思っていた。
「この際、領域については
「マルゼンさんも言ってた……領域は、あまり固執しすぎても良くないって」
「そうだね。だから、菊花賞は最悪領域なしで行こう。厳しい勝負なのは間違いないけど、ライスは着実に強くなってるんだ。自信をもっていこう!」
2人のミーティングは続いていく。菊花賞を勝つために、サクラバクシンオーを徹底的に調べ上げていた。
決意を固めるライス陣営。