「というわけで、腹を割って話そうか。バクシンオー」
「はい!どういうことでしょうか!」
唐突に切り出し過ぎた。バクシンオーも困惑している。ひとまず、この言葉に至った経緯から説明していこう。
ジャパンカップが終わって数日が経ち、自分は悩んでいた。
(このままバクシンオーを担当しても良いのだろうか?)
……いや、別に負けてしまったから担当するのを辞めたいとかそういうことではなく。担当の言葉をただ肯定するだけのトレーナーのままでいいのだろうか?という疑問である。
思い返せば、バクシンオーの目標に対していいよ、としか答えてこなかった。今までは特に疑問を抱いてこなかったが、現状で満足していたらダメじゃないか?と思い始めてきた。
(与えられたタスクをただ粛々とこなす……それだけじゃダメなんじゃないだろうか?)
機械を相手にするならともかく、自分が相手にしているのはウマ娘だ。だから、現状維持は良くないと思い一念発起。とは言っても、どうすればいいのか分からない手探り状態。なので。
「……というわけでして」
「あ~、そういうこと」
シンボリルドルフのトレーナーさんにお世話になることにした。うん、この人にはお世話になりっぱなしだ。
「まぁ確かに、担当の言葉を全肯定するのは良くないね。それだと機械と同じになっちゃうから」
「……すみません」
「いやいや、大丈夫だよ。これも経験……ってほど俺も積んでるわけじゃないけど」
苦笑いを浮かべるシンボリルドルフのトレーナーさん。すぐに自分の改善案を出してくれた。
「そうだね……一度担当と腹を割って話してみたらいいんじゃないかな?本音と本音をぶつけ合って、お互いのやりたいことを見つける。まずはそうしたらいいと思う」
「本音と本音を、ぶつけ合う」
「そう。君に必要なのは本音で話すことじゃないかな?心配しなくても、本当の思いをぶつければ相手は答えてくれる。特にサクラバクシンオーはね」
本当の思いをぶつければ、相手は答えてくれる……か。
「……ありがとうございます。勉強になりました」
「いいよいいよ。それじゃ、頑張ってね」
「はい」
一礼をして彼の下を去る。そして、他のトレーナーにも話を聞いてみることにした。
「……つまりはなんだ?君は今までサクラバクシンオーがそうしたいからただ目標レースを駆け抜けていただけ、というのか?」
「はい、そういうことになります」
「それはまた、なんというか……」
自分の目の前には呆れた表情をするミホノブルボンのトレーナー、マスターさん。頭を痛そうに抱えているということは、あまり良くないことだったのだろう。
「……まぁ、それで完全に適性外のレースを勝たせてきたわけだからな。それにウマ娘の目標を叶えてやるのがトレーナーとしての仕事でもある」
「はぁ」
「ただ、それだとサクラバクシンオーが内に抱えるものまでは聞いたことがないんじゃないのか?担当ウマ娘の本当にやりたいことを見つけてやるのもまた、トレーナーとしての仕事だ」
バクシンオーの、本当にやりたいことか。
(考えたこともなかった)
「まぁ、一度担当と話し合ってみるのが良いだろう。サクラバクシンオーの話を聞いてみるといい」
「そうしてみます。ありがとうございました」
「礼には及ばない。それはそれとして、次戦う時はこちらが勝つ。覚えておけ」
マスターさんの言葉に一礼して去る。マスターさんはやりにくそうにしていたな。
後はマチカネタンホイザのトレーナーさんとかダイタクヘリオス……ギャルトレーナーさんとか。色んな人に話を聞いてみた結果。
「まずは君と腹を割って話そうと思って。どうかな?」
「成程、分かりました!それでは話し合いましょう!」
事情を説明してバクシンオーと話し合うことに。まずはそうだな、ジャパンカップの話にしよう。
「ジャパンカップ、僕は君を出走させるのを渋ったのを覚えているかい?」
「そうですね。トレーナーさんにしては珍しく即答ではなかったかと!」
「うん、まずはその話をしようか」
いざジャパンカップに出走させて、レースを観て思ったことをそのままに伝える。
「どうやら僕は、自分が思ってた以上に君が負けるのが嫌だったらしい」
