「最近ライスシャワーにつけられている?」
「はいっ!」
元気よく答えるバクシンオー。話を聞いてみると、最近ライスシャワーに後をつけられるようになったらしい。アレだろうか、徹底マークのトレーニングか何かだろうか?
「大丈夫ですか?バクシンオーさん。あまり気になるようだったら」
「問題ありませんよキタさん!模範的な学級委員長である私の後をつけるのは仕方のないことッ!むしろ全生徒の模範となるべく、積極的にしてもらいたいものですねッ!」
「そうなんですね!」
……まぁ、実害はないわけだし。バクシンオー自身が容認しているから問題はないか。
(神戸新聞杯も観に行けた。情報の整理も完了してバクシンオーと共有済み。菊花賞まで頑張るだけだ)
「とりあえずみんな、トレーニングに行こう「委員長が一番乗りですッ!バクシーーンッ!」か」
「わっしょーい!今日も張り切っていこー!」
「日々の鍛錬が結果に繋がる。いくぞっ!」
「今日も良いデータが取れそうだねぇ。観察させてもらうよ!」
アグネスタキオン、トレーニングは君もだよ。
◇
ミホノブルボンと彼女のトレーナーであるマスターは菊花賞に向けて準備を整える。一番に警戒しているのは、当然のようにサクラバクシンオーだ。
「この夏合宿でお前がパワーアップしたのと同様に、サクラバクシンオーもまたさらに強くなった」
「スプリンターズステークス、ですね」
「あぁ。長距離での強さを割り出せたわけではないが、少なくともシニア級に匹敵する実力者になったのは確かだ。あまり参考にもならないがな」
淡々と告げるマスター。そもそもが短距離での成果であり、長距離の情報に役立つものはごく一部。ただ、長距離でも勝てるような実力にしてきたのは間違いない、というのがマスター達の見方だった。
「おそらくだが、こちらのマークは甘めになるはずだ。ライスシャワーはサクラバクシンオーを徹底マーク、他の陣営も警戒しているのはサクラバクシンオーだ」
「間違いないと思います。最優先で警戒するべき相手であり、それに見合うだけの実績と強さがありますから」
「だからこそ、お前はまだ気楽に走れるだろう。それに……長距離だって、お前は問題ないくらいに育ったはずだ」
しっかりと、確信を持った表情でミホノブルボンを見るマスター。マスターの言葉に、ミホノブルボンは深く頷いた。夏合宿を経て、ミホノブルボンは格段にパワーアップした。これならば長距離でも問題なく走れるだろうと、2人はそう判断していた。ただ、油断はしない。レースが始まるまで分からないものだから。
「後はペースだな。お前のことだから心配はないが、あまり逸脱し過ぎないようにしろ。勝ちたいという思いが先行するあまり、自滅なんてことになったらまずいからな」
「ステータス『当然』。エラーが起きないように最善の注意を払います」
菊花賞で走るペース、目標タイムの設定、不測の事態でどのような対応をするか……いつものように決める。世間の声など関係ない、全ては菊花賞を勝つために。
マチカネタンホイザ陣営も同じだった。とは言っても、こちらは和やかな雰囲気が流れているが。
「よ~しマチタン!セントライト記念を勝ったし、菊花賞も景気よく行こう!」
「お~!目指すはG1制覇~!」
「周りが強くても、マチタンだって強くなったんだからいけるぞ~!」
「お~!」
大分和やかだが、これは彼女達にとってのいつも通り。下手に緊張するよりは、いつもの調子が出ている方が良いのかもしれない。
それでも、バシッ、と決める時は決める。
「それでマチタン、今回もやっぱりバクシンオーには要注目だね。この夏合宿ですっごく強くなってるから」
「スプリンターズステークス凄かったですもんね~。でも負けないぞ~!」
「その意気だよマチタン!んで、具体的な策だけど……」
警戒すべき相手の情報を頭に叩き込み、万全を期す。全ては勝つために。
各陣営、勝利のために最大限できることをしていた。
「ライス!今日が最後の追い切りだ!今までのベストを更新する勢いで頑張れ!」
「分かった!やぁぁぁぁぁぁ!」
今自分達ができることを。
「ブルボン!ペースが落ちているぞ!もっと自分を追い込め!」
「ッ、了解です、マスター!『勝利』に向かって……ただひたすらにっ!」
やれるだけのことをやる。
「頑張れマチタ~ン!後1周だよ~!」
「うおりゃあああ!バクシンオーさんを倒すぞ~!」
勝利という栄光に向かって努力を続ける。
「トレーナーさんッ!いよいよ明日ですねッ!」
「そうだね。頑張ろうか」
「勿論ですともッ!学級委員長の模範的で見事な走りを御覧にいれましょうッ!」
そして──菊花賞の朝が来た。
◇
晴れ空広がる京都レース場。絶好のレース日和で菊花賞を迎えることができた。
「楽しみだよな~バクシンオー!」
「テイオーに続いての三冠!期待しちまうぜ!」
ファンが期待するのはサクラバクシンオーのクラシック三冠。そしてトウカイテイオーに続く無敗での達成だ。
レースの見やすい位置にポジションを取る高村達。いつものようにノートを広げて何かを書きとっている高村とストップウォッチを持つアグネスタキオン。待ちきれないと言った様子でウズウズとしているキタサンブラックと静観しているドゥラメンテである。
「さてさてモルモット君。気になる相手はいるかい?」
「そうだね……うん。やっぱり夏を経てほとんどの子達が強くなってるね。当たり前だけど」
「その中で、トレーナーが注目しているのは?」
ドゥラメンテの言葉に高村はあるウマ娘に目をつける。その視線の先には──
