ジャパンカップはバ群のばらつきはなく、団子状態で進んでいる。
《第2コーナーを越えて向こう正面へと入ります。先頭ハナを切るのはゲフリーレン、ゲフリーレンがハナを切ります。そこから差はなくクライネキステとヴァサリーリエこの2人が追走》
《先頭集団はこの3人ですね。位置取り争いも落ち着きを見せています》
《ヴァサリーリエから半バ身程遅れているか?4番手はトウカイテイオー、そしてサクラバクシンオーこの2人。内のサクラバクシンオーに外のトウカイテイオー、注目の三冠ウマ娘2人がこの位置につけているぞ、先行集団の先頭です!その後ろに控えるのはアメティースタ……》
好位置につけるサクラバクシンオーとトウカイテイオー。逃げるウマ娘達を見る形でのレースを展開している。そんなトウカイテイオー達を追走する4人のウマ娘を加えてここまでが先行集団だ。ただ、先頭から最後方までほとんど固まっているので先行集団などの区切りはあってないようなものかもしれない。
トウカイテイオーは内を走るサクラバクシンオーへと視線を送り、観察する。
(ボクと同じ先行策。でも、そのままだとマズいってのは向こうも分かっているはずだ。だからこそ、隠し玉があると思うんだけど)
もし同じ先行策で走った場合、最後の直線での力比べは能力差で決まる。そうなると、全てにおいて上回っているトウカイテイオーが勝つのは必然だ。サクラバクシンオー陣営としてもそんなことは百も承知。なのに先行策を選んでいる。勝ちに来ているのにそれはおかしい、ならば隠し玉があるのではないか?というのがトウカイテイオーの見解だった。
(領域を使えるようにしてきた?いや、その可能性は薄そうだね。ここから逃げにシフト?でも今のところ追い上げる様子はない……となると)
「ロングスパート、かな?」
ボソリと呟くトウカイテイオー。最も可能性が高いのはとある地点からのロングスパートだとトウカイテイオーは考えた。
(中距離でスプリント戦をやる……初期の頃はそんなことをやっていたね)
皐月賞で向こう正面からのロングスパートを決めていたことを思い出すトウカイテイオー。短距離戦なら絶対の自信を持っているサクラバクシンオー。今回もきっと同じことをしているのだろう、それがトウカイテイオーの出した結論だった。
(なら、バクシンオーの動き出しに合わせて少しずつ位置を押し上げる。それで行こう)
作戦を決めたトウカイテイオー。これが吉と出るのか?
レースを見守る高村。ただ、いつもよりも不安そうにしていた。よく知らない他人からすれば分からないような差だが、彼と付き合いのある人達ならば分かる差。
「随分と不安そうだねぇモルモット君。そんなに心配かい?」
「……まぁね」
「ま、君が見えるという能力値の上では委員長君が劣っている……今までそれを信じてきた君だ、不安になるのも当然か」
「だが、なるようにしかならない。我々はただバクシンオーの勝利を信じるだけだ」
「……そうだね」
無論、高村は誰よりもバクシンオーの勝利を信じている。ただ、今まで目に見える能力値を信じてきた彼からすれば、能力値が劣っているという現状不安になるのも仕方がなかった。
しかし、高村が不安になっているのはそれだけではない。
(走っているのを観て、安堵と恐怖がある。日本ダービーでライスシャワーが領域に辿り着きかけた時よりもずっと酷い)
「本当に、どうしたんだろうね僕は」
「どうかしたのかい?モルモット君」
「……なんでもないよ」
ジャパンカップに出走させることを迷っていたあの時。それでもバクシンオーの気持ちを尊重して、ジャパンカップの出走を決意した。彼女の中の渇き……それの答えを得るために。
だからきっと大丈夫、そう信じて高村はレースを見守る。
《最初の1000mを通過しました。最初の1000mは──60秒7!60秒7で通過しました!》
《平均的なペースですね。これは後ろに控えているウマ娘がやや不利か?》
《依然として逃げるのはゲフリーレンを先頭とした3人のウマ娘!4番手は半バ身差でサクラバクシンオーとトウカイテイオーは変わらず。中団は激しい位置取り争い、好位置につけようと躍起になっている!ここでスタミナを消耗することは避けたいですが果たしてどうか!中団からアルケカンジュが上がろうとしているぞ、つられるようにイッツコーリングも来た!》
《シャダハールも上がってきていますね。さすがに仕掛けるのには早いですが?》
レースはただ進んでいく。
◇
向こう正面半分を過ぎ、第3コーナーへと向かうウマ娘達。バ群がばらけ始めていた。ここで──内に控えていたサクラバクシンオーが動く。
「バクシンバクシーー―ン!」
内から少しずつ位置を押し上げていくサクラバクシンオー。前で逃げていたヴァサリーリエに並ぼうとする。
「……」