「やや?まさか……トレーナーさんが泣いていたのはそれが原因ですか!?」
「そうなる「申し訳ありませんでした!私のバクシンが足りなかったようです!しかしテイオーさんもまた見事なバクシンでした……次こそは私のバクシンが上回ってみせましょうッ!」いや「せっかくトレーナーさんの目に光が灯ったと思いましたのに……!それで泣かしてしまうのは学級委員長としてあまりにも不覚ッ!次こそはトレーナーさんの目にバッチリと光を灯してみせましょう!」まぁ……うん。とりあえず、渋ったのはそれが理由なんだ。というか君そんなこと考えてたの?」
この目はデフォだって言ってるのに。
ステータスが見えるという都合上、ある程度の結果は分かってしまう。どのステータスが足りてて、どれが足りていないのか。全体的に劣っていることも何もかも分かっている。
「トウカイテイオーの地力は、君の地力を上回っていた。君が領域に至っても尚、ね。それでも僕は、君が望むならと出走させた」
「トレーナーさん」
「そうだね……僕はきっと、逃げたかったんだと思う。責任ってヤツから。君が言ったことだから、自分が言い出したことじゃないからって。無意識のうちに逃げてたんだ」
今までもそうだったのだろう。だからこそ、ただ言われるがままに行動してきた。そう思うと、我ながら最低な人間だな、僕。
「最低なヤツだね、僕は」
バクシンオーは首を捻っている。なにか疑問に思っていることでもあるのだろうか?
「う~ん……トレーナーさん。1つよろしいでしょうか?」
「なにかな?」
ようやく口を開いたと思えば、バクシンオーはそう切り出してきた。なにか疑問に思うことでもあるのだろうか?
「トレーナーさんは私が望むから出走させたわけですよね?」
「そうなるかな」
「では、私をスカウトした時……トレーナーさんは私が中距離以上を走れるとは思ってなかったのですか?」
「それはない」
そこだけは強く言える。
「ふむ……そこに理由はありましたか?生憎と私は生粋のスプリンター、厳しい道になるのは想像できたと思いますが」
「理由、か。別にないよ。僕はただ、君が望むように一生懸命手を尽くすだけだったから」
「ほうほう」
「君が望むレースに勝てるようにする。それだけだったからね」
そう答えると──バクシンオーは笑顔を見せた。
「では、トレーナーさんは素晴らしいトレーナーだと思いますッ!」
「……え?」
それはちょっと、想像してなかったな。罵倒はされないと思ってたけど、渋い表情されることは覚悟してたのに。
バクシンオーはずずいっと近づいてくる。
「トレーナーさん以外の方々は私にスプリンターとしての道を勧めました。しかしッ!トレーナーさんだけは長距離でも走らせると、そう約束してくださいましたッ!」
「ま、まぁそうだね」
「そして!現に結果を残すことができましたッ!クラシック三冠、そしてSMILE区分の全制覇!これはトレーナーさんだからこそ成し遂げられたことですッ!」
「……そうかな?」
「そうですとも!」
自信満々に答えるバクシンオー。それにしても顔が近い。
「トレーナーさんは責任から逃れたかったと言いますがそんなことはありませんッ!あなたは私の目標に一生懸命取り組んでくれた、私が勝てるように考えてくださいました!そんなあなたが最低なトレーナーであるはずがありませんッ!」
「……」
「あなたの頑張りに花丸を!そしてあなたが望む限り何度でも言いましょうッ!あなたは──私にとって最高のトレーナーですッ!」
あ~……そこまで言ってくれるのか。さすがにこれでいつもの考えをしていたら、自分自身に失望してしまうしどうかと思う。だから、素直に受け取ろう。
「──ありがとう、バクシンオー。何となく、救われた気がするよ」
「えぇ!どういたしましてッ!」
後は、普通に話した。自分の気持ちを。
僕の考えを吐き出した後は、今度はバクシンオーの番だ。彼女の渇き、その正体について聞いてみよう。
「ジャパンカップの前に言ってた渇き……その原因については分かったかい?」
「はい!模範的な学級委員長である私は、しっかりと確認することができましたよッ!」