(長距離の適性がAになってる、か。元々Bだったし想定内ではある)
「あまり変わらないよ。ミホノブルボンにライスシャワー、後はマチカネタンホイザなんかもそうだね。この辺は抜けて警戒してる」
「そうか。特にライスシャワーには注意すべきだろう。日本ダービーで追い詰めたわけだからな」
「それにステイヤーだからね彼女。ミホノブルボンも長距離の適性上げてきたし。まぁそれは……っと」
一際大きい歓声がレース場を支配する。出てきたのは──現在無敗の変則三冠ウマ娘、サクラバクシンオーである。
《ここで登場しました、菊花賞の大本命!皐月賞、NHKマイル、日本ダービーで咲き乱れた桜は記憶に新しいでしょう!トウカイテイオーに続いて偉業達成なるか!1番人気、サクラバクシンオーが堂々の登場です!》
《いやぁ、堂々とした佇まい!貫禄が凄いですね!》
「委員長の登場ですッ!バクシンバクシーーンッ!」
「頑張れよ~!バクシンオー!」
「期待してるぞ三冠ー!」
ファンの声援に笑顔で手を振るサクラバクシンオー。ただ、出走するウマ娘達の間では緊張が走る。サクラバクシンオーというウマ娘を警戒していた。ウォーミングアップをしていたウマ娘達も一度中断して、サクラバクシンオーを睨みつける。
その視線を受けてサクラバクシンオーは──高らかに告げる。
「菊花賞でもバクシン的勝利を掴んでみせましょうッ!」
その言葉に、ファンはさらに声援を送る。そして、出走するウマ娘達の視線はさらに厳しいものとなった。サクラバクシンオーもウォーミングアップに移る。
ライスシャワーはサクラバクシンオーをジッと見る。それこそ穴があくほどに。
(今回も変わらない……バクシンオーさんについてく)
菊花賞の作戦は日本ダービーと同じ。追い詰めたということは、作戦は間違っていなかったということ。向こうも強くなったかもしれないが、自分だって強くなった。そう自信をもっている。自分の全力を出せればきっと。ライスシャワーは決意を固めた。
ミホノブルボンは落ち着いていた。1つ深呼吸をして、自分がやるべきことを考える。
(不思議なほど落ち着いています。最後の冠、最も強いウマ娘が勝つ菊花賞)
「不向きと言われたこの舞台で、私は自信をもって臨める。ミッション『勝利』……進みます」
これまでの努力で、自分は長距離を走れるのだと自信をもつ。決意を固めた表情だった。
菊花賞の観客席。周りの観客達はざわめき立っている。
「おい、あれって……」
「日本ダービーもそうだったけど、やっぱり来るよな」
「しかも、増えてる……」
彼らの視線の先。シンボリルドルフとマルゼンスキー、さらにはトウカイテイオーにミスターシービーが一緒にレースを観に来ていた。
「ねぇねぇルドルフ!そっちの調子はどうだったの?」
「そっち、とは?」
「もう!とぼけるのはノンノンよ!バクシンオーちゃんの調子に決まってるじゃない!」
お互いに、夏合宿では異なる陣営と合同トレーニングをしていたことは把握済みだ。マルゼンスキーはサクラバクシンオーのことが気になっているのだろう。
シンボリルドルフは表情を崩さずに答える。
「そうだね……とても有意義で充実したトレーニングだった。夏前の彼女とは一味も二味も違うだろう」
「まぁスプリンターズステークスで分かってるけどね。あの子の強さは」
「え~?でも短距離だし参考になんなくない?ま、長距離でもこっちは自信あるよ!」
トウカイテイオーが快活に答える。その言葉に、マルゼンスキーは微笑ましさを覚えつつも反論する。
「あら?でも、こっちも充実した夏を過ごせたわ!油断してたらライスちゃん達がパクっ!っていっちゃうんだから!」
「ま~強くなったよね。アタシとしてはどっちに転んでも面白そうだけど」
「なにを~?こっちだって負けないからね!」
「こらこら、テイオー。我々はただ座して待とう」
トウカイテイオーを宥めるシンボリルドルフ。その様子にミスターシービーはからかうように笑った。
「なんだかお父さんみたいだね、ルドルフ」
「……せめてお母さんにしてくれないか、シービー」
頭を痛そうに抱えるシンボリルドルフ。楽しい雰囲気が流れていた。
各自、ウォーミングアップを終えたウマ娘達がゲートインの時を待つ。レース場には緊張が走り、いよいよ始まろうとしていることが雰囲気で分かった。
1人、また1人とゲートへと入る。
《晴れ空の下、京都レース場芝3000mの舞台、菊花賞が間もなく始まろうとしています。クラシックロードの終着点、芝の状態は絶好の良バ場!無敗の三冠がかかるサクラバクシンオーには期待が集まります!》
《スプリンターズステークスも、シニア級相手に勝ちをもぎ取りましたからね。期待は高まるものでしょう》
《クラシック三冠だけではなく、SMILE区分全制覇という偉業もかかっているこのレース!プレッシャーももの凄いことでしょう!それに他のウマ娘も黙ってみているだけではありません!この菊花賞を勝つために、どの陣営も努力を重ねてきました!後は発揮するだけです!》
最後のウマ娘がゲートに収まる。一層静かになった京都レース場の空気を切り裂くように──ゲートが開く音が響き渡った。
《最後のウマ娘がゲートに入ってっ!スタートしました!クラシック最後の冠をかけた戦い、最も強いウマ娘が勝つ菊花賞!激闘の火蓋が切られました!まずは先行争い、ハナを切ろうとするのはミホノブルボン!サクラバクシンオーも上がって行くぞ、ライスシャワーもついていく!ザンバーハも飛び出したぞ!さぁハナを取るのはどのウマ娘か!》
菊花賞の幕が上がる。
菊花賞の始まりです。