それを確認してトウカイテイオーも自分の位置を押し上げる。
《第3コーナーへと入ります。先頭はいまだゲフリーレン、ゲフリーレン先頭だ!2番手はクライネキステ内にヴァサリーリエ!しかしサクラバクシンオーが上がってきているぞ、ヴァサリーリエに並んだ!》
《おっと、ここでサクラバクシンオーがヴァサリーリエを追い抜きましたね!先頭で逃げるゲフリーレンへと襲い掛かります!》
《それを見るようにトウカイテイオーも上がってきた!トウカイテイオーもじわりと押し上げていく!後続のウマ娘達も差を詰めてきたぞ、逃げ粘れるかゲフリーレン!》
展開が平均と感じたのかはたまたトウカイテイオーとサクラバクシンオーにつられたのか、後続も続々と上がってきた。それを見た逃げウマ娘達もペースを上げる。
「いけいけー!」
「頑張れ~!」
ファンの声援にも熱がこもっている。第3コーナーを走るウマ娘達、少しスピードに乗り過ぎたか外に膨らむウマ娘が多い中サクラバクシンオーは。
「これが委員長の模範的なコーナリングですッ!バックシーン!」
ほとんどロスなく最内の経済コースを回る。先頭を走るゲフリーレンを追い詰めていた。
対するトウカイテイオーは外へと振らされている。しかし、冷静にコースを見極め、最小限のロスでコーナーを曲がっていった。外から先頭のゲフリーレンへと急襲するトウカイテイオー。2人の三冠ウマ娘に内と外から急襲されたゲフリーレンは気が気でなかった。
「ひ、ヒ~!?」
悲鳴をあげそうになるも、頑張って粘ろうとする。しかし、第4コーナーに入った時に内からサクラバクシンオーに、外からトウカイテイオーに抜き去られた。
「む~り~!?」
《第4コーナーへと入ります!第4コーナーで先頭が変わった!先頭ゲフリーレンを交わしてサクラバクシンオーとトウカイテイオー!やはり来ましたこの2人!三冠ウマ娘2人がゲフリーレンを交わして先頭に立つ勢いです!》
《内を走るサクラバクシンオーがやや有利か!?しかしトウカイテイオーも見事なコーナリング!最小限のロスで来ましたよ!》
先頭に変わる2人。ゲフリーレン以下16人のウマ娘達を置き去りにしてその差を広げようとしていた。
トウカイテイオーとサクラバクシンオーの視線が交錯する。
(やっぱり、君が相手になるよねバクシンオー!)
(委員長のバクシンをお見せしましょう、テイオーさん!)
2人の戦いが始まる。後続を引き離し、少しずつ内へと寄せてくるトウカイテイオー。お互いに見事なコーナリングで第4コーナーをロスなく回る。
《第4コーナーを曲がります各ウマ娘!ゲフリーレンは3番手に落ちましたがまだ粘っている、まだ粘っている!先頭はサクラバクシンオーとトウカイテイオー!三冠ウマ娘2人が競り合う展開!内へ内へと切り込んでいくトウカイテイオー、最内を走るサクラバクシンオー!どちらが先に抜け出すのか、どのタイミングで抜け出すのか!まもなく最後の直線だ!》
サクラバクシンオーが前に出たかと思えばトウカイテイオーがリードする。トウカイテイオーがリードしたかと思えばサクラバクシンオーが前に出る。一進一退の攻防が第4コーナーで繰り広げられていた。
「頑張ってくださ~い!バクシンオーさ~ん!」
「ふぅむ……委員長君が微不利と言ったところかな?」
「最内でロスなく回れているのに、トウカイテイオーとの差が開いていない。最後の直線を向いた時にどうなるか……だな」
黙って見守る高村。拳を強く握りしめていた。
最後の直線へと入るウマ娘達。東京レース場の坂を上っていく。
《最後の直線に入りました!先頭はサクラバクシンオーとトウカイテイオー!2人が全く並んだまま最後の直線に入りました!後続との差は4バ身近い差が開いている!さぁ後ろの子達は間に合うのか!?》
《待ち構えるのは東京レース場の坂!この坂でどうなるか、勝負の分かれ目です!》
《坂を上るトウカイテイオーとサクラバクシンオー!この2人が競り合っている!2人の競り合いが続いているぞ!後続をさらに引き離す!これはもう3番手以下は厳しいか!サクラバクシンオーとトウカイテイオーの一騎打ち!》
先頭を走る2人の目に映るのは隣を走る相手だけ。他は無視して走っていた。
「バクシンバクシーーンッ!テイオーさんも見事なバクシンです!しかし!学級委員長として負けませんよ!」
「そっちも良い走りだね!けど、こっちにも帝王としての矜持があるんだ!負けるわけにはいかないもんね!」
上り坂でギアを上げる2人。まだまだ競り合いは続く。
坂を上り終えて、まもなく残り200m。ここで。
「楽しかったよバクシンオー。だけど──ここまでだ」
トウカイテイオーの圧が増す。サクラバクシンオーはこの圧に覚えがあった。日本ダービーや菊花賞でライスシャワーが放っていた圧と同じであり、夏合宿で散々経験したもの。
(領域、ですか!)
