中京レース場に足を運んだ僕達。今日は高松宮記念の日だ。
「さぁさぁトレーナーさん!急ぎましょう!早くしないと良い席がなくなってしまいますよ!」
「分かってるよ。それじゃあみんな、はぐれないようにね」
バクシンオーは予定通り出走しない。今日は見るだけにしておく。人混みをかき分けて、レースが見やすいポジションへとつく。アグネスタキオンはいつものようにストップウォッチを、僕はノートを片手に観戦だ。
「トレーナーさん、いつも熱心に書いてますよね。レースの結果とか、評価とか!」
「ん?まぁね。もう癖みたいなものだから」
「勤勉だな。良いことだ」
もう小さい頃からの癖だ。色々と気になったことを記録に残しておくのは。ちなみに、レースの結果や評価なんかはPCのデータとしても残している。失くしたら困るものだからね。万が一ノートを紛失した時の保険だ。
「今回の高松宮記念はかなり注目されている。理由は分かるかい、キタサン君?」
「え!わ、わたしですか!?え、えぇ~っとぉ……ヘリオスさんとかルビーさんとか、凄い人達が走るから、ですか?」
「正確には、今の短距離が群雄割拠だから……だな」
「そういうことさドゥラ君。マイラー最強格のヘリオス君に華麗なる一族のルビー君、マイルでの活躍が著しいゼファー君に新進気鋭のフラワー君。そして現在、スプリンター最強と名高いケイ君。彼女達が一堂に会するこの高松宮記念は非常に注目度が高い」
「しかしタキオンさん!今の言葉には1つ訂正するべき箇所があるかと!」
アグネスタキオンの言葉を遮って、バクシンオーがビシッ!と指を突きつけている。なにを言いたいのかは想像がつく。アグネスタキオンも呆れていた。
「スプリンター最強にして時代最速はこの私、サクラバクシンオーを置いて他にはいませんッ!ま~ミラクルさんもかなり速いですが、私も負けていませんよッ!」
「……そう言うと思ったよ。まぁいい、この高松宮記念の有力ウマ娘は覚えておきたまえ」
今は高松宮記念に出走するウマ娘達がウォーミングアップをしているところ。その中には勿論、自分達が注目しているウマ娘達の姿もある。とりあえずステータスを確認していくが……うん。
(ダイタクヘリオスとヤマニンゼファーはキッチリとAに仕上げてきている。ただステータスの伸びはそんなでもないな。ダイタクヘリオスは有マの時とそこまで変わらない、と)
どうやら短距離の適性をしっかりとAまで上げることができたらしい。後でトレーナーさん達に教えよう。他の有力候補であるダイイチルビーはダイタクヘリオス達とそこまで変わらない。ただ、スピードがちょっと上ぐらい?の差だ。
そしてケイエスミラクルなのだが……こちらは凄いな。
ダイタクヘリオス
適性:芝A ダートG
距離:短A マA 中A 長A
脚質:逃げA 先行A 差しG 追い込みG
スピード:UG2 1233
スタミナ:A+ 987
パワー :S+ 1071
根性 :SS 1121
賢さ :A 874
ケイエスミラクル
適性:芝A ダートG
距離:短S マA 中F 長G
脚質:逃げE 先行A 差しB 追い込みC
スピード:UF 1301
スタミナ:C+ 588
パワー :SS+ 1159
根性 :S 1024
賢さ :S+ 1098
他メンバーと比較してもスピードが高い。加えて短距離の適性がSときたもんだ。ステータスだけで判断するならケイエスミラクルの勝利は揺るがないだろう。というか現状バクシンオーよりスピードが上だ。出走していたらほぼ確実に……止めておこう。
後はニシノフラワーだが、ステータスは高いもののさすがにダイタクヘリオス達には劣っている。
(スプリンターズステークスの頃よりもずっと上がっている。ただ、総合的にはバクシンオーにまだ及ばないけど)
上位争いは厳しいだろう。それが僕の見立てだ。
ウォーミングアップを終えたウマ娘達がゲートへと向かう。途中、ゲート嫌いな子が渋っていたけど何とかゲートイン。
《中京レース場、春のG1レース高松宮記念!またこの日がやってきました、芝1200mの電撃戦!天候は晴れ、絶好の良バ場日和!そして今回の高松宮記念ですが、豪華なメンバーが集まりましたね!》
《そうですね。年末の大一番、有マ記念覇者のダイタクヘリオス。華麗なる一族のダイイチルビーにヤマニンゼファー!さらにはケイエスミラクルも出走していますからね!新進気鋭のニシノフラワーにも注目したいところです》
《惜しむらくは、このメンバーの中にサクラバクシンオーがいれば、と思わずにはいられませんが、彼女はどうやら春の天皇賞に出走する模様。ですがそれはこの勝負には関係ありません!スプリンター達の熱い戦い、高松宮記念を制するのはどのウマ娘か!?今、最後のウマ娘がゲートに収まりました!》
