荒い呼吸を繰り返すライスシャワー。掲示板へと目を移し……全てを察する。
(あぁ……ライスは……)
「届かなかった……!」
ライスシャワーの目尻に涙が浮かぶ。負けたことへの悔しさ、トレーニングを手伝ってくれた人達への申し訳なさ、領域に至っても尚、壁は高いということを認識し涙を流す。
──しかし、膝は折れない。目尻に溜まった涙をふき取り、サクラバクシンオーを睨みつける。
(今回は負けちゃった。領域を使えても、勝てるわけじゃないってことが良く分かった)
ライスシャワーはマルゼンスキーから教えられたことを思い出す。領域は使えたからといって必ずしも勝てるわけじゃないのだと、そう教えられた。
(神戸新聞杯は領域のことを考えすぎて負けた。そして今回は……領域を使ったうえで負けた)
「ライス、まだまだだ……全然分かってなかった」
その教えを、自分は分かっていなかった。こうして負けたことで、初めて理解できた。領域はあくまで勝つための一つの手段に過ぎないのだと。サクラバクシンオーに勝つためには、自分自身を鍛えるしかないのだと。そう思い至る。
(反省して、次に活かす。次こそはっ!)
「絶対に負けない……っ!次こそはライスが勝つっ!」
「ちょわっ?」
ライスシャワーとしては心の中で宣言していたつもりだったのだが、知らずのうちに口から漏れ出ていた。その言葉を聞いたサクラバクシンオーがライスシャワーの方へと振り向く。
「へ?……あっ!?」
気づいたのだろう。自分の声が漏れ出ていたことに。それが運悪くサクラバクシンオーに聞かれてしまった。慌てて口を閉じるが、時すでに遅し。サクラバクシンオーの視線はライスシャワーを捉えていた。
(や、やっちゃった~!?ライスのバカバカ!なんで口に出しちゃうの!?)
恥ずかしさから顔を赤くするライスシャワー。サクラバクシンオーはライスシャワーへと歩み寄り、正面に立った。逃げ場を失くしたライスシャワーは慌てるだけだったが、サクラバクシンオーは自信たっぷりの表情でライスシャワーに宣言する。
「学級委員長はそう簡単には追い越せませんよッ!次も私が勝ちますッ!」
「……ッ」
「ですが、挑戦はいつでも受けて立ちましょうッ!次もまた、楽しいレースをッ!どの距離でも私は受けて立ちますよッ!」
「ッ!」
自信満々にそう宣言するサクラバクシンオー。嘘偽りのない、本心からの言葉だった。ライスシャワーはそう感じ取る。
(あぁ、やっぱり……この人は強いなぁ)
絶対に揺らがない、自分の実力に絶対の自信を持っているのが良く分かる。レースの能力だけじゃない、メンタル面においても彼女は強いのだと、ライスシャワーは改めて認識した。
ただ、少しだけ気になることがあった。
(でも、バクシンオーさんの言葉……
サクラバクシンオーの言葉に嘘はないのだろう。それは分かる。ただ……どことなく
「ら、ライス!次こそはバクシンオーさんに勝つよ!きっときっと、追い越してみせるッ!」
「はいッ!次のレースでまた会いましょうライスさんッ!それでは私はこれで!バクシンバクシーーンッッ!」
嵐のように去っていくサクラバクシンオー。ライスシャワーは自分のやるべきことを再認識した。その光景を見ていたライスシャワーのトレーナーであるお兄さまは、流れる涙を拭いて立ち上がる。
(ライスは、前を向いている……なら!)