トウカイテイオーが、さらに加速した。
トウカイテイオーがサクラバクシンオーとの差を広げようとしている。追いすがるが、じわりじわりと差は広がっていく。そんな状況にサクラバクシンオーは──胸が高鳴った。これほどの強敵を相手にできることに、心が躍った。
◇
テイオーさんの実力に私は驚嘆していました。これが彼女の領域なのかと、これが帝王の強さなのかと!心が躍り、胸が高鳴ります!この状況をもっと楽しんでいたいと、できることなら永遠に楽しみたいと感じます!
(けど、そうはいきませんね!)
これはレース。勝者がいる以上敗者も生まれる。そして私は、勝者となって皆を先導するウマ娘、サクラバクシンオー!相手が誰であっても関係ありません!
「私はただ、バクシンするのみですッ!」
◇
正直、観るのが怖い。でも、観なきゃいけない。だって自分はサクラバクシンオーのトレーナーで、どんな時でも彼女の支えにならないといけないのだから。
(あぁ、成程……)
気づいた。なんでジャパンカップに出走させることを渋ったのか、どうしてトウカイテイオーと勝負させたくなかったのか。その理由が。
答えなんて単純だった。今までは目に見えるステータスで、暴力的な強さを発揮してきたから分からなかっただけだ。勝ち負けがどうとかそういう話じゃなかったから……心の中で
でも、このジャパンカップではそれがない。地力で劣っていて、スキルで劣っていて、領域を使えなくて劣っている。全てにおいて劣っているバクシンオーに、勝ち目なんてほぼ0に等しかったから。けど、それでも……彼女が望むから出走させた。自分が嫌な気持ちになるから、なんて理由で、サクラバクシンオーを縛りつけたくなかった。
だけど、あぁ……。
「僕は思ったより──君が負けるのが嫌だったんだな」
涙を流してそう呟くが……なんかおかしいことになってた。
「……あれ?バクシンオー、競り合ってる?」
「なんだ今更気づいたのかい?トレーナー君。おそらくだが……委員長君は
「いや、ずっと観てたからさすがに分かるけど……えぇ!?」
まさか、この土壇場でさらに覚醒したのバクシンオー!?それはさすがに予想外の範疇を超えてるんだけど!?
《帝王と驀進王の一騎打ち!トウカイテイオーとサクラバクシンオーがまだ競り合う、まだ競り合う!残り100を切りました!後続はすでに8バ身以上は離れているか!?恐ろしい速さだ、これだけの速さ!サクラバクシンオーがトウカイテイオーに競り合う!勝利の女神はどちらに微笑むのか!?》
気づけば、拳を握り締めて応援していた。
「……頑張れ」
出せる限りの大声を出して、
「頑張れ!バクシンオー!」
アグネスタキオン達がビックリしてこっちを見てるけど関係ない!頑張れ、頑張ってくれバクシンオー!