会場が静かになる。これはどのレースでも一緒だ。静かな空気を切り裂くように──ゲートの開く音が響く。
《最後のウマ娘がゲートに入って今っ、スタートしましたッ!高松宮記念の開幕です!最初に飛び出すのはやはりこのウマ娘だダイタクヘリオス!ダイタクヘリオスが先陣を切って進みます!ダイタクヘリオスが真っ先に飛び出した、有マ記念でも高松宮記念でも関係ない!どんな距離でも私がハナで進んでこそ!ダイタクヘリオスがハナを奪った!》
「ウェイウェイウェ~イ!PONPONPO~NG!」
ダイタクヘリオスを先頭にして、高松宮記念が幕を開けた。
◇
トレーナーさんに連れられてやってきた中京レース場。
(トレーナーさんが、私が観るべきだと仰ったので来ました。果たして、どのような勝負になるのでしょうか?)
トレーナーさんが言うことです。きっと間違いはありません。それにしても、みなさんとても気合が入っていますね!これはきっと良い勝負になるでしょう!
《先頭に立つのはやはりこのウマ娘、ダイタクヘリオス!その後ろにはケイエスミラクルにニシノフラワー、他3人のウマ娘が先行集団。ヤマニンゼファーは先行集団の後ろにつけます、ダイイチルビーは中団に控えます!先頭から最後方まで差がなく進む高松宮記念。すでに第3コーナーへ入ろうとしている。先頭はダイタクヘリオス!》
ふむ、先頭はヘリオスさんですか。良いバクシンですね!それに、フラワーさんもスプリンターズステークスよりもずっと強くなっています。これはまた戦う時が楽しみですね!
しかし、いざレースを観ていると……ダメですね!走りたくなります!
「応援してるぞヘリオス~!ここでも爆逃げを見せてくれ~!」
「復帰後初G1!頑張ってねミラクルー!」
「応援してるぞフラワー!頑張れ!」
ですがレース場で走るわけにはいきません。みなさんの迷惑になりますからね!私は模範的な学級委員長ですので勿論我慢できます!
現在レースは第3コーナーを回って第4コーナーへ。隊列が大きく変わることはありません。やはり勝負が動くのは最後の直線でしょう。
(ヘリオスさんが逃げ粘るか、他の方々が差し切るか……私ならばやはりバクシンですね!)
いつもと変わらないバクシンで勝利をつかむだけです!それにしても……
(みなさん本当に強い。あの場にいないことを、春天を選んだことを後悔しそうなぐらいに)
皆の模範となるべき私は、春天でも勝利を収めるべきだと高松宮記念の出走を見送りました。それに、心の内では絶対の自信があったからです……自分ならば負けないと。脅かされることはないのだと。私にとってスプリント戦というのはそれだけ自信がある距離であり、誰が相手でも私がバクシン的勝利を収めるのは確実だと判断していました。
けど、違う。それは自分の勝手な思い込みだったのだと思い知らされました。身体の疼きが止まりません。あの場で走りたいと、競ってみたいと衝動が抑えきれない。彼女達と戦って、自分こそが最速であることを証明したいという思いに駆られます。これは失敗でしたね。
《第4コーナーで変わらず先頭を走りますダイタクヘリオス!2番手ケイエスミラクルとの差は1バ身から2バ身でしょうか?3番手にはヤマニンゼファーが浮上!ヤマニンゼファーが3番手につけます!4番手にはニシノフラワー!ダイイチルビーはまだ中団、まだ中団です!まもなく最後の直線、激しい勝負が続いています高松宮記念!》
勝負が佳境を迎える。最後の直線へと入った時──空気が一変したのが分かりました。
「ミラてんと言えども容赦はなしぽん!ぶ・ち・か・ま・し~!」
ヘリオスさんが
「……」
最後の直線で、会場の熱気はさらに上がっていきます。そんな中、ただレースを観るだけの私は少し異端なのでしょう。ですが仕方ありません。この勝負はここから先、さらに白熱する。
口火を切ったのはヘリオスさん。残り200というところで、空気……というよりは圧がさらに増しました。おそらくですが、領域を切ったのでしょう。
ヘリオスさんだけじゃありません。ゼファーさんも、ミラクルさんも領域を切っている。
(あの圧は、夏合宿で何度も体験しました。菊花賞でもジャパンカップでも。間違えるはずがありません)
中団にいたルビーさんも領域を切りました。そして……。
「負けたく、ないッ!やぁぁぁぁぁぁッ!!」
沈みかけていたフラワーさんが、息を吹き返した。必死に粘っています。あぁ、成程。
「フラワーさんも至ったわけですね。領域に」
これは花丸です。うんと褒めてあげないといけないでしょう。ですがそれはそれ、これはこれ。今私の心は──凄く高鳴っています。
短距離で繰り広げられる熱い勝負。私が欲しかったもの、私が望んでいた熱い勝負が……今目の前で起きている。
(いや~、うらやましい限りですね!私が望んでいた熱い勝負が、今まさに起きているわけですから!)
