バクシンオーと話し合った翌日の話。
「というわけでトレーナーさん、有マ記念に出ましょう!」
「ダメ。レース詰めだったから我慢して」
「分かりましたッ!」
有マ記念出走は無しにして、年内はもう休養することにした。ファン投票ではかなり票を集めてるみたいだけどね。ファンには申し訳ないが、出走はしない。トウカイテイオーは秋シニア三冠をかけて出走するらしい。果たしてどうなることやら。
さて、バクシンオーに短距離で熱い勝負をさせると誓ったわけだけど。
(問題は相手がどう出るか、なんだよね)
ダイタクヘリオスはなんだかんだ出走しそうな気がする。どうもレースを観に来てたっぽいし。それに、最近ヤマニンゼファー共々このトレーナー室を訪ねてきたし。
「ちゃんバクT~!ちゃんバクが激萎えショボンでガチめにヘルプらしいからウチでもレスキューできん!?」
「うん、別にそこまで落ち込んでるわけじゃないから」
「今度こそ、暴風に対抗しうる疾風となりましょう。俄風に連なるお方……どうか、お力添えをいただけませんか?」
「具体的に何をすればいいのかを言ってくれると嬉しいかな」
この2人は現時点で短距離B。それをAにする方法をギャルトレーナーさんとヤマニンゼファーのトレーナーさんに教えた。じきにAになるだろう。ただ、ここで障害となるのがバクシンオーの適性だ。
どういうわけか、バクシンオーの適性はスプリンターズステークスを終えたらSになっていた。これは本当に分からない。気づいたらSになってた。
(バクシンオーの話を聞いた限りだと、負ける気がしなかったって言ってたな。それがSに引き上げたってことだろうか?)
追い比べていても勝てる自信があったと断言し切るほど。というかレース中にSに至るって。
後は領域。バクシンオーはすでに至っているので、ステータスが限界突破していく。どんどん強くなっていくわけだ。適性Sにステータスが伸びていく……他の子達からしたら悪夢以外の何物でもないな。
「そういえばモルモット君。君のノートを見て気になったことがあるのだが」
「どうしたんだい?アグネスタキオン」
気づけばノートを片手にアグネスタキオンが話しかけてきた。他の子達はゆっくりと寛いだりレース映像を見たりしている。
さて、アグネスタキオンの質問だ。
「ここの適性の項目なんだが、適性がSのウマ娘が極端に少ないのが気になってね。会長や委員長君ぐらいしか見当たらないんだが」
「あぁ、そのことか。一応、何となくの予測はついてるよ」
「ほほう!君の理論を聞かせてもらおうか!」
アグネスタキオンの言う通り、適性がSのウマ娘はかなり少ない。本当に数える程度だ。ネームドでも距離適性Sというのは限られている。多分、ネームドはやろうと思えばいける領域ではあるんだろうけど。
「僕の結論としては──距離適性Sは才能の差だと思う」
「……ほう?」
アグネスタキオンは目を細めた。続きを話そう。
「距離適性Aは努力でなんとかなる……極論、誰でも到達できる秀才の領域だ」
「ま、事実委員長君の適性がとんでもないことになっているからねぇ。それは分かるよ」
「距離適性Sは、本当に才能の世界だ。努力だけじゃどうにもならない……努力を前提として、才能もなければ到達できない天才の領域にあるんだと考えてる」
Aまではなんとかなる。だけどそれ以上のSとなるとどうにもならない。この差は結構デカい。後距離適性Sは多分、1つの距離だけだ。短距離でSになっているバクシンオーが他の距離でS適性になることはないのだろう。
「本人が最も得意とする距離を極めるとSになる……僕はそう認識しているよ」
「ほほ~う、中々興味深い!距離適性S……サンプルが増えて欲しいところだ!」
難しいと思う。増えるとは思うけど。
「ちなみに、適性SだとAよりもさらに力を発揮できたりするのかい?」
「まぁそうだね。その強さはシンボリルドルフを見れば分かると思うよ」
「あぁ……ドリームトロフィーの長距離でほぼ負けなしだからねぇ」
一応、AでもSに勝つことはできる。適性の話でしかないから、ステータスやスキルの差でどうにかなる時もある。でも、より勝つのであればSの方が格段に良い。
「そして委員長君は短距離の適性がSなわけだ。凄いねぇ」
「実際凄いよ。滅多にお目にかかれないからね」
おまけにスプリンターズステークスを1回走ってSだ。とんでもない才能である。ただ、そんなバクシンオーが興味を示したスプリンターがいる。
「僕もつい最近知ったんだけど……
「ほほ~う!それは興味深いねぇ!一体誰なんだい!?」
身を乗り出すアグネスタキオン。サンプルが少ないから興味があるのだろう。