──けど、どうにかなるわけでもなく。
《トウカイテイオー!トウカイテイオーだ!トウカイテイオーがわずかに競り勝ったぁぁぁぁぁ!!帝王が桜をねじ伏せる!これがトウカイテイオーの強さだ!無敵のテイオーだぁぁぁぁぁ!!》
トウカイテイオーのアタマ差。それがバクシンオーの限界だった。
◇
東京レース場は拍手と喝采に包まれる。勝者であるトウカイテイオーを讃えていた。
レースを終えたトウカイテイオー。領域を使った反動からか疲労が著しい彼女だが、サクラバクシンオーの下へと足を運ぶ。
サクラバクシンオーは──笑顔でトウカイテイオーを讃えた。
「天晴です、テイオーさん!見事なバクシンでしたよ!」
「うん、ありがとうね。バクシンオーも良い走りだったよ」
「そうでしょうそうでしょう!私は模範的な学級委員長なので!今回はま~惜しかったですね!次こそは勝ちますよ!」
表情に陰りはない。どこまでも前向きに捉える姿に、トウカイテイオーは敬意を覚える。
(本当に強いや、バクシンオーは)
悔しがる姿を見せず、勝者を褒め称え、次こそは勝つと宣言する。並大抵の精神力ではない。これがサクラバクシンオーの強さの1つなのだと再認識した。
──だからこそ、レース中に感じた違和感をサクラバクシンオーにぶつける。
「ねぇバクシンオー。1つ良いかな?」
「?はい、この学級委員長がなんでも答えましょう!」
「そっか。じゃあさ──今回のレース、満たされた?」
そんな質問。サクラバクシンオーは、笑顔を見せる。
「楽しいレースだったのは間違いありません。とても心躍る勝負でした!しかし!もっと渇いてしまいました!」
トウカイテイオーは目を伏せる。サクラバクシンオーの答えは、彼女自身何となく察していたことだ。
(カイチョーが言ってた。バクシンオーは、スプリンターズステークスには出るべきじゃないって。きっと、こういうことだったんだろうな)
トウカイテイオーも気づく。何故サクラバクシンオーが中距離以上に挑戦するのか。それはきっと──彼女が最も得意とする短距離にライバルがいないからだと。
サクラバクシンオーの心は渇いている。それでも最後の直線で領域に到達しているのを考えると、彼女の才能は本物だ。
(けど、さ。それはあんまりってヤツじゃないかな?)
領域に到達したということは、この先ずっと強くなっていくということ。この先ずっと強くなるということは……バクシンオーは余計孤独になることだ。
(中距離はまだいいよ。ボクがいるし、長距離にだってマックイーンがいる。それこそ、ドリームトロフィーに行けば猛者がたくさんいる)
けど、短距離となると話は別だ。中距離以上と比べて、あまりにも数が少ない。そう考えると……バクシンオーの孤独はさらに深まっていくだろう。
……どうすることもできない。トウカイテイオーは顔を上げて、サクラバクシンオーを見据える。
「いつかきっと……満たされる日が来るといいね」
「──そうですね」
どこか遠い目をして答えるサクラバクシンオーに、トウカイテイオーは憐憫の眼差しを向けた。
観客席で観ていたヤマニンゼファーは、悲しい目でサクラバクシンオーを見ていた。
「ちょちょ、ゼファちどしたん?なんかやなことあった系!?もしかしてウチやかましかった!?」
「どうかされましたか、ゼファーさん。なにやら、悲しい目をしておりますが」
「……いえ、自分の不甲斐なさに、憤っていたところです」
「やっぱり、
ケイエスミラクルの言葉にヤマニンゼファーは頷く。いまいち分からないダイタクヘリオスとダイイチルビーは首をかしげていた。
「何故バクシンオーさんが得意な距離で烈風を吹かせるのではなく、より長い距離へ挑戦を続けるのか……それが分かりました」
「バクシンオーが中距離以上に出走する理由はきっと、模範的な学級委員長になるためってだけじゃない。そのことが分かったんだ」
「え、え?どゆこと?ちゃんバク負けちったけどガチめにハイボルな勝負だったくね?」
「……お聞かせ願えますか?何故、バクシンオーさんが最も得意な距離ではなくあえて不得意だった距離に挑戦するのか?」
ダイイチルビーの言葉に、ヤマニンゼファーは悲しい表情をしつつも答える。
「彼女は求めているのです──己の強すぎる暴風に負けない風を」
「けど、中距離で同じくらい強い相手と戦う度に、バクシンオーの心はどんどん渇いていくんだ。これが短距離だったなら……どれだけよかったんだろうって」
言われて、ダイイチルビーも気づいた。サクラバクシンオーが求めてやまないものに。
「私は、スプリンターズステークスで彼女の暴風に飲まれてしまいました。それもまた、彼女の心に悲風を吹かせている原因となっているのでしょう」
「己の強さを自覚しているが故の孤独、ですか」
「傲慢に思えるかもしれない。だけど、確かにおれ達も感じたはずだよ。スプリンターズステークスのバクシンオーは──凄く強かったって」
ケイエスミラクルの言葉に納得するダイイチルビーとダイタクヘリオス。そして。
(……分かりました。今の私が何をすべきか)
(おれにできる、精一杯のことを!)
「ちゃ、ちゃんバク~!ウチがバイブス上げっからね~!待っててね~!」
「……」
それぞれが決意を固めていた。
本当にご迷惑をおかけします。