「トレーナーである俺が、下を向いているわけにはいかない……ッ!」
ライスシャワーが負けてしまったこと、サクラバクシンオーとの力の差に絶望していたお兄さまだったが、ライスシャワーが前を向いている姿を見て奮起する。担当ウマ娘が前を向いているのに、トレーナーである自分が後ろ向きになっていては失格だ。そう考えていた。
(本当に、あの陣営は恐ろしい……領域すら退ける実力を身につけてくるなんて……)
想像していなかったわけではない。だが、実際に直面すると信じられないという気持ちの方が大きい。どうすればいい?勝つためにはどうすれば。そう思うが、やるべきことは単純で。
(地力を上げるしかない……)
「……とにかく、ライスの今後をどうするか決めよう」
そう結論を出す。そしてライスシャワーを労うために、控室へと歩いていった。
走り終えたミホノブルボンは掲示板へと目をやり──悔しさをにじませる。
(4着……!4着ですか……)
「また、バクシンオーさんに届かなかった……!」
ライスシャワーにも敗れ、マチカネタンホイザにも敗れた。そして何より、サクラバクシンオーに敗北したことが何よりも悔しい。
(……ですが、下を向いている時間などありません)
「今回のデータをインプット。次の戦いに向けて新しいデータをインストールしなければなりません。やるべきタスクは山積み……まずはマスターとの相談ですね」
次走についてトレーナーと相談しよう。すぐに切り替えて控室へと戻っていた。その様子を見ていたミホノブルボンのトレーナーであるマスターは満足げに頷く。
(また負けてしまったか……。だが、ブルボンの気持ちは前を向いている)
「しかし、長距離はやはり分が悪いか?やるならば中距離……いや、マイルもアリか?」
今後の予定をブツブツと呟くマスター。こちらも前を向いているようである。
マチカネタンホイザ陣営はというと。
「さ、3着~……でも、頑張った!次も頑張るぞ~!」
「そうだよマチタン!3着は頑張った!後ミホノブルボンにも勝った!次も頑張ろう!」
「次こそは勝つぞ~!」
いつもと変わらない、コツコツと積み重ねていこうと考えていた。
◇
菊花賞が終わった翌日のこと。
「バクシンオーさん!三冠達成おめでとうございまーす!」
「いや~、ありがとうございますッ!模範的な学級委員長として、見事に成し遂げてみせましたよッ!」
ちょっとした祝賀会を開いていた。注文した料理が所狭しと並べられている。生憎と料理は簡単なものしかできないので全部注文したものだ。
ひとまず、偉業を達成したバクシンオーを労う。
「うん、三冠達成おめでとうバクシンオー」
「ありがとうございますッ!これもトレーナーさんの力があってこそのものッ!私のバクシンにトレーナーさんの慧眼、この2つが揃ったことで、この偉業は達成できたと言っても過言ではありませんッ!」
……そうだろうか?
「しかし、こうなると次走をどうするかだねぇ。決めてるのかい?」
オードブルの料理を頬張りながら質問するアグネスタキオン。行儀が悪いから止めた方が良いと思う。
「実のところ決めてないね。ひとまず菊花賞が終わったから一区切りかな」
「私としてはジャパンカップ出走が良いんじゃないかとッ!」
「……状態を見てかな」
バクシンオーに異常がなければ出走するぐらいの気持ちで行く。正直な話、あまり乗り気ではないけど。春も日程を詰めてたのに、秋も日程を詰めるのはさすがにツッコまれそうだ。どこのクライマックスシナリオ?ってなりそうだし。
反省会は後回し。さすがにこの楽しい時間に水を差すほど野暮な真似はしない。今はただ。
「それではキタサンブラック、歌いますッ!はぁぁぁ~ぁんッ!」
「何故初手で演歌なんだろうねぇ」
「こぶしがきいた良い歌声だと思うが?」
「そういうことじゃないんだよドゥラ君。まぁ気にはしないが」
料理を食べたり歌を歌ったり。まぁ楽しい時間を過ごしている。微笑ましい限りだ。
「いや~、楽しいですねトレーナーさんッ!私のために開いてくださってありがたい限りですッ!」
いつの間にか大量の料理を皿に載せてこちらへと来ていたバクシンオー。何度目か分からないお礼をされた。
「バクシンオーは頑張ったんだから、これぐらいはさせてもらわないと。君の頑張りで三冠を「違いますよトレーナーさん」?何が?」