自信満々に答えるバクシンオー。それは良かった。
「やはり私は短距離のライバルが欲しいんだと、そう再認識することができましたッ!」
「……短距離のライバル?」
「はい!元々中距離以上を走りたかったのも、ライバルとなる相手が多くいるからだったので!」
そんな理由があったのか。初めて知った……というよりはただ聞いてこなかっただけだなコレ。まぁいい、反省は後回しだ。
「ただま~失敗でしたね。中距離でみなさんと熱い勝負を繰り広げるほど、これが短距離だったならと。そう思ってしまうのです」
「……そっか」
「勿論、中距離以上のみなさんや短距離のみなさんが悪いわけではありません。模範的な学級委員長として、主要なレースを勝ちたいというのもまた事実です」
けどそれ以上に、ライバルとの熱い勝負がしたい。それも、短距離で。それがバクシンオーの気持ちなんだろうな。ジャパンカップに出走したかったのは、それを確かめるため……か。
「スプリンターズステークス。ゼファーさんやフラワーさんとともに走りました。確かに楽しいことには楽しかったのですが、勝ったのは私。その時確信したのです」
「なにを?」
「私は短距離ならば絶対に負けないと。自惚れでも何でもなく、私はそう確信しました」
冗談でも何でもない、本心からそう思っているのだろう。現に……それだけのことがバクシンオーにはできてしまう。バクシンオーの適性、短距離Sがそれを証明している。
「ゼファーさんと追い比べていましたが、不思議と私は
「……そっか」
「短距離のライバルが欲しい。しかし私は短距離では絶対に負けないという自負がある……いや~、我ながら難儀なものですね!」
たははと笑うバクシンオー。どことなく、寂しさのようなものを感じた。
(……あの時のゼファーは絶不調、加えて短距離の適性がBだ。地力はバクシンオーより上でも、適性の差でバクシンオーが勝つだろう)
しかし、このままだととてもまずい気がする。
「領域に至ることはできました。ですが、この先短距離で強いライバルと果たして出会えるかどうか……それが心配ですねッ!」
バクシンオーは、短距離では最早敵はいないと感じてしまっている。それはまずい。
領域に至った今、バクシンオーのステータスはさらに伸びる。トレーニングの手を抜くなんてことは絶対にごめんだし、何より彼女が負ける姿を見たくない。でもバクシンオーがライバルと戦う姿も見たい。彼女の悲しむ姿は僕だってごめんだ。
(彼女が一番力を発揮したい舞台で、ライバルがいなくなってしまう……それは避けたい)
バクシンオーが楽しむ機会が失われるのとほぼ同意義だ。本人はきっと短距離で熱い勝負がしたいのに、それができないのは……嫌だ。
考えて考えて……ふと、思い出す。それはスプリンターズステークスの対戦相手の映像を漁っていた時だ。
(……あの時珍しく、バクシンオーが食い入るように映像を見てたな)
なんでも、強力なライバルになるかもしれない相手だって。一層楽しそうにしていたのを覚えている。
その時、気づく。彼女が諦めかけている短距離での熱い勝負。それができる可能性を。
「……ねぇ、バクシンオー。スプリンターズステークスのことを覚えているかい?」
「ちょわ?どうされましたかトレーナーさん?」
「対戦相手の資料を漁っている時、君は
バクシンオーはすぐに気づいたような表情をした。思い出したのだろう。
自分の頭の中で、バクシンオーが熱い勝負をするためにどうしたらいいのか、そのために誰にお願いすればいいのかが浮かんでくる。気づけば、口を開いていた。
「バクシンオー、短距離で熱い勝負をしたい?」
「……」
「君が願えば、僕はそれを叶えよう。君の渇きを──満たしてみせる」
僕にできるのはそれぐらいだ。サクラバクシンオーのトレーナーとして、彼女が本当に望んでいることを叶える。そして、きっとそれが──。
僕の言葉に、バクシンオーは即答する。表情は笑顔だった。
「トレーナーさん!私──短距離でバクシンしたいです!」
「いいよ」
バクシンオーの願いに、僕は頷いて答えた。
改訂が終わり次第投稿していきます。春天の続きまでいけるといいなぁ。