「しかし、仕方ありません!この道を選んだのは私自身なのですから!」
自分の選択に後悔はしていません。ですが羨ましい限りです!願わくば、今すぐ私もあの場で走りたいところですね!
ただ、感じずにはいられません。もし仮に、私があの場にいたとして……果たして勝てたのだろうか?という疑問。
(無論負ける気はさらさらありません。ですが……全力で勝負したとして、私はあの場に割り込めるでしょうか?)
……厳しいですね!ちょっと、少し、わずかに!厳しいです!今あの場にいるみなさんはきっと、今の私よりも速いでしょう!それは認めなければなりません。
もっとも、それは
(もし次があるなら、私はさらに進化します!ニュー学級委員長ならば、私は負けません!)
ドキドキですね、ワクワクですね!今すぐあの場に乱入したいですよ!
《ケイエスミラクルがダイタクヘリオスを捕まえたぁぁぁぁ!ケイエスミラクルが太陽に手を触れた!そして、クビ差で抜け出したゴールイン!ケイエスミラクル!ケイエスミラクルだ!この高松宮記念に奇跡の復活劇だケイエスミラクル!ダイタクヘリオスをクビ差で下した!2着はダイタクヘリオス、3着はダイイチルビーです!》
結果はケイエスミラクルさんのクビ差勝ち。お見事!天晴です!学級委員長が花丸をあげましょう!
ただ、ケイエスミラクルさんはどうも私の方を向いてますね。
「やっぱり来てたんだね、バクシンオー」
「当然ですともッ!
「ッ!ふふ、そっか」
嬉しそうですね。ま~私の笑顔はみんなを喜ばせますからね!父上や母上もそうでしたから!
ケイエスミラクルさんは静かに微笑んだかと思うと、次の瞬間には私を睨みつけました。
「スプリンターズステークス……時代最速の座を賭けて、勝負しよう。バクシンオー。どっちが速いのか……おれ達と勝負だ!」
「ッ!」
……あぁ、成程。そういうことでしたか。何故私に話しかけてきたのか、合点がいきましたよ。もっとも、委員長は丸っとお見通しでしたが。
叩きつけられた挑戦状は、受けるのが学級委員長としての務め。いえ。務めだとかはもういいでしょう。私の心が、彼女達と戦いたいと滾っています!
「受けて立ちましょう!模範的な学級委員長であるこの私、サクラバクシンオーこそが時代最速の象徴たるウマ娘であると、次のスプリンターズステークスで証明しましょうッ!」
不敵に笑うケイエスミラクルさん。気づけば、ヘリオスさん達も私の方を向いていました。全員が私を睨みつけ、食い破らんばかりの眼光をしています。
あぁ、成程。次のスプリンターズステークスは……!
(とても楽しい勝負になりそうですね!)
きっと素晴らしいレースになるでしょう!おっと、その前にまずは天皇賞ですね!こちらも勿論勝ちましょう!テイオーさんへのリベンジにライスさんとの勝負もありますから!
「トレーナーさん!早速帰ってトレーニングですッ!」
「うん、帰ったらもう良い時間だから明日からね」
「分かりましたッ!」
燃えてきましたよ~!バクシンバクシーーーンッッ!!