「私の頑張りではありません。私“達”の!頑張りですッ!」
「……」
ブレない子だ。
「何度でも言いましょうッ!私達が頑張ったからこそ、この三冠はあるのですッ!私の頑張りに花丸をッ!トレーナーさんの頑張りにたくさんの花丸をッ!そしてそしてキタさん達の頑張りにもいっぱいの花丸をッ!この学級委員長があげましょうッ!」
「……まぁ、そういうことなら」
「はいッ!委員長の花丸をありがたく受け取ってくださいッ!キタさん達もッ!いっぱい食べて強くなりましょうッ!」
「はーーいッ!」
バクシンオーはみんなのお皿にバランスよく料理を載せていってる。アグネスタキオンは渋い表情をしているけど。
「え~?コレ苦くて苦手なんだがねぇ」
「好き嫌いはよくありませんッ!学級委員長的にNGですッ!好き嫌いをしていては強くなれませんよッ!」
「はいはい、分かったよ……」
どうやら嫌いなものがあったらしい。まぁバクシンオーに言われて渋々食べて……うわ、めっちゃ嫌そうな表情してる。対してドゥラメンテはバランスよく食べている。これは日頃からそうなのだろう。
それにしても三冠、か。
(やっぱり、嬉しいものだね)
なんというかこう、今更ながらに実感のようなものが湧いてきた。勿論ゴール板を駆け抜けた時も嬉しさはあったが、祝賀会を開いて改めて三冠を達成したんだと感慨深くなる。
「トレーナーさん、嬉しそうですね!」
「ん?……あぁ、改めてバクシンオーが三冠を達成したんだと思うと、ね」
「分かります!あたしもこのパーティで改めて感慨深くなってますから!」
また歌ってきます!といってカラオケのところへ。ドゥラメンテとデュエットをしていた。微笑ましい光景だね。
(取材とか色々とあるけど、今は忘れよう)
キタサンブラックとドゥラメンテがデュエットをしている。アグネスタキオンがやれやれみたいな仕草をしながらも楽しんでいる。バクシンオーがみんなに気を配っている。そんな光景を楽しみながら、お茶が入ったコップを傾けていた。
◇
「そういえば、トレーナーさんはどうしてトレーナーになろうと思ったのですか?」
「え?」
祝賀会が終わって、片づけをしている時。ふとバクシンオーからそんなことを聞かれた。
「トレーナーになった、理由?」
「はいッ!」
「あ、あたしも気になります!トレーナーさんはどうしてトレーナーになったんですか?」
「私も気になる。何故トレーナーはトレーナーになることにしたのか。その理由が」
キタサンブラックとドゥラメンテも興味深そうにしている。アグネスタキオンは……興味なさそうにしているが聞き耳だけは立てていた。
トレーナーになった理由、なった理由か。必死に記憶を掘り返すが。
(……あれ?)
それらしいものはない。ただ転生して、そうするのがいいと思ったからトレーナーになっただけで……別に深い理由なんてない。
「……別にないね。ただ、トレーナーになった方が良いんだろうか?って思っただけで」
「それで難関なトレーナーライセンスを取ろうと?……大概イカれてるねぇ」
「そうかな?」
あんまりそんな気はしないのだが。
「君は何となくで弁護士を目指すのかい?何となくそうした方が良いからで医者になろうとしてなるのかい?君が言ってるのはそういうことだぞ?」
うん、言われてみればイカれてる。何となくで弁護士とか医者にはならないだろう。考えてみれば、トレーナーになるのが定石だと考えていたが、別の道自体はたくさんあった。それでもトレーナーを選んだのは……。
(きっと、何かあるんだろうな)
今の生活は存外気に入っている。そう考えると、天職だったのかもしれない。
「まぁ、レースが好きだったんだろうね。小さい頃からずっと観てたし」
「ふぅン、そんなものかい」
「成程、私もレースは好きですッ!特に短距離がッ!」
「……中距離とか、長距離とかじゃないんだ?」
「えぇ、はい。やはり私が最も得意とする距離ですので!」
バクシンオーは得意げに語る。まぁ短距離なぜかSになってるし、一番得意というのは間違いではないだろう。
そんな感じの質問を受けて、祝賀会はお開きとなった。それにしても、トレーナーになった理由、か。
(……なんとなく、バクシンオーが関係しているんだろうな)
思えば、前世では一番育成していた。気づいたらそうだった。そこにきっと、理由があるのかもしれない。そんな気がした。
次回から新章的ななにか。