実は、バクシンオー以外にも短距離適性Sのウマ娘は1人だけいる。その子がスプリンターズステークスに出走してきたらヤバかっただろうと思えるぐらい。最終的に出走回避をしたんだけど。
で、その相手というのが。
「ケイエスミラクル──彼女もバクシンオーと同じ、短距離の適性がSのウマ娘だよ」
「ケイエスミラクル……あぁ、彼女か!」
「奇跡のスプリンター。条件戦とはいえ、スプリント戦で9バ身差つけて勝つような子だからね」
何を隠そう、ケイエスミラクルこそがバクシンオーが一目置いていた相手だ。あの時の言葉は今でも覚えている。
「おぉ!ケイエスミラクルさんの話ですかトレーナーさん、タキオンさん!」
「うおっと、急にどうしたんだい?委員長君」
「ケイエスミラクルさんの名前が聞こえたものでして。いや~、彼女も速いウマ娘ですよね!」
「君が唯一、自分より速いかもしれないと認めた相手……だもんね」
レース映像を見ていたバクシンオーが初めて、自分より速いかもしれないと言ったウマ娘。自分こそが最速だと憚らないバクシンオーが、現時点において負けを認めた相手である。
「確かに……ま~確かに!あの時は私よりもちょっと、ほんの少し!ほんのわずかに速いと思いました!しかし今は違います!」
バクシンオーは自信満々に宣言する。
「今の私ならばケイエスミラクルさんにも負けないスピードがあるという自信があります!トレーナーさんが鍛えてくださったこの身体は無敵!そこに私のバクシン的頭脳が加われば誰にも止めることはできませんッ!えぇ、誰が相手でも負けませんともッ!」
「そうだね。とりあえず、レース映像の方に戻ったら?」
「おっとそうでした。委員長は勉強も怠りません!」
戻っていくバクシンオー。アグネスタキオンは呆けていた。
「……まぁなんにせよ、ケイエスミラクルはかなりの強敵になるだろうね」
「しかし、委員長君は自分の強さに絶対の自信を持っているのだろう?ミラクル君と熱い勝負ができたりするのかい?」
「ケイエスミラクルがどこまで走れるのかは未知数。キーンランドカップの映像で見ただけだし、今の彼女がバクシンオーにどう映るかは分からない」
けど、断言できるだろう。
「ケイエスミラクルだけじゃない、短距離路線のウマ娘達は爆発的に強くなるよ。それこそ、バクシンオーを脅かすほどにね」
「……その心は?」
「火付け役になった子達がいる。ダイタクヘリオスに、ヤマニンゼファーだ」
最近、ダイタクヘリオス達はケイエスミラクルを含めた短距離路線のウマ娘達と良くトレーニングをしているらしい。ヤマニンゼファーにダイイチルビー、さらにはバンブーメモリーも加わっているんだとか。まだ未デビューだけどヒシアケボノにビコーペガサス、今年デビューしたばかりのノースフライトも。
「彼女達はバクシンオーの異変を、彼女の渇きを感じ取っていた。だからこそだろうね」
「ふ~ん……優しさというヤツかい?」
「さぁね。生憎と人の機微には疎いから」
「ま、彼女達のことだ。優しさもあるだろうし、それ以上に自分達も負けていないという意思表示かもしれないねぇ」
ダイタクヘリオス達が発起人となって、きっと著しい成長を遂げるだろう。
「そういえばトレーナー君、聞いたかい?ライス君の話」
「なにかあったの?」
ライスシャワーに何かあったのだろうか?
「菊花賞で委員長君に負けて以降、かなりのハードトレーニングを積んでいるようだよ。これはブルボン君も同様だがね」
「そっか。次戦う時は要注意ってことだね」
「特にライス君は領域に至っているわけだからねぇ。彼女がどれだけの成長を遂げているのかひじょ~に楽しみだ!」
怪しい科学者みたいな笑いをするアグネスタキオンだった。
きっと、短距離路線のウマ娘達は強くなるだろう。けど、それでも僕がやることはただ1つ。
(短距離最強はサクラバクシンオー、そう言わせるように頑張らないとね)
バクシンオーがしたいのは、あくまで熱い勝負だ。熱い勝負をして、その上で勝たせる。
「現状はスピードトレーニングかな」
「今でも結構やってる気がするけどねぇ」
「スピードはあって損はしないからね」
「その通りですッ!他をアットーするスピードがあれば、レースも勝てます!全てにおいて最速を証明するためにもスピードを鍛えましょうッ!」
まぁパワートレーニングとか根性トレーニングもやるんだけど。後はスタミナトレーニング。春天を目標にするわけだから、スタミナがちょっと心もとないし。菊花賞もスタミナの値は領域を使用したライスシャワーに負けてたし。
大まかな指標は決まった。後は──頑張るだけだ。